ようこそしたくなかったわ、こんな教室   作:ケツマン

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長すぎたので分割ー。
話が進まないー。


予想通りとは言え、罪悪感が無いわけではないよ?(言い訳)

 

今更言ったところでしつこいと感じるかもしれないが、Dクラスは常日頃から騒がしい。

その喧騒は休み時間だろうと授業中だろうと関係無い。

 

いつもよりほんの少し登校時間を遅くしたからだろうか。

本日は水泳の授業を控えているからか、珍しい事に遅刻欠席も無い。

ほぼ全員が既に教室に揃っているようで、クラスメイト達は今日も元気に朝っぱらからギャーギャーと騒ぎまわっている。

ティーンエイジャー特有の溌溂とした漲る活力が故か、それとも劣等生の集まり故の品性の無さかは分からない。

だが、いずれにしろここまで騒ぎ捲ると大したものだ。と、いっそ感心してしまう。

 

俺はそんな下らないことを考えながら学生鞄を机の横に引っ掛けて、自分の席に着いた。

 

 

「おはようございます井の頭さん。それから王さんも」

 

「お、おはようございます。佐城くん」

 

「佐城くん。おはよう」

 

 

隣人である井の頭に挨拶をすると、そこには一緒に雑談でもしていたのであろう王の姿もあった。

ここ最近はすっかり見慣れた隣席の光景。

いつもならここに櫛田が混じり、向日葵のような笑顔と共に話しかけてくれるのだが、どうやら今日の彼女はそれどころじゃないようだ。

 

 

「今日もいつも通り騒がしい……と言いたいところですが。どうやら様子が違うようですね?」

 

 

Dクラスが煩いのは今日も変わらない。

だが常日頃から巻き起こっている馬鹿に明るい喧騒とは別で、今日の騒ぎ声には怒りや戸惑いのような声が多く混じっているように感じた。

そしてその騒ぎの中心には、Dクラスのアイドルとリーダーが。つまり櫛田と平田の姿があった。

 

 

「櫛田さんは早速クラスに注意喚起を行ったのでしょうか?」

 

 

思わずポツリと口から漏れ出た俺の言葉を隣で様子を窺っていたのだろう。

友人である二人は律儀に拾ってくれた。

 

 

「ち、注意って程までは話は進んで無いと思います。今朝、桔梗ちゃんと挨拶した時に『先ずは平田くんに相談してみる』って言ってましたから」

 

「平田くんもクラスメイトの授業態度の悪さについては気になっていたみたいで、今はああやって呼びかけを行ってるみたい。なんですけど……」

 

 

井の頭と王の尻すぼんでいく弱々しい言葉に釣られ、注意深く平田と櫛田を中心にした集団の様子を観察してみた。

すると、ちょうど平田の説得の声。というよりも演説に近いそれがピークを迎えたところのようで、耳を澄ますまでもなく聞こえてきた。

 

 

「……授業を真面目に受けている人だっている。それに櫛田さんが相談してくれたように来月以降に支給されるポイントが変動する可能性だってありえると思うんだ。

だからこそもう一度初心に帰って、僕たちは授業態度を見直すべきだと思う」

 

 

平田の真摯な性格がよく表れているよい説明だと思う。

不特定多数の人間に注意をするのは、一歩間違えれば上から目線で説教してくる嫌な奴と煙たがられるものだ。

だが常にクラスのことを気にかけている平田 洋介という人徳溢れる実質的なDクラスのリーダーが語ると、何というか言葉の一つ一つに思いやりが込められているような気がして胸に響く。

 

 

「ひ、平田くん……やっぱりカッコいい……‼︎」

 

「み、みーちゃん……戻ってきて、こっちの世界に戻ってきて‼︎」

 

 

その魅力に王は頰を赤らめ、目はハート。うっとりとした様子でトリップしてしまい、井の頭が慌てて肩を揺すって此方の世界に引き戻そうとしていた。

王に関しては初恋補正が大きく掛かっているから別枠としても、一クラスメイトである俺から見ても今の言葉は説得にしろ演説にしろ非常にいい出来だったと思う。

 

だが如何に平田がパーフェクトなリーダーとは言え、不良品揃いのDクラスの皆に首尾よく気持ちが伝わった。とは言えないようだ。

 

 

「チッ‼︎ っせーな‼︎ なんでテメェにそんな指図されなきゃなんねーんだよ‼︎」

 

「そーだそーだイケメンな上にいい子ちゃんぶりやがって」

 

「証拠を出せよ証拠をー」

 

 

仮にどんなに素晴らしい演説だとしても、聞き手側の知能指数が足りなければどうにもならない。

『須藤』、『池』、『山内』の三バカの発言を皮切りにすっかり堕落した生活に染まったDクラスの面々からはあーだこーだと自分勝手な不平不満が文句として垂れ流される。

 

 

「平田くんは考え過ぎだよー。ねぇ? 軽井沢さん?」

 

「だよね。実際、先生とかは全然注意しない訳だし?」

 

「ポイントも毎月10万って先生言ってたじゃん? 気にし過ぎだよ、平田くんも桔梗ちゃんも」

 

「だよねー。それに授業ってどれもつまんないし意味わかんないしー」

 

「ちょっとー。幾らなんでもソレは馬鹿過ぎー」

 

 

Dクラスの女子カーストトップに立つ『軽井沢』のグループを初めに、『篠原』率いる声の大きい女子グループまで追従し、言いたい放題だ。

これでは幾ら平田や櫛田が意識を切り替えようと説得しても梨の礫だ。

池や山内は櫛田を遊びに誘い、軽井沢に至っては平田の腕に抱きつくようにして露骨に恋人アピールをしながらデートの誘いをしている。

 

うん。アレだ。

想像以上に想像以下だったわ、コイツら。

 

 

「ダメですね。これは」

 

 

辛うじて丁寧語に翻訳できたとは言え、思わず溢れた心の底からの失望に隣の席から同意するように井の頭の重たい溜め息が聞こえてきた。

ようやくトリップから復帰した王も彼女に負けない程に暗い顔をしている。

 

 

「や、やっぱり。佐城くんの言っていた通りなんですかね?」

 

 

恐る恐ると言った感じで俺に尋ねてくる井の頭に、俺は「確証はありませんが、恐らくは」と苦い顔で返す事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「5億7,600万円です」

 

 

時は先日。場所はパレット。

 

毎月10万ポイント貰えるというのは勘違いかもしれない。

そんな意味合いを込めた俺の言葉に、帰り支度を始めていた三人は張り付けられたように視線を向けている。

それぞれ特色の違った美少女三人衆に見つめられている現状に緊張しつつも、俺は原作知識を思い出しながら説明を始めた。

 

 

「1クラスが40人。1学年は4クラスですので160人。先輩方も含めれば、単純計算で在校生が約480人。1ポイントが1円だと換算すると、毎月学生へのお小遣いだけで4800万円。それを年間にすれば5億7,600万円。

高校生の。社会経験の一切無い、まだ何者でもない若者に、年間5億円以上の遊興費ですよ?」

 

 

原作でも綾小路が独白していたが、幾ら国が主導している学校とは言っても、たかだか高校生の小遣いに5億円以上はどう考えてもあり得ない数字だ。

国営の機関という事は、きっとこれらの資金は汗水垂らして働いた日本国民の血税を元にしているのだろう。

そんな貴重な税金が高校生の遊びや物欲の為に使われていると世間様に知らされたら、大バッシングは避けられない。

というか下手したら高度育成高等学校が閉鎖されかねないのではないだろうか。

 

 

「た、確かにそう言われると凄い金額が動いてるのは分かるけど……一応、ここってエリート高校な訳だし」

 

「やっぱり、国が主導の学校だから特別なんじゃないですか? それに高校は義務教育じゃない訳ですし、それに伴って待遇も良くなってる。とか?」

 

 

具体的な金額を聴くとその大きさには驚いた様子を見せるも、櫛田や王の言葉を聞くに学校に対する疑いを持つ素振りはない。

やはり国が主体となって動いている。という前提が巨大な後ろ楯に聞こえているのだろう。

特別な学校に入学した特別な生徒には、それに相応しい特別な待遇が当然。とどこか漠然と慢心しているのだろうか。

とは言え俺の話はまだ続いている。

 

 

「ええ、勿論。櫛田さんや王さんの意見も分かります。ですが、この学校の理念を前提に考えると、どうにも嫌な予感が拭えないんですよ」

 

「が、学校の、理念。ですか?」

 

 

俺の説明にじわじわと嫌な予感を感じて来たのか、井の頭が震える声で尋ねてきた。

 

 

「ええ。入学式にて理事長や来賓の方々がお話していたように、この東京都高度育成高等学校は未来の日本を担う為の優秀な人材の育成を目的として設立された学校です。

つまり在校生は学校側、いえ日本から将来的に国の発展と成長に貢献できる、エリートとして教育され、成長し、やがて卒業して日本を支える人材となって社会で活躍することを期待されている訳ですよね?」

 

 

付け足すならばここに優秀な者は優遇され、劣等生は徹底的に冷遇され惨めな扱いをうける。

保護者から強制的に隔離された、本来なら大人に庇護されるべき未成年が前触れなく受けるには余りにも理不尽な扱いが付随する訳だが、現時点では明かされていないので割愛とする。

 

 

「確かに、偉い人達はそう言っていたような……でも、それって一体どういう意味になるんでしょうか……」

 

「えーと、佐城くん。その学校の理念と、ポイントが貰えないかもっていうのはどういう風に繋がるのかな?」

 

 

不穏な空気をようやく察したのか次第に顔色の悪くなってきた王をフォローするかのように櫛田が俺の話に食いついた。

だがその顔はいつもの様な明るい笑みは鳴りを潜め、いつになく真剣な表情である。

人当たりのよい仮面は健在だが、シリアスな空気に警報を鳴らされたのか本性の裏の顔のような鋭さが僅かに漏れ出ている。

元々頭の回転は早く、一年生の中でも優秀な方である彼女は事態の深刻さを逸早く察したのだろうか。

 

 

「茶柱先生は入学式前の説明で僕達に10万ポイントを振り込まれている理由についてこう仰っていましたよね?」

 

『この学校は実力で生徒を測る。入学を果たした者にはそれだけの価値と可能性がある。ポイントの多さはその評価みたいなものだ』

 

「……価値。だけでは無いんです。可能性。つまり僕たちの将来の伸び代等も加味された上での支給額が10万ポイントなんです」

 

 

椎名との答え合わせの時の焼き直しのような語りだが、あの時と比べればだいぶ大雑把な説明にダウングレードしていた。

現に井の頭は不穏な空気自体は察知しているものの、俺の言いたいことは理解できていないようで小首を傾げて困ったように眉尻を下げている。

 

だが元より優等生寄りの王と櫛田は皆まで言わずとも、結論に達したようだった。

 

 

「つまり初月の10万ポイントは、あくまで私たちが将来的に日本社会を担う立派な大人になるであろう『可能性』に対する評価。えーと、言い換えると私達に対する『期待』への投資っていう事ですか?」

 

「ま、待って。もし佐城くんの言った通りなら、学校側からの期待を裏切ったりしたら……」

 

 

何かを察したのかすっかり顔色を悪くした王の言葉を振り切るかのようにして櫛田が身を乗り出した。

その表情は悲壮の一色に染まっている。恐らく、これは擬態では無いだろう。もはや仮面を取り繕う暇すらない程に動揺している。

 

 

「例えばウチのクラス。凄く素行が悪いですよね?

遅刻、欠席、私語に居眠り、端末弄り。やりたい放題やってますけど、どの先生方も注意しませんよね?

これって『あえて』なんじゃ無いでしょうか? あえて、やりたい放題やらせて、どれだけポイントの減額を抑えるか。

学校側が期待している『可能性』を裏切らないか篩にかける為の、あえての監視。

そう、これはある意味で最初の実力を計る為の試験みたいなものではないでしょうか?」

 

 

遅刻欠席私語居眠り。これらは言うまでもなく悪である。

……いや、仮にも教師なら問題児には適切な注意と指導をして善良なる学徒達の為に健全な学習環境を整える努力をしろよ聖職者。とツッコミたくなる気持ちもあるのだが、この『よう実』世界の教師に期待するだけ無駄である。

高校生は義務教育では無いから。注意するのも義務じゃないから。この一点だけをひたすらにプッシュし、注意も指導も一切を放棄。

ポイントの減額という大きなカウンターでもって『叩いて直す』と言わんばかりの矯正を行うのだから、此方としては堪ったものではない。

 

 

「で、でも。ちゃ、茶柱先生は毎月10万ポイント貰えるって言ってましたし……先生が嘘つくなんて。そ、そんな事あり得るんですか?」

 

 

ようやく話の要点に追い付いたのだろう。

井の頭はまるで最後の希望に縋り付くかのような様子で茶柱先生の台詞を引っ張ってきた。

だが非常に残念な事に、ソレこそが最大のブラフなのだ。

 

 

「大変心苦しいのですが井の頭さん。僕の記憶が確かなら茶柱先生は毎月10万ポイント振り込まれるとは一言も仰られてはいませんでした」

 

「……へ?」

 

 

言い聞かす様に静かに語る俺の言葉に、井の頭はポカンとした顔で硬直した。

 

 

「……言われてみれば佐城くんの言う通り。茶柱先生は毎月一日にポイントが支給されるとは言ってましたけど、その額については触れてませんでした。よね?」

 

「改めて思い返すと結構、悪意のある説明の仕方だよね。これじゃあ皆が勘違いしちゃうのも無理ないよ」

 

 

王も櫛田もすっかり意気消沈し、どんよりとした陰鬱なオーラを放っている。

そして先ほどまで僅かな希望に縋っていた哀れな井の頭は……

 

 

「」

 

 

美しい顔が台無しになるような間抜け面で、白目を剥いて気絶していた。

その表情にタイトルを付けるなら『絶望』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ポイント……い、いくら減ってるんでしょうか?」

 

 

いつも以上に張りの無い、消え入りそうな声で井の頭が呟いた。

もはや10万ポイント満額貰えるとは露程にも思っていないようで、先程から端末の残高をチラチラと眺めている。

 

 

「言い辛いけど、心ちゃん。正直な話、そもそも支給されるポイントが残っているかどうか……それすら微妙なところだと思いますよ?」

 

「0ポイントですか……控え目に言って学級崩壊してますからね、我がDクラスは。残念ながらあり得る話かと」

 

 

原作知識を持っている俺はともかく、ポイント増減のカラクリを知った王から見ても、Dクラスの惨状は混沌そのものと言えるらしい。

彼女は支給額が0ポイントにまで落ち込んでもおかしく無いと考えているらしく、早速昨晩から自炊を始めたそうだ。

 

 

「ぽ、ポイントが0だったら……ご飯とか、どうしたらいいんだろう?」

 

「スーパーやコンビニに無料の食品とかありましたし、それで我慢しろってことなのかな?

それと、食堂に0ポイントで食べれる山菜定食ありましたよね。

今思い出せば先輩の人が結構食べていたような。見た目は、そのぉ……ひもじかったですけど」

 

「僕は好奇心で一度食べた事がありますが、味は悪くなかったですよ。見た目は、多少。素朴極まりなかったですが」

 

「わ、私達。みんな山菜を主食にする生活になっちゃうんですね。だ、ダイエットに丁度いいかも……フフッ……ウフフフ」

 

「入学直後のあの頃に戻りたいです……」

 

「ええと、その。井の頭さんも、王さんも。そう落ち込まずに……」

 

 

ギャーギャーワーワーと無駄に明るく阿保ほど煩い。そんな目の前の喧騒とは打って変わって、俺たち三人の周りにはどんより分厚い曇天模様が渦巻いて見えることだろう。

 

一応先日もフォローの意味も込め、ポイント増減については様々な可能性がある事は説明してある。

ポイントの増減がクラス単位でなく、あくまで生徒一人一人を対象とした個人単位で増減する可能性や。

そもそもポイントが減額するといった話だって証拠がある訳でもなく、単なる心配しいの妄想で終わる場合。

後は流石にいきなり0ポイントは生徒の心が折れかねないので、救済措置として最低限の支給額が保障されている希望。等々。

 

原作知識がある身としてはクラス単位での増減がもはや当たり前。Dクラスは不良品の集まりだから0ポイントスタートが当然。という一種の思い込みじみた考えで凝り固まっている。

だが視点を変え、限定的な情報しかなく、そもそも毎月の支給額が増減されるという確証が持てない場合。

正解からズレはあるものの、こういった考えに至ってもおかしくは無いと思っている。

 

だが、櫛田を初めとした美少女三人組は根拠に乏しい俺の説明をすっかり信用してしまった様だ。

もはや来月から貧困に喘ぐ事については悲壮な覚悟を決めている節がある。

唯一、櫛田だけは平田を巻き込む形でクラスメイトに必死になって呼びかけと注意を行い、少しでもポイントの減少を抑えようと行動している様だが……

 

 

(まあ、あの様子じゃ焼石に水だな。入学したての多少は緊張感が残っていた当時ならまだしも、月末が近いこのタイミングじゃあ、いくらアイドルとヒーローの呼び掛けとは言え限界がある)

 

ちなみに先日、寮に帰る道中でどうしてすんなり俺の話を信じてくれたのか櫛田に尋ねたところ……

 

「佐城くんの意見だと思うとすっごく説得力があるし……何より、もしも私が学校側の人間だったとして今のDクラスの人たちに月に10万円もお小遣いをあげたくなるか。って考えると。……ちょっとね」

 

そう言いながら申し訳無さそうに苦笑する櫛田はやっぱり可愛いらしい。眉尻を下げ、困った様に指先で頰をかく様は、正統派美少女によく映えるポーズである。

 

だが俺は気づいていた。

櫛田本人にも抑えきれない程の憎悪と殺意のせいか、天使の仮面からは悪魔の影がチロチロと滲み出ており、まるでテレビの副音声のように……

 

(山内死ね、池死ね、須藤死ね‼︎ つーか大半コイツらのせいだろうが‼︎ 来月0ポイントだったらお前らマジでレイプ 犯にでも仕立てて退学させてやるからな⁉︎ マジでくたばれ三馬鹿‼︎

つーか思い返せば軽井沢も偉そうにペラペラペラペラ聞いてもいない自慢話ばっかりしてきやがって本当うっざい‼︎

女子内のスクールカースト気にしてんのか知らねえけど、一々こっちにマウント取ってきてドヤ顔しやがってウッゼェんだよ女王様気取りが‼︎

つーか平田も自分の彼女なら手綱握っておけよ‼︎ 偽善者‼︎ 役立たず‼︎このヘタレ‼︎

それから堀北は死ね‼︎ とにかく死ね‼︎ 特に理由も無いけどお前は死ね‼︎

あーー堀北死ね堀北死ね堀北死ね堀北死ね堀北死ねええええええぇぇぇ‼︎‼︎)

 

という幻聴が聴こえてきたのだが……あれだ、うん。

疲れが溜まっていて変な電波を拾ってしまったと言う事にしてスルーした。

 

薄暗い気分のまま回想に浸っていると、やがてチャイムが鳴り響いた。

間もなくガラガラと音立てながら前扉が開かれ、Dクラスの担任である茶柱がいつもの様に教壇の上に立つ。

 

 

「おはよう。諸君」

 

 

クールな表情と、大きく開けられた胸元とのギャップがいつ見てもセクシーな彼女は『色々な意味で』男子生徒から人気者だ。

すっかり弛緩したDクラスの面々は、目上に値する担任教師への敬意などすっかり忘れている。

朝っぱらから池や山内、本堂などの品位の無い男子生徒から妙齢の美女に対する下品極まり無いセクハラ発言が飛び出すことすら珍しくも何とも無くなっており、それが日常の一部とさえ化しているのだから改めて考えると酷い話だ。

 

だが今朝のホームルームは堕落したDクラスにしては異様。と言っていい程に静かに始まりを迎えた。

 

 

「ホームルームを始める。席に着く様に……と言いたいところだが既に着席しているな。担任としては今後も続けて欲しいが、どうやら様子がおかしい様だな? 何かあったのか?」

 

 

いつもなら茶柱の声など生徒達の喧騒でかき消されるのが常だと言うのに、今日は数人がヒソヒソと囁き合う声や、落ち着かない様子でガタガタと貧乏揺すりをする音が響く程度だった。

 

 

(いや、まあ。普通にこのレベルでも十分に生活態度としては問題だと思うけどな)

 

 

先生が喋る時は静かに着席しましょう。少なくともハリソン少年の通っていた小学校では、上級生なら誰しもが守っていたルールだ。

つまり現在のDクラスは高校生にも関わらず、小学生以下のモラルしか持ち合わせていないという事になるのだが……この辺はあまり深く考えると悲しくなるので止めておこう。

 

 

「先生。ホームルームの前に、質問したいことがあるのですが」

 

 

怪訝な顔で生徒達を眺める茶柱の疑問に答えるかのように、平田が手を挙げた。

質問の内容については言うまでもない。来月以降のポイント支給額についてだろう。

先程まで悪態をついていたDクラスの面々も平田や櫛田の注意を聞いて「もしかしたら?」という危機感が芽生えているらしい。

その証拠に高円寺を除いた全ての生徒が平田に視線を向けていた。

 

 

「うん? どうした平田。今朝は特に連絡事項も無いからな。疑問に思ったことがあるなら遠慮なく質問して構わない」

 

「はい。来月以降に振り込まれるポイントについて、どうしても確認しておきたいことがあるんです」

 

「……ほう」

 

 

平田の言葉に茶柱は少しだけ驚いたような表情で顎をしゃくって続きを促した。

彼女からすれば自堕落一直線の過去最悪の不良品集団が、まさかの逆転の兆しを見せたのだから内心では「もしや」と期待をしているのだろう。

 

 

「来月の支給ポイントは幾つでしょうか? 今月は10万ポイント支給されました。ですが来月以降のポイントの支給額は、ここから減額される事が有り得るんでしょうか?」

 

 

真剣な平田の質問に、ほんの僅かだけ。

注視しなければ見落としてしまう程に僅かだが、茶柱の頰と指先が動いた。

Sシステムの一部とは言え、根幹の部分をまさか不良品揃いの生徒達が気付くとは思わなかったのだろう。

 

驚愕か。愉悦か。

静かに下剋上の野望を燃やす彼女が何を思ったのかは分からない。

何故なら綻びのような僅かな動揺すらも、それを誤魔化すかのような明るい声でこう言い放ったのだから。

 

 

「お前が何を心配しているか知らないが初日の説明通りだ。ポイントは毎月一日に振り込まれる。もちろん校則違反や問題行為の罰則として減額や没収の処置が施される場合もある。だが『当校の生徒として相応しい生活を心がけていれば』要らぬ心配だろう」

 

「⁉︎……先生っ、それは‼︎」

 

 

恐らく平田は気づいたのだろう。

露骨に論点をズラし、ポイントが減額されるかというイエスかノーで答えられる質問の答えを暈したこと。

それから茶柱がフォローに見せ掛けた警告の裏側に。つまり『この学校に相応しくない生徒には減額や没収の処置も辞さない』という、愚かなDクラスの面々にしてはあまりにも残酷な現状に。

 

危機感を覚え、なおも茶柱に食い下がろうと立ち上がる平田だったが、いつだって優秀な者は愚か者に足を引っ張られる事になる。

 

 

「なんだよ‼︎ さっき平田の言ってたこと、普通に間違ってるんじゃねーかよー‼︎」

 

 

そんな馬鹿にしたような池の叫び声に釣られ、山内もヘラヘラと笑いながら騒ぎ出す。

 

 

「やっぱり考え過ぎだったんだよ、櫛田ちゃん。ってか、そんなことより今日もどっか遊びに行こうぜー‼︎」

 

 

これを皮切りに男子も女子も。

一部の冷静な者たちを除いたDクラスの面々は、まるで爆発するかのように騒ぎ始めた。

 

 

「心配して損したー」

「ねー。平田くんも気にし過ぎだって」

「それより今日は何処に行く? たまにはモールとは別のとこ行きたいな」

「いいねいいね」

 

 

甲高い女子生徒の声に掻き消されるようにして、茶柱の失望の溜息が僅かに響く。

果たして担任からの最後の期待を踏み躙った現状に、一体何人が気づけたのだろうか。

 

 

「……元気そうで何よりだな、全く。先程も言った通り今日は連絡事項は無い。いつも通り授業に……」

 

 

淡々と必用事項を語る茶柱の声はあっという間に喧騒に掻き消されていく。

もはや何を言っているのか聴き取ることすら叶わない。

 

チラリと横目で平田と櫛田の様子を窺うと、明らかに顔をこわばらせ、最悪の事態を悟ったようだった。

察しが良いのも、ある意味では災難と言えるのかもしれない。

 

 

「さ、佐城くん……来月からどうすればいいんでしょうかぁ……?」

 

 

そして静かに絶望を悟った生徒が隣にも一人。

涙目になり、プルプルと震えながら俺に救いを求める井の頭の姿はまるで子ウサギのようで思わず抱き締めたくなる程に愛らしい。

だがその青ざめた顔と悲壮な表情は、そんな邪な考えを打ち消す程に悲惨なモノだった。

 

 

(ここまで俺の計算通りってバラしたら絶交されちまいそうだよなぁ)

 

 

あまりにも悲惨な彼女の顔を見ていると何て言っていいか分からなくなる。

俺は優しい笑顔を意識しつつ、薄汚いオッサンの本音を包み隠しながら彼女にこう言った。

 

 

「山菜定食。意外と悪くないですよ?」

 

 

 

どうやら彼女はベジタリアンではなかったようで。

井の頭はますます顔色を悪くして、「キュウ」と屠殺された動物の様に一鳴きすると、ついには机に突っ伏してしまった。

 




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ifルートについて

・Aクラスでは葛城派の知恵袋として悪知恵を働かせます。

・Bクラスでは特に何もせず平和を謳歌します。

・Cクラスではアルベルトとタッグを組んで龍園の側近になります。

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