第4話 プロのテイスティングは難行苦行でもある

 「産地へワインを買い付けに行く」と知人に言ったりすると、「ワインがいっぱい飲め
て楽しいでしょう」などと言われる。ところが、実際にはそんなに楽なことではない。

 現地でのテイスティングとなると、一日50本ぐらいはザラで、ときには100本ぐら
いを試飲することもある。そんな数を実際に飲み込んでいては酔っ払ってしまい、仕事に
ならないから、口に含んだだけで吐き出す。ワインを扱っている業者でも、飲み込んで喉
を通さないと味がわからない、などと言う人もいるが、そんなことをしていては仕事にな
らない。それでも、本当にいいワインに出会うと、思わず飲んでしまうから不思議だ。

 テイスティングの時間だが、理想的には、朝の10時から12時ぐらいまでの間だとい
われている。何故かといえば、その時間帯だと、寝起きの眠気も取れ、頭がすっきりして
体の調子も良くなり、お腹も一杯でなく、神経を集中できるからという理由らしい。

 ところが、そんな状態だと、ワインが決して美味しく感じられない。体が敏感すぎて、
ワインのバランスの悪さや雑味などにすぐに反応してしまうからである。実は、そこが付
け目なのである。要するに、ワインの欠点を探すのに好都合というわけである。そんな状
況でも美味しく感じられるワインならば、本当にいいワインということになる。

 ある取引先のお酒屋さんの主人がワインのテイスティングを真剣に勉強したいという。
ところが、彼が試飲をするのはいつも仕事が終わってからの時間で、ときには晩酌も兼ね
るという。上に述べたように、それではプロのテイスティングにはならないので、できる
だけ日中に試飲をして、残りを晩酌で楽しんだらいい、とアドバイスしたことがある。そ
の後、彼のテイスティング能力がアップしたことは言うまでもない。

 テイスティングの際は通常何も食べない。ただ、口が疲れてきたときには、パンを食べ
たり、水を飲んだりする。料理と一緒にテイスティングをしたら、ワインの欠点が覆い隠
され、ワインが美味しく感じてしまう。これでは、ワインの品質を見極めるためのテイス
ティングにはならないから、食事とは別にする。

 ついでなので、ここで水を飲むことについてひと言述べておきたい。同時に何本かのワ
インをテイスティングをするときに、よく一本ごとに水で口をゆすぐ人がいる。前に飲ん
だワインの後味を洗い流そうというわけである。ところが、こうすると、水を含むたびに
せっかくワインに慣れた感覚を元に戻してしまうことになる。スポーツでいえば、ウォー
ミングアップした体をその都度冷やしてしまうことと同じである。したがって、口が疲れ
てきたら水を飲むのはいいが、毎回水を飲むのはむしろ逆効果になる。これは、フランス
の醸造学の第一人者が言っているところでもある。

 もう一つ大事なことがある。それは、自分の体調をいかに認識するかである。例えば、
海外の産地へ出かけてテイスティングをするときなどは、時差による体調の変化も考慮し
なければならない。経験から、重要なテイスティングは、現地に着いてもすぐにやらない
ようにスケジュールを調整し、時差ボケが治るころに行うことにしている。また、試飲す
るワインが然るべき味として感じ取れないときなどは、自分の体調を疑ってみることも必
要である。さもないと、的確な評価ができなくなる恐れがある。また、出張の前には、口
内炎になったり、口の中を傷つけたりしないようにも気を配る。

 このように、プロのテイスティングとは厄介なものである。まるで難行苦行と言えなく
もない。それはそうとして、仕事としてのテイスティングが終わって、テーブルに着き、
食事を楽しむときは、たとえ欠点のあるワインがあったとしても、料理との組み合わせや
ワインの温度を調整するなどして、できるだけそれをカモフラージュして、より美味しく
飲めるように工夫するのも上手なワインの楽しみ方である。

2016年03月16日