絵画を修復するように
――ほぼマスターデータに近い、オリジナル版のソースコードがあったのであれば、移植はスムーズだったのでしょうか。
木村いや、ソースが見つかったからといって、すぐに移植できるというわけではちっともなくて。それに、そもそもどんな形にして移植するのか、という点も悩ましかった。
倉島いまの時代のゲームとして、手を加えるのかどうかとか。
木村HD化したり、追加要素をたくさん入れるといった選択肢もある。でも、「当時のママの『moon』を遊びたい」で出すべきだなと感じたんです。荒々しいコンテンツだった『moon』そのものを、そのまんま出すという考えです。
――そうとう悩んだのではないでしょうか?
木村はい、けっきょくいろいろと考えた挙句「そのままがいい」と決めて、「当時のママの『moon』を再現する」というコンセプトにしました。元ラブデリックのメンバーともコンセンサスをとりましたけど、「そのまんま出そう」という考えを後押ししてくれました。
――ということは、当時のそのままの『moon』がNintendo Switchで遊べるんですね。長年アーカイブされずにいた『moon』をまた遊べるなんて……!
木村でも、当時のそのままの『moon』をNintendo Switchで再現するといっても、ソースコードや絵や音楽が完全にそのまま使えるわけではないので……けっこう大変でした。これまで僕らオニオンゲームスは、Nintendo Switchで『BLACK BIRD』や『勇者ヤマダくん』を開発してきていて、得意なハードでもあるのでNintendo Switchで出すことに決めたのですけど。オリジナル版はプレイステーション用ソフトなので、ハード的にも仕様が異なっていて、そこを合わせていく作業がとにかく大変でした。まずは、現代の制作環境でPS時代のプログラムソースを持ってこれるのかどうか、という調査から始めて。
倉島ずっとやってたよね(笑)。僕は絵のデータ関係を見ていたくらいですが、祥ちゃんはオニオンゲームスの他開発と同時並行して、いろいろエンジニアさんと試行錯誤してたよね。
木村あはは、いろいろ並行してたから体力的にたいへんでした(笑)。
倉島もう若くないからね。気持ちはヤングマンで若気はあったけど。
木村ひたすら地道な実験のあと、「あ、うごいたかも」みたいな世界があったと思ったら、じつはデータの一部が欠落していることに、あとから気づいたりして。ヤバかった (笑)
――なんと……グラフィック関連のデータなどについては、大丈夫だったのでしょうか。
倉島だいたい問題なかったんですが、当時の自分の仕事のケツをいま拭いているような屈辱を味わっていますね。イラスト素材を見ていると、ちゃんと切り抜かれていない荒い箇所が多かったりして、それをいま丁寧に修正しているんです。昔作ったプラモに、いま砂ヤスリをかけているみたいな感じで、昔のオレ、ちゃんとやっとけよ!と、ひとりで怒ってます(笑)。
――(笑)。それにしても、完璧なデータが出てきたと思いきや、長い年月の中で一部消失していたなんて。
木村正直原因はわかんないんです。見てると「あーこれはマスターだな」ってわかる部分がたくさんあるのに、なぜか欠落している。たぶんバックアップ時のコピーミスや、そもそもの参照ミス、誰かのアップ忘れ? とかじゃないかなと。なので、やはり実際にゲームを遊び直して、丁寧に中身を見ていき、どんな作りになっているか確認しなおす必要がありました。「プレイステーション時代のころのプログラムに精通しながら、現代のノウハウも持ち合わせている」と言えるツワモノプログラマーさんとのコンビネーションがなかったら、難しかったと思います。
倉島そのプログラマーさんのことは、僕らの中では“用心棒の先生”とか“先輩”と読んでいて、やばくなったら、“先生に聞いてみよう”とかってね。
木村いやー、ほんと出会えてよかた。その“先輩”の力が、本当にすごくて……グラフィックの欠落をバイナリからもどして復元してくれたりとか、目コピで同じ状態作りだしたりとか、もともとがプレイステーションのハードの機能だった部分を再現するための代替案を一緒に相談して、見事解決してくれたりとか。なんやかんやで、復元に成功しました。ほんと、“先輩”のおかげです (笑)。
変わること、変わらないこと
――まるで絵画の修復をするかのように、欠けた部分はあらゆる方法で再現を試みたんですね。『勇者ヤマダくん』を作りながらもそうした実験を続けていたなんて……。
木村想像を絶するたいへんさでした。でも、この辛い任にあたるのが、元ラブデリックのメンバーの中で、自分だったのはよかったのかもしれないとは思います。
倉島『moon』の開発メンバーの中で、唯一全体を見ていた人だったからね。
木村僕は当時もけっこう全体を俯瞰して見るタイプだったので、マスターのバックアップを見たときに、全体構造を再度理解して「あ、いけるかも」って思えたし。ほかのメンバーが書いてたスクリプトの意味とかもわかってて、ゴールが見える感じだったし。ラッキーでした。
――当時のままの完全な『moon』がコンセプトだからこそ、オリジナル版にできるだけ近づけているんですね。
木村どれくらいの再現度かというと、当時のバグのような現象さえも、原因を割り出した後に、ゲームにとって問題がないようなら、残しました。
――そこまで再現するなんて! まさにNintendo Switch版は、オリジナル版がそのまま復活することになるんですね。逆に、追加要素などはないのでしょうか。
木村『moon』のマニアならば、ボツになってゲームに未収録だった“龍の道”という幻のエンディングがあることをご存じかもしれません。この“龍の道”は、今回の移植に当たって追加しようかと最後まで検討を重ねた部分でした。でも、最終的には「入れないで当時のママにしよう」という方向に決めたんです。DLC付録などの形での収録も検討したのですが、やめようと。
――“龍の道”は、別のエンディングだったんですよね?
倉島当時ももったいないから、サブストーリーで残せば?という話も一瞬あったよね。
木村ね。でも蛇足になって、メインの物語が変になるから、さらっとやめました。案外悩んでないです。さくっと消した。すげー作業したし、音も絵も入ってたのに……。ごめんなさい。
――当時と同じ決断を、今回もしたんですね。
木村オリジナル版の形が完成形なんです。だから、何かを足したり引いたりしないで、そのまま、もう一度皆に遊んでもらおうって。……あ、でもほんの少しだけ変わっているところがあります。
――それはどんな部分ですか!?
木村本筋には関係ないのですが、MD(ムーンディスク:自分の好きな曲を冒険中に流せるシステム)の仕様が少しだけ。オリジナル版では容量の問題でモノラルだったんですが、Nintendo Switch版ではステレオで聴けます。音に広がりが感じられて、フィールドを歩くのが、さらに楽しくなっていると思います(笑)。
――MDの曲ジャンルは、かなり多岐にわたっていて、自分で好きな音楽をプレイリストにして聞きながら冒険できる、なんて……いま振り返ってもかなり斬新なシステムですよね。「津軽じょんがら節」的な「月アカリじょんがらロード」なども、いったいどんな感じになっているのか、はやく聴いてみたいです。
木村ねー。津軽三味線、いいですよね〜。あとは、全体的に60フレームで動いているので、なめらかです。なので、ちょっと気分いいかも。マップジャンプも早いし。
アドリブセッションで作り上げた『moon』
木村たまに話しますが、あのころボクはスクウェア(現:スクウェア・エニックス)を辞めたタイミングで、「ゲームを作るのをやめよう」と考えてたので、ラブデリックへは、最初けっこう消極的な参加だったんです。たしか、原宿のマンションで開発スタートした1ヵ月目、太郎ちゃん(工藤太郎氏:『moon』における3人のゲームデザイナーのひとり)に「旅に出るまででいいから、顔出しておいて」って誘われて、で、そのあと旅に出ちゃうから、冒頭顔を出したはいいものの、いきなりいなくなるという(笑)。
倉島で、祥ちゃんは、旅に出た後、帰ってきて、開発開始からちょっとずれてラブデリックに本格的に合流したんですが、あのとき入ってこなかったら、きっと『moon』は完成していなかったですね。
木村開発スタートからから4ヶ月後くらいに、本格的に一緒にやり初めたという感じで。なんか、旅の後に「本気でゲーム作ろう!」と考えて現場復帰したので、完成させるために必死だったというか……。
――そうなんですか……! そういえば、皆さんは元スクウェアの同期に当たる間柄なんですよね。RPGの老舗にいたみなさんが、『moon』でRPGというジャンル自体をネタにしているような演出を生み出すんですね。
倉島僕と太郎ちゃんは、『スーパーマリオRPG』に携わった後でスクウェアを辞めてラブデリックに入ったんですよ。
木村僕は『ロマサガ』チームで別の場所にいましたが、ふたりと昼飯いって、RPGのひねた雑談とかしてました。「勇者って無断で家に入ってきて、タンスを漁ったりするのってよく考えると変だよなー」とかそういうのね。
倉島僕たちがスクウェアで出会って『moon』作るまでって、『FFV』 から『FFVII』くらいの時代だったよね。
木村王道のスクウェアという会社の“どまんなか”で仕事をしていたから、『DQ』や『FF』に対する愛と反骨精神が同居してたのかなって思います。
――スクウェアから離れた後、RPGに対するラブとロックな精神を抱いて開発をしていたんですね。
倉島あの時代、たしかに反骨精神ありましたね。開発スタイルも今ではなかなか考えられない感じで…。
木村……ここは工藤太郎の言葉をかりますが、『moon』は、とてもバンド的なゲーム作りだったんです。“楽譜のないセッション”みたいな。おっそろしいことに、仕様とかなくて(笑)。
――えっ!
倉島なかったね(笑)。
木村全員がいきなりアドリブというか、生バンド的というか、担当部分を、それぞれが勝手にざーーーっと作って。それを最終的に組みあわせて完成させるという、いまとなってはとても考えられない開発手法でした。
――まるでぶっつけ本番で合体ロボのパーツドッキングを成功させるかのような……!
木村 そう。でも、そんなところがありましたね。だから、なんかまずいと思って、逆に必死になれたのかな。ゲーム全体の構成とかお話の接続とか設定とか、なんか必死で考えたなぁ。あげく、ヨシダ(ゲームの中の登場キャラ)が頭の中からでてきて本当によかった。
倉島はははは。でも笑いごとじゃなくてそうだった(笑)。
――それはたいへんな状況ですよね。
木村でも、あれはあれでよかったと思う。ラブデリックには、自由な空気があったんです。そのおかげで、スクウェア時代には開花しなかった、僕のいろいろな部分が開花して、『moon』に込めることができたと思います。あの部屋で太郎ちゃん、倉島、西さん、みんなから影響うけて、チャクラが強制的にひらいて、いろいろ“念能力”が発動した感じがします。
倉島祥ちゃんが入ったばかりのときは、いまでも覚えているけど、すごかったよ。
木村すごかった?
倉島『moon』が完成しそうだって思ったもの。俺ら、ずっと好きなことばかりして作っていたけれど、祥ちゃんが全体を見て、取りまとめてくれたからさ。関係ないけれど、入ったばっかりのときは、ミカン箱を机にしていたよね。
木村机がなかったから、ダンボール箱みたいのを机にしてた (笑)。でもあんまり気にならなかったかな。机とPCがあればいいし。仲間が楽しいし。当時を思い返すと、ほんと各々で勝手に作業をしてるわけですが、皆がもつ能力のジャンルは違っていたんです。西(健一)さんは、なんていうか場を明るく導いてくれる人で、太陽のようでした。西さんが話すと楽しそうに思えてくる。なんかアイデア言いたくなる。プロデューサー寄りの念能力をもった人だった。太郎ちゃんは、音楽演出系に本当に愛情を注ぎ込んでいて、僕は物語にたいして力を注いでいた。(上田)晃くんが風景まわりを一人で全部描いていて、キャラクターは倉島がすべて担当していた。で、みんな好きに勝手に働いて、できちゃったという。なにより、音素材もいちいち良いのがあがってきて!
――音楽は本作のために結成した音楽ユニット“セロニアス・モンキース”の安達昌宣さんと谷口博史さんですよね。
木村安達さんと谷口さんなんて、もうバシバシと曲を上げてきて……全員が、おもしろいアイデアがあったら、その場ですぐ突っ込んで提案してくる感じだった。倉島の絵も、いま見ても『moon』のときの絵は何か凄味があるよ。
倉島そうなんだよなあ。自分で言うのもアレだけど、ちょっとだけいやらしい言い方をすると、『moon』を作っていたときは自分が跳ねた時期だったと思うんです。絵柄についても、『スーパーマリオRPG』を作っていて、「少しつかんだ」感じがしていた頃でした。まあ、イキっていたんです(笑)。でも、それだけに『moon』の絵柄を見返すと、曲線の感じやタッチなんかが、いまはできないなあって感じでいいんですよ。
木村スクウェア時代から、『スーパーマリオRPG』とかで太郎ちゃんと倉島は開花している感じがしていたから。『moon』では、その感じのまま、自由に好きなことをしているような感じがしたよ。あの頃の倉島のイラストを見たときには「ティム・バートンとか好きなんだろうな」とは思いつつも、それだけではない倉島の中の何かがこぼれ出てきていて、あの『moon』の世界を作っているんだなって思ったし。あとは、粘土でモンスターを作ったのも、良い記憶だなぁ。
倉島そういえば、アニマルもすべて粘土で作ったけど、各々が自分の担当マップに出すからって、自由に粘土で新しくアニマルを作ったりしてたよね。
木村いまだと、考えられないよね(笑)。“トミー”というアニマルは僕が作った人形なんだけど、最初トミーでテストして、アニマルの魂を捕まえて救済する“ソウルキャッチ”の遊びを実験したりして、わりと重要だったのを思い出した(笑)。
倉島たしかにトミーは思い出深いかも。アニマルの名前も、粘土を作った人が名付けたんです。トミーのときも、祥ちゃんが粘土で作っているのを「名前はなんていうの?」って聞いて。
木村聞かれたから、その場で考えて「トミー」って答えた(笑)。
倉島各マップに出現するアニマルも、あの場にいた全員で作った人形をズラッと並べて置いてある場所から、皆が好きに持って行って勝手に使ってたね。
木村仕様がないから、全員が勝手に配置したアニマルをリサーチして、入手できるラブを数えて、ゲーム全体でどれくらいの感じでラブレベルが成長していけば破綻しないか計算したりして。あとから(笑)。
――そうしていく中で、木村さんがゲーム全体のつながりも見ていくことになったと?
倉島祥ちゃんが物語の胴体を作ったことになると思う。祥ちゃん、自分でも言ってたけど、ある意味ではスクウェア時代にはいま一つはっちゃけられていなかった感じがした。だけど、ラブデリックでは物語作りを、自由にのびのびとやれているなって思ってた。そうそう、思い出すとスクウェア時代に祥ちゃんは一人芝居とかを作って演じていて、僕はその絵を描いたりして手伝ってたよね。
木村チラシの絵とかをお願いしていました。そう思うと、倉島はスクウェア時代から、ずっと僕の物語を見ているんだよなあ(笑)。
倉島当時のお芝居も見ていたけれど、スクウェア時代のゲームでは、その“味”みたいなものは発揮していないなって思っていたから。それが、『moon』を作っているときには出せていたように思って。
木村西さん、太郎ちゃん、倉島、みんなが「ユー、自由にやっていいよ」みたいな空気で包んでくれて、本当あの現場に出会わなかったら、ゲームづくりに戻れなかっただろうなって思います。あのとき仲間にさそってくれて、本当に感謝しかない。
――本当に、どこかジャニ……ではなくて、ジャズの演奏のような開発現場だったんですね(笑)。
木村あの開発現場ではゲームで一番大事なのは仕様じゃなくて、“アドリブ力”なんだよなー、みたいな。そんな世界でした。いまこの話を現場でしたら、他の開発者には怖がられるかもしれないけれど、「仕様なんかなくても、一人ひとりが前むいて作業してたら、ゴールするんだぜ」っていう。……いやー、でもいま仕様なしで、ゲーム作るのとか無理だなー(笑)。
地球からは、月の裏側を見ることはできないーー
突如として発表された、Nintendo Switch版『moon』発売決定のニュースは、まさに月の裏側のように、見えないところでオニオンゲームスの皆さんが、こつこつと地道に作り上げられてきたものでした。
そんなオニオンゲームスでは、急きょ公式ディスコードにて、『moon』についてのトークラジオのほか、ファンアートやお祝いメッセージの募集など『moon』配信決定を祝うイベントが盛りだくさんの模様! 下に商品情報とともに、各種公式情報へのリンクを掲載したので、チェックしてみてください。
長年のファンの願いを叶えるかのように『moon』が帰ってきます。復活する『moon』とはいったいどのようなゲームなのでしょうか。最後にその問いに答えてくれた、木村氏の言葉をお届けします。
“今回のNintendo Switch版は、当時のままの完全な『moon』だと思ってもらって大丈夫です。『moon』がいったいどんなゲームだったのか……どんな“荒々しいゲームだったのか”というのが、今回お披露目されます。このゲームを知ってる人も知らない人も、ぜひ手にとって遊んでみてくださいませ。”
【『moon』概要】
タイトル:moon
ジャンル:Remix RPG adventure
対応機種:Nintendo Switch
CERO:全年齢対象
発売日:2019年10月10日配信予定
あらかじめダウンロード期間:2019年9月5日8:00 〜 10月9日23:59:59
ショップURLページ
価格:1980円[税込]
発売:Onion Games
開発:Onion Games
監修:
木村祥朗 Onion Games(@yoshiro_kimura)
倉島一幸 Onion Games(@kurashimakaz)
安達昌宣 セロニアス・モンキース
谷口博史 セロニアス・モンキース(@tanguch10)
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