【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
東から伝令が届いた
「キアラン城がラウス侯の奇襲により、陥落したとのことです」
エリウッド、ヘクトル、ハングの三人が集まる部屋にマーカスが報告に来た。その報告に対して驚きは少ない。
「キアラン侯爵と孫娘リンディス様の生死はわかっておりません」
この部屋の者たちはハングの姿を追った。ハングは部屋の片隅の椅子に腰掛けていた。
「ハング殿の勘が当たったというわけですが・・・」
マーカスの言葉にハングは反応を見せない。背もたれに体重を預け、わずかに下を向いたまま一言も発しなかった。
「ハング・・・まだ生きている可能性だってある」
「気を落とすにはまだ早いぞ!」
二人の叱責にも、ハングはまるで答えない。寝ているかとも思ったが、昨晩から左腕を握りしめ続ける右手に緩みは無い。
「ハング殿、これからの指示を」
少しの間が空いた。
「ふぅ・・・」
ハングが小さく息を吸い込む。そして、彼はようやく顔をあげた。その瞳に力が宿っているのを見て、一堂は安堵の息を吐く。
ハングは一息に立ち上がり、有無を言わせぬ声音で言い放った。
「これより、キアランの救援に向かう。キアラン城まで必要最低限の装備で一直線に駆け抜ける。今日の分の糧食を残して、後は置いていく。飯はキアランにたかる!」
一言毎にハングの言葉に籠る力が増していく。それは戦場にいる時のハングと同じだった。この声で仲間の気を引き締め、士気を上げる。
それを聞いていた三人は身体の奥から湧き上がる熱を感じた。
「出発は半刻後!今日中にキアラン城を取り戻すぞ!あわよくばラウス侯もとっ捕まえる。落とし前はキッチリつけてもらおうじゃねぇか!」
ハングはそう言って不敵に笑ったのだった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
キアラン城の南側。
そこはわずかに平野が広がり、すぐに急な崖となっている。その崖下は西側には深い森が見え、南側には細い街道が走っていた。
ここから城へたどり着く方法は二つだ。決死の思いで崖を登るか、森を抜け、出城を抜き、坂を登っていくかのどちらかだ。
その崖下の隅に岩陰に隠れるようにして身を休める一団があった。
緑の鎧を着た騎士と短い髪の弓使い。そして、儚げな印象の天馬騎士とサカの民。
リンディス傭兵団を結成した時の面々だった。
「リンディスさま、大丈夫ですか?」
「ええ、私は大丈夫。ありがとう、フロリーナ」
一年前と変わらずサカの民族装束に身を包んだリン。彼女の腕や足にはいくつかの生傷が浮かんでいた。中にはまだ血が滲み出し続けている傷もあったが、彼女は手当てすらしていない。
彼女は剣を手近な所に置き、膝を抱えて森を見つめていた。
その手には小さな布袋が握られていた。
「リンディス様、ケントさんが戻ってきましたよ」
そう言ったウィルの声にもいつもの元気は無い。昨晩から夜通しで敵陣の中を駆け抜けたのだ。疲れていないわけが無かった。
西の森から現れたケントは目立たぬように徒歩でこちらに向かってきた。
「ケント、戻りました」
「おう、相棒。無事でよかったぜ」
セインがそう言って、斥候に出ていた相棒を労った。二人とも鎧には返り血がこびりついており、いつもよりもくたびれた印象を受ける。
「城のまわりからあの森の入り口まで、いたるところにラウス兵が配置されています。その数、およそ50」
敵は50。対するこちらはわずか5人。絶望するには十分な差であった。
リンは不安を押し殺すように、手の中の布袋を強く握りしめる。
そんなリンにセインは少し軽い口調で言った。
「リンディス様、本気ですか?せっかく脱出できたのに城へまた戻るなんて・・・死ににいくようなものですよ」
城の秘密の抜け穴から逃げ出し、追っ手を暗闇と森でなんとか撒こうとした。神経をすり減らし、身体に疲労を溜め込み、やっと敵の追撃が止んだのが夜明けの少し前。
敵が近くにいるので休もうにも休めず、長い時を過ごした。
それでも、リンは背を向けることができなかった。
「城にはおじいさまがいらっしゃる。一度は言われるまま城の外に逃れたけど・・・」
リンはここからは見えぬ城の方角に視線を向けた。
「このまま放っておくわけにはいかないわ!!」
リンの意見に反対するものはいない。彼らとて思いは同じだった。
だが、状況が厳しいのは変わらない。
「でも、この人数ではハウゼン様を助け出すことは難しいですね」
ウィルは弓の張りを確かめながらそう言った。
「城の裏手にまわったりできないか?」
セインが言ってみる。
「そもそも、近づくことが難しい」
ケントがそれを一蹴した。
「この崖を・・・登りましょうか?」
フロリーナが相棒のペガサスを撫でながらそう言った。
「飛んでるうちに狙い撃ちされるわ。ただでさえ、こちら側の【シューター】が相手の支配下になってる」
リンはそう言って【シューター】のことを考えた。正確には、一年前にそれを大幅に改良した人物のことを思い出していた。
それは、リンディス傭兵団を結成した時のメンバーであり、唯一ここにいない人物。
『ここに・・・ハングがいてくれたら・・・』
口にしかけて、リンはそれをなんとか押しとどめた。
いない人のことを頼ってもしかたない。
リンは自分の頬を叩く。
しっかりしろ。
私はハングから毎晩色々なことを学んだ。ハングの指揮を間近で見てきた。
考えるんだ。
『多面的に戦場を見つめ、重厚的に策を考えろ。逃走も偽装降伏も頭にいれときゃ、八方塞がりなんて状況は不運が重ならない限りあり得ない』
ハングはそう言っていた。
リンは布袋に入った『御守り』を握りしめた。その中にはハングから貰った鱗が入っていた。その鱗はもらった時からずっと仄かな拍動を保っていた。
リンは手の中から聞こえるもう一つの音に耳を澄ます。その音を数えて、リンは気持ちを落ち着けた。
「援軍を・・・どこかに頼めないかしら?」
「援軍ですか・・・」
セインも頭を捻らせた。考えうるのは近隣領地。
そこにケントが口を開いた。
「・・・ラウス兵が話しているのを盗み聞いたのですが。どうやらラウスに攻め入ったのはエリウッド殿のようです」
「エリウッドが!?」
リンは驚きの声をあげた。それは『エリウッドが攻め入る』という姿が想像できなかったからだ。
リキアに来てから度々出会う機会のあったエリウッドはそんな荒事を好む質じゃなかった。
「詳しい事情までは・・・ですが、エリウッド殿の率いる部隊はラウスの精鋭騎馬部隊を半分以下の兵力で打ち破ったそうです」
「すげぇ・・・」
セインの感嘆を無視して、ケントは話を続けた。
「ラウス侯は城だけでなく実の息子であるエリック殿も捨て、このキアランに逃れてきたようです」
「ひどいな・・・親が子を捨てるなんて・・・」
「ああ・・・まったくだ」
リンも眉間に皺を寄せた。
親子の愛情に感しては一家言のある彼女だったが、今はそこに言及していてもしょうがない。リンは話を戻した。
「・・・とにかく、エリウッドは隣のラウス領にいるということね。だったら助けをだしてくれるかもしれない・・・なんとか、連絡を取らないと」
リンは視線をウィルに向ける。
「そうですね。奴らに見つからないようにするなら俺が森を抜けるのが確実です」
「少し時間がかかるけどウィルは身軽だしね、それじゃあ・・・」
「リンディスさま!」
突然、リンの声は遮られた。声のした方を見ると、フロリーナがリンを見つめていた。
「わたしが行きます。ペガサスなら森を越えられるから、一番早くラウスに着けるはずです」
はっきりとした口調でフロリーナはそう言った。
「そんな・・・あなたが一人で行動するなんて無茶よ!!」
リンは止めようとするが、フロリーナの方も意思は固い。
「ケントさんたちのおかげで私の男性恐怖症もましになってきたし・・・エリウッドさまにはお会いしたこともあるから。一人でもきっと大丈夫です」
リンはフロリーナの顔を見て、小さくため息をついた。
リンとフロリーナの付き合いは長い。リンは既に彼女を止めることを半ば諦めていた。
普段はおっとりしているのに、いざとなると頑固なところのある親友のことをリンはよく知っていた。
「すごく危険なのよ・・・わかってる?」
「ええ・・・でも。私、リンディス様のために強くなるって決めました。もう以前の弱虫フロリーナじゃない・・・だから、安心して任せてください。ね?」
リンは小さく肩を落とし、微笑んだ。
「わかったわ・・・あなたにお願いする。ただし!絶対に無理はしないこと。いいわね?」
リンがそう言うと、フロリーナの顔が興奮で少し赤く染まった。
「はい!では」
言うが早いかフロリーナはペガサスに飛び乗り、あっという間に森の向こうへと飛んで行く。早駆けで飛んでいくペガサスの後姿はすぐに見えなくなってしまった。
「あの気弱なフロリーナちゃんが精一杯、強気の発言を・・・ステキだ」
薔薇色の世界へと飛んで行ったセインの背中を蹴り飛ばそうかどうかケントは逡巡したが、とりあえず無視することにした。
「もう一人前の天馬騎士ですね」
「そうね」
そう言ったリンの声は少し調子が下がっていた。
「リンディス様のためになんて、健気じゃないですか!」
「おお、わかるかウィルよ!そうだ、あの健気さこそがフロリーナちゃんの美徳でありドどガぁら!!!」
結局、ケントはセインを蹴り飛ばした。リンもウィルも何事も無かったかのように話しを続ける。さすがに見慣れてきていた。
「なんか、寂しそうですね。リンディス様」
「・・・草原にいた頃はずっと私が守ってきたのよ・・・でも、そんなこと言ったらバチが当たるわ」
リンはそう言ってもう一度フロリーナが消えていった方角を見やる。
「ま、待て!相棒、これからの戦いに備えて過剰な制裁は止めた方がいい!」
「安心しろ、加減はわきまえている」
セインの悲鳴を聞きながら、ウィルとリンはフロリーナの去った空を見ていた。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
キアラン城の西側から山一つ隔てた位置にまで進軍してきたエリウッド一行。ハングはマシューとレベッカを先行させて、敵の様子を探らせながらここまで進軍していた。
さすがに、城を落として昨日の今日だ。ラウス侯に領地の境界や街道を守らせる余力は残っていないようだった。
「斥候、勝手に帰還しました」
マシューとレベッカが予定より早く戻ってくる。
「どうだった?」
「城の外に展開してる敵の数はおよそ50。森から城門にかけてびっしりですね。まともに突破するのは骨ですよ」
「あ、あと。森の中には仕掛けとかもありませんでした。ラウス兵はあそこには手を出してないみたいです」
密偵の嗅覚と狩人の嗅覚。実は斥候に向いてる二人からの情報にハングは考えを巡らせた。
こちらの戦力は実質十名。まともに戦っても苦しいだけだ。
森に引き込んで各個撃破していくか無いか・・・
ハングはひとまずそういう戦術を頭の中で組み立てた。
わずかに空を見上げながら思案するハングにエリウッドが声をかけた。
「ハング、焦ってないかい?」
そう言ったエリウッドに対しハングは不敵な笑顔を返した。
「エリウッド、気負ってねぇだろうな?」
笑い合う二人。エリウッドとヘクトルの関係とは違うがまたこの二人も段々と息があってきていた。
「お、なんだ。ずいぶんと仲良くなったらしいな」
「知ってるだろ。昨日の城壁でのやりとり、どうせ、ヘクトルも聞いてたんだろ?」
「んだよ、そこまでわかってたのかよ。気ぃ使って損したぜ」
ヘクトルは鼻を鳴らして前を見た。
「おいっ、敵が見えてきたようだぜ」
ヘクトルの声に反応して、ハングも前を見る。
ここからは目の前の森が一望できていた。その森からキアラン城へと伸びる街道沿いに敵の部隊が展開していた。だが、その部隊の行動を見てヘクトルは眉間に皺を寄せた。
「ん?なんか、戦闘体制取られてるぞ。もしかして、俺らの動きがばれてたか?」
ヘクトルの視線はそのままマシューに向く。
「うおぇ!お、俺ですか?ちょ、ちょっと待ってくださいよ!おれが見つかるようなヘマするわけないじゃないですか!?」
マシューは視線でハングに救援を求めた。ハングには少し無視してみたい気分にもなったが、時間がもったいないので弁護してやる。
「マシューがそんなミスするとは思えねぇよ」
「ま、それもそうか」
ハングにそう言われ、あっさりと納得したヘクトルだがマシューとしては複雑だ。
「ちがう、今のは絶対に本気で疑ってた・・・くっそー・・・こうなったら・・・」
ブツブツと何か言いながらマシューは後方へと下がって行った。
ハングはそれに気づいていたが、さすがに味方に被害のあることはしないだろうから放っておくことにした。
「ここまで監視らしい監視もいなかった。俺らの動きが漏れてるとは考えにくい。本当にあれは俺らに対しての戦闘態勢か?どっかから義勇軍でも・・・ん?」
ハングの目の前で敵部隊が陣形を変えていく。
「弓部隊が前に出てきたね」
エリウッドがそう言った。
「ああ、何やってんだ?しかも狙いが随分と上だが・・・」
ヘクトルが視線を上に向ける。ハングとエリウッドも同じように彼らが矢を番える方向に視線を向けた。
「エリウッド様!」
真っ先に声をあげたのはマーカスだった。
「東の空に、天馬騎士が!!」
それはハングもすぐに見つけた。だが、ハングの顔は驚愕に満ちていた。
「あれはフロリーナかっ!!」
ハングは全身の毛が逆立つような悪寒を感じた。
「エリウッドさまっ!!」
上空からフロリーナの声が降ってくる。彼女はこちらに夢中だ。地上の弓兵に気づいていない。奴らの狙いは間違いなくフロリーナだ。
「フロリーナ!!」
ハングは周囲が震える程の声量で叫んだ。
「え!?あ!ハング・・・さん・・・え?え、えぇ!?」
ハングは息をつく間も惜しんで更に叫んだ。
「フロリーナ!!避けろ!」
「え?」
「放てぇぇ!」
第一射がフロリーナの下から放たれた。
「キャアッ!」
「フロリーナ!!」
フロリーナが矢を回避しようとして、バランスを崩した。彼女の身体が天馬の背中からずり落ちる。そして、フロリーナの身体は重力に従って落下していった。
「ヘクトル!そこを動くな!」
「えっ?うおっ!!おおおおおお!!」