第2話 砂時計のお仕置き
仕置き館に収容されているのは、売春で生活していた貧困層の娘たちである。
月に一度の街の一斉摘発で捕まった、二十一歳以上の女は刑務所に送られるが、二十歳未満の少女は、この娼婦更生施設である仕置き館に送られる。
娘たちは初めての収監の場合、三ヶ月して再び街へ返されるが、再び収監されることあらば、収監期間は半年に延長。
更に繰り返すようならば一年の収監となるが、大抵の場合、半年も仕置き館の生活を味わえば、退館した娘たちは次の 一年への恐怖もあり、二度と売春に手を染めなくなる。
それに、仕置き館教育経験者は信頼を置かれ、仕事を見つけやすくなるのだ。
収監目的は、規律正しい生活をさせ、学問も学ばせ、職業訓練も施し、売春行為で稼がなくても仕事に就けるようにしていく再教育の為だが、彼女らは売春という罪を犯した罪人でもあり、その処罰を受けさせる場所でもあった。
性を軽んじた罰として、お尻に厳しい戒めが与えられるお仕置き。
収容期間中、彼女らは幾度もそのお仕置きに泣きじゃくった。
施設のどこかで、いつもお尻を叩く音と少女の泣き声が響いていることから、ここは仕置き館と呼ばれ始めたのである。
「うあぁーーーん! 痛いー! 痛いー! もう許してーーー!」
マザーと呼ばれる仕置き館の監督官が二人、お仕置き台という木の台座に腹這いになった娘の両脇から、彼女の腰を押さえ込んでいる。
そして、もう一人のマザーが剥き出しにされている娘のお尻に、パドルを振り下ろしていた。
――――パアーーーン! という鋭い音と同時に、娘のお尻が跳ね上がり、泣き声とも悲鳴ともつかぬ哀れな声が上がる。その繰り返し。
そして、壁際に立たされた娘たちが、震えながら見つめていた。
一人がお仕置きされる間、順番を待つ娘たちは、それから目を逸らしてはならない決まり。
真っ赤に腫れ上がっていくお尻に子供のような泣き声を上げる目の前の娘の姿は、すぐ先の未来の自分なのだ・・・。
そのお尻の運命に慄き、すでにすすり泣く娘もいる。ただ震えている娘もいる。
「痛いー! もうしません! もうしません! ごめんなさいーーー!」
パドルを振っていたマザーは、腫れ上がった娘のお尻の様子を見、両脇のマザーに頷いて見せた。
「さあ、あなたはそこで反省していなさい」
引き立てられた娘は、お仕置き待ちの娘たちの反対側の壁に、哀れに赤いお尻を晒したまま立たされる。
ヒリヒリと痛むお尻を擦りたくても、動いたら、みんなのお仕置きが済んだ後、また順番が回ってくるのだから、すすり泣きつつ我慢する。
「さあ、次の人。あの子のように、自分からお尻を出せなかった子がどうなるか、わかったわね」
叩かれる回数が増え、お道具も厳しい物に変えられる・・・。
次の娘は震えながらも、自らお仕置き台に腹這いになった。
収監服のズボンが下げられ、パンツがめくられると、さっきの娘を泣かせたパドルより、少し薄手のパドルがあてがわれた。
――――パーーーン!
「ひぃー!!」
仕置き館のお仕置きは、こうして粛々と進められるのである。
今回お仕置きされた五人の娘たちは、時折お尻を浮かせたり擦ったりしながら、日課の作業をしていた。
それを横目に、同じくお針子の仕事をしていたリズは、自分に不向きなその仕事に、うんざりして、針を机に置いた。
「リズ、針はちゃんと針山に刺さないと、マザーにお仕置きされるわよ」
同室のシャーロットが囁く。
「ふん、もう怖くないね。明日には退館だもんさ。大体さ、あたしはこういう地道な仕事ってのに向いてないんだよ。こ
こを出たら、また街に立って一稼ぎしてやる」
「でも、また捕まったら、今度は収監半年よ! あたしは、こんな生活半年も耐えられないわ」
「あたしだってヤダよ! でも、あたし来月には二十一歳なんだよね」
「あ、そうか。二十一歳なら、ここじゃなくて刑務所送りだものね」
「そういうこと。あたしと一緒に捕まって、刑務所に送られた商売仲間の姐さんと手紙でやり取りしてたらさ、刑務所の方が、ずっとマシ。まあ、ヘマしてまた捕まったらの話だけどさ」
「そういえばさぁ、あんた、あそこに行かされたこと、ある?」
「あそこって?」
「ほら、林の向こう」
「あー、あの塔かい? あそこは使ってないって聞いたけど」
林の奥に塔がポツンとあるのだが、そこから泣き声や悲鳴が聞こえるという噂だけで、実際に連れて行かれた者の話は聞いたことがない。
ほかのお仕置き部屋は一通り皆経験者なのに、あそこだけが体験談ゼロなのだから、本当に使っていないのだろうと思うと、リズは言った。
「けどさぁ、あたし、この前、マザーが食事のワゴンをあそこに運んでるの、見たのよ」
「ホントに食事なの? 物置かもよ」
「そうかなぁ~」
「――――そこ! お喋りばかりして、仕事はどうしたの!」
いけない! と、二人は首をすくめて顔を見合わせた。
「二人とも、真面目にお仕事しない子は、わかっていますね」
「・・・はい、マザー」
「では、立って。作業台に手をつきなさい」
ここで抗ったらお仕置き部屋送りだ。
二人は渋々ながら立ちあがると、作業台に両手をついて、お尻を突き出す格好をした。
その二人のズボンとパンツを無造作に下ろしたマザーは、丸出しになった彼女らのお尻に、交互に平手で叩いていく。
作業場に、ピシャン! ピシャン!と鋭い音が響き、作業中の収容者達は、その度に首をすくめる。
「ごめんなさい! ごめんなさい、マザー!」
お尻をぶたれると、もうこの言葉が条件反射のように出るようになってしまった。
「よろしい。では、二人とも、ズボンとパンツを上げて、作業に戻りなさい。・・・あら?」
マザーの視線が作業台に流れた。
「これはどちらの針!?」
「あ!」
しまった。台に置いたままの針を、すっかり忘れていた。
「あ、あたしです・・・」
「リズ! 針を置くときは、必ず針山にと教えてあるでしょう!」
「は、はい、ごめんなさい・・・」
「不用意に置いた針で怪我をしたり、万一針を無くせば、仕上がった衣服や収容者の収監服に針が紛れ込んでいないか探すのに、大変なことになるのよ」
うるさい。
そんなの、作業毎の注意事項で聞かされて、耳にタコだ。
「あら? あなたは確か、明日退館だったわね?」
「は、はい」
「こんなことじゃ、退館許可は出せないわよ」
「そんな!」
退館が延期になったりしたら、またここの規則正しい生活にうんざりしながら過ごさなければならないばかりか、あのお尻を叩かれる恐怖も終わらない。
「ごめんなさい! 改心します! ですから、退館延期は許してください!」
「・・・そうですね。グランドマザーと相談いたしましょう。いらっしゃい」
リズはゴクンと喉を鳴らした。
グランドマザーの部屋は、実質、お仕置き部屋と同じだ。
これは、うんときついお仕置きを覚悟しておかなければならないだろう。
けれど、それを耐えて退館できるのならば、リズでなくともそれを選ぶ。
それほど、この仕置き館での生活は、厳しく辛いのだ。
■砂時計のお仕置き■
やはり、グランドマザーからは、厳しいお仕置きを宣告された。
渡された一分砂時計を、リズは震える手で受け取る。
「砂時計のお仕置きは知っていますね」
されたことはない、が、見たことはある。
この砂時計を持って、この仕置き館にいるマザーを一人一人尋ね歩くのだ。
そして、「お仕置きお願いします」と砂時計を差し出して、砂時計の砂が落ちる間、お尻を叩かれるのだ。
人によって施すお尻叩きが違う。
膝の上で平手もあれば、ケインやパドルでピシャピシャとやられることもあれば、その道具を泣き叫ぶまで振る人も。
何度か見かけた砂時計のお仕置きを受ける者は、首から砂時計を下げ、ベソをかきながらお尻を擦って歩き回っていた。
相手が授業中や食事中など手が空いていない時には、幾人にも叩かれて、すでに真っ赤になったお尻を丸出しにしたまま待たされて。
その情けない姿を笑っていた自分が、それをしなければならないとは。
「どうしました? 始めなさい」
「・・・あ」
「退館延期でいいのですね?」
「いや! あ、いえ・・・。・・・お仕置き、お願いします・・・」
最初は宣告者のグランドマザーである。
グランドマザーは道具箱から小ぶりのパドルを取り出すと、椅子に座ってリズを呼び寄せるよう手で膝を叩いた。
怖々その膝に腹這いになると、マザーは砂時計を持ったままリズのズボンと下着をめくり、それから砂時計をリズに見えるよう机に置いた。
――――パーーーン!
「~~~あーーー!」
最初から、火がついたような痛みに、リズは大きく仰け反った。
立て続けにお尻に振られるパドルに、リズは子供のようにもがく。
「痛いー! 痛いー! ごめんなさいーーー!」
砂時計の砂が落ちるのが、こんなに遅いなんて・・・。
すぐ傍らで控えている、ここに連れてきた担当マザー。
マザーと会ったら、すぐお仕置き願いをしなければならない決まりだ。
つまり、またすぐ、お尻を痛くされなければならない。
だから、すぐ叩かれるのが嫌で、階段の下に隠れてお尻を休めている者もよく見かけた。
そういう者は、何日も砂時計を首から下げている。
グランドマザーのお仕置きが済み、次は担当マザーに。
始まったばかりの砂時計のお仕置きで、すでにお尻は真っ赤になっていた。
「いいですか、リズ。あなたは何日もかけられませんよ。明日の退館時間に間に合わなければ、延期決定としますからね」
「そんな! あ! 痛い! あー! 痛いー!」
砂時計を首に下げ、グランドマザーの部屋を出たリズは、ズボン越しにヒリヒリするお尻を擦って、唇を噛んだ。
「これきりの辛抱よ。退館さえすれば、こっちのものなんだから。延期なんか、させるもんですか」
そしてリズは、痛むお尻を休めたい気持ちを必死で抑えながら、お仕置き願いに歩き回った。
天国だ。
なんという開放感。
起床就寝をうるさく言われることも、決められた時間に掃除や作業、勉強をすることもない。
食事だって、食べたい時に食べられる。
体を買った男に、ちょっとねだれば、ご馳走だってありつけるのだから。
何より、お仕置きされない!
お尻を痛くする人は、ここにいない!
真面目にあくせく働いて得られるわずかな賃金より、体を売った方がはるかに楽に稼げて、贅沢できる。
なんて幸せ。
「手入れだよ! みんな! 手入れだ!」
そろそろ一斉取り締まりの時期だと思っていたが、案の定だ。
リズは路地裏を駆け抜けて、警官を振り切った。
あちこちから、悲鳴が聞こえる。
仲間が何人か捕まったようだ。
だが、構っていられない。
捕まったら、仕置き館よりマシとは言え、刑務所行きだ。
せっかく取り戻した自由を、手放してなるものか。
「あ!」
逃走用に用意してあった屋根と屋根への渡し板が外れていた。
「あそこにいるぞ!」
もたついている内に、リズは警官に追い詰められてしまった。
――――さらば、自由。けれど、まだあの生活よりマシよ・・・。
護送車に詰め込まれたリズは悔し紛れに呟いた。
ニ日間の取り調べと拘留の後、リズは再び護送車に乗せられた。
そして、到着した先で開いたドアから見えた建物に、愕然とする。
「どうして仕置き館なの!?」
自分は二十一歳だ、何かの間違いだと喚いて警官に突っかかると、警官は肩をすくめた。
「間違いじゃない。仕置き館再教育後の娼婦は、何歳になろうが仕置き館の管轄になるんだ。仕置き館側が、再教育失敗の責任を取るってことでな」
刑務所側も囚人の食費や諸費用が浮くのだから、快諾されている。
「そ、そんな・・・」
思わずお尻を押さえる。
「いいじゃないか、尻をひっぱたかれるくらい。刑務所で重労働させられるより、マシだろ?」
「重労働の方がマシよーーー!」
わんわんと泣きじゃくるリズに、やれやれと顔を見合わせた警官たちは、嫌がる彼女を引きずるように、受け渡し部屋に連れて行った。
抵抗する気力も使い果たし、力なく床に座り込んだリズの前に、グランドマザーが立った。
「悪い子ね。お仕置きが足りなかったわ」
涙をぼろぼろこぼして、首を横に振る。
「もう・・・もうしません。本当に、もうしませんから・・・。許してください、出してください!」
「無理です・・・決まりですからね」
「ああ・・・、三ヶ月でも辛かったのに、半年もだなんて・・・」
「残念だけど・・・・・・あなたは、もう一生ここから出られないのよ」
「――――え!?」
呆然とするリズに、グランドマザーが淡々と説明する。
「再教育が二十歳までに浸透しなければ、もう更生の見込みなしとして、外には出せないのです」
「そ、そんな・・・そんなーーーー!!」
「他の収容者に悪影響を及ぼす恐れがあるので、一緒にはさせられません。あなたは、林の奥の塔で、同じように二十一
歳以上の再収容者と生活してもらいます」
「あそこが・・・!」
使われていないと思っていたあの塔は、そういうことだったのか。
「あそこでは、再教育はありません。囚人として扱われます。犯した罪をお尻で贖い続けながら」
青ざめたリズのお尻を擦る仕草を見て、グランドマザーが残念そうに首を振った。
「本当に、残念です・・・。悪い子がどうなるか、お尻が思い出すのが遅かったようね」
「許して・・・お願い・・・許して・・・ごめんなさい!!」
「助けてあげたくとも、もう、あなたのお仕置きは私たちの範疇ではないのです」
塔からやってきた男に引き渡されたリズは、体いっぱい使って抵抗したが、アッサリと肩に担ぎあげられてしまった。
「抵抗されるのには慣れているからな。無駄なことはしないことだ」
パーン!とズボン越しに平手でお尻を叩かれただけなのに、飛び上がらんばかりに痛い。
見ると、それを生業にする右の掌は、板のように硬く分厚い。
塔の傍まで来ると、山のように捨てられている枝や板。
あれは、折れたケインや割れたパドルだ。
「あ・・・、あ・・・、いやぁあああーーーー!!」
哀れなリズの叫び声は、塔の重たい鉄の扉の向こうに消えた。