NHK長崎 五島列島で“尖閣諸島念頭”の特殊訓練
- 2022年11月18日
豊かな自然に恵まれた長崎県の五島列島。
いま、朝ドラ「舞いあがれ!」の舞台のひとつにもなっています。
五島列島の小さな島に突然、迷彩服や武器を身につけた集団が姿を現しました。周辺には、大型船やヘリコプターも。その島は、ニュースで見たことがある、“あの島”に似た形をしています。
島で行われたのは、各機関が「一切お答えできない」と秘匿する特殊訓練でした。
初めての撮影“秘匿訓練”
11月11日午前10時半ごろ。
五島列島の南側にある福江島の沖合およそ3キロにある「津多羅島」(つたらじま)という無人島。
「津多羅島」は海岸沿いに切り立った山があるなど尖閣諸島の魚釣島に(うおつりじま)地形が似ています。島の上空を飛行するNHKのヘリコプターはふだんは見かけない大きな白い船を確認しました。海上保安庁の巡視船です。その所属は、沖縄でした。
しばらくして迷彩服などを着た集団が断続的にボートに乗って島に上陸してきました。
盾や銃を携行しているように見えます。その後、その集団が格闘する様子もカメラは捉えました。
いったい、なんの訓練?
それは、沖縄の尖閣諸島を念頭に、外国の武装集団が離島に上陸する事態を想定した特殊訓練でした。
参加したのは、陸上自衛隊からは上陸作戦を専門とする水陸機動団など。海上保安庁からは、沖縄本島に拠点を置くヘリコプター搭載型巡視船「おきなわ」と石垣島に拠点を置く大型巡視船「いけま」。警察からは、2年前に発足した沖縄県警察本部の「国境離島警備隊」が参加しました。
海上保安庁と警察から参加した部隊は、ともに尖閣諸島の警備を主な任務とする部隊です。
五島列島で、”尖閣警備”に関わる組織が一堂に会した訓練を撮影したのは、これが初めてです。
各機関は、「訓練の内容や参加機関については答えられない」の一点張り。
ただ、その後、取材を進めた結果、それぞれの組織に刻まれた戦後の歩みに起因する“難しさ”が見えてきました。
警察はどこまで対応?
尖閣諸島を管轄する沖縄県警は、中国が尖閣諸島の領有権を主張し、中国当局の船が領海に侵入する事案が頻繁に起きていることを背景に、「国境離島警備隊」を発足させました。
外国人による離島への不法な上陸に対しては、一義的には陸上の治安維持を担う警察が対応しますが、警察官がいない島などでの対応力を強化するためです。
部隊は、離島には常駐せずに沖縄本島を拠点にし、不法侵入などが発生した際に現場に急行し、対応にあたることにしています。
武装集団が上陸するケースも想定して、隊員には自動小銃なども配備しています。
ただ、武装集団が所持する武器によっては、警察では対応しきれないケースも想定されます。
海保も“警察力”での対応
いま、尖閣諸島の最前線の現場で1年365日、警戒しているのは、“海の警察”とも言える海上保安庁です。
外国からの領海侵入に対する警告などを行っていますが、船と船が接近することもあり、日々、緊張状態が強いられています。
海上保安庁が尖閣の現場で対応し続けていることには、大きな意味があります。それは、“警察力”で対応することで、国同士が対立する“事態のエスカレート”を防ぐことにつながっているからです。
海上保安庁は、自衛隊が発足する前、戦後まもない昭和23年に海上の警察機関として創設されました。海上保安庁の権限などを定めた法律には、次のような条文があります。
「海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない」(海上保安庁法25条)
この法律をもとに、戦後、海上保安庁は自衛隊とは一線を画す組織として運用され、海の事件・事故の対応や人命救助、そして領海警備にあたってきました。そのため、海上保安庁が対応するということは、あくまで“国内の事案”となります。
ただ、警察と同様、外国の船の性能や武器によっては海上保安庁の装備では対応しきれないケースも考えられます。
自衛隊は“最終手段”
警察と海保、その後ろに控えているのが自衛隊です。
自衛隊は、外国からの武力攻撃に対して、(自衛のための必要最小限度の)武力行使を行うことを想定し、“あらゆる事態に対応する”ために警察や海上保安庁より強力な装備を持っています。
その自衛隊には、「治安出動」という行動もあります。警察機関で対応しきれないケースに、自衛隊が代わりに治安維持を担うもので、国内事案への対応の“最終手段”のひとつです。ただ、日本としては、治安維持のためのいわば「警察活動」として自衛隊が対応することになっても、外国から見れば「自衛隊が動いた」=「軍が動いた」と見なされ、事態をエスカレートさせるおそれもあります。
そのため訓練関係者は、自衛隊の「治安出動」には、極めて慎重な判断が必要だと言います。
(訓練関係者)
「たとえ治安出動であっても、“自衛隊が動いている”ということ自体が諸外国へのメッセージになり得ます。自衛隊は軍隊ではありませんが、外国から見ると、一般的には軍と認識されているからです。本来の意図とは異なるメッセージを送り、状況を悪化させることは避けなければいけません。いかに外国を刺激せずに対応するのか、というのが国家間の衝突を回避するための鉄則です」
“政治・外交に直結する判断”
それぞれの立場や戦後の歩みが異なる、3つの組織が参加した、尖閣諸島を念頭に置いた今回の訓練。
離島の防衛をめぐっては、「武力攻撃」には至らない、いわゆる「グレーゾーン事態」への対応が課題になっています。
訓練では、不審な漁船が島に近づいてくるという想定で行われ、「治安出動」などにおける関係機関の連携を確認したと見られます。
ポイントは、“いまがどんな状況か”を適切に判断することだといいます。
そのため訓練には、安全保障に関わる各機関の東京の中央部局が関わったといいます。
(訓練関係者)
「グレーゾーンへの対応といっても、それぞれの状況でどの機関がどれくらいの実力を行使して対応するのかという“すみ分け”はすでに行っています。ただ、その状況を判断すること自体が非常に難しいのです。なぜなら、”政治・外交判断に直結する”からです。そのため、現場と中央でいかに速く情報共有しながら対応を決めていくのかを訓練を重ねて確認していくことが重要なのです」
今回の訓練に当てはめると、不審な漁船から集団が上陸する場合、▼その集団は漁師などの民間人なのか、▼武装しているのか、▼どれくらいの武装をしているのか、▼組織的な指揮系統で動いているのか、などの要素を迅速・的確に見極めなければならないというのです。
“衝突を回避したい” 現場の思い
対応するのは、警察機関か自衛隊か。
その判断の重みは、これまでの取材で何度も耳にしてきました。
取材してきた海上保安官たちの多くが、「事態の悪化を防ぐために、海保が尖閣に居続けることに大きな意味がある。私たちがそこで対応し続けるかぎり、それは戦争にはつながらないからだ」と話してきました。そして、体制強化を続けている自衛隊の隊員たちも、「あらゆる事態に備えるのが自衛隊だが、“抑止力をもって戦わずして勝つ”のが第一だ」と口々に話しています。
「有事への備え」という言葉が飛び交う時世。今回の取材では、その有事の際に実際に現場で対応する人たちの“衝突を回避したい”という思いを、改めて噛みしめました。
民主国家である日本の、政府の対応=“政治判断”は、わたしたち1人ひとりに突きつけられていることを、忘れてはいけないと思いました。