第三百八十九話:封印されていたもの
元の姿に戻ったカムイさん。どういうわけか、服もちゃんと着ているようだけど、どうやって着たんだろうか。
まあ、今はそれはどうでもいい。カムイさんは目に涙を湛えながらすすり泣いている。
これは洗脳は解けたとみていいのだろうか、少なくとも、戦意は感じられない。
聖教勇者連盟より託された使命。それは例え知り合いだとしても殺してしまうほど強固なものだったようだが、ここにきてその前提が崩れた。だからこそ、元の姿に戻ったのだと思う。
私はほっと息をつく。これでひとまずは安心だろう。私の言う竜の在り方を聞いて心揺さぶられるならば、少なくとも聖教勇者連盟の在り方に疑問を覚えているということ。であれば、その真偽がはっきりするまでは私を殺そうともしなくなるだろう。もしかしたら、このまま味方になってくれる可能性もある。
さて、とりあえず今は封印石をどうにかしてしまおうか。どうやら使い方は知っているようだけど、万が一カムイさんが封印されるようなことがあったら嫌だし。
「さあ、カムイさん。それを置いてください。危ないですからね」
「……ハクは、どうしてそんなことを知っているの? エルと言う竜と親しいことは知ってるけど、学園でだってそんなふうには習わないはずだけど」
少し落ち着いたのか、片手で涙を拭いながらそう聞いてくる。
どうして、と言われても、竜から実際に聞いたとしか答えられない。しかし、ただそれを言ったところで「何言ってるんだこいつは」、としかならないだろう。
そもそも竜に会うこと自体が難しいわけだし、会ったところで襲われないという保証もないのに会おうと思う奴はいない。仮に運よく竜から話を聞けたとしてもそれを話したところで信じる人は稀だろう。信憑性が薄すぎるから。
「エルが竜であることは知っているんですよね?」
「ええ。エルから聞いたの?」
「まあ、それも理由の一つですね」
「一つ? ってことは、他にも理由があるの?」
「……そうですね。カムイさんになら、打ち明けてもいいでしょう」
私はそう言って服を脱ぐ。
北国の夜と言うこともあってかなり肌寒い。けれど、脱がないとこの服は一生使えなくなるだろうし、やむを得ないだろう。……まあ、ズボンが焼け焦げている時点で一生使えないかもしれないが。
カムイさんはいきなり脱ぎだした私を見て目を覆っている。同性だろうに、何を恥ずかしがっているのやら。
私はそんなカムイさんを気にせずに服を畳むとそっと背中から竜の翼を生やした。
月明かりを反射してきらめく銀の翼。それを見て、カムイさんはぴしりと固まってしまった。
「……これが理由です」
「ハク、その翼は……」
「お察しの通り、私も竜の末席に連なるものです。だから、竜の使命についても知っているんですよ」
エルから聞いたというのでも信憑性としてはまあまああるだろう。しかし、それだけでは少々弱い。だからこそ、こうして正体を晒すことで信憑性を上げたのだ。
カムイさんが自分の使命を持っているように竜も使命を持っている。だから、その竜の一人だとわかれば、竜の使命を知っていても何ら不思議はないだろう。
本来なら、聖教勇者連盟の連中に自分が竜だなどと知らせたくはない。余計な面倒事が増えるのは目に見えているから。
でも、カムイさんは私の話を信じてくれた。ならば、それに報いるためにもある程度のリスクは背負うべきだろう。
元々お兄ちゃんの件で聖教勇者連盟とは敵対してしまったも同然なのだ。今更面倒事がどうとか言っても仕方ない。
「そういうことだったのね……」
「驚かせてしまってすいません。でも、これで信じてもらえますか?」
「そんなの、信じるに決まってるでしょう。ハクは嘘は言わないって知ってるもの」
乾いた笑いを浮かべるカムイさん。そして、はぁと大きくため息をついた。
「……私、何してたんだろう。罪もない人を殺して、友達を傷つけて……平和のため、使命のためだって、ほんと馬鹿みたい」
「思い直せたならそれでいいんですよ。まだやり直すことはできますから」
「そう、かな。これだけ迷惑をかけて、まだやり直せるかしら」
「ええ。私が保証します」
「そっか……えへへ」
カムイさんは心のつかえがとれたような晴れやかな表情をしていた。
カムイさんが今まで犯してきた罪が消えるわけではない。けれど、人は失敗をしながら成長していく生き物だ。ましてや、間違えるように矯正されていてそれに気づけただけでも凄いことである。
過ちを過ちのまま反省せず、犯罪を繰り返す人も世の中にはいるだろう。矯正されていることに気づけず、それが真実だと疑わずにいる人もいるだろう。
でも、カムイさんはそれに気づいた。ならば、後はどうやって自分を正していくかを考えるだけだ。
「……これはもう、いらないわね」
カムイさんは持っている封印石に目を落とす。
いつ暴発しないかとひやひやしていたが、膨大な魔力反応こそあるものの誤って封印される、と言うことはなさそうだ。
もう必要ないと言わんばかりにカムイさんはそれを投げ捨てる。それは近くの民家の壁に当たると、ぱきんと砕けた。
まだ封印石自体は袋の中に残っているだろうが、まあ使わなければ問題はないだろう。一応貴重なものだし、資料館に寄贈するのもいいかもしれない。
そんなふうに考えていた時の事だった。
「えっ……?」
突如、割れた封印石が輝きだし、辺り一帯を光の渦で埋め尽くした。
まるで太陽を直接見てしまった時のような感覚に陥る。私も、そしてカムイさんもあまりの眩しさに目を開けていることが出来ず、目を覆うことしかできなかった。
一体何!?
しばらくして、光が弱まっていく。しかし、目を瞑っていてもわかる、その場にある存在感。そこに流れる魔力は、明らかな同種の魔力をはらんでいた。
「ぐぉぉおおおお!」
そこにいたのは竜だった。
夜の闇に映える純白の巨体、羽毛のような質感を持つ巨大な羽、甲高い叫びを上げる頭部にはユニコーンのような角が生えており、体全体が淡く発光している。
その姿を見た瞬間、私はとあることを思い出した。
この国では頻繁に魔力を詰まらせる竜脈があり、それを何とかするために一匹の竜が派遣されたのだという。しかし、その竜は人間達によって封印石に封印され、その後一切の音沙汰がないまま現代まで至る。
封印石に封印された竜。もし、先程割れた封印石に件の竜が封印されていたのだとしたら、割れた衝撃で封印が解け、出てこれたのだとしても不思議ではない。
そう、この竜こそが、かつて封印された竜、リヒトであると直感した。
〈おのれ……おのれ、人間……! 絶対に許さぬぞ!〉
リヒトさんと思われる竜は美しい声に似合わぬ恨み言を叫びながらゆっくりと下を見下ろす。
そこにはカムイさんがぽかんとした様子で蹲っていた。何が起こっているかわかっていない様子だ。
〈お主か! お主がわらわを封印したのだな!?〉
「え、え……?」
〈許さぬ! 許さぬぞ人間!〉
「カムイさん逃げて!」
私が叫ぶのと竜が足を振り上げるのはほぼ同時だった。
カムイさんは状況が飲み込めていないのかぽかんと竜を見上げるばかり。
数瞬後、巨大な脚がカムイさんを踏み潰した。
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