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誇れる世界一世界中の研究者が注目する角田宇宙センターの高温衝撃風洞(HIEST)
丹野 英幸
1992年入社
工学研究科修了
研究開発部門 第四研究ユニット
研究領域主幹
REASON入社の理由
「日本版スペースシャトル計画」に携わるが……
大学院では、衝撃波を研究していました。旧航空宇宙技術研究所(NAL)を志望し、国家公務員試験に合格し、入る権利は保持していましたが、研究員の空きができるまで一旦一般企業に入社し、発電用蒸気タービンの設計に携わっていました。同年度内に急遽枠が空き、NALに入ることができました。
1980年代後半、国際宇宙ステーション(ISS)に物資を運ぶ「無人有翼往還機(HOPE)」の研究開発が始動しました。当時は「日本版スペースシャトル計画」とも呼ばれる巨大プロジェクトでした。その実現に向けて、再突入の試験設備が角田宇宙センターに建設されることになり、私もその研究に携わることになりました。設備設計の大枠が定まった1996年、オーストラリアのクイーンズランド大学へ渡り、我々が計画していた高温衝撃風洞の元々の考案者である著名な教授の下、2年間客員研究員として過ごしました。帰国し、設備が完成したタイミングで、日本経済は急激に縮小し、2000年に「日本版スペースシャトル計画」は凍結となりました。
WORKわたしの仕事
世界最高性能の風洞で研究を 世界各国へ果敢にアピール
完成したのは世界最高性能の高温衝撃風洞で、宇宙から帰還する宇宙往還機や大気圏突入カプセル等の大気圏再突入環境を模擬できる世界最大の風洞設備です。しかしながら、当初のHOPE計画そのものが事実上の中止となり、全長100mもあるこの設備は維持管理費だけがかかる負の資産となりかねませんでした。取り壊しもささやかれる中、私は世界中を巡り、高性能を誇るこの風洞の利用と共同研究を呼びかけたのです。
アメリカ、ヨーロッパ諸国、オーストラリア、インドを訪れましたが、「同じような設備がある」と、冷ややかな対応をする国もありました。ただ、欧州だけは感触が良く、「やりましょうか」と呼びかけに応えてくれたのです。2013年に欧州共同体との共同研究が始まり、やがて「日本に一番速い気流速度が出せる風洞がある、使えそうだね。大型模型が使用でき、より精度の高いデータが得られる」と世界に知られるところとなります。さらに追い風となったのは、米国が政権交代により世界と協調・協力していく機運に。NASAから「まだ共同研究をやる気はあるか?」とのメールが届き、ジョンソンスペースセンターへ駆けつけました。表敬訪問のつもりでいましたが、その場で副所長にプレゼンをすることになり、急遽その場で資料を作成しました。幹部4、5名の前でプレゼンを行い、即決。JAXAとのSpace Act Agreementの枠組みで共同研究が実現したのです。こんなに早く決まることはそうそうない、というのは後ほどNASAの担当者に聞いたこと。NASAが利用しているとなると、評判が評判を呼び、ドイツ各州、ベルギー(VKI)、仏(ONERA)、オーストラリア、そして英国・米国の有名大学と「高温衝撃風洞コミュニティ」は拡大していきました。
高温衝撃風洞が完成してから22年。今は風洞設備開発の他、計測技術開発、極超音速空気力学研究にも携わっています。海外の学会や招待講演、共同研究の打ち合わせと、今でも世界中を飛び回っています。学会で質問をしてくるような研究者は同じようなことを考えていて、「馬が合えば」更に共同研究の輪は広がります。決して英語が堪能という訳ではありませんが、時には意見が食い違い全面否定されても自分の信念は曲げません。失敗の連続であったとしても、自らの理論が証明された時には、相手からはより強い信頼を得られるのです。ふと気づくと世界で我々だけが持つ独自の技術が完成しており、逆に驚いたりする今日この頃です。
FUTURE将来の想い
「研究者はちょっと鈍いぐらいがちょうどいい」
退官も数年後に控え、後進の育成も視野に入れねばなりません。これまでの経験から成長したと思ったことはありませんが、変化はあります。物理現象に限らず、人間社会も含めて全ての事象はそんなに複雑ではないと考えるようになりました。「研究者はちょっと鈍いぐらいがちょうどいい」とは尊敬する先生の言葉ですが、いわゆる利口さと研究成果が得られるかどうかの相関は弱いと考えています。マスターピースとなり得るような研究成果はそう簡単には出ません。実験が上手くいかなくても、数値計算結果が物理的におかしくても、学会で発表を聞いてくれる人数が少なくても、もうちょっと頑張ってほしい。また、研究は自分の専門分野で完結せず、専門外の研究にも果敢にアタックしていってほしいと思います。
「昔からこうだから」と硬直的な専門家ではなく、他の分野への好奇心が強く柔軟な発想の人間が続いてくれることを望みます。そういう意味では文系・理系は問いません。
CAREER PATHキャリアパス
入社してからこれまでのキャリア
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1st year
航空宇宙技術研究所(NAL)に入社
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5th year
豪州クイーンズランド大学 客員研究員に就任する
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12th year
総合技術研究本部 宇宙推進技術共同センター主任研究員に就任する
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16th year
宇宙基幹システム本部 宇宙輸送系推進技術研究開発センター 先進技術研究グループに配属
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19th year
小惑星探査機「はやぶさ」帰還カプセルの観測において
NASA他諸外国研究者と共同で航空機から、秒速12㎞で再突入したカプセルの分光観測を行う。
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24th year
研究開発部門第四研究ユニット 研究領域リーダに就任する
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25th year
研究開発部門第四研究ユニット 研究領域主幹に就任する
東北大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻 客員教授に就任する。
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29th year
小惑星探査機「はやぶさ2」帰還カプセルの観測において
NASAと共同で航空機から、秒速12㎞で再突入したカプセルの分光観測を行う。
THE OTHER SIDE OF THE MOON私の一面
欧州の研究者も「飲みにケーション」が好きで、そういう意味では日本人と共通します。来日して美味しい刺身を食べるのを楽しみにしている模様。活造りには抵抗があるようですが(笑)。
NASA研究者に見せて前のめりになったのは、愛車ケイターハム・スーパーセブンの写真です。60年前に設計されたキャブレター式車両なので、走行を続けるためのメンテナンスは必須。走っている時間より修理している時間の方が圧倒的に長いです。人にお願いしたら幾らかかるかわからないので、自ら分解して修理します。