ギレリス 1916~1985 GILELS S ロシア |
「鋼鉄の腕を持つ」と称されたギレリス。これは打鍵の強さや強靭な技巧の錬磨を表現したも
のです。ロシア生まれのピアニストで、「ロシア楽派」の本流を歩んだ人でした。
よって、演奏は打鍵の強さによる、力強く、厚みのあるスタイルでした。
本領は晩年に発揮されます。若々しさがなくなり、円みを帯びていきましたが、円熟期に入っ
て表現に深みを増していきました。70年代から80年代にかけての、ベートーヴェン演奏は、
ベートーヴェンの大家バックハウスと並び最高の評価を得ました。
ベートーヴェンのピアノ・ソナタは、ギレリスのCDを選べばまず間違いはないというくらい
高い評価を得ています。
ここでのギレリスの演奏は、従来からの強靭なタッチに加え、強弱のバランスが大きく、誠に
華やかなベートーヴェンで、バックハウスとは対照的なスタイルです。
よく言われることですが、ギレリスはベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集録音を完成させる
ことなく亡くなってしまいました。ですが、「3大ピアノ・ソナタ」や「田園」「テンペスト」
「ワルトシュタイン」などの有名な作品の録音を遺してくれたのは不幸中の幸いです。
ショパン「ピアノ・ソナタ第3番」
☆推薦盤☆
・ブラームス ピアノ協奏曲第1番/ヨッフム(72)(グラモフォン) S
・ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」/(80)(グラモフォン) 伝
・ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第14番「月光」/(80)(グラモフォン) A
・ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第23番「熱情」/(73)(グラモフォン) S
・ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」/(81)(グラモフォン)伝
・ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第21番「ワルトシュタイン」/(72)( 〃 )伝
・ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」/(82)(〃)A
*ベートーヴェンの「悲愴」と「月光」と「熱情」は同じCDです。
*ベートーヴェンの「テンペスト」と「ワルトシュタイン」は同じCDです。
<タッチ強><華やか>
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フランソワ 1924~1970 FRANSOIS A ドイツ⇒フランス |
フランソワは第二次世界大戦後のフランスにおける代表的なピアニストの一人です。5歳でピ
アノを始めた頃は天才と呼ばれ、コルトーに見出だされて本格的にピアノの道に進みました。
フランソワの特徴は、ムラッ気なところで、気分次第で演奏の出来不出来が激しいと言われて
います。アルゲリッチも気分次第のところがある代表的なピアニストですが、想像を絶する凄
演はあるものの、駄演という程のひどい演奏はしません。ですがフランソワは、気分が乗らな
い時は、明らかに弾く気がないような演奏をするという欠点があったそうです。
それゆえ、同じ作品でもCDを何枚も出していることが多いのですが、ここに挙げた推薦盤は、
気分が乗ったときの演奏なのでしょう。
また、演奏曲の選択にこだわりがあったことでも有名です。「ベートーヴェンは自分に合わな
い」と言って結局録音は残っていませんし、「モーツァルトなら受け入れてやってもいい」と
いう暴言に近い発言をしたというエピソードもあります。
主なレパートリーは、ショパン、ドビュッシー、ラヴェルで、特にショパンには名盤が多いで
す。
悪く言えば我がまま放題かもしれませんが、いかにも19世紀的な、古風な、個性溢れるピア
ニストでした。そんなフランソワは「鬼才」と呼ばれています。
ショパン「バラード」第4番
☆推薦盤☆
・ショパン ピアノ協奏曲第2番/フレモー(65)(エラート) A
・ショパン 前奏曲集/(59)(エラート) A
・ショパン 即興曲集/(57)(エラート) A
・ショパン 夜想曲集/(65、67)(エラート) A
・ショパン 練習曲集/(58、59、66)(エラート) A
・ショパン ポロネーズ集/(68)(エラート) A
・ショパン ワルツ集/(63)(エラート) A
・ショパン マズルカ集/(57)(EMI) A
・ショパン バラード/(54)(エラート) A
・ショパン スケルツォ/(55)(エラート) A
・ショパン ピアノ・ソナタ第2番「葬送」/(64)(エラート) A
・ドビュッシー 「映像」第1&第2集(68~70)(ワーナー) A
・ドビュッシー 子供の領分/(68)(ワーナー) A
・ラヴェル ピアノ協奏曲/クリュイタンス(59)(ワーナー) SS
・ラヴェル 夜のガスパール/(66、67)(ワーナー) A
*ショパンの前奏曲集と即興曲集は同じCDです。
*ショパンのバラードとスケルツォは同じCDです。
<不安定><ショパン○><ドビュッシー○><ラヴェル○>
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ブレンデル 1931~ BRENDEL A クロアチア⇒オーストリア |
ブレンデルは2008年をもって、高齢のために演奏活動は引退しました。
日本ではポリーニやアルゲリッチほどの人気はありませんでした。来日の機会が少なかったこ
ともあるのでしょう。しかし、本場のヨーロッパでは、両者に匹敵するほどの評価を得ました。
とりたてて華麗さや派手さがなく、中庸をいくピアニストですが、日本ではとにかく評論家ウ
ケがいいピアニストです。主にベートーヴェン、ブラームス、シューベルトなどのドイツ&オ
ーストリア系の作曲家の作品をレパートリーとしていますが、協奏曲にしてもソナタにしても、
名盤を多く輩出しています。
世界的な名声を得るようになったのは60年代からで、70年にフィリップスと専属契約を結
んでから、録音によって一気に評価が高まりました。推薦盤に挙げたCDは80年代から90
年代のものが多いですので、晩年になって更に評価を増したことになります。
決して花形のスター演奏家ではありませんでしたが、秘めた実力は世界でも屈指のピアニスト
です。
ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第5番『皇帝』」全楽章
☆推薦盤☆
・シューベルト ピアノ五重奏曲「ます」/クリーヴランドSQ(77)(デッカ) S
・シューベルト ピアノ五重奏曲「ます」/ツェートマイヤー(Vn)(94)(デッカ)S
・シューベルト ピアノ・ソナタ第21番/(08)(フィリップス) A
・ベートーヴェン ピアノ協奏曲第3番/ラトル(98)(デッカ) A
・ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」/レヴァイン(83)(デッカ) A
・ベートーヴェン ピアノと管楽のための五重奏曲/ホリガー他(86)(デッカ) A
<万能型>
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ホロヴィッツ 1904~1989 HOROWITZ S ウクライナ |
ホロヴィッツが活躍した当時は極上のテクニシャンでした。ヴァイオリニストのハイフェッツ
と同様、人間業を超えたテクニックの持ち主でした。それに、ただ上手いだけのピアニストだ
ったわけではなく、卓越した表現力も備わっていたのですから、ハイフェッツと同じく、鬼に
金棒です。ホロヴィッツは20世紀屈指の大ピアニストです。
何と6歳の時に、すでにピアニストとして完成していると言われたという話があります。恐ろ
しいほどの天才児でした。
しかし、晩年はテクニックはもちろん、表現の衰えもひどかったというのも事実です。初来日
の際は、世界的大ピアニストの生演奏が聴けるということで大変な注目を浴びましたが、既に
テクニックの衰えはひどく、日本の聴衆の期待を裏切る形になってしまったと言われています。
「ひびの入った骨董品」などという迷言で中傷されたそうですが、天才肌のピアニストだけに
同情を禁じえない面があります。年齢に勝てる人などいないのですから。
それにしても全盛期の演奏は凄いです。凄演と言おうか猛演と言おうか、鬼気迫る音の嵐に心
打たれないものはいないだろうと言っても過言ではないほどです。録音が古いのが残念ですが、
一度でいいから聴いて頂きたいです。
本当のピアニズムというものはどういうものであるかがお分かり頂けると思うのです。
推薦盤は評価の高いものを挙げましたが、ホロヴィッツのCDで良いものとなれば、せいぜい
1970年前後までという声が多いです。
ちなみに、妻は大指揮者トスカニーニの娘です。この、義父とのコンビによる共演は、音は古
いですが、まさに超人的な凄演です。
ショパン「ワルツ 作品64-2」
☆推薦盤☆
・シューマン 子供の情景/(62)(SONY) SS
・チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番/トスカニーニ(41)(RCA) A
・ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第14番「月光」(72)(SONY) A
・ムソルグスキー 展覧会の絵/(51)(RCA) S
・ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番/ライナー(51)(RCA) SS
*チャイコフスキーとムソルグスキーは同じCDです。
<超技巧派><情熱><レパートリー広>
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ミケランジェリ 1920~1995 MICHELANGELI A イタリア |
20世紀に活躍したピアニストの中で、「個性の強さ」といったらミケランジェリは筆頭候補
ですが、それは演奏以外の色々な面でも個性的な人物であったことを指しています。
まずは、キャンセル魔と呼ばれていたことです。指揮者ではカルロス・クライバー、同じピア
ニストではアルゲリッチが同罪を犯したことで知られていますが、ミケランジェリはそれ以上
だったようでして、20世紀最大のキャンセル魔というくらいだったと言われています。
次は、極端にレパートリーが少なかったことですが、本人が言うには、自身が、既にこれ以上
の名演奏はないと思ったものには、「今更私が弾く必要はない」と言い、一切、手をつけなか
ったそうです。具体的には、ラフマニノフのピアノ協奏曲について、第2番では作曲者自身の、
第3番ではホロヴィッツの演奏を挙げています。
現役であった当時、本場のヨーロッパでは、「ミケランジェリを聴いた」と言うと、「プログ
ラムはA?B?それとも、もしかしてCでもやったの?」というジョークが流行ったこともあ
るほどレパートリーが狭かったというエピソードもあります。
また次には、ピアノに関して相当な神経質であったということです。何と演奏会場にピアノ2
台を持参し、調律師4人を連れていったのですが、結局納得のいく音が出せず、本番は中止に
なったという話も残っています。もちろん、悪意はありません。
最後に、演奏面に関してですが、完璧主義で、リヒテルのように高音のタッチが雑になること
を極端に嫌い、たとえテンポが遅くなろうともミスタッチのない演奏を信条としました。その
ミスタッチの少なさは、20世紀最高のテクニシャンの一人と言われたホロヴィッツにたとえ
られました。また、録音を極端に嫌っていた点など、我がままと言えばそれまでですが、美学
の表れなのでしょう。
以上のことに低通するのは、ミケランジェリは自分が完全に納得する状態でないと演奏をしな
かったという音楽哲学を持ったピアニストであったということです。それゆえ、CDも数は少
ないのですが、残されたものはみな評価が高いです。とりわけ、ドビュッシーにおいては他の
追随を全く許さないほどのスペシャリストです。
ドビュッシー「子供の領分」
☆推薦盤☆
・ドビュッシー 「映像」第1&第2集/(71)(グラモフォン) S
・ドビュッシー 前奏曲集 第1&第2/(78、88)(グラモフォン) S
・ドビュッシー 組曲「子供の領分」/(71)(グラモフォン) S
・ベートーヴェン ピアノ協奏曲第3番/ジュリーニ(79)(グラモフォン) A
・ラヴェル ピアノ協奏曲/グラチス(57)(ワーナー) A
<技巧派><超安定><レパートリー狭><ドビュッシー◎>
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リヒテル 1915~1997 RICHTER S ロシア |
冷戦当時、ドイツ、イタリア、オーストリアなどのヨーロッパのクラシック主要国において、
神格化されたピアニストがいました。旧ソ連と西側諸国には「鉄のカーテン」と呼ばれる大き
な壁があったのですが、いち早く西側に進出したギレリスなどとは逆で、リヒテルはしばらく
ソ連から出ず、西側とは交流を持たなかったため、西側諸国では「カーテンの向こうに凄いピ
アニストがいるらしい」という風評だけが先走り、神格化されたのです。
リヒテルは間違いなく20世紀を代表するピアニストですが、好みの分かれるピアニストでは
ないでしょうか。と言いますのも、曲によって出来、不出来が激しいからです。リヒテルはロ
シアのピアニストで、同じロシアのギレリスと同様、打鍵の強さで演奏する「ロシア学派」の
タイプのピアニストです。
よって芸風は「ロシア学派」を受け継ぐもので、高音は打鍵の強さで弾くため、大味で、雑な
印象を与えます。逆に低音の繊細な部分は絶妙のタッチを見せます。リヒテル自身、ピアニッ
シモに相当こだわりがあったようです。この点が、曲によって出来、不出来が激しい理由とい
うことになるでしょうか。
推薦盤に挙げた中では、お国ものだからなのか、ラフマニノフのコンチェルトはまさに芸風に
合っていて素晴らしいです。特にこの作品の核心である第2楽章の繊細な演奏は、メランコリ
ックなラフマニノフの音そのものでして、この作品の代名詞ともなっている決定的名盤です。
ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」第1楽章
☆推薦盤☆
・グリーグ ピアノ協奏曲/マタチッチ(74)(ワーナー) S
・シューベルト ピアノ五重奏曲「ます」/ボロディンSQ団員他(80)(ワーナー)A
・シューベルト ピアノ・ソナタ第21番/(72)(メロディア) A
・チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番/カラヤン(62)(グラモフォン) S
・バッハ 平均律クラヴィーア曲集/(70~73)(SONY) S
・ベートーヴェン ピアノソナタ第23番「熱情」/(60)(RCA) S
・ベートーヴェン ピアノソナタ第17番「テンペスト」/(61)(ワーナー) S
・ムソルグスキー 展覧会の絵/(58)(デッカ) A
・ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番/ヴィスロツキ(60)(グラモフォン) SS
・リスト ピアノ協奏曲第1番/コンドラシン(61)(デッカ) A
*チャイコフスキーとラフマニノフは同じCDです。
<高音タッチ強><低音タッチ繊細><不安定><レパートリー広>
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