矢印について
アレクセイと側近一同は、長居はしなかった。
アレクセイは生徒会役員たちと少しばかり言葉を交わし、学園祭を評価する言葉をかけ、舞踏会も期待していると伝えたのみ。
……どう見ても生徒の一人ではなく、上司ですらなく、重役とか社長とか会長とか、偉い人の対応である。
アーロンはエカテリーナの推察通り元生徒会長だったので、OBとして舞踏会運営のアドバイスを伝えた。ハリルは商業流通長として、外部への発注についてアドバイスをくれた。
生徒会役員の努力と実力が評価される様子を見て、エカテリーナは社畜のトラウマが癒される思いで喜んでいる。
特に生徒会長は、ノヴァクまで加わった一同に囲まれて、なにやらじっくり検分されているような雰囲気だった。そこはかとなく、圧が感じられるような。
さすが皆さん。調整型リーダーとして、生徒会長はなかなかの人材ですよね!
うちに勧誘しちゃうのかも?
と、エカテリーナは思っている。
そこへ、アリスタルフのこんな言葉が聞こえてきた。
「花の美しさには心を奪われますが……身の程はわきまえておりますので」
ほほう、とエカテリーナは考える。
花。身の程。
花って、うちの薔薇園のことかしら。もしかして、ユールノヴァ家に就職を打診された?
心を奪われるって、生徒会長もちょっといいなと思ったのかな。でも、生徒会役員には国の役所からスカウトが来るそうだし、そこで下っ端から頑張りますっていうことか。
やっぱり貴族の会話って暗喩が多いんだなー。
という残念な結論に落ち着いて、本人は納得するのであった。
これだけ考えられるのに、なぜ何かにだけは気付かないのか……。
残念はどこまでも続く。
そんな一幕はあったものの、生徒会役員たちはおおむね満足そうに帰っていった。
ユールノヴァ邸の訪問を一番楽しんだのは、紅一点の書記だったかもしれない。ワインで少々口が軽くなった彼女がエカテリーナに打ち明けたところによると、アレクセイファンの三年生女子の間では、アーロンやハリルら側近たちもなかなかの人気なのだそうだ。
うむ。お兄様の側仕えの皆さんは、イケメン揃いですからね。高校生のお姉様方から見ると、大人の魅力があるでしょうし。
……セルゲイお祖父様って、ちょっと面食いだったのかしら。
ちらっときざした疑惑は、書記がぼそっと呟いた言葉により吹っ飛ぶ。
「閣下にはもう殿方とご一緒していただきたい、とおっしゃる方のお気持ちも、解った頃がありましたわ……」
……。
えっと。
あれですね、男性アイドルグループ推しによくあった、ずっとみんなでわちゃわちゃしていてほしいっていう願望ですよね。
でもなんとなく、幕末の新撰組と同時代に彼らの近所に住んでいた女性が、彼らをネタにBL小説を書いていたというびっくりニュースを思い出してしまったのはなぜなのかしら……。
フタをして封印しよう。そうしよう。
その夜。
アレクセイとともに夕餉を取りながら、エカテリーナは生徒会役員たちに言葉をかけてくれたことについて、礼を言った。
「お兄様がいらしてくださって、皆様、喜んでおられたことと存じます。よき助言にも感謝いたしますわ」
「お前が喜んでくれて何よりだ」
そう言ったアレクセイは、ひとつ咳払いをする。
「その……お前は、生徒会を気にかけているようだが。もしや、気に入っている者でもいるのか?あの会長は、なかなか人望が厚いようだが……」
「まあ、さようでございますの。わたくしも、あの方はすぐれた資質をお持ちのお方と、お見受けいたしましたわ」
エカテリーナはにっこり笑った。
生徒会長だもの、人望厚いのは当然ですが、お兄様をはじめうちの幹部の皆さんに評価されるってすごいですよ。
「……側に置きたい……といった気持ちはあるか?」
「側に、と仰せになりまして?」
エカテリーナは首を傾げる。
これは、本気で生徒会長をユールノヴァ家に引き入れる検討をしているわけですね。
私が、ぜひ!なんて言ったら、きっとすごい高待遇で勧誘してくれちゃうに違いない。お兄様シスコンだから。
でも本人の希望も大事だと思いますし、ちょっと思うこともある。
「良い人材を集めることは大切と存じますわ。ですけれど、生徒会の方々は我が国の役所へお入りになることが通例と聞き及びます。あの方が役人におなりになれば、いずれ頭角を現してこられることでしょう。お兄様やミハイル様が皇国を導く頃に、手を携えて政策を進める助けとなってくれることかと……」
他の部署とか他社とかに、話の通じる人がいるってすごくありがたいことでしたから。生徒会長が役人志望なら、そっちで頑張ってもらうのもアリではないでしょうか。
ユールノヴァ公爵家と縁があるというのは、生徒会長にとってもキャリアを築く上でプラスになるはずですし。Win–Winでお互い助け合える。うん、イイ!
「舞踏会を盛り立てることで学園のお役に立ち、さらに将来お兄様のお仕事に役立つご縁を得ることができれば、わたくし本当に嬉しゅうございますわ。お兄様の助けが増えれば、お忙しさが減りますもの。お身体に障ることもなくなりましょう」
お兄様を過労死から守る!
生まれ変わったこの人生の、最大のミッション。最近、学園での人間関係が広がってそっちにかかりきりになってしまっていたけど、巡り巡って役に立つかもしれない。よかった!
「そ、そうか」
明らかにほっとした様子で、アレクセイは笑顔になった。
「そんな将来まで、考えてくれていたのか。お前は本当に聡明な子だ……だが、自分のことももっと考えてくれ。お前が自分の将来について望むことがあるなら、私はどんなことでもしよう」
「ありがとう存じます。でも、わたくしの望みはお兄様がお元気で、幸せでいらしてくださることだけですのよ」
だって私は、ブラコンですから!
「ありがとう……それほど聡明なのに、こういうところはあいかわらずお前は子供だな」
アレクセイになぜそう言われたのか解らず、首を傾げるエカテリーナ。
とはいえアレクセイも、自分をめぐっておかしな願望が蔓延っていたとは露ほども気付いていない。
人並外れた洞察力の持ち主なのに、ある種の矢印にはなぜかさっぱり気付かない。
あいかわらずの、似た者兄妹であった。
本作、300話となりました。
読んでくださる皆様、本当にありがとうございます。
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