ようこそしたくなかったわ、こんな教室   作:ケツマン

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久々過ぎて文章の書き方忘れました。


コミュ障の距離感、近過ぎになりがち問題。

 

 

「体調は大丈夫ですか? 佐城くん」

 

 

暖かな風が葉桜を揺らし、春の陽気にも何処か初夏の香りが混ざった季節。

ケヤキモール近くの大通りを歩いていると隣から耳をくすぐる少女の声。

ゆらりと俺が視線を向ける先には、つい最近友人となった銀髪の美少女。

 

 

「ええ。あくまで保健医の指示に従って、念の為にお薬を頂きに来ただけのようなものですから」

 

「そうですか。佐城くんが風邪を引いてしまったのかと心配しました」

 

 

まあ、つまるところ。何故か俺の通院にまで同行して来た『椎名 ひより』の姿だった。

 

 

「ご心配おかけして申し訳ありません椎名さん。新しい環境に未だ慣れていないせいか、少し寝不足気味なぐらいですよ」

 

「なるほど。確かに見知らぬ場所での一人暮らしには慣れるまで時間がかかりそうですよね」

 

「ええ。全く」

 

 

今日も今日とて、そこらの幼稚園児よりも精神年齢の低いDクラスの喧騒の中にてストレスを抱えながら一日を過ごした放課後のこと。

朝のホームルーム前に『申し訳ありませんが今日は病院に行く為、放課後は図書館に行けません』と、簡素なメッセージを送ったのが悪かったのだろう。

 

椎名は『お身体は大丈夫ですか? もし佐城くんの体調が悪いなら、お見舞いに行きますので部屋を教えて下さい』と直ぐに返信して来た。

昨日知り合ったばかりなのに何言ってんだコイツ。と驚いてメッセージを三度見した俺は間違ってないと思う。

 

果たして彼女の中で俺がどれほど重篤な症状に思われているかも分からなかったので、素直に。

 

『特に熱がある訳でもなく、風邪っぽい訳でもありません。環境の変化のせいか微弱な不調が続いており、保険医の星之宮先生に相談したところ通院を提案されたので、あくまでその指示に従って、念のために診断書とお薬を頂くだけ。体調はさほど悪い訳では無いし、学校にも出席しています。ですのでお気づかい無く』

 

と、らしくもない長文で返事を返すも。

 

『なら念の為に病院に行く際は付き添います。Dクラスに迎えに行けば良いですか? 』

 

と、何故か椎名が同行を要請してきたのだ。

美少女じゃなかったらストーカー扱いされてもおかしくない食い付き方だと思う。

 

その後も時間を置きつつも何度かメッセージ上でやんわりとお断りをしたのだが、何故か彼女は一切折れる事なく頑なに同行する旨を主張。

どれだけ俺に懐いてるんだこの娘は。と若干の恐怖すら抱いた。

 

 

「わざわざ付き合って頂いてありがとうございます。椎名さんの貴重なお時間を長々と頂いてしまい申し訳ない」

 

「いえ。私の我儘で勝手に付いてきただけですので気にしないでください。それに、待合室では読書をしていたので退屈などしませんでしたよ」

 

「そう言って頂けると幸いです」

 

 

 

結局、彼女の同行を認めざるを得なかった俺は最後の悪あがきも兼ねて

 

『せめてクラスに迎えに来るのだけは止めて下さい。本当に止めて下さい。フリじゃなくて止めて下さい。頼むから、ねえ、本気で止めろ』

 

といった趣旨を、これでもかとオブラートに包みまくって訴えた結果。

こうして昨日知りあったばかりの美少女と、何故かわざわざ図書館前で待ち合わせしてから二人並んで一緒に病院に行く。

という、よく分からん放課後の過ごし方となった。

……改めて思い起こせば非常にシュールな光景だと思う。

可愛い女の子と二人きりのお出かけだというのに全く心が躍らないのは何故だろうか。

まあ、少なくともこれがデートだとしたらその中身が赤点退学モノというのは分かる。

 

というか、椎名も椎名だ。いくら友達に飢えていたとは言え、つい先日知り合ったばかりの異性の私事にわざわざ同行するのは如何なものか。

 

 

(なんつーか天然というか、人付き合いの下手くそさ加減がよく分かるな。まあ、クラス内で殆どボッチの俺が言えた事じゃ無いんだけど)

 

 

俺と放課後に一緒に図書館に出かける約束を、よほど楽しみにしてくれていたのだろうか。

こちらとしては確約していた訳では無かったとは言え、こうして健気に体調を気遣ってくる様を見ているとどうにも罪悪感が湧いてくる。

 

 

「椎名さん、今日は何を読んでいらしたんですか?」

 

「レイモンド・チャンドラー著作の『大いなる眠り』という作品ですね。ジャンルとしてはハードボイルドになるかと。確か原題は……」

 

「『The Big Sleep』ですね。チャンドラーと言うことはフィリップ・マーロウシリーズの?」

 

「ご存知でしたか?」

 

 

日も暮れ始めたこの時間から改めて図書館に行くのには時間的に無理。

という訳で彼女の読書談義に付き合ってやるのは、俺なりのせめてもの償いだった。

 

 

「『大いなる眠り』では無く、別の作品なら少しだけ目を通した事がありまして『The Long Goodbye』という作品ですが」

 

「邦題は『長いお別れ』ですね。私も読んだ事があります。確かにチャンドラー氏の作品の中でも特に知名度が高いイメージがあります」

 

「過去には日本でドラマ化までしたらしいですね。僕は推理小説にそこまで詳しい人間ではありませんが、それでも個人的には印象に残る名言が多い作品だと思っています」

 

 

ゆったりと歩きながら話題にあがっている、正統派ハードボイルドミステリーとの出会いはまだ二十台の頃だったか。

当時の同僚に押し付けられて半ば嫌々に読まされた作品だが、こうして話のタネになってくれるのだから面倒臭がらずにもっとしっかり読んでおけば良かったかもしれない。

俺はそんな事を考えながら、うろ覚えの知識をどうにか捻り出しては椎名のご機嫌取りを続けた。

 

 

「『I suppose it's a bit too early for a gimlet……』翻訳すると『ギムレットには早すぎる』。作品には詳しくなくてもこの台詞だけなら知っている人は多いかと」

 

「確かに有名なシーンですね。お酒には興味はありませんでしたけど、私も氏の作品を読んでから、どんな味がするのかほんの少しだけ興味がわきました」

 

「成人した後、『長いお別れ』を読みながらギムレットを嗜む。なんていうのも浪漫があって面白いかもしれませんね」

 

「それはとても素敵な提案ですね」

 

 

まあ、実は『長いお別れ』に登場するレシピを指定してギムレットを作るのは非常に面倒くさいのが現実なのだが。

 

 

閑話休題。

しばらくの間、こうして接待気分で椎名とのミステリー(本日はハードボイルド作品中心)談義に付き合っていたのだが、長々と続けるとあっという間に俺の知識が底をつく。

という訳でタイミングを見計らい、せっかくなので以前から気になっていた事を訪ねてみた。

 

 

「クラスの様子。ですか?」

 

「ええ。Cクラスはどのような雰囲気で授業を受けているのかと」

 

 

俺の唐突な質問に椎名は不思議そうに小首を傾げる。

前々から他クラスの授業風景が気になっていた俺としてはこれだけは確認しておきたかった。

 

 

「実はDクラスには個性的な方々が非常に多いようでして。日々の授業中にも、個性の主張が激しいと言いますか……まあ、端的に言ってしまうと五月蝿いのですよ。非常に」

 

「Cクラスでも授業中にも関わらず私語をする方や端末を弄っている人も何人かは居ますけど。Dクラスはそんなに酷いのですか?」

 

「ええ、酷いですね。授業中と休み時間の喧騒が殆ど変わらないと言えば想像し易いかと」

 

「ええと、それは、その。……控えめに言って学級崩壊、と言うものではありませんか?」

 

「ええ。全くもって」

 

 

俺の返答にどこか恐れ慄いたような表情をした椎名は、やがて静かに思考に没頭した。

数秒の沈黙の末、考えが纏まったのだろう。

己の考えを補足するかのように、彼女は俺に質問して来た。

 

 

「……入学式の直前」

 

「はい?」

 

「入学式の直前です。担任の先生から簡単な自己紹介と、Sシステムについての説明がありませんでしたか?」

 

 

何故か急に話が飛んだ。

 

 

(何でクラスの様子を聞いただけなのにSシステムの話にぶっ飛んだんだ?)

 

 

疑問に思いながら俺は少々怪訝な顔で椎名の顔を見た。

しかと俺を見つめる彼女の瞳には、先程までのぽんやりとした柔らかさとは打って変わり深い叡智が綺羅星のように輝いている。

思わず飲み込まれてしまいそうな、その美しさに何処か慄きながらも、俺は何とか言葉を返した

 

 

「え、ええ。担任の茶柱先生から主にポイントの支給額と支給日について。あとは禁則事項に対する注意等がありましたが」

 

「やはりシステムの説明は全クラス共通なのですね。……佐城くん、覚えている限りで構いませんので先生が言っていたその説明。教えて頂けますか?」

 

「構いませんよ。まるっきり暗記している訳ではないので要所要所に欠けているところがあるかもしれませんが。確かあの時茶柱先生は……」

 

 

いかにも必死こいて思い出してます。みたいな演技をしながら俺は記憶の中の茶柱先生の説明文を暗唱する。

とは言っても原作知識を持っているだけでなく、様々な二次創作を読んでいた身としては要点は抑えているのだが。

 

 

・1ポイントは1円の価値。現金交換は不可。

 

・入学を果たした実力と可能性を評価して、入学時に10万ポイント支給されている。

 

・ポイント支給日は毎月一日。

 

・苛めカツアゲは即退学。

 

 

と言ったところだろうか。

まあ要するに今月は10万あげるし、毎月一日にポイント支給するけど、毎月10万やるとは言ってないからね? 勘違いしても学校側は責任取らないからね? という悪意丸出しの説明だ。

 

恵まれた環境に疑問を持たせる。そして疑問を解消する為に自分の意思で行動させる。

つまり教師や先輩方に質問させる事を目的として、あえて勘違いされやすい文章にしてるのだろう。

だが、冷静に考えてみればやってる事が普通に詐欺師のそれである。

 

 

「やはりCクラスでも同様の説明を?」

 

「はい。坂上先生も同じ説明をしていました。本当に、全く同じ説明です」

 

 

ついにはゆったりと続いていた歩みすら止めて、椎名は真剣な表情でこう続けた。

 

 

「奇妙なくらいに『台詞が完全に同じ』なんです。Dクラスの先生は日本史担当の茶柱先生ですよね? 坂上先生は数学担当の男性教師です」

 

「ええ、存じ上げていますよ」

 

 

Cクラス担任の『坂上 数馬』は痩せぎすで、鋭い目つきとシャープなフレームの眼鏡が特徴の中年男性だ。

暴力的な面々が多い担当クラスのダーティーな雰囲気に引き摺られているせいか、個人的には教師というよりも悪徳弁護士やインテリヤクザの方が似合っていると思っている。

 

 

「勿論、Sシステムについて説明する為の文面自体は、担任教師よりも立場が上の理事会や学校運営関係者が用意したものでしょう。ですが、説明する際の口上が全く同じと言うのは違和感があります。

坂上先生と茶柱先生。つまりは男性と女性がそれぞれ語るならば、多少は語り口に違いが出てもおかしくは無い筈。いえ、むしろ違いが無い方がおかしい気がするのですが」

 

「成る程。確かにそう言われれば」

 

 

なかなか面白い着眼点だと素直に感心する。

性別の違いから生じるであろう語り口の違いに目をつけ、ここまで鋭く考察するとは。

……だが待ってほしい。元はと言えば俺が彼女に尋ねたのはCクラスの様子だというのに、どうして話がSシステムの事までぶっ飛んだ?

 

 

「それにお二人とも入学直後に振り込まれている10万ポイントが生徒達評価や将来への可能性を考慮して、という点に言及している事。それから毎月一日のポイント支給日について触れているにも関わらず、毎月の支給額については一切触れていません。

この説明では無条件で毎月10万ポイント振り込まれると大多数の方が誤解するでしょう。いえ、これは寧ろ……」

 

 

そんな俺の疑問はさておき、椎名の推理はますます熱を帯びて冴えていく。

 

 

「つまり椎名さん。学校側は生徒にあえて誤解させる為に、わざわざこのような文面で説明している。そう言いたいのですね?」

 

 

とりあえず会話をぶった切るわけにもいかないので、彼女の推理を補足するようにして適当な相槌を打つことにした。

 

 

「はい。改めて考えると、そうとしか思えません。それに敷地内のコンビニやスーパーに必ず設置されている不自然な無料商品や、食堂の無料の定食についても説明がつきます」

 

「支給されるポイントが一律ではない。即ち増減する事によって、最悪は支給額が0ポイントになってしまう可能性がある。ポイントが所持金と同等のこの学校内において無一文となった哀れな生徒への救済処置こそが無料商品。となる訳ですね?」

 

「はい。10万ポイントも支給されるにも関わらず電気代や水道代といった光熱費まで学校側が負担している理由も、恐らく救済措置の一環かと思います」

 

「我々は学生ですから制服やジャージを着ていればTPOにも大抵困らないですしね。仮に0ポイントの生活を強いられても衣食住には困らない。と」

 

「はい。それと、ここで話はクラスの様子についてに戻るのですが」

 

 

椎名は白魚のような人差し指をピンと立てて、一歩俺に近寄った。

自論にますます熱がこもると同時に彼女の体温も上がったのだろう。

甘い砂糖菓子のような少女の香りと、仄かに古びた紙とインクの香りがした。

 

 

「Cクラスはお世辞にも授業態度が良くありません。佐城くんの証言からして学級崩壊中のDクラスよりはマシとは言え、それでも不真面目な方や、どことなく荒っぽい雰囲気の方ばかりが纏められている気がするのです。」

 

 

(うん、それ正解)

 

 

内心、スタンディングオベーションで拍手を送りながら話の続きを促した。

 

 

「俗に言う、不良。と呼ばれる方が多いのでしょうか?」

 

「ええ。改めて思い出してみれば最近はまるで怪我を隠す様にして不自然にマスクやガーゼで顔を隠している男子生徒が多いですし、恐らくは教師の見えないところで暴力沙汰を起こしているのかもしれません」

 

「それは穏やかではありませんね」

 

 

どうやら入学して半月程度なのにもうCクラスはバチボコに喧嘩しまくってるらしい。

今頃は石崎辺りが龍園の犬になっている頃合いなのだろうか。

 

 

「ここで話は戻りますが、佐城くんは入学式の光景を覚えていますか?」

 

 

今度は入学式にまで話が飛んだ。

 

オッサンの魂が憑依する以前のハリソン少年の記憶を漁るようにして思い返してみるも特に印象に残っている事は無い。

強いて言うならお偉いさん方の挨拶よりも眼鏡の生徒会長。今となっては『堀北 学』の事だと分かるが、彼の威圧感が何か凄かった事ぐらいか。

前世でお世話になった、強面でゴリマッチョな建設会社の社長さんを思い出すプレッシャーを感じたものだ。

 

 

「クラス毎に整列していた時の光景に、ほんの僅かですが違和感があったんです。

私も偶然目に入っただけなのでしっかりと観察はできなかったのですが、今思えばAクラスやBクラスの生徒は落ち着いていて、しっかりと話を聞いていた人が多かった気がするのです」

 

「成る程。話の展開から察するにCクラスやDクラスの面子はその逆だったという事でしょうか?」

 

「はい。Dクラスの方はともかく、少なくともCクラスの生徒はダラしない態度の人が多かったように思えるのです」

 

 

入学式の事など多くの人間が気にも留めないないだろうに、目の前の文学少女はしっかりと推理の材料にしてしまうのだから恐ろしい。

とは言え俺も無言で思考停止してばかりでは不審に思われる。

彼女の推理を正解に誘導する為にも如何にも「たった今思い出した」と言った表情を作った。

 

 

「今の椎名さんの話を聴いて僕も思い出した事があります。Dクラスに赤髪が特徴的な粗暴な生徒が在籍しているのですが……」

 

 

要するに椎名の言葉に便乗し、彼女の推理のピースをでっち上げた訳だ。

 

 

「彼が入学初日に上級生と激しい口論を交わしていたのです。そしてその拍子に先輩方の方から件の生徒に対して『お前みたいな不良品。どうせDクラスだろう』と嘲笑していたのです」

 

 

当時の俺はまだハリソン少年に憑依してなかったので、もちろん実際にその場に居合わせた訳では無い。これは完璧に原作知識の引用だ。

とは言え、クラス内の須藤の様子(遅刻常習犯の上に授業中は爆睡。廊下では肩がぶつかったと因縁をふっかけ他クラスの生徒に怒鳴り散らして胸ぐらを掴み上げる。等々)から見るに原作通りの動きをなぞっているのは間違いないだろうから、利用させて貰おう。

 

 

「その口ぶりですと、先輩方は不良品。つまり優秀でない、問題のある生徒は『Dクラスに在籍していて当然』だと確信していたんですね」

 

 

俺の予想通りに椎名は何かしらの確信を得たようで、真剣な面持ちで推理を進めた。

 

 

「ええ、恐らくは。先ほどの椎名さんの推理も加味して考慮するならばDクラスは劣等生が集められる掃き溜めのようなクラス。

そしてC、B、Aとアルファベットが昇っていく毎に優等生が集められている。という事ですね」

 

「はい、恐らくは。そして今までの推論を纏めて考えると……」

 

 

ふう。と火照った頭脳と身体を冷ますように軽く一つ息をついた椎名は、改めて俺の瞳を力強く見つめながら結論を述べた。

 

 

「毎月貰えるポイントは確実に増減が。いえ、来月分だけと限定するなら恐らく減額されるのでしょう。そしてその単位は……」

 

「学校側の何らかの評価によって固められたクラスから察するに、ポイントはクラス共有。つまり今後貰えるポイントはクラス単位で増減する。Aクラス等の優秀なクラスは多く、そして劣等たるDクラスに近づくにつれて僅かなポイントしか貰えなくなる。という訳ですね?」

 

「……ええ。尤も、可能性の話です。唯の私の妄想の可能性も、十分にあります」

 

 

はぇー。すっごい。いや、マジで凄いわこの娘。

高一だよ? 16歳のJKだよ?

 

 

(いやいやこのレベルになると凄いって感心するよりも普通に恐いわ。むしろキモいわ。何だよこの女、現代に蘇ったホームズか何かかよ)

 

 

いや、確かに酷い言い方かもしれないけどさあ‼︎

考えてもみてよ⁉︎ だってノーヒントだよ⁉︎

 

俺みたいに原作知識がある訳でも無いのに、世間話の一環でクラスの様子に軽く触れただけ。

たったそれだけでSシステムの根幹とクラス分けの理由まで当てちゃったんだよ?

Aクラスのみの進路の保証という特典については気付いてないっぽいにしろ、それでも此処まで気づけるって頭良いにも程があるだろ‼︎

 

 

「妄想だなんてとんでもない。椎名さんの推理のお陰で、僕の心の中の蟠りがすっかりと消えてなくなりましたよ」

 

 

そんな言葉で誤魔化すように微笑む俺の顔は多分だけど少しだけ引き攣ってると思う

だって目の前の女の頭脳がヤバいんだよ。普通に恐いんだよ。何だよこのリアルチート女。

 

 

「そうでしょうか? 具体的な証拠も、決定的な根拠も無い推理なのですが」

 

 

小首を傾げて此方を覗き込む椎名の顔は何処となく腑に落ちないような、引っ掛かりが見てとれた。

あそこまでスラスラと推理を披露してくれたという割には、本人的には確信が持てないのだろう。

答えを知っている俺からすれば百点満点だというのに。

 

 

「確かに答えは来月のポイント支給日にならなければ分かりません。ですが、椎名さんの説明で、点と点が繋がったような。蒙が啓けたような。僕はそんなスッキリした気持ちになりました」

 

 

俺は目の前に佇む令和の女ホームズに対する恐怖をどうにか押し殺して、柔らかい微笑みを作り直す。

ぶっちゃけ内心はスッキリどころか心がポッキリ逝きそうだが、そんな事はおくびにも出さない。

椎名の細い手を両手でそっと握り、彼女の瞳をしっかりと見つめてから言い聞かせた。

 

 

「椎名さん、僕は貴女の推理を。いえ、貴女の言葉だからこそ信じます。他クラスに関わらず、こうして貴重な情報を共有して頂き、本当にありがとうございました」

 

「……いえ。佐城くんはお友達ですから。その、お役に立てたなら。嬉しいです」

 

 

真摯に頭を下げてからの礼の言葉に悪い気はしなかったのだろう。

真剣な面持ちが溶けるように、ふにゃりと柔らかく笑う椎名の顔は僅かに赤らみ、すっかり疑念の色は消えていた。

 

 

 

 

 

 

その後は再び読書の話やら、互いの得意な授業の話やらを交えて帰路についた。

寮内のエレベーターで椎名と別れる直前。

「先程の推理はクラス内で共有するのか?」という旨の質問をすると、彼女は困ったような顔をして。

 

「佐城くんは信用してくれましたが、あの推理はあくまで証拠の無い妄想でしかありません。それに、あまり目立つような真似はしたくありませんので」と言った。

 

どうやら彼女自身は自分の推理に確信が持てていない為か、ひっそりと自分の胸の内に納めておく事にしたようだ。

確かに彼女の性格を考えれば、声を大にしてクラスに呼びかける。という行いは似合わない。

 

ちなみに椎名からも「佐城くんはどうしますか?」と聞き返されたりもしたのだが、これ以上は目立ちたくないのは俺も一緒な訳で。

「椎名さんの推理を自らの手柄のように語るような浅ましい真似はしたくないので」と無難な答えで公表するつもりがない事を伝えた。

 

そもそも俺の新たな計画の為には、Dクラスは原作通りの0ポイントスタートを切ってくれた方が都合が良い。

むしろ下手にクラスの為になるような発言をして、将来的にDクラスの中心メンバー入りしてしまったら非常に困る事になるのだから。

 

 

「では椎名さん、今日はありがとうございました。また週末に」

 

「はい、楽しみにしていますね。佐城くんもお大事に」

 

 

別れの言葉は短めに。エレベーターの扉越しに小さく手を振る椎名の可愛らしい姿も、今の俺の頭には入って来なかった。

 

 

(実験も兼ねて椎名の両手を握ってみたは良いものの、『発作』は全く出なかった。やっぱり自発的な接触ならセーフなのか?

それとも単純に歳上の女限定のトラウマ?いや、でも星之宮に顔を触られても平気だったし……歳上の女でなおかつ、不意打ちされた場合にだけフラッシュバックするとか? う〜ん、サンプルケースが少な過ぎて流石に分からんぞ)

 

 

表情には出さぬまま、内心では自分のトラウマについて呑気に熟考していたのだから。

だからこそ、別れ際の椎名の頰が赤く染まっていた事にも気づけなかった。

 

そして何より。

まるで好みのミステリー小説を見つけた時のような。そんな抑えきれない好奇心と震え立つような昂揚感が焚火のように輝いた眼差しを向ける、彼女が呟いた意味深な台詞に。

 

 

「……やはり……最初から……誘導するように……」

 

 

どこまでも間抜けな俺は結局、最後まで気づかなかった。

 

 

 




次回は下ネタ回の予定でしたが椎名が人気過ぎたので、そろそろ櫛田さんに触れたいと思います。

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