第2回:木村スクールから佐々木スクールへ

池田昌弘(構造家)×小西泰孝(構造家)×満田衛資(構造家)
×佐々木睦朗(構造家)司会=難波和彦(建築家)

[レクチャー2]小西泰孝

「自由な骨組構造」2
──《金沢21世紀美術館》を中心に

小西──私は1997年から2002年の5年間、佐々木事務所に務めておりました。
2000年に竣工した《せんだいメディアテーク》は、私のキャリアの出発点と言えます。私は学部の4年間は仙台に住んでおりまして、このコンペの最優秀案が決定した1995年3月にちょうど大学を卒業しました。そのときに伊東事務所案の模型写真が地元の新聞にカラーで掲載されたわけです。それを見て、構造がこれほどデザインに影響を与えられるのかと、たいへんな衝撃を受けました。その後、大学院は東京に出まして、運よく大学院の先輩の多田脩二さんがちょうど佐々木事務所に入ったときでした。《せんだいメディアテーク》が決まって非常に忙しい、誰か手伝いに来てくれと言われて、私がアルバイトに行くことになりました。それから2年間アルバイトをしまして、そのまま流れ込むかのように入社しました。
佐々木さんはいつも、小さなものから大きなものを幅広く担当させていました。どちらが難しい/簡単ということではなくて、小さいなりの構造設計の作法、大きいときの作法があるので、どちらもバランス良く考えられるようにされていたのです。佐々木さんから「勤務期間は5年、そこで力をつけろ」と言われておりましたので、入った段階から5年後の自分が独立する姿を思い描きながら在籍していました。そんななか最後に私に与えられた仕事が《金沢21世紀美術館》でした。



丸いプランの美術館で360度どこからでも入れるという美術館です。さきほど難波さんから「微細な構築」という言葉が紹介されましたけれども、当時の佐々木事務所の特徴は、構造全体を単純明快に要素分けして、繊細な部材で建築を構成することでした。ここでも要素を三つに分類しました。ひとつ目が屋根の「鋼板合成梁」、二つ目が鉛直方向の荷重を支持する細い「丸鋼柱」、三つ目が「ブレース架構」です[3-1]。それぞれ断面を「梁は20センチ」「柱は約10センチ」「ブレース架構は20センチ」と設定しています[3-2]

3-1──《金沢21世紀美術館》構造モデル図

3-2──同、構造の3要素

この断面構成は、妹島さん・西沢さんと佐々木さんが綿密な打ち合わせをして、さらに所内での打ち合わせを経て、佐々木さんがこの建築における適正なプロポーションとして設定したものです。したがって、スタッフであるわれわれは、この断面を勝手に変えることは許されません。万が一これを変えないといけないことが起きたら、すぐに佐々木さんに報告して、再び建築家と打ち合わせして先に進めていきます。実際、このプロジェクトも基本設計のときは、屋根はRC造でした。ですから、一度決めた案で最後までやり切るのが重要なわけではなくて、刻々と変わる設計条件を注意深く見ながら最適な構造計画をつねに考えていくわけです。
金沢は雪が非常に多いですから、屋根が駐車場になっても良いほどの荷重設定をしないといけない。そのため最終的には、通常のH形鋼梁に鉄板を貼り、さらにその上にコンクリートを打つことで、通常の梁に比べて4倍近い剛性を確保しました[3-3]

3-3──同、鋼板合成梁の加力実験

前回、富永譲先生もお話されましたが、《金沢21世紀美術館》の設計をやっていたころ、佐々木さんは『GA JAPAN』(A.D.A.EDITA Tokyo、2001-2002)で「モダンストラクチャーの原型」を執筆していました★4。この連載にあわせて佐々木さんの立てたいろいろな仮説に対してスタッフが実際の構造の解析をやっていました。こういった機会は、普段やっている実施プロジェクトとは頭を使うところがまったく違って、いい意味で気分転換になります。《ファンズワース邸》のスタディでは、これまで何気なく見ていた名建築に「こんな構造の工夫があったのか!」と発見と驚きの連続でした[3-4]

3-4──ファンズワース邸の構造スタディ
引用出典=「モダンストラクチャーの原型」第2回(『GA JAPAN』No.49、80-81頁)

佐々木事務所に5年間務めたあとに独立しました。《金沢21世紀美術館》の現場が終盤のころから始めたプロジェクトが、神奈川工科大学の《KAIT工房》です。石上純也さんが日本建築学会賞を受賞した作品です。石上さんは妹島事務所、私は佐々木事務所のスタッフを経て独立したので、それぞれの師匠同士が仕事をしていました。設計というのは個別の建築に対して、その都度個別の構造の設計をするわけですが、ある建築家との継続的なコラボレーションがいい成果につながります。そういう意味で、石上さんと私は間接的に継続的な関係性を築いてきたといってもいいわけで、初めて仕事をする時点ですでに感覚がお互いに理解できたことがよい結果を生んだのだと思います。
このプロジェクトでは、クライアントから出される条件もそれに対する石上さんのイメージもまだ初期の段階から共有していきました。石上さんのなかで考えが整理されて、平鋼(フラットバー)だけで屋根が支えられている建築をつくりたいというアイデアが出てきました。このあたりから構造のことも考えていかないといけないわけですが、初めはぼんやりと手元にある定規を持ちながら、平鋼は引っ張りには強い、だけど圧縮では座屈しやすい、弱軸に押せば曲がるけど強軸は強いということをイメージしながら、石上さんの考えている平鋼をどうやって構造に使えるかを考えていきました[3-5]

3-5──平鋼(鋼製定規)の力学的特性

物事を考えるときには全体をバランスよく、思考がサイクル状に回っていないといけません[3-6]。構造ひとつ考えるにも、理論だけで考えてデザインが見えなくなっても駄目だし、逆にデザインばかりやって理論が見えなくなって実態を見失うと本当に大変です。それから佐々木事務所では、打ち合わせをしながら、柱はどれくらいの大きさで何本必要かとその場で建築家とやりとりする訓練を受けてきました。学部生でもわかるような簡単な計算式によって部材サイズを決めることによって、建築家の思考を止めずにデザインを進めながら、構造も同じ方向へ進むことができます[3-7]

3-6──思考のトライアングル

3-7──初期の構造スケッチ

《KAIT工房》でも《金沢21世紀美術館》と同じように、構造を三つに分類して考えました[3-8]。設計時期が同じだったので、佐々木事務所時代の考えをより強く引き継いでいたのだと思います。
柱は全305本で、屋根を支えている鉛直支持柱とブレースに相当する水平抵抗柱に分けました。この柱をいろいろな向きにすることによって、どういう方向から地震が来ても均等に抵抗します。そのようなルールのもとで、どういう大きさの柱を何本設けると成立するかを確認する簡単なプログラムをつくり、それを石上事務所に渡しました。ルールを設定してそこから解を建築家に選んでもらうというやり方を採ったわけです。最終的には305本の柱となりましたが、もっと太い柱で100本とか、あるいは逆に500本ぐらいでさらに細い柱──。このように構造を成立させるための解は無数にあるわけです。ただし、最終案のプランは単に構造的に成立しているだけではなくて、柱によってしっかりと空間を規定しています。ここから先に行ってくださいというときには柱の小口が見えて[3-9]、空間を区分したいときには柱の面が壁の役割を果たすようにデザインされています[3-10]

3-8──《KAIT工房》構造の3要素

3-9──同、柱の小口が並ぶ場所
3-10──同、柱の面が並ぶ場所

この構造デザインを実現するために施工手順を重要視しまして、座屈しやすい柱にプレストレスを導入する方法を採りました[3-11,12]。この施工手順に行きついたのは、実施設計が終了する1カ月前でした。水平抵抗柱の座屈を制御する方法をずっと考え続けていたのですが、石上さんのイメージが完全に収斂してきた設計の最終段階で、もう一度すべての設計条件を整理し直して考え出しました。このように、現場も含めて最後まで気を抜かずに考えに考え抜く姿勢は、佐々木事務所の5年間で学んだもっとも大きいことのひとつだと思います。

3-11──同、施工計画による構造デザイン。水平抵抗柱(H)を床に固定する前に梁に錘を載せる

3-12──接合後、錘を取り除くことで水平抵抗柱(H)に張力がかかるため、その後、梁に荷重がかかっても柱に圧縮力はかからず座屈しない
レクチャー2の《KAIT工房》の写真は提供=石上純也建築設計事務所

難波──石上純也さんというちょっと特異なキャラクターの影響もあって、さらに微細で、繊細な、空気で支えているとも言えるような構造です。レクチャーを聞いて、その背景には構造解析技術の進化も作用していると感じました。

★4──連載「モダンストラクチャーの原型」(『GA JAPAN』No. 48-56、A.D.A.EDITA Tokyo、2001-2002)。


構造・構築・建築──佐々木睦朗 連続討議

201602

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