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ざわざわとあちらこちらのデスクの山から聞こえてくる声。 後ろの山では、卒業式の準備の話。 右隣の山では、不登校のあの子の家に訪問した時の様子。 そして、私が座っている山では。 “綺麗” そう表現するのが相当の、神様が腕によりをかけて生み出した人間といって過言ではないほどの男がレジュメを片手に話を進めている。 「僕が気になっていることは、3年生の間で、やや怪我や物損が増加傾向にあります。今月は社会科見学が2件、訪問文化交流が1件、さらに遠足もあるので気持ちが弾みすぎてる生徒たちが少なからずいるのかな、と」 そうイケメン……宗像草太先生が言うと、おずおずと私の隣のクラスの担任の伊藤先生が手を上げた。 「本日も大きな怪我がありまして……1組の子、教室のドアの上のアルミサッシで懸垂しようと跳んだ時に失敗して前歯が欠け大騒ぎに……」 「うーん。授業中や人間関係の様子は?あまり大きなトラブルの報告は無いけれど」 3年生の学年主任がそう尋ねると、それぞれの学級担任と副担任はうなずく。 私も、その例に漏れず。小さなちょっかいの掛け合いが喧嘩に発展することはあるけれど、尾を引くレベルの大きな揉め事までにはなっていない。 「では引き続き、各クラスで生徒たちの様子をよく観てください。あと、こういう時はやはり対人関係でのトラブルも起きかねませんので、道徳や総合的な学習の時間を使い、クラス…ひいては学年の団結を深めるようなレクリエーションを行ってもいいかもしれません」 「確かに。では指導案の作成は私が行います」 学年主任の言葉にうんうんとうなずき、そう言ったのは3年生の教員団の中ではいちばんのベテランである佐伯先生だ。 そこからどんどん進んでいく会話。 私もいつか、こんなふうに生徒たちのために多くの着眼点から意見を出せる教員に成長したい。 真瀬はるか、教員生活1年目。日々が学習の毎日です。 「真瀬先生」 職員会議が終わったのは、開始から1時間が経過した17時30分。 席を立ったところで、宗像先生に声をかけられた。 優しい声音にトクンと心臓が音を立てる。 宗像先生は憧れの先生。 誰にでも丁寧で、生徒たち相手にだって、まるで大人に接するように言葉をかける。 子どもたちをコントロールする対象と見做して教育を行ってしまう指導者も中にはいるけれど、この人は子どもたちを“ひとりの人間”としてきちんと向き合っている。 そんな、彼の教員としての姿勢がとても好きだ。 好きなところは、そこだけではないけれど。 「話の中で分かりづらかったところとかありますか?」 ……そう。 まだ私が1年目の新米教員で。相談したいことや聞いてみたいことが生まれても、日々忙しい先生方に聞くのが申し訳ないという気持ちがある(いつも生徒たちの成長のために、そんな気持ちをなんとか押し込んで心をキュッと絞りながら聞いている)のを察してくれてか、宗像先生は会議の後には必ずこうして声をかけてくれる。 こんな優しい先輩を、好きにならないわけがない。 「いえ!今日は大丈夫です。いつもありがとうございます」 「いやいや。僕たち教員の成長が、生徒の成長に不可欠なので。僕も勉強中ですが、答えられることがあればなんでも答えるので聞いてください」 本当にすごい先生だ。 宗像先生は今年で教員生活5年目らしい。 1年目は臨採で、常勤講師として勤務して。 それから本採用されてこの学校に赴任して4年目と聞いた。 私も4年後、宗像先生のような教員になれているのだろうか。 「おーい、宗像先生。ボールペンサンキュ。インク無くなったから助かった」 「ああ」 私たちふたりのところにやってきたのは芹澤先生。なんでも、大学が同じ仲良しらしい。 今年度芹澤先生が異動でこの小学校にやってきた。 芹澤先生は、右手に持っていたボールペンを宗像先生に渡した。 そのボールペンのノックする部分に、白い猫のキーホルダーがついていた。 「それ、可愛いボールペンですね」 「うん。普段使わないけどね」 「好きなものほど大事に大事にとっておくのがこいつの性質なんだよ。なー?」 そう言いながら宗像先生の肩に腕を回す芹澤先生。 ほんとに仲がいいおふたりだ。 「宗像先生はやっぱり猫がお好きなんですね」 そう言うと。 「ぶふっ……」 なぜだか芹澤先生が吹き出した。 そんな芹澤先生の脇腹を肘で小突く宗像先生。 「さて、帰れそうだったら片付けて帰りましょう。残業するならほどほどに」 そう言って、白いロングシャツの裾を靡かせながらその場から立ち去る宗像先生。 後ろ姿もかっこいい。 ちらちらと女性教員の視線を集めていることに本人は気づいてるんだろうか。 「……あいつを好きになるのだけはやめときな、絶対後悔するから」 「え⁉︎」 私に爆弾を投下した芹澤先生は苦笑したのち、宗像先生の後を追った。 ……芹澤先生に、バレてる? にしても、後悔するからってどういうこと? 実は超が付くレベルの酒乱とか?
そんな私の中に生まれた憶測は、すぐに撤回されることになる。
いつだってどこだって草太は鈴芽が大切。