第12回「沖雅也研究会」兼『沖雅也よ 永遠に』第19回オフ会

2019年8月24日(土)、今回は赤塚真人氏をゲストにお迎えし、
八重洲会議室にて「第12回沖雅也研究会」が開催されました。

赤塚氏のご都合により急な開催となり、初めての試みです。
今回もミルキーさんにポスターを作っていただきましたが、ポスターを貼る場所があるか不明だったため、ポストカードのみお願いしました。

行ってみると貼る場所はありましたので、私が目印に印刷してきたA4コピーを貼らせていただきました。

『青葉繁れる』の写真です。

研究会のゲストに沖さんと共演が多い赤塚真人さんを、
というリクエストはずいぶん前からいただいていたのですが、

快諾していただけて本当にラッキーでした。

何しろ私にとって赤塚さんは今でも『小さな恋のものがたり』の、

大好きな山下クンですから。

出会いは『クラスメート ー高校生ブルースー』だったようです。

沖さんも赤塚さんもお名前が売れる前からのお知り合いですね。

赤塚さんご自身は日活の故・赤木圭一郎さんのファンだということで、

少しでも情報が欲しいというファンの気持ちが痛いほどわかると言って、快諾して下さいました。

その夢のような一日を、参加出来なかった皆様のためにもご報告させていただきます。

今回の参加は25名。

急な呼びかけにもかかわらず、スケジュールを調整して下さった方々には感謝でいっぱいです。

差し入れを持って来て下さった方々には更に感謝いっぱいです。

まだ明るい17時半。いつもと違って小さな会議室を借りての研究会。







赤塚さんを拍手でお迎えしてから、ご一緒に「小さな恋のものがたり」第10話『すれちがった心』を研究します。

この回は赤塚さん演じる山下クンがバスケット部の遠征費を失くしてしまったため、資金集めに沖さん演じるサリーと奮闘するエピソード。

お金を失くしたことを告白するシーンや資金のめどがついた時にサリーが

「ならお前の目はもうちょっと大きくなっても良さそうだな」

「いいますね、言いにくいことを」

なんていうやりとりは、全て沖さんと赤塚さんとで相談して決めたアドリブだそうです。

今回、赤塚さんは沖さんと共演した作品のシナリオを持参して下さいました。

すべてお持ちだったことに一同驚きを隠せません。

『クラスメート ー高校生ブルースー』は火曜日の女シリーズの第13作目ですが、当初のサブタイトルは『学校群制度の殺人』だったんですね。

『だから大好き!』
赤塚さんは第5話『ズッコケ名コーチ?!』に豪腕ピッチャーとしてゲスト出演されています。

『高校生無頼控』
沖さんのご推薦で赤塚さんのご出演が決まったとのこと。

台本に自筆のお名前が並んでいるのは、

打ち合わせの時に退屈されていたのでしょうか(笑)。

(以下、赤塚真人さん=黒、管理人=青 で表示。敬称略)

どういうわけか、僕は沖ちゃんと仕事が多かったんですよ。

最初が「クラスメート」ですね。10月30日にDVDが発売されるそうです。

あれは最初『クラスメート』っていう題名じゃなかった」んですよね。

実は今日、台本を持って来たんです。貴重なやつでね…。(うわ~という声が挙がる)

その時はあまりお話しする機会はなかったそうですね。

うん。その時初めて沖ちゃんと会ったんだけど、彼は無口だから余計なこと言わないのよ。
(目の両端を手で覆って)こういうタイプなのよ。夢中になってやるもんだから。
俺も早く売れてこれだけで生活したいって思ってて。
俺も『小さな恋のものがたり』やってる時はまだ生活出来なかったんで、アルバイトしながらやってたんですよ。

だから早く売れたいっていうのはあった。
沖ちゃんもそうだったんですよ。でも、どういうわけかあの人とウマが合ってね。
彼は我々とはちょっと違って飛び抜けてたのよ。だってカッコよかったからね。

俺といると余計カッコ良く見えるんだよ(笑)。

それから日活の『八月の濡れた砂』ですね。

これは幻なんですよ。本当は沖ちゃんが主役だったんです。
顔合わせも全部あったんですよ。

沖ちゃんとはもう前に(『クラスメート』で)会ってたんで、

よろしくねって言って騒いでたんだけど。
そして初日、ロケバスで行って。
あれは日活最後の作品だったんでお金がなくて。
本当だったらロケ地に行って最低一週間ぐらいはホテルに泊まって撮影するのが普通。
でも、お金がないもんだからいつも日活からロケバスで通ってたの。

ちょうど初日だったんです。
沖ちゃんがバイク乗るんで、
『沖ちゃん、バイク乗れるの?』なんて話をして。
それで村野(武範)ちゃんと俺と中沢(剛たつひとさん)がいたのかな?
テレサ野田っていう娘がいて。可愛い娘。
皆に犯されて捨てられるシーンだから早朝じゃないと野次馬が来ちゃうんだよ。

村野ちゃんと話してたら救急車が来て。

昔はピーポーじゃなくてウーウーっていう音。
あれ?なんだろうって言ってたんですよ。
そうしたら制作主任が来て今日は中止にしますって。
どうしてって訊いたら

『実は沖ちゃんが怪我しちゃったんですよ。ちょっと10日間ぐらい休みにします』って。

それで(主役が)広瀬昌助さんに変わったんです。
俺は一番沖ちゃんと仲良かったから、

撮影が終わってから村野ちゃんと、中沢かな?一緒にお見舞いに行ったんですよ。
そしたらすごく本人はやりたがってましたね。初めて映画の主演だから。

本当にやりたかったみたいで。

何回か見舞いに行ったんですけど、彼が
『赤塚ちゃん、新宿に京王プラザっていうホテルが出来るんだよ。

日本一高いホテルらしいよ。一緒に行こう』って言うんですよ。
それで退院してから二人で行ったんですよ。最上階のラウンジに。

コーヒー、高いんだ(笑)。
俺も一応ポーズして財布を手にしたんだけど、いいよいいよって。

あの人ギャラ高かったからね(笑)。
沖ちゃんありがとうってご馳走してもらったんだけどね。

当時、彼は新宿に住んでました。

映画は案の定コケたんですが、一年以上経ってから火がついてね。
彼は映画を観たらしいんだけど、俺だったらこんな感じ…

とは言わないよ、言わないけど、
『あそこはこんな風にしたらいいのにな』と言う風なことを言ってたから、

ああ、自分がやったらこうしたいんだろうなということは感じたね。
やりたかったんだろうなあ、そうだよね。
あれは初めての主役だったんですか?

相手役というのはデビュー作であったんですけど。丘みつ子さんの相手役で。

それは何という作品ですか?

『純潔』という…。

(手をたたいて)おっ!観た!

管理人は、この後何度も、この大きなお声の『おっ!』に驚かされます。

舞台や落語もやっていらっしゃるので、お声が響くのであります。

これ、丘さんに沖ちゃんのこと聞いたの。
真面目だったんだって。
俺、丘さんよく知ってるんですよ。

(『八月の濡れた砂』は)さすがに観に行こうって言えなかったけど、

彼はきっと一人で観たんでしょ。
だからそれを『あそこはこんな風にやったらもっと面白かったのにな』って、

そんな言い方してた。
やっぱりなあ、そりゃそうだよなって思った。
どうだった?って俺に訊くから
『もうちょっと俺の出番あっても良かったのにな』って(笑)。

でも、すごいんですよ。オープンカーで本当に海の中に飛び込むんですよ。
観た人いる?……観ないね、彼が主役だったら観たのにね(笑)。
あれが本当に怖かったですよ。葉山で。俺、免許持ってないけどやりま~す!って。
村野がお前大丈夫かって言うから、死ぬ時は一緒だって(笑)。
沖ちゃんは免許持ってたみたいです。

色々台本を出して下さる赤塚さんに、ため息や歓声が上がります。

『だから大好き!』の台本もお持ちでした。 

僕はこれ、ゲストで出てまして。
僕は豪腕のピッチャーで、ひまし油で下痢を起こさせられる役で(笑)。
それで『こいつは面白い』って決まったのが『小さな恋』の山下です(笑)。 

『だから大好き!』がコケて何とかしようということで

『小さな恋のものがたり』になったようですね。
だから主題歌も同じままですし、同じ人がいっぱい出ているんです。
惜しいのは、半年の予定だったものが三ヶ月づつになってしまって。
でも、お話をうかがうと、『だから大好き!』がなければ

赤塚さんの山下クンはなかったんですね。


そうそう。でも、沖ちゃんなんかはね…。
例えば東京ドームに5万人集まるでしょ。
沖ちゃんどこ?あそこ!ってすぐ分かるくらい、あいつは二枚目だったからね。
沖ちゃんモテたでしょっていうと『ううん』って。
ウソばっかり言ってんだ、あいつ(笑)。
モテないわけないじゃん、俺が女だったらすぐ抱かれてるよって(笑)。

『小さな恋のものがたり』については、沢山お話ししていただけました。

ほとんど無駄口はたたかないで、いつもセットの隅で俺と会話してるって感じだったけどね。

でも、普段の何気ない会話じゃないんですよ。台詞のやりとり。

第10話の遠征費をなくしたことを告白するシーンについて。

あれアドリブだって思った。だって、そんなこと台本に書いてねえもん(笑)。

台本通りやると面白くないんです。だからいつも沖ちゃんと話し合って。 
監督やプロデューサーも二人で好きにやってくれって言われてたんですよ、実は。

だから沖ちゃんといつも台詞合わせ。
沖ちゃんって必殺とかやってたでしょ。でも、ああいうイメージじゃない。

冗談じゃない、サリーのイメージなんだよね。
本当に明るかったですよ。僕と一緒にいる時は。

撮影している時は本当に楽しかったですよ。

これやってた時は朝から晩まで一緒ですからね。

『小さな恋~』のロケで那須行った時は、部屋が一緒だったんですよ。
野郎は沖ちゃんしかいないから。あとは女の子ばっかりなんですよ。

キャーキャー言ってる女の子ばっかり(笑)。
僕らは真面目だったもんだから。

だからどういうこと?って訊かれたら、結局ウマが合うっていうことなんですよ。

ペラペラ言う男じゃないからね、彼は。
僕も案外そうなんですよ(笑)。商売にならないからしゃべってるだけで。

沖ちゃんとはよく台詞合わせしましたね。

それは彼の方から言って来たんですよ。赤塚ちゃんやろうって。
(『小さな恋~』は)今観るとアドリブばっかりに見えるでしょ。

あれは普段からやってるからです。
あれは国際放映で撮ったんです。隣りは『太陽にほえろ!』で。

『小さな恋~』は思い出がいっぱい。

さっき沖ちゃんも(劇中で『お前の目はもう少し大きくなっても良さそうだ』と)言ってたけど、

あれね、アドリブなんだよ。オレ、目がちんこいから。

でも、俺見えるよって言ったんだけど(笑)。

アドリブ最初に言ったのは沖ちゃんだからね。
俺はそんなこと言えないから、ああ、アドリブ言っていいんだなって。
監督が二人のアドリブが面白いからって言ってくれて。

だいたいリードするのが沖ちゃんで、途中からめちゃくちゃなこと言ったりして、

台本通りにやれよって言われたんです。俺じゃないよ、沖ちゃんがね(笑)。
だいたいあの人は喜劇が好きなんですよ。

『小さな恋~』の時は沖ちゃんもまだそんなにスターじゃなかった。
でも岡崎友紀さんは違った。

忙しい人だったから掛け持ちで、なかなか俺たちのところへ来ないのよ。
男は二人だけだから、よく台詞合わせしてましたよ。

ホテルで泊まった時も台詞合わせを?

そうそう。俺は一杯飲むんですよ。早く楽になりたいから。
そうすると『台詞合わせしてから飲もうよ』って。
沖ちゃんあんまりお酒飲まないんですよね。
でも、俺が飲んでバカな話をするとゲラゲラ笑ってましたよ。
あの人あんまり下品な話好きじゃないんだけど、笑って俺の話を聞いてたもんね。
それで『よく言うよ』とかね(笑)。
『ウソだろう?』って言うから
『ウソじゃありません。冗談です』って(笑)。
よく二人で話しました。
夢を語ってましたよ。映画をやりたいって。俺もそうだから。

女生徒役の子たちが皆沖さんを狙ったとか。 

そうそう、狙ってたんだけど、ここは仕事の場だよ、恋愛のサークルじゃないんだって言って。

そういう人だよ、あの人は。真面目なんだよ、あいつ。
僕らは売れるまでは女のケツなんか追いかけてないって。
売れたらいくらでも来るって。そんなことやってる奴はまずダメですよ。
『小さな恋~』は二人で真面目に台詞のやりとりばっかりですよ。
考えたら仕事の話ばっかりだったなあって。

この山下を観た人が山田洋次監督のお弟子さんだったんです。
それで、山田洋次監督が『同胞(はらから』という映画を作った時、俺を抜擢してくれたんです。
あ、そう、思い出した!沖ちゃん映画観たって。
『赤塚ちゃん、面白かったよ~。忙しくなるよ』って言ってくれたね。

(『小さな恋~』の撮影中)二人っきりの時はこういう話もした。
『俺、沖ちゃんみたいに忙しくなりたいよ』
『キャラクターが違って良かったね』って(笑)。

ちょうどサリーと山下クンみたいな関係で?

そう、あの感じよ。
あの人、どういうわけか顔を崩したがるのよ。
だいたいリードしてやるのが沖ちゃんの方で。
台本読んでて沖ちゃんが『面白くないよね』って。
内心面白いと思ってたんだけど『うん、面白くないよね』って言った(笑)。
沖ちゃんは
『こういう風にしようよ、ああいう風にしようよ』って絶えず言ってた。

『小さな恋~』の時、沖さんはレギュラー4本掛け持ちでとても忙しかったはずなんですが。 

でしょ?沖ちゃん待ちってあったもん。
俺はこれだけに賭けてたから(笑)。

それでもこんなに一生懸命もっと面白いものにしようとしていたんですね。

やる時は真剣だし。記憶辿ってみると、よく二人で台詞合わせしましたもんね。
さっき観てアドリブだったとか思い出しました。
お金がなくなったシーンとか
『もうちょっと沈んだ方がいいよ。落ち込んだ方がいいよ』って。
『じゃあ俺沖ちゃんの胸に甘えようか』
『それ、やりすぎだよ』って(笑)。

「それは監督はOKだったんですか」

もうOKOK。俺たちは自由だもん(笑)。
だって若い感覚がいいってプロデューサーに言われてたみたいで。
その代わり必ず監督に見て下さいって確認してもらって。

岡崎友紀さんはその当時は忙しすぎて、ほとんど記憶がないとおっしゃっていましたが。

いつも人形抱いてて。

スヌーピーです(笑)。

あれ、ダイヤモンドかなんか中に入ってて、盗られないように抱きかかえてるんだって言ってたの(笑)。

どんどん二人のシーンが増えて、沖ちゃんがウケちゃったら俺のやる場所がないよって言いたかった…
でも言えなかった。一応スターだから(笑)。

あの世代の方にはテレビと映画は全然違うんですね。

はい、違います。
僕はなんで役者になったかって言うと

「黄色いからす」っていう五社平之助さんの映画を学校の講堂で観て、

役者になりたいと思ったんです。
あ、それで思い出した。話をしたの。

『赤塚ちゃんはなんで役者になったの?』
『俺が役者になったら不思議か?(笑)
沖ちゃん、二枚目ばっかりじゃドラマは出来ないんだよ』
『分かってるけどさ』って言って。
自分がこうやりたいというのと、世間が思っているのとのギャップで悩んでた。
それから何をやったんだっけ?

『青葉繁れる』です。これが1974年で。

いまはやらないんですけど、あの時毎日必ずリハーサルやってたんです。
演出が『若者たち』の森川(時久)さんで、ものすごく厳しい監督なんですよ。
リハーサルからちゃんとする人だったんですね。
僕なんかは狂言回しなんでものすごく絞られましたけど、

沖ちゃんはリハーサルでも真剣にやるんだよね。
沖ちゃんが真剣にやったら俺たちもやらなきゃいけないじゃんって(笑)。
いつもそうだったよ。それが印象に残ってるなあ。真面目なんだよ。

すごく出演者が多いドラマでしたね。森田健作さんがいて三ツ木清隆さん、野村真樹さん。

野村は歌やってたから忙しくて台詞なんか覚えて来ない(笑)。
完全に覚えて来てたの沖ちゃんだけよ。
だからそれを見習って、俺も覚えるようになったんです。
現場に台本を持ち込まなかったんです。

話は『剣と風と子守唄』に。

時代劇は一回しか共演していないんですよ。
「剣と風と子守唄」っていう三船(敏郎)さんの。
僕がレギュラーでやってて沖ちゃんがゲストで来たんですよ。
とにかく一生懸命なんだよ。そこまでやることないじゃん、沖ちゃんって言うと
『いやいや、俺は不器用だから』とか言って。

カッコいいっていうんじゃなくてね、綺麗なんだよね沖ちゃんって。
時代劇合うだろうなって思ってたけど、案の定時代劇やったもんね。
俺も時代劇似合うんですよ、違った意味で(笑)。


いつの頃か忘れたけど、新幹線で一度会ったら、
あの人ね、台本5、6冊持ってたんだよ。
すごいんだよ。何これって言ったら
『これ、覚えなきゃいけないんだよ』って。新幹線で一度会ったんだよ。
一日三本ぐらいあるって。
大変だな~って。タイトル忘れたけど、全部名のある番組だったね。
真剣に覚えてて、俺が声かけたら『ん?』って二度見で(笑)。
後ろに日景さんもマネージャーもいて、京都の帰りだっていう話をしたね。
ちょっと傍から見ると仕事やりすぎてる気がしたね。
あれじゃちょっとかわいそうだね。
あの頃は事務所のトップだったみたいで。

個人事務所だったので、他の役者さんも抱えていて、沖さんが仕事を取らないと事務所が廻らなかったみたいで。

ああ、そういうことか…。
沖ちゃんはスーパースターだもん。
沖ちゃん!って声かけると周りが『何?知ってんの?』って。
『知ってるよ』『何やったんだ』『何やったって仕事やってたんだよ』って(笑)。
スターになる前からの仲だからさ。

彼はスターになっても、何だよっていう顔しなかったよ。

沖さんに毎日お風呂入ってるんでしょって言われたとか。

そうそう、言われたんだよ、臭いって(笑)。
沖ちゃんはいつもいい匂いするんだよ。
『赤塚ちゃん風呂入ってんの?』
『うん、たまに』(笑)
風呂は毎日入るもんだと僕は沖雅也さんから教わりました(笑)。

『剣と風と子守唄」では。

僕がレギュラーで、沖ちゃんがゲストで来たんですよ。
僕も役者で何とか生活出来るようになっていたんですよ。
沖ちゃんはすごくいい役で。
床山で握手したんですよ。
『沖ちゃん、久しぶりです!』って。
あの声で『よろしくね。頑張ってるね』って。
嬉しかったね。観てくれていたんだね。
三船さんについて質問してたのを覚えてますよ。
沖ちゃん、すごい迫力あって、俺ゾクッとしたよ。
頭をぶつけるシーンは本当にやってて血が出て、三船さんが大丈夫かって言ったり。
メークで隠して本番になると、もっとぶつけて。
圧倒されたね。皆すごく見直しちゃったんですよ。
昔から夢中になるタイプだからのめりこんじゃうんだね、あの人。
ちょっとのこともいい加減に出来なかったんだね。
ヘイさん(和田マネージャー)も本当に一生懸命で。

後で彼が太陽をやっていた時、僕も別の刑事ドラマで国際放映にいたんです。

今再放送してるらしいですよ。テレビ神奈川で。

『大捜査線』ですね。

そう、『太陽~』の隣りでやってたんですよ。

それで最後に沖ちゃんと話をしたんだけどね。
日景さんと和田マネージャーが来て『赤塚ちゃん!』って。
沖ちゃんは?って言ったら

『車の中で台詞覚えてるから行ってやって。

こういう時に赤塚ちゃんみたいな人が必要なんだよ。雅也いるから行ってあげて』って。
それで行ったんだ。

あの外車なんだったかな、後ろに座ってたんだけど、トントンってやったら怯えたんだよ。
あの顔忘れないな。俺だよ、オレオレって言ったら顔みて、はぁ~って安心したんだ。
あれが最後だったけど、怯えるって相当だよ。
病が治っていないのかなってその時思った。

その時はどんな話をされたんですか。

笑ってるだけだよ。
『元気?』『うんうん』って。
『忙しくってなあ。俺、マネージャーに言っとくから』って言って。
最後まで笑っているだけだった。
これは話が続かないかなって思ったんで『俺、隣りのセットでやってるから』とだけ言って。
あれはオレの知ってる沖ちゃんじゃなかった。
全然違いますよ。あの時は子供が怖いものを見て怯える感じでした。
オレだよって言って、やっとホッとしたんですから。
茶色っぽい車に乗ってませんでしたか?

え~、事故の後キャディラックが大破してしまって、ご自分で運転出来なくなっていたんです。

外車の後ろに乗ってたね。誰が運転してたのかな。

付き人がいましたね。

○○っていう人じゃない?

その頃は違うと思いますが。初期の頃の方でしょうか?

オレ、そいつに金貸したから覚えてるんだ(笑)。
でも沖ちゃんには言わなかったけどね。

沖さんに言ったら返してくれたんじゃないですか?

そうだろうね。彼は義理堅いし苦労しているから、全然違うんですよ、気遣いが。
必ず気遣いするんですよ。一番自分が下だと思ってるから。
そんなことないんだよ、あんたスターになったんだからって言ったんだけど。
そんなだから赤塚さんは沖さんとどういう関係なんですかって訊かれたことあったよ。

撮影所にいるとスターっていうのは違うんだよ。
俺はどこにいるかわからないんだけど、彼はやっぱりスターじゃなきゃダメなんですよ。
皆の憧れじゃなくちゃ。そのことは気を遣ってたよ。
『小さな恋~』で泊まった時も、朝4時からなんかうるせえなあって思うと、腕立て伏せやってるんだよ。
食事もすごい気を遣ってた。
それと、彼はりんごっていうイメージあるんだ。よくリンゴ食べてた。

丸かじりで?

うん。

ロケ行ってもホテル出るとファンがすごいんですよ。
だから俺がホテルの窓開けると
『キャーッ……違う!』って(笑)。
もう一回やると『またぁ』って。
見計らって沖ちゃんが顔出すと『ギャア~!』って。
なんだ、この差はよって(笑)。
『沖さんは?』『死んだ』なんてやってると、『生きてるよ~』って顔出して。
ファンが帰らないんですよ。

撮影所でですか?

違う違う、ロケのホテルで。
市役所に行って日程を調べて来るんだ。
行く場所行く場所にいるんだ。女の子ばっかり。

俺は竜雷太さんが教師のドラマで生徒役でデビューしたんですよ。
こんな高校生いるかって感じで。
三十過ぎてる人もいたし。

『青葉繁れる」もそうでしたね。

そうそう、沖ちゃんが『俺、高校生に見えるか』って。
『見えない』って(笑)。

でも、沖さんが一番年下だったんですよね(笑)。

あれは作品が良かったね。
リハーサルが厳しかったもん。リハーサルで朝から晩まで。
リハーサルが新宿の甲州街道沿いにあったんですよ。
その時、まだ忘れないんだ、沖ちゃんカッコ良かったんですよ。
あの水玉のジャケット。
カッコいいね~、ちょっと羽織らしてって着たら、コートですよ(笑)。
『似合わねえな~』って言われて。
あの時は、今日沖ちゃんどんな格好して来るかなって皆で楽しみにしてた。
そのくらいオシャレには気を遣ってたね。
あれ、自分でコーディネートしてんの?だろうね、
あの頃はスタイリストなんかいなかったもんね。センス抜群だったよ。

ちょっと派手かなと思う時もあったんですけど。

役者なんだからその位でいいんだよ。あれで街歩いて。あの男。スーッと。

ただでさえ目立つのに派手だからますます目立って。

最初の頃はそうでもなかったんですよ。

売れる前だから。平気で僕ら歩いて喫茶店にも行ったんですよ。

だから、あそこのホテルで俺たちがコーヒー飲んだっていうのは今でも思い出すけどね。

『八月の濡れた砂』の時、退院したら二人で行こうって言われて行ったんだから。

最上階でコーヒー飲んで。

だから(亡くなった時に)ぞっとしたね。撮影所で会った後だったから。

周りのスタッフが悪いよ。あれじゃ可愛そうだよ。

俺にああいう顔見せたっていうのはよっぽどだよ。

俺がもっと一緒にレギュラーやってたらって(和田マネも)言ってたよ。

今更言ったって遅いよって。非常にデリケートな人だったから…。

役者ってのは本来そういうものなんですよ。案外俺みたいな人間なんかも。

役者ってのはそういう生き物だから。別の自分を演じるんだから。

本来は『小さな恋~』のあんな感じなんだから、沖ちゃんって。

笑いが絶えなかったよ、俺たちいつも。

那須の部屋で仕事の話、映画の話をして。

その時チラッと自分の家族のことを言ってたのをさっき思い出したんです。

どうして本名じゃなくて沖雅也にしたのかっていう話ですね。

そう。本名何って訊いたら『楠城児』って。カッコいい名前じゃない。

それオレの芸名にちょうだいって(笑)。

『楠城児って顔じゃないよ~』って。ヒドイこというんだ、この人は(笑)。

本名カッコいいじゃん、沖ちゃんって。

『でも、俺はあまり昔のことは思い出したくねえ』ってその時言ってた。

『男は母親に似るっていうけど、沖ちゃんのお母さんって美人だろうね』っていう話もして、

『おふくろは綺麗だったよ』って言ってた。

『だったよって死んだの?』『いや、生きてるよ』って。

でもあんまり家庭のことは話したがらないんですよ。それ以上は訊かなかった。

でも、チラっと言ってくれたね…あ、そうだよ!

俺、お母さんが綺麗だって沖ちゃんから教わったんだよ。

だってオレ、お母さんに会ったことねえもん(笑)。

赤塚さんも子供の頃に色々あって、そういうお話もされたからですか。

そうなんですよ、なんでお互いに触れ合えることが出来たかっていうと、

僕は小さい頃は施設にいたんですよ。月に一度ぐらい母親が迎えに来てくれて。

そういう話をした時に『ああ、何となくわかるよ』って沖ちゃんとそういう話をしたんです。

『俺もけっこう複雑だよ、家が』って。

その時にお母さんが綺麗だったって、そういう話をしましたね。

話し方からお母さんが好きだったんじゃないかなって。

『小さな恋のものがたり』でロケに一週間ぐらい行ったんで、その時じゃなかったかな。

あまり会ってなかったみたいだけど。

お母様は再婚されていたので。中学の時にまずお父さまが出て行って、それからお母様も…。

オレと同じだよ。

オレの母親は出て行ったんじゃなくて働きに出て行って、当分帰って来なかったんですよ。

兄弟三人でずっと留守番していて。

そういう境遇を聞いたから沖さんも心を開いて。

そうかもしれないな。お互いに幸薄いなって話した記憶はあるんですよ。

全然想像がつかなかったんですよ。

きっといい家に住んで、庭が広くて、いつもいいトックリのセーターを着てたって(笑)。

最初はそうだったみたいですが。

だろ?三時のおやつにカステラかなんか食べてさ(笑)。

でも、ご両親ともいなくなって、お手伝いさんが食事の支度に来て…。

それは聞いた。

中学卒業する頃になっても進学を相談する人もいなくて。

かわいそうにな…。だから、人を信頼するっていうのがなかったんですよ。

彼とそういう話をしてもあまり驚かなかったけど、ああ、赤塚ちゃんもって。

似たような境遇なんだなって。親の愛にオレも飢えてたからね。

だから赤塚さんに心を許したところがあったのかも知れないですね。

だから『八月の濡れた砂』の時も何回かお見舞いに行って、そういう話もしたの。

退院してからあのホテルに彼の車で行って。赤い車だったんですよ。

じゃあスカイライン買う前ですね。スカイラインは青だったので。

彼が怪我したシーンは、大したアクションシーンでもないんですよ。

彼が砂浜をバイクで走って来て自分でコケてっていうシーンだったんですけど、

そこで鎖骨を骨折して。

でも、階段昇るようにスターになっちゃったからね。

ここで質問コーナーです。

『小さな恋の物語』の撮影は朝から晩までということでしたが、どれくらいの時間帯なんですか。

朝8時出発ですね。朝8時ということは現代劇ですから7時に入らないといけない。

メーキャップして衣装着て。彼は自前だったんじゃないかな。

(サイズが)合うのがないんだよ。身長があるから。

余裕もって一時間くらい早めに入らないといけないから。

メーキャップなど全部整えてから?

全部揃えてからじゃないといけない。

一人が遅れると皆遅れることになるから、

8時出発だと最低7時には入ってメーキャップして衣装着て待つ。

やっぱりメーキャップでも、年功序列で先輩が先にやる。

女の子はけっこうすごいんだよ。

野郎は俺と沖ちゃんだけだから、すぐ終わりましたよ。

沖ちゃんは2、3分で終わったんじゃないかな。

メークなんてしなくたっていいんだ、あの男は(笑)。俺は30秒ぐらいかな(爆)。

ああいういい男はいないんだよ。皆さん、好きになって正解だけどな。

男っぽいところもあるからね。

義理人情とかそういうところがしっかりしてるんですよ。裏切らないからね。

だから弱い人、エキストラに毛の生えたような役の人も馬鹿にしなかった。

『クラスメート』の時もそうだったよ。

赤塚さんは一応容疑者の一人で。

あれは番組が出てる人がみんな犯人に見えるように作ってあるんだ。

視聴者が犯人は誰だろうと思うように作らないとね。俺なんか人を殺せないでしょ?

彼は芝居が上手かったから。

二枚目ってだいたい芝居ヘタなんだけど、あの人は芝居が上手いから

次のことを要求されるとまた…。

役者ってだいたい3パターンぐらいしか出来ないんだよ。そういうもんですよ。

一人の人間がそんなに沢山出来るわけないじゃないですか。

役者はみんな犯人とか人殺しとかやりたいんですよ、ふだんは出来ないから。

どうしたらいいんだろう、そんなことも彼と話をしたんですよ。

『赤塚ちゃん、どうする?』

『俺は人からされたら嫌なことをやる』

それが俺のモットーなんですよ。役者さんはそれぞれ演じ方が違うから。

彼は要求されることが多かったけど、本当は喜劇やりたかったっていうのは知ってた。

でも、(世間が)求めるものはああいうニヒルな感じだったんですよ。

そのギャップに悩んでいたって思う。

何でだかわかります?申し訳ないけど、ニヒルなんて誰でも出来ますからね。

芝居しなくてもいいんだから。

俺から言わせると真面目な性格っていうのは、いい時と悪い時があって、

基本は真面目でなきゃいけないんだけど、やっぱりどこかで遊び心があったり、

気持ちが休めれば続いたんだろうと思うけど、

そういうことが彼は不器用で出来なかったと思うから、

もっと気楽に考えればいいのになあなんて思ったことが何度もありましたよ。

『小さな恋~』やってる時は、大丈夫だよ沖ちゃんこんなの~、わかりゃしないよ覚えてねえよ、

そんな風には彼はなれなかったからね。真面目なんだな~疲れるだろうなあって。

『赤塚ちゃん、気楽そうだな』って。いや、気楽じゃないんだよ(笑)。

俺もそれなりに大変なんだよっていうと『そういう風には見えないけどな』って(笑)。

よくそんな話をしましたよ。

車の運転だって遊びがないと危ないじゃない。あれと同じよ。だめ、真面目ばっかりじゃ。

気持ちがとっても繊細な人だから。

駆け出しの頃はああやったらいいんじゃないかとか色々やったけど、

そういう文句をいう人がもう誰もいなくなったんだよ。

俺、なんで今日来ようかと思ったかっていうと、沖ちゃんのことを友達だと思ってるから。

今日このへんにいると思うよ。

赤塚ちゃんありがとう、皆さんありがとうって言ってるよ。

俺、そういうつもりで今日はしゃべったから。

沖ちゃん、俺ウソ言ってないよな?(笑)

亡くなった人にとって何が一番かって、やっぱり思い出してあげることらしいですよ。

だから皆さん、本当に幸せになってもらいたいと思いますよ。

沖さんが守ってくれると思います。

二次会は東京駅近くのカラオケ屋さんで、

映像を眺めながらさらに赤塚さんの爆笑トークが炸裂しました。

記憶力が素晴らしい赤塚さんですが、アルコールが入るとさらに

『あ、思い出した!』と手を打つこと数回。

『小さな恋~』でサリーがトランクス一丁になるシーンを見て、

あれは下にサポーターを履いているんだと教えて下さいました。

そして、『雅也あんなパンツ履いてるの』って思うかも知れないけど、あれは衣装だから、と。

また、沖さんはカンパリソーダがお好きで、よく飲んでいらしたことや、

「青葉繁れる」の主題歌のレコーディングのことなども思い出されていました。

あれは沖さんも本当に歌っていましたかと質問させていただくと、

赤塚さんの隣りで確かに歌っていらしたとのこと。

赤塚さんの声が響きすぎて、沖さんの声が全く聴こえません(笑)。

「青葉繁れる」の森田健作さんとのエピソードや他の出演者の方々の話など、

爆笑が尽きることがない二次会でした。

私がさらに、沖さんがひとめぼれをしたという噂があり、

赤塚さんとお仕事を今もされている女優さんについて何かご存知ないかと質問すると、

その女優さんにいきなりお電話をかけて確認して下さいました。

その方いわく「初耳」だったそうです。ガックリ(笑)。

沖さんと女性の話はほとんどされなかったそうですが、

この日何度目かの『あ、思い出した!』で驚かされた後、

『一度、芦川いづみさんみたいな人がいいって言ってた!』と話して下さいました。

『あの人、きれいな人が好きだったからな』とのこと。

芦川いづみさんといえば日活の先輩、藤竜也さんの奥様です。

赤塚さんは現在の芦川さんのお写真も見せて下さいました。

もちろん、今もとってもお綺麗でした。

赤塚さんが沖さんや私達ファンを思いやってお話をして下さったことがひしひしと伝わり、

管理人は爆笑しながらも胸が熱くなり、夜ベッドに入った瞬間、涙が止まらなくなりました。

赤塚さん、本当にありがとうございました。このご恩は忘れません。

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