「朝起きたらウマ娘になってたけど、それはそれとして仕事したいです」
担当ウマ娘たちから独り立ちしたいと言われ、ふわふわと日々を過ごしていた私は、朝、目を覚ますと見知らぬ芦毛ウマ娘になっていた。担当ウマ娘には「長期出張に行ってきます」と書き残し、しばらく身を隠そうと理事長室で話していたところ、手紙を見た担当ウマ娘たちがやってくる――。言うべきか、言わざるべきか。1つ分かることは、言っても言わなくてもどちらにせよ危険な道っぽい。
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「というわけで、朝起きたらウマ娘になってたんですが、それは置いておいて。そろそろ私をトレーナーの仕事に復帰させてください。もう十分休んだと思うので。あ、姿全然違いますけどわかりますよね。私です私」
「……」
「理事長?」
「当惑ッ! 君の言うことは意味不明だ!」
理事長は、扇をバッと広げて天を仰いだ。短くまとめたつもりだったんだけど、私の話はどうやら分かりづらかったらしい。
そして、理事長の隣に控えていたたづなさんが、理事長と私を何度も見比べながら話しかけてきた。私はもう1度、事情を説明する。寝て起きたら見たことない芦毛のウマ娘になってました。終わり。
「あの、あなたがトレーナーさんだということは、いちおう分かりました。正直まだ信じられませんが、ご本人と私しか知らない話も全てご存じでしたし……」
「あ、よかった。ほら理事長、たづなさんは分かるって言ってくれてます」
「いえ、トレーナーさんがなぜ慌てていないのかは分かりません! 姿が変わってるってありえないですよ!?」
「たづなと全く同じ気持ちだぞ私は! なぜ置いておけるんだ! そんな大事な話をッ!」
「だって、後天的にウマ娘になる場合もあるのかなって……。あ、そういえば、担当の子たちから『ウマ娘のこと以外も考えろ』ってよく言われてたんですけど、ひょっとしてウマ娘のことばっかり考えてる人はウマ娘になるんですか? だから注意されてた……?」
すると、理事長とたづなさんは、そろって呆れた顔をした。どうやらそういうわけではないらしい。
「君があのトレーナーということはよくわかった! 中身が見事に一緒だからな! だがッ! 後天的にウマ娘に変わる例などこれまでない! 何か心当たりはないのか?」
「正直、昨日の夜からの記憶がどうも曖昧で……朝も気づいたら空き地で寝てましたし」
「よくその状態で平常心を保てますね……まず若い女性としてどうなのかと……」
そして、私達3人は、これからの対応について話し合った。これからの対応とは、つまり、私がウマ娘に変わったことを、他の人、特に担当ウマ娘の3人に伝えるかどうか。
「後天的にウマ娘に変わる、となるとおそらく世界初だ。当然、知れば研究者たちが黙っていないだろうし、良からぬことを企むものも現れるだろう。黙っていた方がいいのではないか!」
「ですが、トレーナーさんがこんな状態になったことは、きっとあの子たちも知りたいと思うんです。とても大事なことですし」
どちらの意見ももっともだけど……正直、担当ウマ娘に私のことで余計な心配はかけたくない。最近ただでさえ役に立てていないのに。練習場出入り禁止はまだ解いてもらえなさそうだし、そうすると、私にできることはそんなに残っていない。出張に行ったところで問題ないだろう。最近みんな独り立ちしてるしね。
私はとりあえず、理事長に向かってこくこくと頷いた。
「内緒にします」
「ならば、担当ウマ娘たちには、長期出張に行ったと私から説明しておくので安心するといい! 全て私の指示だと伝えてもらって構わない! 任せておきなさい!」
いちおう、私も手紙を残していこう。電話はなんか声まで変わっちゃってるから無理だし、メールだとさすがにあんまりな気がする。
「家に戻るわけにもいかないな! よしッ! 住む場所を私が手配しておくから、荷物を纏めてきたまえ!」