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横須賀線 終端を観る

2016(H28).10.23(日)     16 Photos


 年に数回は鎌倉、逗子、横須賀、久里浜方面へ散歩する中でお馴染みになっているJR横須賀線について知ろうとすると、三浦半島に点在する旧日本軍、特に海軍の呉軍港とともに並ぶ2大内地巨大軍港としての施設と帝都を、人と物資輸送を一気に一直線で結ぼうという構想の元に明治中期に横須賀駅まで、太平洋戦争中(S19年)に久里浜駅まで延伸開業した歴史があります。

この戦時中の物資不足の中で、長い横須賀トンネル(2089m)もある横須賀駅 ⇔ 久里浜駅間約8kmを開通させた時には、当時複線だった旧東海道本線の御殿場線部分を単線化して、そのレールを持ってきて敷いたということは有名な話です。

ここで横須賀線から遠い人に解説しますが、今や戦後から都心の東京駅と横浜以西以南の大船、鎌倉、逗子、横須賀方面との巨大通勤線また観光線として黒字路線を誇っていますが、逗子駅まではおおかた基本編成(11B)+付属編成(4B)の15B、逗子駅 ⇔ 横須賀駅までは複線の11B基本編成ですが、横須賀駅 ⇔ 久里浜駅では単線ローカル線(一部の列車には4B編成の付属編成が使われることもある。)となっています。さらに単線区間ではラッシュ時には1時間に5本走りますが、普段は3本、20分間隔の運行です。

日頃気になっているその終端は、その現場をどれほどのものか、この眼で見てみたいということです。花の国公園を出ても、幸い日没までまだ1時間弱あるので何とか見られないかとその方面へ向かいます。



京急久里浜線 1
老眼なのでスマホGPSなどを使えるほど器用ではないので、地図の記憶と勘で街を散歩していきます。

この辺がJR横須賀線終端近くのはずですが、建物が密集していて見渡せません。夕方でシャッタースピードが遅くなり、加速する三崎口駅行き 京急久里浜線 快特はぶれてしまいます。こちらも京浜久里浜駅 ⇔ 京急長沢駅間は単線です。



京急久里浜線 2
歩道橋から撮っていますが、これから下りて街中を方向感を頼りに彷徨します。



八幡第2踏切 1
前画から15分後、彷徨している先にようやく見つけました。



八幡第2踏切 2
たくさんの目立つ看板に八幡第2踏切とありますが、これがJR横須賀線最南端の踏切のようです。ほぼ廃線のような雰囲気の中でこれほどきれいな看板標識を立て草刈りなどの手入れもされているようなのは、もしかしたら鉄マニアの聖地(興味対象)としての観光地扱いをしているのでしょうか。

24.364kmとは、純粋な(?)横須賀線が東海道線から分岐するJR大船駅起点の距離です。JR久里浜駅が23.9kmですから、久里浜駅から464m地点ということです。



八幡第2踏切から終端方向
南側の終端方向を見ています。視線の遥か先には京急久里浜線の高架も窺うことができます。レールは錆び、雑草がうっそうと伸び放題だとわかります。

広角ですから遠くは小さく見づらいですが、車止めが見えます。またJR線では電柱の片側架線柱ですが、遠く高架上の京急線も単線なのですが将来の複線化を見据えての囲うような架線柱(このブログの2枚目の画に写る架線柱)が延長線上に見えます。



八幡第2踏切から久里浜駅方向
反対側のJR久里浜駅方向です。こちらはなんと数m先までのレールが光っていますから車両がこの付近まで来るという証拠です。久里浜駅ホームに着いた普通電車は折り返しで出発していきますが、臨時列車・貨物列車や最終電車・始発電車などは、ホーム西側には約10本の留置線があって、その留置線へ入線するためにスイッチバックでこの 引き上げ線 を使います。

地図を見ても想像できるのですが、架線柱の立つ反対側の建物と敷地は昔は国鉄用地で、この引き上げ線は複線(2本とも限らず3、4本)だったかもしれません。その後一般に払い下げられ、同じ時期に同じような建物が一列に建てられたような様子が窺えます。その脇(この画の左側の家の左側{ 鉄道と反対側 }に小道があります。)には出入り通行のための小道も通っていますから、その小道までが鉄道用地だったと想像できます。

Wikipediaより ”横須賀線” ←Click!



八幡第2踏切から久里浜駅方向 2
前画の職員乗降台に上がって、もう1枚JR久里浜駅方向を撮ると、駅直前の2つの転轍機(線路の分岐点=ポイント)が見えるようになります。



停止線
11と書かれた停止線です。横須賀線基本編成は11Bなので、ここに先頭車先端を合わせるとポイント切換後後進走行で駅構内の留置線に入れられるというマークです。だからこの八幡第2踏切には遮断機がありません。この踏切まで車両が進入することはないようです。



レールの汚損
前画の通り、八幡第2踏切より先へは絶対的に車両の進入がないと確信し、終端を見たくて数十m先へ行ってみます。

雑草は生え放題でレールが隠れるほどです。その中でレールが錆により汚損している所を見つけました。これでは絶対に走れません。



横須賀線 終端
横須賀線 終端の車止めを目の当たりにしてやや興奮気味です。さらに土盛りはありますが、枕木やレールなどで作られた放置されているような車止めでなく、点灯タイプ車止めが点いているのにも現役感が感じられて興奮します。

実は詳しくは調べていませんが、戦前の旧国鉄はこのさらに延長線で今は京急線になっている所を用地買収していたという話もあります。前ブログの軍事倉庫施設や三崎港近くの海軍秘密基地までの延伸を目論んでいたとの話もあります。終戦で全ては中止となり、その後この付近では京急が買い取り、さらに京急はその先の用地買収で三浦海岸駅まで、その後三崎口駅まで、さらに買収を重ね三崎港までの延伸を計画していました。三崎港で水揚げした海産物を鉄道で築地まで輸送できないかと考えた時もあったと聞きます。しかし、全ては時代の変化(東名が開通して、遠洋からは三崎港より焼津港の方が近くなり遠洋マグロ漁船が来なくなった。)や費用対効果の問題で、とうとう三崎口駅迄で現在に至っています。既に三崎口から三崎港までの鉄道敷設計画撤回を当時の運輸省に提出しています。

左端京急ブルー スカイ トレインとのコラボも撮れて幸せです。京急では支線の名称の付け方が終点駅にすることが多く、羽田空港線とか逗子線(大師線は途中駅だが。)などをみれば分かる通り、これは久里浜線ですから戦時中に造られたここ久里浜までだったことがよく分かります。1966(S41)年三浦海岸駅開業、1975(S50)年三崎口駅開業で久里浜駅は途中駅になりましたが、久里浜線の名称はそのままになりました。おそらく三崎港まで延伸できた時には三崎線とか三浦線となるでしょうか。



八幡第2踏切 3
再び八幡第2踏切まで戻ります。

この後は、電車が来るかもしれないので、線路沿い近くの小道を次の123m先の八幡第1踏切まで行きます。



八幡第1踏切から終端方向
八幡第1踏切まで来たので、終端方向を見ますが、向こうに第2踏切が見えます。

ここらへんで陽が暮れました。



八幡第1踏切から久里浜駅方向 1
JR久里浜駅方向を見ます。



八幡第1踏切
片側2車線の道路に架かる八幡第1踏切です。こちらには遮断機も警報機もあり現役感があります。



八幡第1踏切から久里浜駅方向 2
道路反対側へ渡りJR久里浜駅がもっとよく撮れるかと試しますが、かなり厳しいです。



京急久里浜駅
撮影の限界となり帰ることにします。



どうですか? JR横須賀線終点久里浜駅ホームからさらに市街地を貫いて約500mのレールが南へ延びていたことを知りました。

日頃気になっていた一つを観ることができて嬉しかったです。あの終端から壮大に考えれば、横須賀線が始まり、東京駅で総武快速線に直通乗り入れ運行をし千葉県各地まで100km以上を走るレールと近郊型直流電車 E217系 があるとするだけで、少し感動します。


昭和の旧国鉄時代には、同じ鉄道会社内でも乗り換えや乗り継ぎが当たり前だったことを振り返ると、ITを駆使したこの横須賀総武快速ライン、湘南新宿ラインそして上野東京ラインの発達には隔世の感を覚えます。




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目的を定めず、ぶらり万遊するように、ぶらり遊歩道を行くように、カメラを抱えて歩きながら気になるものを撮り、菩薩の心を持って諸々の知識と悟りを開けるよう願って綴っていきたいものです。

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