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Conversation
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作れるかどうかじゃなくて、責任を持つか?なんだと思うよ。
批評も評論も、内容に責任持たないなら価値は無くて「自分ではやらない人たち=何も生まない」になる。現場に精通したアイデアマンでもないし、片手落ちの落書きになりがちで。
対価を出すわけじゃなければ本当に自分でやった方がいい
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単純に、仕事なら、お金を払って依頼するか、パトロンになれば、仕様を変える権利が得られる。それがラーメンでもアプリでもそうで、オーナーになれば解決する。
でもたぶん批評家の目的やゴールはそれじゃないんだよね。「より良いものの実現」じゃない。だから作る人間にとっては無価値なんだよ。
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そこまでは思いません、「その方が早く、しかも確実に、社会価値としての昇華(≒社会参加と実行)になるのに、やらないなんて不思議だな」という程度で。
批評は自由だけど、同じように「やってみろ」と批評もされる。それが批評家にはクリティカルなんですよ。
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料金を払って、気に入らなければクレームをつける自由がある、サービスを変える資本を払えば、オーナーになって変えられる。
前者は批評ではなく「クレーム」ですよね。それが世論として集積すれば、初めて「社会価値への昇華」が起こるだけで。一端ではあるかもしれないが、別物ではあると思います
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「社会価値」まで風呂敷を広げていくと、署名運動を想像するとわかりやすいと思います
これは「社会価値のある批評性」で、意見に対して責任をもって行動を起こし、集合知や賛同を得て、結果、社会を変える例ですね。これには価値があると言える。
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じゃあこの価値を「世論」のなかの1人の個人に見出すのは、かなり成熟した社会でなければ難しい。
当時の世界有数の知識層がニートして哲学やってたギリシャとかは実現していたでしょう。そういう時期に言論とか哲学は発展してきた。
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一方、普通の人間は「批評性」なんか考えないんですよ、ムカつくことに感情で文句言ってるだけで、内容の妥当性も精査も気にしない。
じゃあ、ある批評(意見・レビュー・クレーム)の1つをとりあげて「社会価値があるか?」と言われると、どれぐらいあるかな?というのが正直な感想です。
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多くの場合で、「自分で責任も持たないことを叩いてるだけ」になっちゃってるのが、今話題のラーメン評論家とか、ネットの住人だと思います。
コンテンツ叩きで再生を稼ぐYoutuberも同様で、「社会価値のある批評性」ではないですよね。
むしろ「アカンね」と批評されてる。←これは社会価値がある
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もし、会社のような集団(≒狭義の社会)に、「批判ばかりして、自分では何もしない人」がいたら、普通はあんまり相手にはされない。何も解決してくれないですからね。
これが本当に「価値のある批評性」であったなら、彼は評価されるハズなんですよ。感心され、社会からほっとかれない。
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ただ多分それは「アイデア」とかそう呼ばれるもので、おそらく批評ではない。批評ってホメるにしても、叩くにしても、「何かに対して実行力のある行為」ではないんですよ。
結果的に、マーケティングの判断材料として、「別の誰かが」価値に昇華してくれることはあるだけで。
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これは僕の意見であって、「言論や批評に社会価値がある」という主張そのものは別に否定はしません。
そういう場合もあるかもしれない、ただ難しいし、普通はそこまで昇華されないよね、というぐらいです。
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結局、そういう方法で社会価値を見出そうとするより、参加して自分でやるほうが速いし、実行力がある。
僕の結論としては「社会価値があるかどうか?」においても、「わざわざそんな個人の範囲を超越するような方法をとる理由がない」と思います。やればいい。やらないのも自由ですけどね。
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スレッドの時系列バラバラだったんでまとめときました。
「批評」なんて大それずに全部「感想」で良いんじゃないですかね。ラーメンを不味いって言いながら食っても不味いですもん。
食べなきゃいいし、自分でメシつくればいいんですよ。
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