2019年10月。発売から22年の歳月を経て、伝説となっていたRPG『moon』のNintendo Switch版が発売された。このときはダウンロード版がリリースされたのみだったが、ファンの熱い声援を受け、今回、3つのスペシャルアイテムが付いた豪華パッケージ版、『moon PREMIUM EDITION』の2020年10月15日発売が決定したのだ。ソフト本体のほかに、A5サイズのボックスに秘められたファン垂涎の内容であると言われる3つのスペシャルアイテムが何なのか、企画・制作を手掛けるオニオンゲームスの木村祥朗氏と倉島一幸氏に、その詳細と発売までの経緯について訊ねた。
木村祥朗(きむらよしろう)
オニオンゲームス代表にして、ディレクター兼ゲームデザイナー。オリジナル『moon』では、3人いたゲームデザイナー&ディレクターのひとり。
倉島一幸(くらしまかずゆき)
オニオンゲームスのアートディレクター。オリジナル『moon』でもキャラクターデザインやアニメパターンなどを担当。
秘蔵の資料の発掘によって、豪華特典が見えてきた!
──『PREMIUM EDITION』の発売が予定されていると聞き、驚きました! しかもパッケージ版!
木村『moon』を22年ぶりにダウンロード版としてリリースした昨年の段階では、パッケージ版はもろもろの事情で諦めていたんです。でも、長年『moon』の復活を願ってくださっていた皆さんに「何かお返しをしたい」という考えはつねにありまして。なかでも「サントラやグッズが欲しい」というご要望はつねにいただいていたので、発売する方向で企画を進めていましたが、どんなものを製作してどのくらいの数が望まれているのかがイメージできなかったんですね。それで『moon』の発売後に“ぶつよくアンケート”と題し、公式HPでユーザーの皆さんにアンケートを取ったんです。
──そこでパッケージ版の要望が多かったと。
木村ええ、実施期間が短かったアンケートにも関わらず、たくさんのご意見を頂戴して。そこで、ナンバーワン&ツーとなったサウンドトラックCDと豪華パッケージ版に対する票がすさまじく多かったんです。
──サントラはすでに、音楽を手掛けたセロニアス・モンキースのレーベルから5枚組というボリュームで完全版が発売されますね。(※予約は本日2020年6月25日まで! 予約サイトはこちら)
木村そうなんです。おかげさまでご好評をいただいていて。セロニアス・モンキースのふたりからもお礼のコメント(※記事末尾に掲載)を預かっています。僕もセロモンの大ファンですので、発売を心から喜んでいます。一方、つい最近まで、豪華パッケージ版というものが実現できるのかどうか、いまひとつわかりませんでした。ですが最近になってすべての条件が整い、「本当に発売できる!」となったんです。
──最近ですか? 流行り病が障害になったりはしなかったんでしょうか。
木村なりました。企画を進めたいけど関係者とのミーティングが思うようにできなかったりして、すべての進行が遅くなり、一時的には、どうしたらいいかわからなくなったりもしましたね。
──ああ、やっぱり影響を受けて……。でもこうして発売が決まり、お披露目されてよかったです。
木村もし豪華版を作るなら、「ユーザーの皆さんが喜んでくださるアイテムを3つは入れたい」という思いがあったんです。どうにかそれらをひとつずつクリアーすることができたので、一気に現実味を帯びたんですね。
──ひとつひとつのきっかけが積もっていったと。
木村ええ。なかでもいちばんの決め手となったのは、“当時の開発資料が大量に発掘された”ということでした。
──発掘! それは昨年『moon』をリリースした後のことですか?
木村『moon』の発売前に、ファミ通さんの取材を受けているころです。じつはその発掘したものの中から、誌面掲載用に数点の資料をお出ししていたんですよ(※週刊ファミ通2019年10月17日号収録)。
──なんと。あれらは発掘されたものだったんですね! それが大量に?
木村倉島の手描きの原画だったり、アイデアを出し合ったりしているときのメモ書きだったりが大量に。どうにかしてそれらを世に出したいと思ったんです。できればこの資料のありのままをお見せしたくて。……本当にすごいんですよ。昔使っていた、ラブデリック仕様の方眼紙があるんですが、それにたくさん描かれていて。
しかも、当時のままのものが残っていたんです。加えて、太郎ちゃん(共同ディレクターだった工藤太郎氏)の家で、僕らが書いた“もっとひどいメモ”が見つかった(笑)。
倉島本当にこれはお蔵出しです。23年目にして。
──「ひどい」って、めちゃくちゃ気になります(笑)。
木村ひどいなんて言うと怒られちゃいますね。具体的には、指示書とか謎解きのスケッチとか。そういうものが、それぞれの自宅の棚の奥にありました、という(笑)。こうしたものが付くこの豪華版を、『moon』ファンの皆さんもきっと喜んでくださると思います。さらに言えば、僕ら自身にとっても永久保存版になりそうです。
──作ったご本人たちも、メモを見て思い出すことが多かった?
木村本当にその通りです。以前、「『moon』はラブデリックのみんなで即興的に作った」というお話をしましたが、それだけにまともな記録が残っていないんですよ。でも、今回発掘されたメモを見たら、当時どんな現場でどんなふうに作業をしていたかが、たちまち想い出されて……。僕らも、ファンの皆さんも、1997年のラブデリックの開発現場までタイムスリップできる内容だと思います。
倉島もうね、秘蔵の資料がいっぱいあります。「いま出さないでいつ出すの?」というくらいの。
──それがこのアイテム1、“開発極秘資料「moon note - Back Stage ’97 -」”として形になったわけですね。実際には何ページくらいの冊子になるんでしょうか?
木村まだ確定していませんが、余裕で絶対に100ページを超えます。
ムーンボイスによるCDは、物語の始まりから終わりまでを味わえてしまえるような不思議なシロモノ
木村豪華版に入れたい3つのアイテムのうち、第1の目標はその資料をお見せすることで、第2の目標はCDでした。
──CDですか。セロニアス・モンキースのサントラではなく?
木村楽曲はもちろんセロニアス・モンキースによるものですが、サントラにはない新規のものになります。「誰かがそのCDを聞いたら、『moon』の始まりから終わりまでを一気に味わえてしまえるようなもの」というコンセプトで作ったもの。サントラと内容がカブることは避けたかったので、アイデアが思い浮かばなくてたいへんでした。
──でもそれが形になっている。いったいどういうアイデアを思いついたんでしょうか。
木村『moon』は、がんばって早解きしてもエンディングまで6~7時間はかかる話です。だから「始まりから終わりまで」と言っても、それを音楽にするのは無茶ですよね。いろいろな手段を考えたすえ、「『moon』の世界に登場する“ある少年”の視点で物語を再構築すれば、ドラマCDのような組曲のようなものが作れるんじゃないか?」と思い至り、アイテム2の“ムーンボイスシアターCD「The Child of Happiness」”の企画になりました。
──ドラマCDということは、音楽はもちろん入るんでしょうけど、ドラマ部分はどう表現するのでしょう? moonには声優さん然とした声優はいませんよね?
木村ドラマは“『moon』の住民たちによって上演されているお芝居“という位置付けで、描いているのは“あの少年の物語”。それをあの『moon』世界の住民たちが発する言葉、つまりムーンボイスで味わえるという不思議なCDです。
──え。それで物語が伝わってくるということなんですね? すごい。リリースによると、“「FAKE」と「REAL」のふたつの視点を持つ『moon』の物語を、少年の第3の視点で表現している”とありますね。タイトルになっている“The Child of Happiness”は直訳すると“幸せの子”ですが、この言葉が指すキャラクターは……。
木村あまりお話すると、まだプレイされていない方のネタバレになってしまいますね(笑)。この企画で僕らがやっていることは、『moon』を骨の髄まで楽しみたいと思っている方に、骨の髄まで接近して表現することなので。初めてプレイされる方のために、「プレイし終えてから聞いてください」という注意書きを添えようと思っています。
──なるほど。では、だいたいどのくらいのボリュームでしょうか。
木村製作途中なので明言できませんが、20~30分ほどです。物語はすでに完成していて、いまは音源の収録をしているところですね。
──23年前に発売された『moon』が、いまこの時代にダウンロードして遊べるようになったことだけでも感激していたのに、さらに新規の物語や音楽を味わえる日が来るとは……!
木村そうですね。僕らにしても、『moon』に関係する創作物を、また手掛けるとは思っていませんでした。でも、これが本当に最後の最後。そして、倉島も言いましたが、いましかできないことだと思っています。
──いましかできない?
木村というのも、僕はいま移植作業や英語化作業を経て『moon』の全シナリオや世界の成り立ちなど、すべてがしっかりと頭の中にある。そして、セロニアス・モンキースも、サントラの完全版を手掛けたことで『moon』の楽曲の理解が深まっているという。
──皆さんの中に、『moon』が充満している好機だったんですね。
木村「自分が昔、なぜ物語をそう書いたのか」だとか、「エンディングのキャラクターはどうしてあの人選だったのか」とか、いまは理由もすべて思い出していて。「こういう気持ちで作ったんだよな」というのを吐き出す場所としてこのCDを作ってみたくなったんです。そしてなぜ“あの少年の物語”が、ゲームの世界そのものでなく、上演されているお芝居として語られるかと言うと、やっぱりこれは付録だからなんです。ゲーム本編の続編でもなく、あくまで架空のお話。言ってしまえば、『moon』作者による二次創作なんですよ(笑)。
──ふつうはそれを一次創作と呼びます(笑)。
木村いやいや。『moon』の設定を完全に理解した人による、壮大なホントが入っている二次創作です。いや1.5次創作か(笑)。
──もうそうなると、出来上がるのは『moon』そのものなのでは?
木村確かにそうかもしれません(笑)。
断片的に語られていた核心を描いた“シアターガイドカード”
木村そして豪華版に封入されるアイテムの3つ目が、“シアターガイドカード「Imaginary Moonscape」”です。これは先のドラマCDを視覚的に体験できるイラスト集で、お芝居が4幕あるので、4種類あります。
──倉島さんの描き下ろしですか?
倉島そうですね。すべて新しく描きました。第一幕が「滝壺の年」、第二幕が「酒場の事件」、第三幕が「中ボス戦」。そして第四幕が「最後の瞬間」です。
木村聞く人が聞けば、『moon』に隠された真実、“第3視点から見た別の光景”とは、どんなことを指しているのか想像できてしまうと思います。とくに、“滝壺の年、十の月の十”……。察しのいい方なら、きっとこれだけでゾワッとしていただけると思います(笑)。
──かなり核心に迫るお話なんですね!?
倉島僕もビジュアル化するのは初めてです。
木村気づいている人は気づいている、ゲームの中では言葉でしか出てこない歴史や事件などのビジュアルを、倉島が時間を相当かけて、高密度で描きました。
倉島けっこうやりとりしたよね。ソーシャルディスタンスを保ちながら(笑)。
木村CDには紙製のジャケットが付くんですが、これも倉島の描き下ろしです。じつはゲーム中のおばあちゃんの部屋の柱に掲げられている丸い絵を、今回あらためてリファインしているという(笑)。
──おおお、なんということを……。そもそも20年も前の絵を描き直すというのは、絵を描く方としてはどんな心境なんでしょう?
倉島懐かしかったですねえ。どういう絵だったのか忘れかけていたんですが、資料が見つかったおかげで細かいところまで思い出せましたしね。ジャケットにした絵は、けっこういいシチュエーションなんですよ。あとは、この当時の僕の絵にある丸みやデフォルメ具合を思い出しつつ、模写したりもしましたよね。
──ご自身の絵を模写ですか?
倉島長年同じ歌を歌っている歌手はヘンにコブシが効いたりしますよね。それと同じで、僕も「昔と絵が違う」と言われたくないので、そのコブシを消す努力をしました。
──しかし、皆さん資料をきちんと残しておくタイプなんですね。
倉島意外とマジメなんですよ。
木村そう、倉島のところから出てきた資料が本当に大量で。「こんなにたくさん描いていたの?」というくらい。
倉島筆圧も高ければ、絵の密度も高いしね。
木村『moon』のアイデア出しをしている当時の、倉島の勢いはすごかった。自分の発想もそうだけど、人が話したことをビジュアル化するスピード感とかですね。あとは、言われたことを倍やってきたり、言われてないことまで描いたり。そういういろいろなアイデアが、紙に手描きの形でいま現在まで残っているというのが奇跡です。
倉島自分で描いた絵や資料はファイルにしていちおうすべて取ってあるんですが、『UFO』やほかのタイトルのファイルもある中で、『moon』がいちばん多かったんですね。やっぱり貪欲だったと言うか、最初だっただけに、ちょっと群を抜いて一所懸命やっていたのかなと。初心を思い出しました。
木村“手描きした後にスキャンをして色を塗る”という手法で『moon』のビジュアルは作られているんです。ですが1997年のあの時代の解像度ですから、スキャンデータもものすごく小さいんですよ。つまり手描きの細かいニュアンスを、ゲームに反映できるかどうかも定かではないのに、細かく描いているという。よくもまあ、そんな冒険をしたものだなと思いますね(笑)。
倉島そうだよね。でも、いまあらためて見ると、いろいろな欠点を見つけてしまって、「ウェーッ」となります(笑)。……ドット絵の大臣の目に点がなかったりなんてしているから、すごく描き直したいんですけど(笑)。
木村でも、昔の形のまま出すと決めたから、欠点を見つけても、直さずそのままにしています(笑)。
倉島まあ僕は、データに付けるファイル名もしっちゃかめっちゃかだしね。この前も怒られたばかり。
──そうなんですか?(笑)
倉島昔から変わらない、クセみたいなものなんですが、たとえば“つれづれ新聞”に関するファイルは、”news“などそういう名前にすればいいのに、“sinbun”なんてローマ字にしたりだとか。しかも、綴りが”SUNBBUN“なんていうふうに間違っているんですよ。そういう調子だから、後からぜんぜん探し当てられない(笑)。
──スタッフ泣かせですね(笑)。
倉島見つけられなくて、けっきょく自分で泣くんですよ。それでよく仲間に怒られる(笑)。
木村でも作品として人に見られるのは、ファイル名じゃなくて絵なので、「絵がよければいいじゃない」と皆思ってたんじゃないかなあ(笑)。
倉島とはいえ毎回、大ブーイングですよ。すみませんでした……。
豪華版は『moon』最後の集大成
──自分はダウンロード版を持っていますが、お話を総合すると、これは買わざるを得ない魅力があります。
木村ゲーム本編の内容は同じですからね。僕らが力のあるパブリッシャーなら、昨年のダウンロード版と同時にパッケージ版も出せたのですが……。ずいぶん時間がかかってしまい、そこについては面目ないと思っています。
──ムーンボイスシアターCDとシアターガイドカードは、間違いなく『moon』の世界を拡張するものですね。
木村はい。そして、ちょっとパラレル感があると思います。そういう意味でも、これは“『moon』の内側を描くために、ゲームの外側で誰かが作ったお芝居”という位置付けなんです。作者本人が届けているので、限りなく本当に近いものではありますが、本当に正しく『moon』の世界を表現しているかと言うと、何かが違っているのかもしれません。それが何かは、これを体験した人がご判断してくださればと。
──わかりました(笑)。しかし、人生において、20年前のことを克明に思い出さなければならない瞬間って、そうそう訪れないような気がします。ですから、いま木村さんたちが真剣にその作業に取り組まれているということが、ずいぶん興味深いです。
木村『moon』を復活させるという作業ができたのは、本当に感慨深いと言いますか。記憶を旅する感じがおもしろいですし、昔の自分に対する嫉妬もあります(笑)。
倉島そうだね。僕、あのころよくがんばっていたなって(笑)。
木村 それに、昨年『moon』を復活させたときに、ユーザーの皆さんが自分たちの予想以上に喜んでくださったことが、本当に嬉しかったんです。今回の豪華版を実現できたのは、やはりお客さんの声援あってのこと。僕らとしてもモチベーションが上がりました。オニオンゲームスとして“次回作”も大事に考えていますが、ひとまず2020年は『moon』の豪華版をやり切ろうと思っています。自分が取り組んだことをちゃんと残しておきたかったと言いますか、これはある種の“遺言”みたいなものなのかもしれません。
──まだまだ倒れられては困ります(笑)。10月はサントラの完全版と、この豪華版のふたつがあるということで、また今年も『moon』の世界が楽しめるわけですね。
木村ちょうどこの記事の公開日(2020年6月25日)がサントラの受注の締切なんですよ。ですから、今年からここまでの『moon』を担っていたセロニアス・モンキースのふたりから、ここでバトンを引き継いだ感じですね。
──ではあと4ヵ月弱、我々はどんなふうに待っていればいいでしょうか。
倉島……やっぱり、うがいと手洗いじゃないですか? そして、みんなが健康な状態で、サントラの完全版とこの豪華版の発売を待つ!
木村発売まではオニオンゲームスの公式Twitterや、メールマガジン「のぞきみクラブ」でも最新情報を引き続きお伝えする予定です。それまで、来るべき『moon』祭りを楽しみに待っていてください。
セロニアス・モンキースからのメッセージ
注文してくださった方々から、「ずっと待ってました。」というたくさんのメッセージを頂きました。当時は子供だったのでお金がなかったという方や、『moon』と同じ生まれ年で、自分へのプレセントという方も。『moon』を愛してくださっている新旧のファンの方々には、感謝の思いでいっぱいです。ありがとう!
皆さんや私たちの中に今も存在している『moon』の記憶、当時のサウンドトラック、MDアーティスト達。完全版サントラ「EX-PO ’97 In memoriam the moondays」の97年という「時代」の音は、当時遊んでくれた皆さんの記憶を刺激することになるでしょう。また、新しい『moon』ファンの皆さんには、当時の熱気と共に、今回フェイクの再構築など新たに書き下ろした曲の「本気!」を感じてもらえれば嬉しく思います。
そして、サントラに続いて、『moon』パッケージ版の予約が、始まります。私たちは、「moon本編では語られなかったアナザーストーリーを、観て聴けるCD」の制作を進行中です。こちらも楽しみにしてください。
(セロニアス・モンキース)