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読書の秋
読書の秋
私は、娘の部屋を開けられない。
もう、一年ほど前のこと。娘の部屋へ久しぶりに入って掃除をしようとして絶句した。
ベッドの下からお菓子の袋が、まるで「爆食い」をしたかのように山ほど捨てられていて、その中には使用済のアップルギフトカードが何万円分も混じっていた。部屋は全く掃除をしていない、異臭がする。勉強なんて寸分やっている気配はない。
私は混乱した。
二、三ヶ月ほど前、財布の中に入っていた一万円札が数枚なくなっていた。迷わず娘を疑い詰問したら、「どうして、あたしのことを信じられないの」と激しく泣かれた。これは演技ではない、きっと私の勘違いだ。多分、と無理矢理に自分を納得させたが、あれは完全に騙されていたのか。全身の力が抜けた。
それ以来、私は娘に何も追求しなくなった。
部屋の前を通る時、ドアから目をそむけるようになった。中を見たくても身体が動かない。いや、もう見たくない。
どんな地獄絵図がそこにあるのか。それはきっと私をまた打ちのめすに違いない。
ドアはずっと閉まったままだ。
不登校になったのはいつの頃だったか。
「体調が悪い」と言い出して、欠席するようになり、それがだんだん続いて、いつの間にか当たり前になって、はじめは心配してくれた担任の教師からも連絡が来なくなった。
このままだと受験どころではないし、高校なんかに行けるわけがないと思ったが、色々調べたところ、通信制なら行ける可能性があることがわかった。
本当は、全日制の高校に行ってほしかったけど。
いつから普通でなくなってしまったのか。
時々、化粧を塗りたくって家を出て行く。ひとりで街に行くのか、誰かと会うのか、全くわからない。
娘が私の顔を見て話をしてくれたのは、もう、ずっと遠い日のことに思える。
身体を壊し、長年勤めていた会社を辞めて、さあ、これからどうして稼ごうかと思っていた時に、友人からアフィリエイトを教えてもらった。見様見真似でやり始めた頃、ブログに「このコスメを勧めたらいいかも」、「K-POPのこの曲のこと書いたらいいかも」など、娘が色々とアドバイスをくれた。
アフィリエイトは始め苦戦したが、だんだん稼げるようになり、驚くほどの収入になった。正社員として働いていた頃よりも生活はずっと楽になり、それで娘に小遣いを渡し過ぎたのかもしれない。
離婚により、大好きだった父親と別れた淋しさを何かで埋めようとしなくてはと、勝手に私が思っていたのは浅はかだったと思う。
本当の豊かさとは何であるのかということを、全く考えていなかった。
Twitterには不登校で苦しむ保護者たちが何人もいて、それらを読んでいると、自分だけではないんだとはじめは安心していた。
何人かとはDMを通じてやり取りをしていたし、偶然近くに住んでいるひととはお茶を飲みに行ったこともある。私より十歳上の女性で、とても優しく笑うひとだった。
だけど、この問題は出口が本当に見えない。結局、誰の話も意見も自分の家の状況とは違うため、今では全く見なくなった。
娘に手を上げたことが、何度かあった。
まだ小学生の頃で、ちょっとした言いつけ、家のルールを守らなかっただけで、激昂してしまった。
ひとり親の子どもだからこそ、人並み以上にしっかりして欲しいという、切実ながら傲慢な親の欲望があったと思う。
私は、自分にこんな力があったのかと思うほど激しく強い力で娘を殴っていた。心と身体の奥底から、何かが湧き上がって、自制したくても止まらなくなっていた。自制出来ないほどの怒りなんて、本当は我が子に対して何もなかったのに。
私が殴っていたのは、目の前の小さくて、か細い子どもではなく、かつての配偶者だったのだ。
憎んでいる相手と同じ血が流れている小さな身体に、一瞬ではあるが憎悪を向けていた。
娘は一度も泣かなかった。
娘はわかっていたんだと思う。私の怒りの本質を。
こういうことは、子どもが一番敏感に正確に感じ取るものだ。
娘の父親である元夫は転職と転居を繰り返し、今は再婚したらしい。
形ばかりの養育費が届くが、学資保険は勝手に解約して、その金は自分が使い切ったらしい。
出来れば娘に会わせたくないが、娘が父親を想う気持ちの切なさは想像出来るので、時々面会は容認している。
私は一生会う気はない。
赦せないことが多過ぎたから。
二年ほど前までは、我が家は上手く進んでいたと過信していた。
親子二人で暮らせることの幸せを噛み締めていた。
娘の部屋も自分でいつも綺麗にしていた。友達も時々遊びに来ていたし、成績も良かった。猫も飼い始めて、娘もとても可愛がった。今では猫は娘の部屋には寄り付かなくなった。
学校にも行かず二階の部屋で、スマホを握っているのか、テレビを見ているのか、パソコンで映画でも見ているのか、わからない。
私はずっとリビングのソファで寝ている。
朝から酒を飲み、マッチングアプリを見たり、スマホで無修正動画を見ながらだらしなく自慰をしたり、安いインスタント食品で腹を満たす。
この間、テレビで子ども食堂の特集をやっていた。子どもの貧困率は徐々に上がっていて、子ども食堂というのはある家庭にとっては切実に有り難いものだという。確かに朝から晩まで働いてそれから買い物して料理をするという生活を、毎日一人でやってると気が狂いそうになるだろう。
娘が保育園や小学校の頃のことを思い出そうとしたけど、育児の記憶が殆どないことに気づいた。本当にしんどかった記憶は、自然に忘れていくものかもしれない。
もし自分がお金持ちだったら、惜しみなく困っているひとたちにお金を与えると思う。プライドも見栄もないので、住む場所なんてどんな所でもいい。最低限の生活を出来るお金があれば、後は要らない。どうして、世の中のお金持ちは自分の所にだけ溜め込むのだろう。お金なんか墓場に持ってはいけないのに。
そんな風にいつも思ってしまう私は、相当に世間知らずで幼稚なんだろうけど。
今はアフィリエイトで荒稼ぎした貯金が尽きるまで、何もしたくない。そんな自分の堕落した生活態度は、娘に伝染して良くないこともわかっている。
でも、もう知らない。
私は私の好きにする。
娘の部屋を開けられないまま。
とよたみちのり
1970年生まれ。1995年にTIME BOMBからパラダイス・ガラージ名義でCDデビュー。以後、ソロ名義含めて多くのアルバムを発表。単行本は2冊発表。
11月30日に1曲30分のインストとリミックスを収録した『夜』(25時)をリリース。タワーレコード、HMV、ディスクユニオン、Amazon等で販売。
12月24日大阪難波ベアーズ、12月30日東京神田POLARISでライブ。
photo by 倉科直弘