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ほろ酔い放談 -競輪の因数分解-

【競輪偏差値70の男】中川誠一郎、受難の秋 大怪我ニモマケズ「熊本応援隊長として頑張ります」♯17

2022/09/29 (木) 18:00 56

9月名古屋「共同通信社杯」(GII)初日に落車負傷し、8月から受難が続く競輪選手・中川誠一郎。怪我の状態を考慮し今月コラムは休載の予定だったが、急きょリモート取材が実現。控えめに神妙に1カ月を振り返ります。【構成=塩次洋太(九州スポーツ)】

●写真0 ※(撮影:R.Nakagawa)を入れて下さい。
(撮影:R.Nakagawa)

ーー状態が状態ですし、ゆっくりと静養して頂くつもりだったんですよ。

 ファンの方やコラムをご覧の方々にご心配をおかけしたし、せっかく発表できる場があったのでいろいろとご報告したかったんです。

ーー怪我の具合はどうだったんですか。

 右鎖骨の骨折と肋骨を3本、あとは肺気胸でした。いわゆる重症です。

ーー今月は中川選手の具合次第では、ピンチヒッターで荒井(崇博)選手にコラムをお願いできないか、など編集部と打ち合わせをしていたところでした。

 ダメですよ。そんなことしたら、このコラムが荒井さんにバレるじゃないですか。オレが今月もやりますよ。

ーーそんなに熱心とは。まさか、アルバイト代を逃したくないとか…。

 休載も考えたんです。読者も怪我人の冗談を素直には笑えないでしょうし。でも、予期せぬアクシデントにも屈せず、せめてコラムは完走しようと思ったんです。いつもみたく笑ったり、冷めた目で読んでいただいて結構です。

ーー何だかレース以上に気持ちが入っていますね。

 同期で親友の神奈川の支部長(對馬太陽)が「ダメだ。コラムはやった方がいい。怪我したからって休むな」と激励してくれて。骨も気持ちも折れてやさぐれていたけど、そんな熱いウォッチャーの一言でリハビリへの一歩目を踏み出そうと決心しました。

ーーそれまでは迷いがあったと。

 まあ、太陽さんはオレに危ない話をさせて、誰かに怒られるところを見てゲラゲラ笑いたいだけなんでしょうけど。

●写真1 中川&山田
山田庸平(右)

ーー名古屋「共同通信社杯」初日は山田庸平選手に前を任せました。落車はまだレースのピッチが上がる前の出来事でした。

(吉田)拓矢に当たられてから気が付いたんですよ。まさかあんなところで降りてくるとも思わないし、拓矢が離れるなんて普通ないでしょ。それにこっちは庸平に付いて行くためにスタンディングをしていて、不意打ち気味な動きに前輪が耐えられなかったんです。

ーー落車後、体の異変はすぐに自覚しましたか。

 まず呼吸が苦しくなって。ゴール付近とかならまだしも、まだ始まったばかりなのに呼吸ができないのは絶対おかしいぞって。空気が肺に入っていかないんですよ。そのあと体を触ったら、骨が動いたんでこれは鎖骨をやったとわかりました。

ーー想像を絶する感じですね。

 中途半端なところで落車したから、緊急退避で内側にムリヤリ引きずられて。あれが激痛なんです。息もできず、骨もぐらぐら。わずかな短時間で、あらゆることが脳内をゆらぎました。

ーー何が頭をよぎったのでしょう。

 まず、地元記念はもう無理だろうなとか。あとは終わった後に行くために予約していた寿司屋さんにキャンセルの電話を入れなきゃとか、家のリフォームがあったけど立ち会えるかな…とか色々な情報です。

ーー落車の後は結構バンクはざわめいていました。

 レース後、拓矢がすぐに飛んできてくれて「大丈夫ですか?」って。でもオレは肺気胸で息ができないぐらい苦しかったんですよ。

ーー吉田選手も心配だったでしょうね。

 オレはそんな状態の中でも「大丈夫、大丈夫。ありがとう!」って手を挙げて競輪偏差値70の男の振る舞いでした。本当は全然、大丈夫じゃなかったんですけど。

ーー後輩にいらぬ心配をかけたくないとの配慮だったのでしょうか。

 大人の対応ですよ(笑)。ってか、誰がどう見ても絶対に大丈夫じゃないんです。だって(鎖骨と肋骨骨折と肺気胸の)フルコンボで、しかも顔が真っ青だったらしくて。そういう状況の中で谷村新司ばりに「ありがとう!」ですから。結局ワタクシ、器がでかいんです。

ーーそれって堀内孝雄じゃないですか。しかも「ありがとう!」じゃなくて「サンキュー!」では…。これ、もし中川選手の競輪偏差値が30ぐらいだったらどういった反応でしたか。

 もう、そりゃ暴言系ですね。「おいコラ、テメー!」って(笑)。まあ、オレには絶対ないキャラクターですし、もちろん冗談ですけど。そうだ、落車と医務室で思い出したけど、昔は“勝負の世界だから、あれぐらいでコケる方が悪い”とか言って、コカしたのに医務室に来ない人もいましたよ。令和の時代じゃ考えられない。

●写真2 痛がる写真① ※(撮影:R.Nakagawa)を入れて下さい。
(撮影:R.Nakagawa)

ーー欠場した後は1日だけ名古屋の病院に入院して、手術をせずにそのまま帰熊したと聞きました。

 鎖骨骨折だけなら、手術をして(10月の)地元記念に間に合わせるつもりでした。でも肋骨と肺気胸もやったし、経験上すぐに復帰は無理だと判断しました。

ーー余談ですが、そこまでの重傷で普通に交通機関を使って移動できるものなのですか。

 名古屋から新幹線で帰りました。通行人と接触したらヤバいので、鎖骨用と肋骨用の固定バンド、あとは包帯を表に出して見えるようにして、頼むから当たらないでください! って装いで移動しました。

ーー接触することなく帰れた、と。

 おかげさまで、みんな避けていました。鎖骨、肋骨をバンドでカバーして、スーツケースをひきながら超ゆっくりヨロヨロと歩いていたら、そりゃ一発で怪我人ですよね。演出的な意味合いもありましたが、どうにか熊本までたどり着きました。

ーーそうなると、この先は熊本で入院する流れでしょうか。

 いや、手術はせず安静にして自然治癒です。手術をしたところで骨はすぐにつながるものでもないですから。

ーー手術なしって、大丈夫なんですか。

 鎖骨だとワイヤーを入れる手術がありますが、あれってすぐ完治するわけじゃないんです。支えを入れて安定感が増すので、復帰を急ぐためにも手術するんです。ちょっとしか切らずに骨をつなげてくれるんですよ。

ーー中川選手はゆっくり治療する方を選んだのですね。

 そうです。もし鎖骨が安定しても、肋骨が痛いとどのみち乗れないので。実際にまだ肋骨の痛みで真っすぐ寝られない。椅子とかリクライニングじゃないと無理です。

●写真3 痛がる② ※(撮影:R.Nakagawa)を入れて下さい。エトキ:なぜか怪我をしていない左側のわき腹を押さえる筆者
なぜか怪我をしていない左側のわき腹を押さえる筆者(撮影:R.Nakagawa)

ーー後閑信一さんが現役時代に「肋骨はケガのうちに入らない」みたいな強烈な競輪格言を残していましたが。

 今は家庭菜園をしている後閑さんですね。“肋骨骨折は打撲と同じ”でしょ。それは常人ならば1本ぐらいの話だと思います。今回は3本プラス鎖骨ですから、オレは後閑さんにはなれなかったです。ていうか、後閑さんが頑丈すぎるんですよ(笑)。

ーー復帰の目途はどの辺りに設定していますか。

 遅くても11月とは思っているけど、回復具合で寛仁親王牌にどうかってところですか。8月はミッドナイトの3走、9月も落車した名古屋の1走だけ。まともに走っていないので、今が選考期間中の全日本選抜競輪の権利取りは、ほぼ詰みました。

ーーもちろん、今は晩酌もNGですよね。

 飲むと血行が良くなるので、擦過傷の部分から変な汁が出たりしてきついんです。飲もうと思えば飲めるけど、無理はしないです。

ーー熊本の選手数人に中川選手の話を聞いたら「誠一郎は酒が飲めない方がストレスになる。体の内側からアルコール消毒しなきゃ」と物騒な話をしていました。

 それは昭和側の選手のコメントですね。昔は骨折した選手に、みんなすかさず「飲んだら治る」とか「アルコール洗浄」とかコンプライアンス無視な言葉を投げかけていましたから。時代は令和ですよ(笑)。

ーーそういえば、名古屋では嘉永(泰斗)選手も2日目に落車して鎖骨を骨折していました。

 そうみたいですね。泰斗は即、入院して手術をしたみたいです。約2週間あったし熊本記念には間に合うんじゃないですか。

嘉永泰斗(左)

ーーさて、話題に出ました熊本記念が10月1日に開幕します。中川選手はここ10年続けて出場していましたが、今回は無念の欠場となりました。

 今年はS級1班の枠の制限がなくなって、熊本記念史上、最強の地元布陣だったから楽しみだったんですけどね。

ーー欠場は断腸の思いでしたか。

 走れと言われたら走れましたよ。走るだけならば。でも怖いですよ。もしこの状態で走って落車でもしようもんなら(今は肺も肋骨ももろいので)今度は肺に肋骨が刺さるかもしれない。肺挫傷です。さすがに命の危険にもつながるし、そこまでの覚悟は無かったです。

ーー中川選手にとって地元記念はかなり重要度の高い大会です。

 位置付けはGIより上、グランプリよりギリギリ下ってぐらい。出られないとわかった時点で、もう今年は“皆さん、よいお年を”ってぐらいモチベーションが落ちました。だけど、オレがいなかったら盛り上がらないだろうなという強がりたい部分もあるんです。

ーー複雑な思いが交錯しています。

 でも、オレがいなくても何事もなく開催は進むし、こっちの思いは解決しない。それならば、しっかりと地元を応援しようとなる。心は揺れ動きながらも着陸するんです。だから今年は熊本応援隊長として頑張ります。

ーー去年まで主役の椅子に鎮座していた人が、いきなり外野で応援隊長とは斬新です。

 まあ、応援隊長として盛り上げると言っても、家で中継を見て、「(江藤)みきさんに当たるライトだけやけに明るいな」とか騒いでいるだけで、何もしませんよ。

ーーズバリここでは中川選手に地元記念の見どころをうかがいます。

 オレにですか? こういうのって評論家の人や記者さんがやるものでしょ。出たくても出られない傷心のオレに聞くのはスジが違うでしょう。しかも現役ですよ。

ーーnetkeirinなので仕方ありません。ぜひお願いします。

 まずは地元勢は自力の二枚看板が負傷しています。しかも一枚は欠場と。機動力がガタ落ちしたところが心配ですね。追い込み型はウリ坊(瓜生崇智)をそっち側で勘定すれば、(中本)匠栄もいるし数はそこそこ揃っているんですけど。

ーー嫌がりながらも、けっこうスラスラ話すじゃないですか。

 だって、日本シリーズで先発のエース格が2枚いなくなったら、それは相当きついでしょ。

ーーまだ自分がエースとの自覚があるんですね。

(ソフトバンク)ホークスで言うと和田(毅)投手ぐらいの位置で。年齢を重ねても、千賀(滉大)投手が出てきても、エースの自覚を持って投げているんですよ。オレも完投とまではいかないけど6、7回まで投げてレースを作る意識を持って走っていますから。

ーーただ、後輩たちの活躍次第では、10年続いたエースの椅子が来年は撤去されているかもしれませんよ。

 いやいや、まだ過去の栄光で呼んでくれますよ、きっと。地元の精神的支柱の枠ですから。

ーー自分で自分のことを「精神的支柱」って言う人に初めて会いました。

 2024年の熊本競輪再開までは「あの人は今?」にはならないよう、江藤みきさんと共にしがみついていきますよ。

●写真6
荒井崇博

ーー九州勢は超豪華な熊本軍団もそうですが、荒井(崇博)選手がいるのがひと際目立ちます。

 とても頼もしいけど最後は遠慮して欲しいなっていう、なかなか難しい立場(笑)。

ーー荒井選手はグランプリ出場がかかっていますし、九州地区の開催です。地元の引き立て役だけには留まらないでしょうね。

 ギリギリ、オレぐらいだと少しは遠慮してくれるかもしれないけど、基本は遠慮しない方ですから。それに今回のメンバー的に、荒井さんを止められる人がいない(笑)。

ーーその荒井選手ですが、先出の名古屋の3日目に通算500勝を達成しました。以前から盛り上がっていた中川選手との500勝争いを先に制しました。

 もう「参りました」としか言えません。落車して現地にいなかったので、立ち会えなかったのが残念でした。

ーー中川選手が落車した次の日でしたっけ。

 いや、その日はウリ坊に差されたやつですね。退院して片付けに競輪場に寄ったら、荒井さんがウリ坊を指さして「こいつに差されたばい」って言っていて。ウリ坊に「おっ! 阻止したんだね。お見事!」って声をかけたら「やめてください、やめてください」って。まるで合志(正臣)さんに怒られたあとみたいな、泣きそうな顔をしていました(笑)。

ーー荒井選手にお祝いの連絡はしましたか。

 LINEを送りました。「オレは来年になりそうです」って。そうしたら、涙を流して「ありがとう」みたいな、らしくない絵文字が返ってきました。本人は絶対に泣かないくせに。

ーー荒井選手はその際、来年の長崎移籍も表明しましたね。

 以前にも500勝を達成したら移籍するって話をこのコラムでしましたが、それが冗談では無かったんですよ。来年の1月か2月ぐらいですね。だけど、練習は武雄に入るそうだし、荒井さんは元々、長崎に住んでいるのでそこまで大きな変化はないみたいですよ。

ーー今回はお話をありがとうございました。この先も焦らず、治療に専念してください。

 落車と人に怒られるのが大嫌いなオレの心を折るには、適度な痛みでした。落車をしないことだけが選手としての取り柄だったのに…。読者の皆さんも気をつけて。また堂々と酒が飲めるようになりましたら、こちらのコラムでお会いしましょう。リハビリしてきます。

●写真7

ーー今月も質問が来ておりますのでお答えください。

Q、平原康多選手がコラムで「長澤まさみ」がタイプと言っていました。中川選手は芸能人では誰のファンですか?(東京都/30代/女性)

 ああ、平原って長澤まさみなんだ…。何か意外。だけど、そこはちょっと競りにはならないかな。いらぬ競りは避けたいけど、夜なら負けねぇ(笑)。あっちがストイックに練習をしたりレースをしている最中に、こっちはひたすら酒を飲んでいましたから。修羅場をくぐってきた場数が違う。すいません、質問の趣旨とは外れた回答になってしまいました。

Q、熊本の若手たちは中川選手の偉大さを分かっていないのではないですか? 中川選手の扱いが軽いと感じます。彼らを説教するコーナーを作って下さい。(長崎県/20代/女性)

 それ、以前に匠栄にも言われました。後輩にダメ出しするコーナー。「誠一郎さんが言えばグサっとくる。説得力があるし何も言い返せないでしょ」ってあおってきた。別にやってもいいけど、そんなことしたらオレみんなにレースでスカされますよ。(伊藤)旭とかタツ(松岡辰泰)とか、ただでさえ暴走小僧が多いんだから。次からオレどうすればいいの?

Q、コラムのアクセス数が最近やたらと増えていませんか。数字を気にする中川選手的にはこの珍現象をどう感じているのでしょう。(大阪府/40代/男性)

 先月は20000 view とかでビックリしました。ヤフーニュースに流れた形跡もないし、ごく一部のファン向けの危ない内容でその数字って。口コミだけで集まる地元のラーメン屋さんみたいな局地的人気があったってことですね。苦節1年、地道に暖簾を出していて良かったです。

Q、同期、同級生の話題をもっとお願いします。ちなみに私は大槻(寛徳)と同級生です。(宮城県/40代/男性)

 同期話はいいですけど、(吉田)敏洋とかは怖いんですよ。名古屋の前検日に地区の代表が集まる選手団の打ち合わせがあったんですが、オレは九州、敏洋は中部の代表で出席したんです。そうしたら席が隣で、机の上に置いてあった記念品を何かなと思って見ていたら、敏洋がこっちに手を出す仕草をしてきたんですよ。それを見て思わず「んっ、それってカツアゲ?」と言ってしまいました。

Q、荒井選手が先に500勝を達成しました。お2人が達成した暁に作成するグッズは決まりましたか? ファンプレゼントとかもあるとうれしいです。(熊本県/30代/男性)

 何か一緒に作ってくれるとなったんですが、パッと配れて持ち運びやすいものだったらタオルかなって。プレゼントは全然いいんですけど、オレと荒井さんのグッズなんて需要があるんですかね。何ならワッキーとかのサインでもオレが勝手に書いておきましょうか。

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中川誠一郎

Seiichiro Nakagawa

中川誠一郎(ナカガワセイイチロウ)。熊本県熊本市出身。日本競輪学校第85期卒業。日本競輪選手会熊本支部所属。師匠は従兄の瀬口慶一郎。 実妹の中川諒子は女子競輪選手、義弟の吉成晃一も競輪選手。2000年8月15日、ホームバンクの熊本競輪場でデビューし1着。後2日間も勝利し、デビュー場所で完全優勝。2016年日本選手権競輪(静岡)、2019年読売新聞社杯全日本選抜競輪(別府)、高松宮記念杯競輪(岸和田)を優勝している。好きな食べ物は寿司。

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