第11回沖雅也研究会

2019年3月19日(火)開催

ミルキーさん作・素敵なポスター

今回のゲストは沖さんと共演も多かった島田陽子さんです!

柏原寛司監督との対談はとても貴重です。

18時半より短い映像をご覧いただきました。

まずは、ふだんの沖さんはどんな話し方をされるのか知りたいというリクエストにお答えして、

つかこうへいさんの結婚式で、つかこうへいさんについてと御自身の結婚について語られています。

さらに、沖さんのご両親も美形だったということからお顔を拝見したいということで、

お母様が沖さんについて語っていらっしゃる映像。

そして、最後に管理人の手元にある超~短い(10秒ぐらい!)「光る海」の映像をご覧いただきました。

そして、いよいよ島田陽子さんが入場されます。大きな拍手が起こりました。

柏原寛司監督はこの日、島田陽子さんの道案内からDVD上映まで、すでに大活躍していただいたのです(監督、スミマセンでした)が、

対談にも勿論活躍していただきました。

まずは最初の共演である「光る海」(1972年)での沖さんのお話から。

島田さんは、沖さんはとても明るくて社交的だった、とまず一言。

「光る海」より

(マ=管理人)

島田「私はまだ十九でしたからあまり思っていることをパッと言ったりすることが出来なかったのですが、

   沖さんは色々なことをどんどんとおっしゃって、活発で明るくて。背が高かったので、すごくハンサムでしたしね。」

マ 「沖さんの方からどんどん話しかけて来る感じでしたか?」

島田「そうですね。私にだけではなく、全体のイニシアティブをというか、ムードメーカーで。

   その場の雰囲気を作るみたいな感じでした」

柏原「ほぅ」

マ 「年齢的には中野良子さんの方が少し年上ですし、沖さんを引っ張って行くという役柄でしたので、

   中野さんが引っ張って行ったのかと思いましたが、沖さんがムードメーカーで?」

島田「私はまだ女優に成りたてで、あまり色々なことをはっきりイヤとか、したくないとか言わないタイプだったんです

柏原「今は言うんですか(笑)」

島田「今は言いますけど(笑)」

マ 「じゃあ役柄通りの感じで」

島田「ええ。私の妹役に小林麻美さんがいて、麻美ちゃんと仲良しで、ふだんからお付き合いしていて。

   石川さゆりちゃんがまだ中学の頃で」

マ 「石川さゆりさんはこれが女優デビューで、沖さんの妹役でしたね」

島田「さゆりちゃんは夏休みの宿題があって、私の控室に来て宿題を教えてって言われて、

   いつも撮影の合間にさゆりちゃんの宿題のお手伝いをして。すごく思い出に残っています。可愛かったんですよ」

柏原「沖さんは(役でライバルとなる中野さんと島田さんの間に立って)座長としてコントロールしていたんですかね」

島田「そうですね。あの方は分け隔てない方でしたし、誰かと特に仲良くするということがなく、如才ない方ですね。

   うまく公平にというか。色々助かりました、沖さんがいて下さったので」

マ 「沖さんは二十歳で、それまではアイドル的なお仕事をされていたんですね。どちらかというと小学生、中学生向きの。

   (「光る海」は)初めて大人のドラマをするということで大変張り切っていらして、髪も短くされて。

   二十歳なのに大学を出た新入社員の役で、大人の恋をするというのも初めてのことだったので、

   張り切って仕事を1本に絞ってそれだけにされたんですよ。

   だから、時間をとってじっくり取り組んでいらしたと思うのですが」

島田「あまりお互いそういう話をすることがなかったので知りませんでしたけど、

   沖さんにとっても石坂洋次郎さんの原作で、本格的な作品だったかと。

   あの作品で何が有名で取り沙汰されたかというと、セクシャリティーに係わる言葉を初めてテレビで解禁というか、出したことなんです。

   平気でテレビで出すというというのは今まで全然なかったことなんですね。

   わりとふだん口にしないようなことをポンポン口にするのを原作そのままにして、

   それがドラマの話題になっていました」

柏原「視聴率的にはどうだったんですかね」

マ 「良かったようです」

柏原「成功したドラマだったんですね」

マ 「成功したので記事なども沢山出ていました。

   島田陽子さんはデビューの「続・氷点」で40%以上の視聴率を出した話題のある女優さんでしたし。その次の作品でしたよね」

島田「そうですね、二本目ぐらいの作品でした」

マ 「それからずっと耐え忍ぶ役が続いて(笑)。静かにいじめられる役が多かったんじゃないですか」

島田「耐え忍んで物静かなのは確かにそうなんですが、芯はとても強い役。

   自分を表現しなくても、世の中や人生の荒波をジタバタしないで自分の宿命として受け止めて、

   その中で生きて行くという、今思うと逆に強い女性。

   強い女性っていうと言葉で強いことを言ったり気が強いことを強いと言ったりしますけど、

   そうではなくて自分の心に秘めたものをそんなに表現せずに行くことは強くないと出来ないことなので、

   相当芯の強い役だったなと今は思っています」

マ 「『光る海』でも最終的には沖さんをゲットする役でしたね。ちょっとキスシーンもありましたし」

島田「そうでしたか。全然覚えていないです(笑)」

マ 「!!男性として全く意識していなかったということですか」

島田「そうです!(笑)」

マ 「もったいない~」

島田「そうですね、今思うと」

マ 「若い俳優さんが沢山出ていたドラマでもありましたね、夏夕介さんとか。そういう中で沖さんはちょっと…?」

島田「いえ、すごい素敵な方でしたよ。でも、私自身がまだ女優に成りたてでしょ。

   自分の演技をすることで精一杯なんですね、毎日。

   毎日ヘアメークして、演技してその役になりきって監督からOKをもらう。

   もう精一杯で、この人素敵とかキスシーンがとか考えなくて(笑)。

   無我夢中で演技することしか頭にないので、沖さんも多分私を“物体”にしか見てなかったんじゃないですか、その頃は。

   それ位いっぱいいっぱいでした。沖さん女性は?」

マ 「それが結構女性と噂があったんですよ。女優さんもお付き合いしていた方がいらしたようで」

島田「だったら良かった(笑)」

マ 「あまり私生活のことは話されない方でしたか」

島田「全くしませんね。急に沖さんが亡くなられた話に飛びますけど、

   亡くなられてすぐにあのホテルで仕事がありまして、お泊りだったんですね、仕事が遅くなって。

   撮影が終わって12時過ぎに自分の部屋に行く時、誰も歩いていない長い薄暗い廊下をずっと歩いていたらすごい風が吹いて。

   ブワ~ッて。確かに沖雅也さんがいましたね。あの時。すごく感じたんです。

   まあ、『こんにちは』『元気?』ぐらいの感じで現れて下さったんだと思いますけど。

   ちょっとあのホテル泊まれなくなってしまって。でも、怖いような懐かしいような、複雑な気持ちでした。

   お仕事で地方に新幹線で行って、その頃はまだ食堂車があった頃に、

   何時間も食堂車でご飯食べながらお話ししたこともありましたしね」

マ 「それは『光る海』からだいぶ経ってからですか?」

島田「(他の作品で)共演していた時に、帰りの新幹線の中で。個人的なお話をしたり聞いたり」

マ 「じゃあ『情炎』か『もう一人の乗客』か」

島田「そのあたりですね」

マ 「『情炎』は中尾彬さんが相手役で『もう一人の乗客』は江守徹さんが相手役で。

   年上の方が相手役ということが多かったんですね」

「情炎」

島田「そうですよね。江守さんは私の相手役でした?!(笑)」

マ 「そうです。犯人を捜す刑事さんの役だったんですが、そのうちお互いが惹かれあって」

島田「え~っ?!(笑)」

マ 「演じている方は覚えていないものなんですよね(笑)」

島田「作品がたくさんありすぎましたので…」

マ 「観ている方はなんで沖さんじゃなくて江守さんだったんだって思いましたけど」

島田「本当ですよね(笑)」

「もう一人の乗客」

マ 「その頃になると女医さんとか、きりっとした役柄が多くなったようですが」

島田「そうですね、その頃になったら。弁護士とか…」

柏原「それは『SHOGUN』の前ですか」

島田「全然前です」

マ 「『SHOGUN』は1980年ですね?」

島田「はい、私が26歳の時です」

マ 「『もう一人の乗客』はその2年ぐらい前ですね。

   『SHOGUN』に出られてから環境というか境遇が変わったのではないですか?」

島田「すごく変わりましたね。いい意味でも悪い意味でも。

   自分自身としては3つの時からクラシックバレエをやっていたので、

   ずっとバレリーナになることだけを目指して来たんですね。

   森下洋子さんのところで教えていただいたりして。

   ただ、私は身長が170センチあるので、バレリーナには日本では向かないと言われて悩んでいたんです。

   三歳から高三まで続けていて舞台にも出たりしていたのですが、

   その時にある出来事があって女優になってしまって。

   なんとなく始まってしまった女優人生なので、どうしてもやりたくて始めたことではなくて。

   でも、なってしまったら、すぐにメディアが相変わらず厄介で、色々なことを言うんですね。

   子供ですし、まだ人生経験も浅いですから、ひとつひとつ傷つかなくてはいけなくて……。

   流すということが出来なくて。十人いると十人色々なことを言いますでしょ。

   そうすると自分の女優としての価値が分らなくなってしまうんですね。

   一生懸命やっても紙面には “島田陽子の演技は優等生だ” とか “色気がない” とか、そういうことしか書かれないし、

   じゃ色気って何だろうって色々思い始めて。色気ってどうやったら出るんだろうって。

   先輩の俳優さんに訊いたりすると、無責任に

   『キミは一回男に騙されてボロボロになって捨てられたところから立ち上がらないと』って言われて(笑)。

   『え?そうすれば色気出るんですか?』『そうだよ』って言われて、そうか~って(笑)。

   真剣にそれは考えましたからね。常にそれはコンプレックスで、

   仕事はどんどんいいお仕事をして主演をいっぱいさせていただいているにも拘らず、

   いつも自分に自信がなくて、常に悩んでいましたね。

   それでいて自分の生活はないですから。

   撮影所と自分の部屋の往復だけですから、もうロボットのように。

   おうちに帰ったらお風呂に入って寝るだけです。

   朝暗いうちに車でスタジオに行ってヘアメークして衣装着替えて、真っ暗なスタジオに朝までいるわけですから、

   シーンを演じるだけの生活を365日やってるわけで、自分の時間もないですし、

   また何か勝手なことをするというのはあの頃事務所は許さなかったので。

   私にはスパイがついてましたから。(え!)

   舞台で地方に行ったりすると配役に一人スパイを入れて、私の行動を電話で報告させるようなことがあったりして」

   (驚きの声があがる)

マ 「それは清純派のイメージがあったから、それを崩さないようにということで?」

島田「それもありましたけど、事務所が一番困るのは恋愛されて辞められたり結婚されたりすると、

   今まで売り出すために頑張って来たことが一瞬にして水の泡になるわけですね。

   稼ぎ頭でもありますし、事務所も経営がありますから、そんなことにならないようにしまっておくことですよね」

マ 「本当の箱入り娘ですね」

島田「そういうことですね。高校三年生で在学中に「続・氷点」でデビューしたので社会を知らないままで、

   そういうものだと疑問も感じなくて。

   窮屈だな、何か空しいな、私の人生はどこにあるんだろうって何となく思いますけど、

   そこに自分が抵抗して出てやろうみたいなものはないわけです、まだ。

   だからもう表向きはとても華やかで、ドラマの視聴率も良かったですし、いっぱいいい役をさせていただいて、

   いつもいつも仕事は途切れなかったんですけど、私はいつも何かが足りない気がしていて。それは今でも思い出しますね」

マ 「売れない俳優さんにしたら、すごい羨ましい話だと思うんですよ(笑)。

   どんどん主演があって、いくら頑張っても日の目を見ない方っていうのがゴマンといらっしゃると思うんですが、

   そういう方々からしたら羨ましくて仕方ない存在だったと思うんですが」

島田「そうですね……、だからその面ではラッキーだったとは思うんですけど」

マ 「売れる厳しさっていうのもあるんですね」

島田「その中ではそれなりの身動きの取れなさとかがあって」

柏原「じゃあ沖さんと食堂車でメシ食ってるのも誰かに監視されてたかもね(笑)」

島田「絶対、絶対そうです」

マ 「誰かに報告されていましたか」

島田「はい。でも女優としても十年ぐらい経つと、だんだん大人になって

   自己主張もするようになって、事務所の言いなりのロボットではなくなるわけですね。

   そうすると事務所が扱いづらくなって来るわけですね。

   いままでイエスとしか言わなかったのが時々ノーと言うわけですから。

   それが大人になることだと思うんですけれども。

   今の時期、これはやるべきではないとか、そういうことで方針がずれたりしました」

マ 「でも、役柄としては正統派が多かったと思いますが。柏原監督の書かれるじゃじゃ馬なヒロインとは違って(笑)」

柏原「正統派美人女優さんで清純派ですから。でも、芯が強いっていうのは分かるんですよ。

   やっぱり清純派で芯が強いっていうのはいい女の条件みたいなもんですから。

   男からしたら高嶺の花だなって見ています。

   オレの周りに来るのは片桐竜次とかだけですから(笑)。

   アクション系ですから、そういう人ばかり周りにいたもんで。(松田)優作とか」

島田「楽しそうな方ばかりですね(爆笑)」

マ 「でも、島田さんもサスペンスものはされていますよね」

柏原「そう、火曜サスペンスの第一作目がね」

島田「まあ、よく覚えていて下さって火曜サスペンスは私はご縁がありまして、第一作目が『球形の荒野』。

   私、松竹の映画でも同じ役をやっているんです」

柏原「映画の方もやってるんですか」

島田「映画の方は芦田伸介さんがお父さんだったんですけど、

   テレビの時は三船敏郎さんがお父さんで、中村雅俊さんが相手役だったんですね。

   あと、火曜サスペンスの最終回もやらせていただいて。

   優等生の役とかおしとやかな役ばかりやっているから、自分の中では悪い役をやりたいんですよね。

   外れた役をやりたい、これは役者さんは皆さんそうなんですけど」

マ 「イメージを壊して新しいものに、ということですか?」

島田「イメージを壊すという気持ちでもなくて。役者というのは色々な演じてこそプロじゃないですか。

   同じような役ばっかりだとプロとは言えないでしょっていうのがあるんです。

   だから、全く違うタイプの善も悪もきちっと演じられる役者になりたい、役者として精進したいという気持ちの中から、

   どんな役でもやりたいと思うようになりましたね。

   まあ、どんな役でもやりたいと思って冒険するんですけど、それがやはり上手く廻らない時もありますし。

   冒険はしたものの、ひとつイメージではなかったりということはありました」

柏原「色々主演されていて、男優さんと共演するじゃないですか。

   沢山共演されている中で、沖雅也さんというのはどういう感じなんですか。

   合う合わないも含めて。この人は合わないっていうのは絶対あると思うんですよね。

   僕らだって作品を観ていて、主演の俳優さんと女優さんを観ていて、

   こりゃ合わないな、リアリティーないなって思う時あるじゃないですか」

島田「観ていて分かります?」

柏原「ええ、何となく。この二人は恋愛しないだろう、みたいな」

島田「それはちょっとミスキャスティングですね」

柏原「そういう相性も含めて」

島田「相性はありますね。でも私ね、嫌いとか共演嫌だっていう人はあまりいないですね。

   逆に、特に恋愛するほど好きな人もいなかったですね(笑)。

   よく(共演者同士が)恋愛したりっていうことが海外ではとても多いですよね」

柏原「そうですよね。よく映画と同じような関係がね」

島田「そうなんですよね。でも私は……」

柏原「良かったですね、沖さんのファン(笑)」

島田「沖さんは多分私にそういう意味での魅力を感じていなかったと思うんです」

柏原「いやいや」

島田「お兄さんみたいなさっぱりした方で、私にもそういう接し方だったので」

マ 「まだ少女というイメージだったからかも知れませんね。『光る海』の写真を見るとまだ真丸で、少女っぽいですよね」

島田「子供なんですよ、ただ」

マ 「本当につるつるっとゆでたまごみたいで」

島田「ホント、ボールみたいで(笑)」

マ 「そんな中で『SHOGUN』というのは転機にはなられましたね」

島田「結果的にはですね。転機にしようとかいう気持ちはなく、わけも分からなくオーディションを受けるよう事務所に言われて、

   何となくオーディションを受けて。どんな大きな作品なのかも分からず、アメリカのなぁに?みたいな感じで。

   映画なのかテレビなのかも知れないままで、ポッと受かってしまって。それで翌週から撮影に入りましたので」

マ 「あれは撮影はアメリカですか?」

島田「撮影は全部日本です。東宝の撮影所に大きなセットを作って。

   あとは紀伊長島というところに本当に村を作って、橋を作ったりして全部建築したんです。

   実際に江戸時代の村を作って家を建てて、そこはもう一つの『SHOGUN』の村が出来ていましたね。

   長い桟橋も作って、木のオランダ船がちゃんと着いて。その船も何億もかけて本物を作っていました。

   大変な撮影で、台詞も全部英語だったので、苦しみ泣きながら一年間撮影して。

   そして蓋を開けてみたら大変な作品だったんですね。ビックリしちゃって(笑)。こんな大きなものだったの?って。

   知らないでやっていて、それで賞をいただいたりして向こうに行くことが多くなって、

   向こうの役者さんたちとお付き合いが色々出来るようになって、

   日本を離れた時に初めて自分が色気がないだとか優等生だとか言われていたことがそうではなくて、

   色気というものはその人の人間性から来るものであって、自分が思っていたコンプレックスが

   全然持たなくて良いことだったんだなって。

   何を小さなことに苦しんでいたんだろうって、目が開いたというか、目の前が明るくなったというか。

   それが私にとっての『SHOGUN』という仕事でしたね。

   賞をいただいたことより、自分というものをやっと自分らしくしていればいい、

   別に何か無理して背伸びする必要もないということを実感させていただいたので、

   そういう意味でものすごく大きい仕事だったと思いました」

マ 「外から日本を見直して、自分も見直してということでしょうか」

島田「そうですね」

マ 「撮影中は口の中に手を入れて発音を直されたりとかいう話も聞きました」

島田「そうですね。とにかく英語の発音に厳しかったので。

   いい感じでリチャード・チェンバレンと英語を喋って撮影が進んでいても、発音が悪いとストップになって」

マ 「通訳の役でしたよね」

島田「それで先生が飛んで来て、影に行って直して直して、それでまた本番に臨んで。

   私はもう撮影でくたくたになって倒れていたんですね。

   ベッドに寝る間もなく、ドアを開けたらドアのところで寝ていたぐらいなので。

   それでも、そこからまた英語の練習があるんです。

   だから寝る時間はないし、目は真っ赤でしたし、いっぱいいっぱいすぎて、

   ちょっと一時期精神的に不安定になって、尾鷲という町で撮影があったんですけど、

   尾鷲の町を夢遊病者のようになって歩いている私がいたらしくって。(え~?!)

   頑張りましたねって自分で思い出します」

マ 「でも、それでゴールデン・グローブ賞を日本の女優さんで初めて受賞されて」

島田「まさかそういう風に報われるとは思っていなくて」

マ 「努力が報われたんですね」

島田「報われました、本当に。でも、そうなって来たらまた日本の芸能界で、違う意味で上手く行かないですよね。

   もちろん今は違うかも知れませんが、日本ってやっぱり難しい国で、

   海外で仕事をしたことが噂になったりいい賞をもらったことを喜んでくれるんですけれども、

   ギャラが急に10倍になったとか(言われて)、そんなことは全然ないのに」

マ 「ないんですか(笑)」

島田「あと、お化粧が変わったとか、感じが悪くなったとか(笑)そんな風になって行って」

マ 「お高くとまっているみたいに言われたということですか?」

島田「はいはい、そうなんです。そういう風に“国際女優・島田陽子、国際女優なのにデニーズでお茶飲んでたとか(爆笑)。

   デニーズでお茶飲んでたら何がいけないのって。デニーズに失礼でしょって(笑)。そんな風に週刊誌に書かれて」

マ 「妬みとかはなかったんですか?多分、女優さんたちはものすごく羨ましかったんじゃないかと思うんですよ、

   国際的に出て行くということに対して。

   沖さんも『戦場のメリークリスマス』に一時キャスティングされていたこともあったりして、

   坂本龍一さんの役を沖さんがやるという話があったんですが。

   日本で一生懸命やっていてもなかなか報われないから、そういう作品をやりたいんだという話をしていたと

   渡辺篤史さんが話していらしたんですよ。

   だから、女優さんでもそういうことを望んだ方は沢山いらしたと思うので、

   羨ましい、妬ましいというのがあったと思うのですが」

島田「マスコミも今まで自分の手の内にいて動いていた人が遠くに行っちゃったような気がして、

   ちょっといじめたくなってみたりということもあったのでしょうし。

   不思議ですよね、人間って何かになりたかったり、何か目標を設定してそこに向かって全力で努力をしたりしても、

   達成出来ないものもあれば、何も考えていなくてそこに向かってもいないのに、

   仕事が来て一生懸命やったら勝手にそうなってしまったという結果論みたいなこともあり……どうしてなんでしょうね。

   求めない方がいいんでしょうか」

柏原「いやぁ、そんなこともないと思いますけどね(笑)。今はだいぶ変わって来ましたよ。

   海外との交流が盛んになってボーダーレスになって来て。

   平気で若い奴なんか向こうへ行って作品を撮って来ますし。逆に海外からも日本で撮ってますし、全然ひがみはないですね」

島田「ないですね」

柏原「先駆者だから色々叩かれるんですよ。今はもう全然大丈夫です」

島田「そうかも知れないですね」

マ 「運転免許証の期限が切れているとか写真週刊誌が出て、ここまで追いかけるかなと思ったことがあったんですが(笑)。

   そこまで追いかけられていたんですね」

島田「はい、もうそれどころじゃないですね。何でもかんでも、何のこと?っていうことを」

柏原「いじめるっていうことは、好きだっていうことの裏返しなんですよね(笑)。

   気になるからするわけで、気にもかけなかったら無視ですよ。自分に振り向いてくれないから、書いちゃう(笑)」

島田「ただ、マスコミっていうのは基本的に悪く書くのが好きですから。その方が売れるんですね、残念ながら。

   だから読む方もネガティブな話の方が面白いと思うのか、そこへ向けて書いて行きますから。

   いい話ってあまり出ないですものね」

マ 「沖さんが亡くなった時もさんざんに言われまして(笑)。本当にあることないこと書かれて」

島田「本当にそうでした」

マ 「やはり悪いことの方が記事にすると売れるんですね」

島田「相変わらずそれは変わっていないようです」

マ 「いい人でした、では記事にならないんでしょうね」

島田「ならないんですよね」

マ 「何か事件になった方が面白いってなっちゃうんですよね。もう、さんざんに沖さんは書かれて。(だんだん管理人は熱が入る)

   しかも、弁解の出来ないところにいる人をそこまで書くというのは」

島田「亡くなった人のことをね。してはいけないことですよね」

マ 「生きているうちに、どんどん反論して下さいね(爆笑)。

   当時ハリウッドでは日本という国に偏見がまだあったと思うんですよ。

   もちろん、ハリウッドの上の方の方は分かっていらっしゃったと思うんですけれども、

   一般の人はまだ日本はどこの島国だろうと思っていた時期ですよね、1980年代は。

   そういうことで苦労されたことはないですか」

島田「特に……。私は『SHOGUN』で賞をもらって向こうに行ってますから、(守られた部分があって)

   そういうことはなかったですね。ただ、いわゆる人種差別というのはありますよね。それは今でもありますから。

   それは仕方ないとは言いませんが、一部の人は白人至上主義でしょ、この地球は。

   そうじゃないものに対してはちょっと下目線で見るところがありますよね。

   それはちょっと社会の問題点ですよね。こればかりは、なくならないでしょうね、きっと」

柏原「なくならないでしょうね。差別されている側が別の民族を差別するという、別の問題も出て来るし」

島田「逆差別ね。それもありますね」

柏原「僕はアメリカ好きでよく行くんですけど、自分達が差別されているから、逆に他の民族を差別するということもあります」

島田「そうなると、悪いサークルが続くばかりでね」

マ 「ゴールデン・グローブ賞が印籠になったわけですね」

柏原「映画人たちはそれは尊敬するから。でも、一般市民はわからないから。映画人同士はどこへ行っても差別はないですよ」

島田「そうですよね」

柏原「ロシアへ行っても中国へ行っても、そういうことは全然ないです」

マ 「『SHOGUN』のまり子さんというのは、今までの外国から見た日本人のイメージより強い女性だったじゃないですか。

   旦那様の後に続いてというより、前に出て行くという」

島田「そうですね。ある意味女性の理想像です。男性の一歩後ろにいるんですけど必要な時には補佐するという、

   こんな女性がいたらいいなっていう役でしたね。あの時代の大和撫子ではなく、アメリカが考えたフィクションの世界なので。

   まあ、あの時代に英語をペラペラしゃべって、綺麗なお着物を着て、

   ご主人がいるのにメイドだとか嘘ついてリチャード・チェンバレンと恋仲になったり、

   なかなかすごいことになっているんですけど(笑)。

   ですから私はあれが終わった後でアメリカに行ったら『Mariko, Mariko』で。

   向こうの俳優さんは皆まり子に恋しているものですから、もう~(笑)。

   私と話している人は皆自分がリチャード・チェンバレンになっちゃってるから面白かったですね。(笑)」

柏原「でも、世界じゃ日本の女性が一番みたいなのがあるんですよ」

島田「あら、そうですか」

柏原「料理は中国料理、女性は日本人みたいですよ」

島田「なるほど」

柏原「そういう間違った……(笑)、そういう風に皆思ってますよ。特にまり子はあれだけ人気になっちゃうと、もうね」

島田「ありがたいことですけど。子供にまり子ってつける人がいて、沢山。白人の子供にまり子ってどうかと思いますけど、

   結構流行りましたね」

マ 「よく訊かれました、まり子は今も綺麗かって。私アメリカに住んでいたので」

島田「まあ~、そうですかぁ(笑)」

マ 「まり子は最後にリチャード・チェンバレンを庇って亡くなりますよね。ああいうところが日本的で憧れると言っていました」

島田「亡くなることを見越して、リチャード・チェンバレンのために船やお手紙を全部を準備してね。

   知識のある方はちゃんと分かっていますけれども、

   『ティファニーで朝食を』に出てくる日本人なんか、すごい歯が出てるでしょ(笑)。

   それで眼鏡をかけているんですよ。あの頃から日本人は歯が出て眼鏡をかけてるって思っていて。何なんでしょう」

柏原「肩からカメラかけてますからね、確実に(笑)」

マ 「80年代からまた違う役にチャレンジして行くといいますか、ミステリアスな役がとても増えたような気がするんですが。

   とても話しかけづらい雰囲気の(笑)。男の人は簡単にナンパが出来ないタイプじゃないかと思うんですけど」

島田「ナンパされたことがあるかというご質問ですか?(笑)」

マ 「簡単にナンパなんかしたら怒られそうな雰囲気があるんですが」

島田「そういうことが女優の悲劇でしてね。私だけではなくて、女優さんってそういう風に見られがちじゃないですか。

   テレビの中の人だから。皆、あまり近寄らないですよね。

   だから女優さんって孤独になって行ったり、変な男の人と結婚したりとか(笑)。

   皆が遠慮して近づかないから孤独なものですよ。だから遠慮しないでバッと来た人に弱かったりするんですよ」

マ 「ご本人は実は明るい方なんですか?(笑)」

島田「はい!私はもう、いたって前向きで」

マ 「前向きなのは分かりますが、明るいというよりは物静かなイメージを皆さん持たれていると思うんですが」

島田「もの静かではないです(笑)。おしゃべりかっていうとそうでもないですが、言うところはちゃんと言います。

   お友達と一緒にお酒を飲みに行って色んなおしゃべりをするのも大好きですし、

   あまり男女関係なく、男性でも女の人と同じようにお友達っていう方が私は多くて。

   あまり性別を意識しない方なんですね。だから、友達にはなりやすいかと思います」

マ 「皆さん、今びっくりされていると思います(笑)。そういうイメージではなかったと思います」

島田「う~ん、やっぱり役のイメージとかですかね。それと、皆さんと接する機会がないので」

柏原「そうですよね、どうしてもブラウン管から観ているイメージなっちゃうから」

島田「そうなんです。あと、所謂マスメディアの描いたイメージってありますよね」

マ 「沖さんもそういうことがあって、今でも色々なことを言われているんですが、

   新聞の中吊り広告のタイトルだけを見て、読んだ気に皆さんなるんですね。

   読んでみるとそんなに過激なことが書いてなくても、タイトルは刺激的なことが書いてあったりすると、

   世間はそれを信じているということがかなりあって。

   それもあったので、こういう会を開いて沖さんの真実の姿を知っていただきたいな、というのがあるんですが」

島田「こういうチャンスって本当に大切だと思いますね。

   こういうところで本当のお話を聞いていただき、正しく理解していただいて(笑)。

   真実と違う方向に行ってしまうというのが一番怖いことです。

   やっぱり疑問を持たない方が多いので、なかなか難しいですけれども、

   世の中に起きていることって作られていることが多いじゃないですか。情報も操作されていますし。

   だから、鵜呑みには出来ないですね。自分の目でしっかり見ていこうという気持ちがないと」

マ 「芸能界の中のことは私たちには分からないので、メディアがそう言ったら

   『ああ、あの人そうなんだ』って思ってしまうところがどうしてもありまして」

島田「メディアはそれを分かって利用しているわけですよ。一般の方の純粋な気持ちをわかって上手く利用して書いて売っているわけですから」

マ 「気をつけないといけないですね(笑)。昔からインタビューには応じていらしたようですが、

   その中で言葉のひとつだけを引っ張って記事にされたりとかありますよね」

島田「そうでしたか。記憶にないですが(笑)」

マ 「今日、イメージを変えて帰っていただいて(笑)」

島田「言葉にすることは大切だと思いますね。

   言わなければ良かった言われても、やっぱり本当のことを言うべきだと思うし、

   それをまた記事にするのは、それは向こうの問題ですよね」

柏原「インタビューされてゲラをチェックすることはあるんですか」

島田「チェックはさせて下さいって言って、わかりましたと言って翌日そのまま出す週刊誌もたくさんあります。

   あれだけ約束したのに翌日電話すると

   『今、印刷に廻っちゃってって言われて……。編集長が急げって言ったから』って。そういう裏切りは普通です」(え~っ?!)

柏原「うちら物書きは、新聞のインタビューなんかでも必ずゲラはチェックしますよ」

島田「それは、記事にする側がスキャンダラスに持って行こうとするものではないからです。

   私たちみたいな場合は、面白くスキャンダラスに持って行こうと最初から狙いで取材に来ますので」

マ 「かと言って何も言わないといいように書かれてしまうから、言わないといけないわけですね」

島田「そうですね。言うべきことは言う。それをまた利用されて何かを書かれる。

   今おっしゃったように言うということが利用されることになるのだったら、口を閉ざしちゃおうということになったりします。

   でも、口を閉ざしてしまうということは、心を閉ざすことなんですね。

   相手にしないというのは上から目線で申し訳ないんですが、くだらないことに自分の神経を使わないようにしよう、

   そうしないといい仕事が出来ないというように自分を持って行かないといけないので、それは試行錯誤の中でね。

   他の女優さんもそうだと思いますね。

   事務所が大きいと事務所がもみ消してしまいますけど、自分が表に立っていると」

柏原「大変なことになりましたね(笑)。私は石原プロと仲がいいんですけど、あそこはマスコミ対応が上手いんです。

   ふだんからマスコミと上手く付き合って、変なこと書かせない。個人だと大変ですよね、マスコミ対応は」

マ 「沖さんの事務所も個人事務所でしたので、しかも社長がべらべら喋ってしまったので(笑)、

   収拾がつかなくなったというのはあります」

島田「それはもう宿命ですね。いいことも誤解だし、悪いことも誤解。この世の中は全部誤解。

   ニーチェの言葉になってしまいますけど。

   誰かが誰かを本当の意味で理解することはなかなか難しいですよね。仕方のない部分なんでしょうね、それは」

マ 「あの、根掘り葉掘り訊くようで申し訳ないのですが、食堂車の中では何を話されたのでしょうか(笑)」

島田「大したことは話さなかったんですけど……ちょっと恋愛の話もしたかな?沖さんは恋人いないのかって訊いたと思います、私」

マ 「で、何と…?」

島田「その時、いないって言ってました。どうしていないのかなって思ったんですけど」

マ 「その頃かどうかは分からないですけれども、お付き合いをされた女優さんはいたようなのですが…」

柏原「じゃあさっきのインタビューの映像で『見合いをしたい』とか言ってたのはウソなんだな(笑)」

マ 「それは亡くなる少し前の話で」

島田「本当ですか?あら」

マ 「男性陣が聞きたいと思うのでうかがいますが、『われら青春!』というドラマがありましたよね。

   あれは割合明るくて元気な役でしたね」

島田「『われら青春』はヌケてる役です(笑)。私は別にそんなにコミカルに演じなくても内容が面白くなっているので、

   自然にやって十分おかしいという」

マ 「では、特にご自分でコメディーを意識したのではなく?」

島田「全然。やっぱりコメディーっていうのはおかしくやろうとするとダメなんですよ。

   大真面目にやっておかしくないといけないんです」

マ 「役柄もそうですよね。真面目に言ったことが皆に笑われてしまうような」

島田「そうですね。それが私の場合はおかしいようです(笑)。あだ名がタンチョウヅルですから」

マ 「背が高いからですか?」

島田「いいえ~、煮ても焼いても食えないという意味です(笑)。あの中ではそういう役でした」

マ 「珍しいですね。あまりそういうボケた役ってなさらなかったですよね」

島田「自分では全然ボケた役だと思っていないんですけど、間抜けなことにばかりいつもなってしまうんです」

マ 「じゃあ楽しんで演じられたんですか」

島田「楽しかったです。肩肘張らずに」

マ 「同年代の方とご一緒でしたし」

島田「中村雅俊さんはあれがデビューでしたし」

マ 「じゃあ逆に教えて差し上げるような立場で」

島田「教えたりはしません、私は(笑)。そういうタイプじゃないんですね。

   訊かれたら答えますけど、先輩っぽくするのがあまり好きじゃないんです。

   私、一番嬉しかったのは、昔PARCOで『LOST IN YONKERS』という舞台をやったんですね。

   難しい、知的障害のある女の人の役で、ブロードウェイでヒットしたもので。

   その時、従弟の役で小学校四年生か五年生の役者が出ていたんです、子役ですよね。

   ある日舞台が終わって化粧室に行ったら、その小学校四年生の男の子が走って来て

   『島田さ~ん』って言うんで『なになに?』って言ったら

   『今日の芝居、良かったですよ』って(爆笑)。小学校四年生に褒められて。それがすごく嬉しくて。ほめられた~って。

   なんか、そういうのが好きですね。あまり先輩後輩じゃなく。幼稚園生でもやる子はやりますからね。

   『島田さんの芝居、今日は良かった』『ありがとうございます』って(笑)。

マ 「良かったです。今日、イメージが変わったという方も皆さんの中で多いのではないかと思います。

   最初、島田陽子さんが来て下さると言ったら『話して下さるの?』と皆さんおっしゃって。そういうイメージがありましたので」

島田「そうだったんですか~」

マ 「沖さんのこともいいイメージで残っていて下さったので」

島田「そうですね、沖さんは勿体無かったです、本当に。おいくつでしたか?」

マ 「三十一歳でした」

島田「亡くなられた原因というのは?」

マ 「言われているのは躁鬱病の悪化だということです。田宮二郎さんもそうだったということですが…」

島田「田宮二郎さんは最期の作品の『白い巨塔』でご一緒したので、とてもショックでした。色々わからない心の闇があるんですね」

柏原「私なんか闇だらけですよ(笑)」

島田「そうは見えませんが(爆笑)」

マ 「監督から見て、じゃじゃ馬なヒロインの役なんか、島田陽子さんはどうでしょう」

柏原「絶対面白いよ。ビジュアル的にそうじゃないタイプがじゃじゃ馬だったりするとね」

マ 「意外性があるということですね。ぜひ、次回作で(笑)」

島田「意外性が面白いですよね」

柏原「イメージ壊して、えっ?っていうのが逆に魅力的でね」

~~ ここで参加者の皆さんからの質問コーナーに。 ~~

Q 「学園ドラマのヒロインの頃からずっとファンで、こんな美しい人が世の中にいるんだって思っておりました。

  先ほど、男性も女性と同じようにお友達になりやすいというお話がございましたが、

  芸能界でお友達だったのよという方か、印象に残っている方がいらしたら教えて下さい。」

島田「印象に残っている方は……萩原健一さんとか」

柏原「やっぱり(爆笑)」

島田「誰でも印象に残りますよね(笑)」

柏原「仲いいんですよ」

島田「やっぱり(笑)」

マ 「監督は(萩原さんの主演作の)脚本を書いていらっしゃいますものね」

島田「私、恋人役だったり夫婦だったり、結構共演が多かったのですが、殴るシーンは本当に殴りますしね。

   一回殴られるシーンがあって、本当に殴られて向こうまで飛んじゃったことがあって。

   それでも芝居を続けたら、萩原さんが『今の芝居、良かっただろ』って(笑)。

   本当に変わった方で、一度NHKでドラマのリハーサルをやっていたら、リハーサル室に電話があるんですよ。

   ADさんが内線で取ると『島田陽子いる?オレ、夫だけど』って(笑)。

   ただ、萩原さんも私を妹のように良くして下さって、友達のような妹のような感じでした。

   中村雅俊さんも印象に残っていますし、あと『名もなく貧しく美しく』という番組でご一緒だった篠田三郎さん。

   とてもいい俳優さんでいいお仕事をして、印象に残っていますね。あと、海外にはいっぱいいますよ。共演した方とか。

   ロバート・ワグナーとか。まあ、向こうに住んでいたものですから、色々なパーティーに呼んでいただいて」

Q 「先ほど、バレリーナになりたかったので、望んで俳優になったわけではないとおっしゃっていましたが、

   女優さんを辞めたいと思ったことはないのでしょうか」

島田「辞めたいと思ったことはないですね。私って普通と違うところは持っているかも知れないですね。

   真実でないことを書かれていることについて、あまり苦しいとか思わない方なんです。だって真実じゃないから。

   それを誰かがどう思うということも、あまり気にならない方なんですね。ちょっと変わっているかも知れないですけど。

   小さい頃から私って変わってたものですから。幼稚園の頃から休み時間になると職員室に行って先生とあやとりをしていて、

   クラスの子と遊ばないので、私の母はいつも呼ばれて注意を受けていたんですね。

   小学校の頃は校舎の運動場の向こうに特別支援学級の校舎があったんです。

   休み時間になるとそこへ行って、一緒に遊んでいたんですね。

   そこで一緒に砂場で“砂の器”を作っていると(笑)、砂がなくなると誰かが持って来るんです。喧嘩なんかないんです。

   ところが自分のクラスに戻るとスカートめくったり(笑)モップを持って追いかけて来たり、

   ドッジボールのボールをぶつけて来たりとか、そういうことがあったんですね。だから、いつも支援学級の方で遊んでいたんです。

   そういう風に周りがどうとか、どう思われるかではなく、自分がどうしたいか、自分が何に価値をおいているかっていうことを

   大事にして小さい頃からやって来ているので、多分それが大人になっても自分の信じる道であれば気にしない、

   となっているのだと思います。それに、色々言われている時はちょうどニューヨークにいて七年住んでいたので、

   いなかったので知らなかったことも多かったんですね。それも良かったと思います」

Q 「先ほど、背が高かったおいうお話がございまして、170センチは私のように小さな人間にとっては羨ましいことなんですが、

   モデルさんの世界にいらっしゃろうと思ったことはないですか」

島田「モデルさんになろうと思ったことは、たぶんないです。

   何故かというと、自分のなりたいものがバレリーナで頭がいっぱいでしたので、なりたいものっていうとバレリーナで、

   他を考えていなかったというのもあります。

   でも、私の父は私を宝塚の男役にしたかったみたいです。背が高いというので。

   それも面白かったかも知れませんけど、でもやっぱり今の道で私は良かったと思います。

   ただ、男役はやりたいっていうのは、ありますね。だから舞台でやりたいなって思っています。男というか性同一性障害みたいな役を。

   シナリオを書いて下さった方がいてブロードウェーの奥の方でやることになって、

   リチャード・チェンバレンとやろうということになったのですが、チェンバレンの体調が悪くなって入院されてしまったんですね。

   それでちょっと時間をおきましょうっていうことになっている作品がひとつあるんですけど。ちょっとやってみたいなって思っています」

Q 「私は小さい頃から『仮面ライダー』に始まって、もちろん『白い巨塔』とか作品を拝見させていただいているのですが、

   中でも好きなのは『砂の器』とか『犬神家の一族』なんですよ。

   今、リバイバルでけっこう上映されているので、それも欠かさず観に行っていますしDVDも繰り返し観ているんですね。

   年をおいて観てみると、またちょっと感想が変わって面白いなって思っているんですが」

島田「まあ、そうですか」

Q 「で、色々な作品に出ていらっしゃる中で、印象に残っている作品、ご自分が出演されて好きだなと思っている作品がありましたら

   教えていただきたいのですが」

島田「『砂の器』は捨てられて死んでしまう役で、あれは女優になりたての頃で恋愛の実体験もないわけですから、

   何だかわからない中でやりました。

   この前森田健作さんと朝日新聞の対談がありましたし、『砂の器』コンサートというのがあるので今度参加するんです。

   対談の中でもその話をしたのですが、森田さんが『何も知らず何の経験もなかったからこそ、

   一種の純情さや哀しさが出たんじゃないかっておっしゃっていただいて、知らないことも悪くないなってその時思ったんですけど。

   自分がヒロインという意味で好きなのは、やっぱり『犬神家』です。

   あれは本当に忙しい時で、前の仕事が終わって真夜中に車の中がベッドみたいになっているので

   そこで3、4時間寝て、起きたら長野に着いてすぐ撮影に入ったくらい忙しかったんですけど、

   市川監督に言われるままに手取り足取り教えていただきながらやったんですが、今観るとやはりすごく捉え方が上手い。

   アップの捉え方とかカメラワーク。市川監督ってすごいなって。

   エンターテイメントというものにおいては映像美とか映像の捉え方とかが、今観ても全然古臭くないし。

   だから、ヒロインとしては『犬神家』が好きですね。『SHOGUN』のまり子も勿論好きですけれども。

   『名もなく貧しく美しく』の役も好きですし」

マ 「あれは手話ですよね。じゃあ手話の訓練も?」

島田「はい、手話の訓練も全部して。あとはNHKの『ビゴーを知っていますか』っていう三時間ドラマ。

   フランス画家が日本の芸者さんと恋をする話なんですが、フランスの俳優さんと組んで、フランスでも撮影があって、

   とても記憶に残っています」

マ 「『光る海』は?(笑)」

島田「あ、ごめんなさい(笑)」

マ 「すみません、ゴリ押ししました」

島田「『光る海』はまだ好きな作品というほど余裕がなかった頃で、一生懸命やっていたイメージしかなくて。

   あれは確か吉永小百合さんのご主人の岡田太郎さんと亡くなられた河合(義隆)監督とで撮っていらしたんですが、

   河合監督もなんだか私を遠くから見ている感じで」

マ 「あ、やっぱり近づきがたい雰囲気が(笑)」

島田「だから嫌われているのかと思っていたんですけど、ある日いきなり『オレ、島田さんの目が怖いんだよね』って(笑)。

   怖いって言われたらそれもまた気になっちゃって、ずっと。何が怖いのかなあって。私、じ~っと見る癖があったんですって」

マ 「見透かされている感じがしたのではないですか?」

島田「やめてって言われました(笑)」

マ 「『光る海』は番組の途中で岡田太郎さんが吉永小百合さんと婚約されて話題になりましたね」

島田「驚きました。岡田さんは吉永さんとかなり年齢が離れていらしたこともあって。当時リハーサル室が二つあったのですが、

   岡田さんは靴を片方だけ残して次のリハーサル室に行かれたりして、あら?岡田さん靴が片方だけあるわって。そういう方だったので(笑)」

マ 「まさか小百合さんと結婚されるとは……と、話題でしたね」

島田「一体何が起きたのかと(笑)。本当に驚きましたね」

Q 「演技とは離れてしまうかも知れませんが……(以下、番組について驚くほど詳しく語るMr.M2さんですが、何の番組かは自粛します)、

   審査員として番組に出られた島田さんが高得点を入れられたのはガチで採点されたものなのか(笑)、

   それとも島田陽子さんとして番組を考えて入れられたものなのでしょうか」

島田「すごいことを聞いて下さいました(笑)。急に思い出しました。(以下、採点について詳細を語られる島田さんです)

   これはコンペティションですから、私は当然素晴らしいと思う方に満点を入れました。

   ところがですねえ、あなたどういうことなのって怒られたんですよ。

   だったら最初からこちらに多く得点を入れて下さいって言っておいて下さればいいのに(笑)、

   それが何もなくて、点数を入れたら叱られて、口きいてくださらない(笑)。

   一体これは何でしょうって思って。すごくイヤな思い出なんですよ(爆笑)。

   それで、いざオンエアはどうなっているか観ました。すると、私が入れた点数は勝手に変えてありました。(えー!)

   だからもう、操作、操作(笑)。」

マ 「大変な新事実が(笑)」

島田「急に思い出しました」

Q 「ずっと気になっていたんですよ。おかしいなと思っていたんです。真実を訊きたかったので良かったです」

島田「素晴らしい~!なんか今日、すっきりしました(爆笑)。ありがとうございます」

Q 「沖さんについてうかがいたいのですが、沖さんが亡くなって36年経ちますが、

   36年で芸能界も社会の状況とかもまるっきり変わったと思うので、難しいかも知れませんが、

   沖さんが今もお元気でいらしたら、どんな役者さん、どんな男性になっていたと島田さんは想像されますか」

島田「今ですね、日本の中に上手い俳優さん沢山いらっしゃるんですけれども、

   沖さんのように身長、ビジュアル、華があって、セクシーな色気もあって、演技も上手という、

   ああいう人って一人もいないですよね。だから、沖さんだけは今も私、生きていたらなあって思います。

   どういう役者さんになっていたかというと、多分、さっきおっしゃったように、海外の作品にきっと出ていらっしゃると私は思いますね。

   日本の中だけに収まる方ではないので、きっとビジュアル的にも演技的にも日本人離れした俳優さんになって、

   海外で活躍していらしたと私は思います」

マ 「最初にこの会へとオファーした時に『今でも沖さんのことを思い出すことがあります』と言って下さったことに私はとても感激しまして、

   それじゃあ是非出ていたきたいと思いました。本当に嬉しかったです。今日はありがとうございました」

島田「こちらこそありがとうございます。私ばかり喋ってしまって、監督に……」

柏原「あ、私は横にいるだけでいいんです。一応、ここのオーナーなので(笑)」

Q 「質問ではないのですが、私は島田陽子さんというとエクボをすごくよく覚えていて、片エクボでしたよね。

   それがとても印象的で、何のコマーシャルか忘れましたが、エクボを押されてはにかむ姿が可愛らしくて」

島田「私も覚えていないのですが」

マ 「エクボがチャーム・ポイントと言われていましたよね」

島田「言われていましたけど~、エクボなんてどうでもいいんで私は(笑)。

   今、思い出したんですけど、市川崑督の『我輩は猫である』という映画でマドンナ役をさせていただいたのですが、

   市川監督に『陽子くん、君はとてもいいんだけど、そのエクボがガンだな』って。監督にはエクボは邪魔だって言われました。

   笑った時じゃなくても引っ込む時があるでしょう?すると何だかほっぺたが陥没しているみたいで(笑)。

   最近ちょっと浅くなって来たのでちょうどいいんですけど、監督には邪魔だって言われました」

マ 「でも、柏原監督に言わせると、そういう風に悪口を言うのは好きな証拠なんですよね?(笑)

   だから次の作品にも呼ばれているんじゃないですか?」

島田「う~ん、でもエクボはいらないなって思われたんでしょうね」

柏原「なるほどね。そうかも知れないですよ」

マ 「当時はお顔が真ん丸だったことをからかわれたりしましたか」

島田「特にそれはないですねえ。真ん丸だったにもかかわらず、自分で真ん丸だったとは、そんなに思っていなかったんです」

マ 「あれがチャーム・ポイントかと思っていたのですが」

島田「自分でチャーム・ポイントってあまり分からないですよね。

   たとえば、コンプレックスに思っていることが他の人から見ると良かったりすることもありますしね。

   だいたい、自分のことって良く思えないじゃないですか。

   自分はマイナス面ばかり目についてしまうので、なかなか自分の魅力っていうのは自分では分かりづらいですね」

マ 「なんだか、そうですねと同意出来ないです(笑)。それは綺麗な方がおっしゃるからであってという気がします」

柏原「多分、市川さんがエクボが邪魔だって言ったのは、エクボがあると可憐に見えたりとかして役の幅が狭くなるから、

   ない方がいいっていうことじゃないかな。ない方が色々な役が出来るからっていう意味で言ったんだと思いますよ」

島田「ああ、そうですね。演技をする上では邪魔だと思われたんだと思います」

ご自身もおっしゃっているように、画面からはその高貴ともいえる凛とした佇まいから冷たい印象すらあった島田陽子さんですが、

こうしてお話をうかがってみると、本当に明るくてお茶目で、可愛らしくて魅力的な方であることがわかり、一同大感激でした。

参加された方からはいっぺんにファンになったという感想も複数いただきましたし、

印象がすっかり変わったと皆さん異口同音におっしゃっていました。

やはり直にお会いしないと、その方の魂には触れられないのかも知れません。

島田陽子さんにハートをわしづかみにされた一夜となりました。

ツーショット撮影にも快く応じていただき、お一人お一人に腰を上げてご挨拶されているお姿にまた感激。

三日月座に上がってからは乾杯の音頭をとっていただいたりサインに応じていただいたり、恒例ミルキーさん作成のポスターと、カレンダーが当たるじゃんけん大会でもお手伝いいただきました。

当日は会の直前に島田さんに雑誌のインタビューが入り、話し続けてお疲れのはずなのに、最後まで丁寧に対応して下さいましたことも付け加えさせていただきます。

島田陽子さん、本当にありがとうございました。

これからのご活躍も楽しみにしております。

そして、大御所でありながらいつも気さくに対応して下さる柏原監督と夫人にも、深く感謝しております。

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