ショウ『ジャック・ローラー』(シカゴ学派2)──地域社会学I2012年11月16日
11月16日の授業では、シカゴ学派による都市研究の2回目として、C・R・ショウ『ジャック・ローラー──ある非行少年自身の物語』(1930年)を取り上げました。この研究は、生活史法をもちいた非行研究の古典と言われる本ですが、生活史を都市空間のなかに位置づけて解釈するという点でも興味深い研究です。この研究の主人公であるスタンレー少年は、主に「畜舎裏」「安宿地区」「中流階級住宅地区」の3地区で過ごします。スタンレーの書いた自伝には、これらの各地区で彼が何を経験し、それらをどのように解釈し行動したかについて、詳しく書かれています。彼の物語を読んでいくと、「非行の原因は少年自身にあるというよりも、少年をとりまく地区の社会環境にある」という印象を強く受けます。かつて畜舎裏や安宿地区に暮らしていたとき、スタンレーはさまざまな機会に恵まれず非行をせざるをえませんでした。しかし、中流階級住宅地区にあるスミス夫人の家庭にスタンレーが暮らし始め、理解ある温かい人間関係に支えられるようになってから、彼の人生が好転します。居住地区の移行によって一変した彼の生活が、とても対照的に描かれています。
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講義ノートテキスト版
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20121116地域社会学I(シカゴ学派2ショウ)
シカゴ学派社会学による都市研究2
『ジャック・ローラー』──生活史法をもちいた非行研究の古典
外国を含む多くの地域から大量の人が流入していた20世紀前半のシカゴでは、多様な文化が混在し、何が正しいかを判断する社会規範が不明瞭になっていた(=社会解体)。そうした事態は、バージェスの同心円地帯モデルの推移地帯で顕著であり、そこでは、犯罪や非行が問題となっていた。非行や犯罪の研究は、シカゴ学派社会学の主要な研究領域をなしている。
『ジャック・ローラー──ある非行少年自身の物語』の概要(Shaw 1930; 中野・宝月 2003: 187-93)
位置づけ
自伝を用いた非行少年の事例研究の古典
実際に都市で暮らす人びとの視線から都市の各地域を見る
社会的世界の記述
概要
ポーランド移民2世のスタンレー(仮名;1907年10月1日生まれ;16歳の頃に調査される; 『ジャック・ローラー』発行時は、およそ22歳)が、家出少年から、やがては「ジャック・ローラー」となり、その間に幾度も様々な施設に収容されるが、少年を更生させるショウの試みによって「まっとうな」アメリカ市民へと再社会化を果たす
ジャック・ローラー
酒に酔った者をねらって金品を奪う者
著者のClifford R. Shaw
1896年生まれ1957年没
1921年から1923年まで、シカゴ大学大学院に在籍しながら、非行少年の矯正施設で保護観察官をする
保護観察:施設に収容せず、指導監督・補導援助によって犯罪者の自発的な改善更生を図る制度
保護観察官をしているとき、『ジャック・ローラー』の主人公スタンレー少年と知り合い、自伝を書いてもらう
『ジャック・ローラー』の内容
(1) ショウによる方法論の提示──1章
自伝=著者自身の言葉がそのまま記録された1人称の物語
こうした資料をもちいて、いかに科学的な研究をおこなうか
自伝という資料の特性
自伝に反映されている彼自身の個人的態度や解釈が、事例の研究や治療に重要
(a)非行少年の主観的なものの見方
他者との関わりにおいてその少年が自己の役割をどう捉えているか、また彼が生きる状況をどう理解しているか、少年の劣等感や優越感、恐れや心配、理想や人生哲学、敵意や精神的葛藤、偏見を明らかにする
(b) 非行少年が反応する社会的・文化的状況
伝統や習慣や道徳規準、社会制度、家族、非行集団、遊び仲間などが、その非行少年の行動傾向にどのように反映しているのか
(c) 非行少年の人生における過去の一連の経験や状況
逸脱行動の傾向が形成され固定されていくその過程を連続的に明らかにする
想定されている行動のモデル
個人は、自分を取り巻く環境に、ただ単に反応するのではない。自分の価値観に照らし合わせて、環境を解釈する(=状況の定義)。そして、その状況の定義にもとづき意思決定がおこなわれ、具体的な行動がとられる。
自伝には、状況の定義から意思決定にいたる過程が、描かれている
(2) ショウによるスタンレーの背景の提示──2~3章
逮捕・拘留の公式記録、職歴と学歴の記録、地域社会の特徴、家族的な背景
自伝を誤って解釈しないために、自伝に書かれた経験や状況を一層確実に解釈する基盤となる補足的事例が不可欠
スタンレーは、父親の再婚相手の女性との間に生まれた。スタンレーが4歳の時、実母が死亡。その数ヶ月後に、父親は3回目の結婚
(3) スタンレー自身による自己の物語──4~12章
継母の虐待 → 家出の繰り返し → 盗み → ジャック・ローリング → 少年院 → 出所 → 旅行 → 恋愛 → ジャック・ローリング → 刑務所 → 出所 → ショウの元を訪れる
4章:スタンレーは、継母の虐待と差別により、家庭内にいられない。年長者たちの非行集団に加わり、盗みを日常茶飯事として行う。継母の恐ろしさのため、家出をする。
5章:街を放浪していると捕まり、少年留置所に入れられる。少年留置所は、継母の家に比べれば、天国。
6章:聖チャールズ教護院での生存競争に適応し、生活する。釈放と収監の繰り返し。合計5年間、聖チャールズ教護院で過ごす。
7章:聖チャールズ教護院を仮釈放後、しばらく継母と暮らし、仕事をするが、給料をすべて継母が持っていってしまうので、家を出る。街でお金を浪費する。ジャック・ローリングを始める。まともに働く。旅に出る。再び、ジャック・ローリングをする。逮捕され、裁判。イリノイ州立感化院(ポアンティック)に送られる。15歳。
8章:感化院で1年間過ごす。
9章:出所後、姉の家に下宿しながら、仕事をする。世間の逆風、退屈な毎日。仕事仲間のバディが、スタンレーを悪い遊びに誘う。姉の家を出て、バディと暮らす。
10章:バディと旅に出るが、途中で仲違い。スタンレーは、下宿をして、その家の娘ルースと恋仲になる。しかし、バディの服を盗んだ罪で、ルースと別れ、街を出なければならなくなる。
11章:シカゴに戻り、再びジャック・ローリングを始める。ギャンブルにはまる。ジャック・ローリングで逮捕され、裁判。ブライドウェルの矯正施設に禁固1年。
12章:1年間のブラインドウェル暮らしで、心身共に衰弱する。世間に対する恨みをつのらせる
(4) ショウによるスタンレーの治療方針とその後の経過──13章
スタンレーは、出所後、スミス夫人の家に暮らす。彼女らに見守られながら、病院で実験用の動物の世話をする仕事をしながら、夜間高校に通う。やがて、恋人ができ、セールスマンとして成功し、結婚する。父親として、子どもの幸せを願う。
スタンレーとショウの定期的な面談におけるスタンレーの言葉の要旨からショウが再構成
ショウによる治療方針
スタンレーへの見方
知性は平均的で、健康についても標準的
具体的な治療の手順
逸脱的でないコミュニティにスタンレーの里親を探す
職業指導
非逸脱的な同年輩の集団との接触
最初の2年間は、ショウが、少なくとも週に1度スタンレーと接触する
スタンレーの居住地──A・B・C地区
A地区──畜舎裏(バック・オブ・ザ・ヤード)
スタンレー少年が生まれ、幼少期を過ごした地区
精肉・野菜などの缶詰の大規模な工場、および、一部の中央工業地帯
住民は、これらの工場で働く非熟練労働者とその家族
大気は煤煙で汚れ、畜舎から嫌な臭いがたえず漂ってくる
B地区──安宿地区
スタンレー少年が、ジャック・ローリングなどの非行をおこなっていた地区
木賃宿、安ホテル、質屋、古道具屋、売春宿、ダンスホール、犯罪者のたまり場
建物、道路が老朽化し損壊している
住民は、たえず流動して一時的に滞在しない成年男性ホームレス、行商人や乞食、障害者、老人、破産者
女性と子どもの姿は見当たらない
住民の匿名性が高い
C地区──中流階級居住地区
スタンレー少年が、刑務所を出所後、里親に預けられていた地区(16歳~22歳頃)
中流階級のアメリカ生まれのアメリカ人の居住地
事業家、事務員、セールスマン、知的職業に居住する地区
シカゴ大学がある
住民の流動性は高いものの、文化的には同質的で、地域の問題に対して住民ぐるみで対処しようとする
貧困、劣悪な住居、成人犯罪、建物・道路の老朽化や損壊、少年非行は目立たない
配付資料
①継母の虐待(A地区)(p.102-3)
家族環境
父親
ポーランド生まれの農民。20歳で結婚し、アメリカに渡る。
畜舎裏のポーランド人街に家を建て、死ぬまでそこで暮らす。
背が高く物静かで勤勉だが、酒飲みで家族を虐待する
非熟練労働者として公益事業会社に20年間勤め、週12ドルから20ドル稼ぐ
初婚(ポーランドで結婚)の子ども
男3人、女2人
再婚(シカゴで結婚)の子ども
男2人、女1人
スタンレーの母親
再々婚(シカゴで結婚)の子ども
2度の結婚歴のある7人の子持ちの未亡人
継母としてスタンレーの自伝に登場する女性
男1人、女6人
継母に殴られるという予想もしていなかった恐怖
父親はスタンレーを殴る継母を止めない
継母は自分の子どもをひいきする
ご飯もまともに食べられない
②盗み(p.106-7および108-9)
盗みをすると、母親にほめられる
近所の大人たちは盗みを容認していたので、ほとんどの子どもが盗みを経験していた
盗みのうまい子どもは、他の子どもから尊敬された
③少年留置所(p.114-5)
自分の家よりも、少年留置所のほうが快適だった。家に帰りたくない
若くて野心に燃えた泥棒たちがおり、その武勇伝にスタンレーは虜になる
④アンダーワールドの誘惑(B地区)(p.146)
たむろする落伍者たちに魅力を感じ、そうした人とのやりとりはスタンレーに安堵感をもたらす
それは世間の冷たいまなざしを遮ってくれるから
⑤ジャック・ローリング(p.168-9)
4人の少年による強盗団の結成
民族的には混成チーム。パティ(アイルランド系)、マロニー(アイルランド系)、トニー(イタリア系)、スタンレー(ポーランド系)
同性愛者に対する美人局による強盗
⑥本当の犯罪者になる(p.178-9)
それまでは罪の意識はなく非行をしていたが、「犯罪者になってしまった」という自覚が芽生える
「犯罪者という自覚は、それまで一度も経験したことがなかった。そこに座って考え込んでいるうちに、俺は本物の犯罪者になってしまった。最初のうちは、まるで自分がまったくの別人になったようで恐ろしかった。」(p.178-9)
⑦先輩犯罪者の教え(p.181-3)
スタンレーより8歳年上でピストル強盗で捕まったビリーから犯罪者としての心得を学ぶ
罪を犯すときには誰も信用するな
つまらない盗みはするな。でかいヤマを狙え
⑧世間の逆風(p.200)
人びとがスタンレーを見下す
自動車事故から子どもを助けたのに、母親はスタンレーにお礼も言わない
⑨世間への恨み(p.260-1)
自分は機会に恵まれなかった。犯罪の世界しか知らない。
全然ついていない自分は、自分が生きていくために、しかたなく盗みをしてきた
自分に不利に作用する法則や状況に、復讐心や強い反感をもって生きてきただけだ
「これまで贅沢はしても決して働こうとしない同世代の世間の若者をみてきたが、俺はそんな奴らより劣るというのだろうか。他の連中が好き勝手に怠けて人生を楽しんでいるというのに、なんで俺は奴隷みたいに重労働でこきつかわれなきゃならないんだ?」(p.260-1)
⑩スミス夫人の家族と暮らす(C地区)(p.272-3および275-7)
スミス夫人に里子として預けられる
スミス夫人は、人格的にも知性的にもすばらしく、とても親切な女性だった
息子と二人の娘はスタンレーにわけへだてのない接し方をしてくれた
しかし、スタンレーはスミス夫人の家族に劣等感を感じ、「自分には場違い」と感じる。そして、家を出て行きたいと告げる。
「その家があんまり上品すぎて住みづらいといって泣き崩れ、思っていたことを口に出して言った。スミス婦人はまっすぐ立ったまま、とてもおだやかに、そして真剣に、俺が善良な人間であることはみんなと変わらないと言った。そして俺の肩をやさしくなでて、温かい言葉をかけてくれた。それが俺の心に響いた。そのとき、この世には本当に善良な人がいるんだ、こんな親切が女性がそばにいてくれるからこそ人生を生きる価値があるんだと思った。」(p.276)
⑪病院勤めと夜間学校(p.282-5)
働いていた印刷会社を辞めて、病院で実験用の動物を世話する仕事を始める
生活に見合う収入を得ることができた
職場の人たちも感じがよく親切で、仕事も面白かった
「自分を磨きたい」という意欲が出てくる
夜間学校に通い、高校レベルの学力をつけようとする
病院で働く女性の一人に恋をしたことをきっかけに、将来の幸せを夢に描くようになる
「真の生きる喜びとはなんであるかがわかりはじめると同時に、あのかつての奈落の底からこうして抜け出すことができたことを心から喜び、感謝した。」(p.285)
⑫セールスマンになり、家族を持つ(p.288-90)
セールスマンの仕事に魅力を感じ、成功する
結婚し、妻と子どもと一緒に自宅の温かくて穏やかな雰囲気のなかでくつろぐ
息子には大学を卒業して専門職に就いてほしい
「社会は子どもたちを強制的に矯正施設に収容することはできても、強制的に更生させることなどということは不可能だ。少年を更生させるためには魂を変革せねばならない。それは魂をくじくことではない。思いやりをもって少年に接することこそ功を奏するんだ。」(p.289)
「俺が更生することができたのは、シカゴ矯正施設を出たあとに接触するようになった人々のおかげだ。そして彼らを通して、今日私の妻であるその女性と出会うことができた」(p.289)
「約二年間、ストックヤードを訪れることはなかった。そこに住む人々のことを忘れてしまいたかった。そこでの生活から抜け出ることができたことをうれしく思うが、そこにいまも暮らし、俺と同じ惨めさや困難さを経験しなければならない子どもたちが気の毒だ」(p.290)
『ジャック・ローラー』のまとめ
ショウの結論
非行少年に対する現状認識
非行の原因は、社会解体地域における社会的コントロールの崩壊にある
非行少年たちは、生物学的・心理学的に異常なのではなく、彼らを周りの社会環境こそが問題
当時は、少年自身に、非行の原因があるという見方が一般的だった
非行少年は、可塑性に富んだ更生可能な存在である
社会環境を整えれば、非行少年は更生する
非行少年への対処法
少年院や刑務所などの公的な機関は、非行少年の更生に不十分である
自分は犯罪者という自覚をもったり、先輩犯罪者から犯罪のテクニックなどを学んだりする
非行防止のためには、住民参加による地域社会の組織化が不可欠である
地域社会の内部に大人と若者との架け橋、地域住民と制度との架け橋を築くことによって、若者の孤立感を解消することが大切である
博愛主義者や専門的ソーシャルワーカーによる外部からの働きだけでは不十分で、地域住民同士の連携が重要
参考文献
Shaw, Clifford R., 1930, The Jack-Roller: A Delinquent Boy's Own Story, Chicago: University of Chicago Press.(=1998, 玉井眞理子・池田寛訳 『ジャック・ローラー──ある非行少年自身の物語』 東洋館出版社.)
中野正大・宝月誠編, 2003, 『シカゴ学派の社会学』 世界思想社.
丸木泰史, 1997, 「非行少年の生活史──クリフォード・R・ショー『ジャック・ローラー──非行少年自身が語るストーリー』宝月誠・中野正大編 『シカゴ社会学の研究──初期モノグラフを読む』 恒星社厚生閣, 354-82.
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20121116地域社会学I(シカゴ学派2ショウ)
シカゴ学派社会学による都市研究2
『ジャック・ローラー』──生活史法をもちいた非行研究の古典
外国を含む多くの地域から大量の人が流入していた20世紀前半のシカゴでは、多様な文化が混在し、何が正しいかを判断する社会規範が不明瞭になっていた(=社会解体)。そうした事態は、バージェスの同心円地帯モデルの推移地帯で顕著であり、そこでは、犯罪や非行が問題となっていた。非行や犯罪の研究は、シカゴ学派社会学の主要な研究領域をなしている。
『ジャック・ローラー──ある非行少年自身の物語』の概要(Shaw 1930; 中野・宝月 2003: 187-93)
位置づけ
自伝を用いた非行少年の事例研究の古典
実際に都市で暮らす人びとの視線から都市の各地域を見る
社会的世界の記述
概要
ポーランド移民2世のスタンレー(仮名;1907年10月1日生まれ;16歳の頃に調査される; 『ジャック・ローラー』発行時は、およそ22歳)が、家出少年から、やがては「ジャック・ローラー」となり、その間に幾度も様々な施設に収容されるが、少年を更生させるショウの試みによって「まっとうな」アメリカ市民へと再社会化を果たす
ジャック・ローラー
酒に酔った者をねらって金品を奪う者
著者のClifford R. Shaw
1896年生まれ1957年没
1921年から1923年まで、シカゴ大学大学院に在籍しながら、非行少年の矯正施設で保護観察官をする
保護観察:施設に収容せず、指導監督・補導援助によって犯罪者の自発的な改善更生を図る制度
保護観察官をしているとき、『ジャック・ローラー』の主人公スタンレー少年と知り合い、自伝を書いてもらう
『ジャック・ローラー』の内容
(1) ショウによる方法論の提示──1章
自伝=著者自身の言葉がそのまま記録された1人称の物語
こうした資料をもちいて、いかに科学的な研究をおこなうか
自伝という資料の特性
自伝に反映されている彼自身の個人的態度や解釈が、事例の研究や治療に重要
(a)非行少年の主観的なものの見方
他者との関わりにおいてその少年が自己の役割をどう捉えているか、また彼が生きる状況をどう理解しているか、少年の劣等感や優越感、恐れや心配、理想や人生哲学、敵意や精神的葛藤、偏見を明らかにする
(b) 非行少年が反応する社会的・文化的状況
伝統や習慣や道徳規準、社会制度、家族、非行集団、遊び仲間などが、その非行少年の行動傾向にどのように反映しているのか
(c) 非行少年の人生における過去の一連の経験や状況
逸脱行動の傾向が形成され固定されていくその過程を連続的に明らかにする
想定されている行動のモデル
個人は、自分を取り巻く環境に、ただ単に反応するのではない。自分の価値観に照らし合わせて、環境を解釈する(=状況の定義)。そして、その状況の定義にもとづき意思決定がおこなわれ、具体的な行動がとられる。
自伝には、状況の定義から意思決定にいたる過程が、描かれている
(2) ショウによるスタンレーの背景の提示──2~3章
逮捕・拘留の公式記録、職歴と学歴の記録、地域社会の特徴、家族的な背景
自伝を誤って解釈しないために、自伝に書かれた経験や状況を一層確実に解釈する基盤となる補足的事例が不可欠
スタンレーは、父親の再婚相手の女性との間に生まれた。スタンレーが4歳の時、実母が死亡。その数ヶ月後に、父親は3回目の結婚
(3) スタンレー自身による自己の物語──4~12章
継母の虐待 → 家出の繰り返し → 盗み → ジャック・ローリング → 少年院 → 出所 → 旅行 → 恋愛 → ジャック・ローリング → 刑務所 → 出所 → ショウの元を訪れる
4章:スタンレーは、継母の虐待と差別により、家庭内にいられない。年長者たちの非行集団に加わり、盗みを日常茶飯事として行う。継母の恐ろしさのため、家出をする。
5章:街を放浪していると捕まり、少年留置所に入れられる。少年留置所は、継母の家に比べれば、天国。
6章:聖チャールズ教護院での生存競争に適応し、生活する。釈放と収監の繰り返し。合計5年間、聖チャールズ教護院で過ごす。
7章:聖チャールズ教護院を仮釈放後、しばらく継母と暮らし、仕事をするが、給料をすべて継母が持っていってしまうので、家を出る。街でお金を浪費する。ジャック・ローリングを始める。まともに働く。旅に出る。再び、ジャック・ローリングをする。逮捕され、裁判。イリノイ州立感化院(ポアンティック)に送られる。15歳。
8章:感化院で1年間過ごす。
9章:出所後、姉の家に下宿しながら、仕事をする。世間の逆風、退屈な毎日。仕事仲間のバディが、スタンレーを悪い遊びに誘う。姉の家を出て、バディと暮らす。
10章:バディと旅に出るが、途中で仲違い。スタンレーは、下宿をして、その家の娘ルースと恋仲になる。しかし、バディの服を盗んだ罪で、ルースと別れ、街を出なければならなくなる。
11章:シカゴに戻り、再びジャック・ローリングを始める。ギャンブルにはまる。ジャック・ローリングで逮捕され、裁判。ブライドウェルの矯正施設に禁固1年。
12章:1年間のブラインドウェル暮らしで、心身共に衰弱する。世間に対する恨みをつのらせる
(4) ショウによるスタンレーの治療方針とその後の経過──13章
スタンレーは、出所後、スミス夫人の家に暮らす。彼女らに見守られながら、病院で実験用の動物の世話をする仕事をしながら、夜間高校に通う。やがて、恋人ができ、セールスマンとして成功し、結婚する。父親として、子どもの幸せを願う。
スタンレーとショウの定期的な面談におけるスタンレーの言葉の要旨からショウが再構成
ショウによる治療方針
スタンレーへの見方
知性は平均的で、健康についても標準的
具体的な治療の手順
逸脱的でないコミュニティにスタンレーの里親を探す
職業指導
非逸脱的な同年輩の集団との接触
最初の2年間は、ショウが、少なくとも週に1度スタンレーと接触する
スタンレーの居住地──A・B・C地区
A地区──畜舎裏(バック・オブ・ザ・ヤード)
スタンレー少年が生まれ、幼少期を過ごした地区
精肉・野菜などの缶詰の大規模な工場、および、一部の中央工業地帯
住民は、これらの工場で働く非熟練労働者とその家族
大気は煤煙で汚れ、畜舎から嫌な臭いがたえず漂ってくる
B地区──安宿地区
スタンレー少年が、ジャック・ローリングなどの非行をおこなっていた地区
木賃宿、安ホテル、質屋、古道具屋、売春宿、ダンスホール、犯罪者のたまり場
建物、道路が老朽化し損壊している
住民は、たえず流動して一時的に滞在しない成年男性ホームレス、行商人や乞食、障害者、老人、破産者
女性と子どもの姿は見当たらない
住民の匿名性が高い
C地区──中流階級居住地区
スタンレー少年が、刑務所を出所後、里親に預けられていた地区(16歳~22歳頃)
中流階級のアメリカ生まれのアメリカ人の居住地
事業家、事務員、セールスマン、知的職業に居住する地区
シカゴ大学がある
住民の流動性は高いものの、文化的には同質的で、地域の問題に対して住民ぐるみで対処しようとする
貧困、劣悪な住居、成人犯罪、建物・道路の老朽化や損壊、少年非行は目立たない
配付資料
①継母の虐待(A地区)(p.102-3)
家族環境
父親
ポーランド生まれの農民。20歳で結婚し、アメリカに渡る。
畜舎裏のポーランド人街に家を建て、死ぬまでそこで暮らす。
背が高く物静かで勤勉だが、酒飲みで家族を虐待する
非熟練労働者として公益事業会社に20年間勤め、週12ドルから20ドル稼ぐ
初婚(ポーランドで結婚)の子ども
男3人、女2人
再婚(シカゴで結婚)の子ども
男2人、女1人
スタンレーの母親
再々婚(シカゴで結婚)の子ども
2度の結婚歴のある7人の子持ちの未亡人
継母としてスタンレーの自伝に登場する女性
男1人、女6人
継母に殴られるという予想もしていなかった恐怖
父親はスタンレーを殴る継母を止めない
継母は自分の子どもをひいきする
ご飯もまともに食べられない
②盗み(p.106-7および108-9)
盗みをすると、母親にほめられる
近所の大人たちは盗みを容認していたので、ほとんどの子どもが盗みを経験していた
盗みのうまい子どもは、他の子どもから尊敬された
③少年留置所(p.114-5)
自分の家よりも、少年留置所のほうが快適だった。家に帰りたくない
若くて野心に燃えた泥棒たちがおり、その武勇伝にスタンレーは虜になる
④アンダーワールドの誘惑(B地区)(p.146)
たむろする落伍者たちに魅力を感じ、そうした人とのやりとりはスタンレーに安堵感をもたらす
それは世間の冷たいまなざしを遮ってくれるから
⑤ジャック・ローリング(p.168-9)
4人の少年による強盗団の結成
民族的には混成チーム。パティ(アイルランド系)、マロニー(アイルランド系)、トニー(イタリア系)、スタンレー(ポーランド系)
同性愛者に対する美人局による強盗
⑥本当の犯罪者になる(p.178-9)
それまでは罪の意識はなく非行をしていたが、「犯罪者になってしまった」という自覚が芽生える
「犯罪者という自覚は、それまで一度も経験したことがなかった。そこに座って考え込んでいるうちに、俺は本物の犯罪者になってしまった。最初のうちは、まるで自分がまったくの別人になったようで恐ろしかった。」(p.178-9)
⑦先輩犯罪者の教え(p.181-3)
スタンレーより8歳年上でピストル強盗で捕まったビリーから犯罪者としての心得を学ぶ
罪を犯すときには誰も信用するな
つまらない盗みはするな。でかいヤマを狙え
⑧世間の逆風(p.200)
人びとがスタンレーを見下す
自動車事故から子どもを助けたのに、母親はスタンレーにお礼も言わない
⑨世間への恨み(p.260-1)
自分は機会に恵まれなかった。犯罪の世界しか知らない。
全然ついていない自分は、自分が生きていくために、しかたなく盗みをしてきた
自分に不利に作用する法則や状況に、復讐心や強い反感をもって生きてきただけだ
「これまで贅沢はしても決して働こうとしない同世代の世間の若者をみてきたが、俺はそんな奴らより劣るというのだろうか。他の連中が好き勝手に怠けて人生を楽しんでいるというのに、なんで俺は奴隷みたいに重労働でこきつかわれなきゃならないんだ?」(p.260-1)
⑩スミス夫人の家族と暮らす(C地区)(p.272-3および275-7)
スミス夫人に里子として預けられる
スミス夫人は、人格的にも知性的にもすばらしく、とても親切な女性だった
息子と二人の娘はスタンレーにわけへだてのない接し方をしてくれた
しかし、スタンレーはスミス夫人の家族に劣等感を感じ、「自分には場違い」と感じる。そして、家を出て行きたいと告げる。
「その家があんまり上品すぎて住みづらいといって泣き崩れ、思っていたことを口に出して言った。スミス婦人はまっすぐ立ったまま、とてもおだやかに、そして真剣に、俺が善良な人間であることはみんなと変わらないと言った。そして俺の肩をやさしくなでて、温かい言葉をかけてくれた。それが俺の心に響いた。そのとき、この世には本当に善良な人がいるんだ、こんな親切が女性がそばにいてくれるからこそ人生を生きる価値があるんだと思った。」(p.276)
⑪病院勤めと夜間学校(p.282-5)
働いていた印刷会社を辞めて、病院で実験用の動物を世話する仕事を始める
生活に見合う収入を得ることができた
職場の人たちも感じがよく親切で、仕事も面白かった
「自分を磨きたい」という意欲が出てくる
夜間学校に通い、高校レベルの学力をつけようとする
病院で働く女性の一人に恋をしたことをきっかけに、将来の幸せを夢に描くようになる
「真の生きる喜びとはなんであるかがわかりはじめると同時に、あのかつての奈落の底からこうして抜け出すことができたことを心から喜び、感謝した。」(p.285)
⑫セールスマンになり、家族を持つ(p.288-90)
セールスマンの仕事に魅力を感じ、成功する
結婚し、妻と子どもと一緒に自宅の温かくて穏やかな雰囲気のなかでくつろぐ
息子には大学を卒業して専門職に就いてほしい
「社会は子どもたちを強制的に矯正施設に収容することはできても、強制的に更生させることなどということは不可能だ。少年を更生させるためには魂を変革せねばならない。それは魂をくじくことではない。思いやりをもって少年に接することこそ功を奏するんだ。」(p.289)
「俺が更生することができたのは、シカゴ矯正施設を出たあとに接触するようになった人々のおかげだ。そして彼らを通して、今日私の妻であるその女性と出会うことができた」(p.289)
「約二年間、ストックヤードを訪れることはなかった。そこに住む人々のことを忘れてしまいたかった。そこでの生活から抜け出ることができたことをうれしく思うが、そこにいまも暮らし、俺と同じ惨めさや困難さを経験しなければならない子どもたちが気の毒だ」(p.290)
『ジャック・ローラー』のまとめ
ショウの結論
非行少年に対する現状認識
非行の原因は、社会解体地域における社会的コントロールの崩壊にある
非行少年たちは、生物学的・心理学的に異常なのではなく、彼らを周りの社会環境こそが問題
当時は、少年自身に、非行の原因があるという見方が一般的だった
非行少年は、可塑性に富んだ更生可能な存在である
社会環境を整えれば、非行少年は更生する
非行少年への対処法
少年院や刑務所などの公的な機関は、非行少年の更生に不十分である
自分は犯罪者という自覚をもったり、先輩犯罪者から犯罪のテクニックなどを学んだりする
非行防止のためには、住民参加による地域社会の組織化が不可欠である
地域社会の内部に大人と若者との架け橋、地域住民と制度との架け橋を築くことによって、若者の孤立感を解消することが大切である
博愛主義者や専門的ソーシャルワーカーによる外部からの働きだけでは不十分で、地域住民同士の連携が重要
参考文献
Shaw, Clifford R., 1930, The Jack-Roller: A Delinquent Boy's Own Story, Chicago: University of Chicago Press.(=1998, 玉井眞理子・池田寛訳 『ジャック・ローラー──ある非行少年自身の物語』 東洋館出版社.)
中野正大・宝月誠編, 2003, 『シカゴ学派の社会学』 世界思想社.
丸木泰史, 1997, 「非行少年の生活史──クリフォード・R・ショー『ジャック・ローラー──非行少年自身が語るストーリー』宝月誠・中野正大編 『シカゴ社会学の研究──初期モノグラフを読む』 恒星社厚生閣, 354-82.
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