皆さん、こんばんは。弁護士の小池です。

 

同じ専門家として、ちょっとこれは…と思うニュースがありましたので、紹介します。

 

依頼事務を放置、弁護士懲戒処分 /奈良

http://mainichi.jp/articles/20160924/ddl/k29/040/619000c

奈良弁護士会は23日、引き受けた事務を放置したとして古川雅朗弁護士(44)を戒告の懲戒処分にしたと発表した。処分は5日付。

 

弁護士会によると、古川弁護士は2013年11月、香芝市の60代男性から医療事故を巡る調査を「医療事故調査会」(大阪府八尾市)に依頼する事務を引き受け、着手金など計十数万円を受け取ったのに約1年9カ月放置。男性が昨年12月に懲戒請求した。古川弁護士は弁護士会の調べに「初めての手続きで調べてから着手しようと思った」などと説明したという。

弁護士が手持ちの案件を放置し、懲戒処分を受けたという話です。

 

さて、私は記事を引用するとき、強調したい部分の色を変えたり太字にしたりしていますが、今回はあえてそれをしませんでした。

 

皆さん、この事件のどこが問題だと思いますか?

 

●弁護士はなんでも知っているわけではない?

 

…私がひっかかったのは、この2つの部分です。

 

① >約1年9カ月放置

 

② >「初めての手続きで調べてから着手しようと思った」

 

それぞれ、解説していきます。

 

皆さんは、②をご覧になり、「弁護士なのに、よく知らない事件を引き受けるなんて、それでもプロか?」とお思いになったかもしれませんが、私はそれ自体悪いことだとは思っていません。

 

なぜかというと、弁護士という人たちは、経験したことがない分野の条文やその解釈、法律以外の知識についてはよく分からないことの方が多いからです。

 

この業界にいると、「弁護士は死ぬまで勉強だ」という言葉をよく聞きます。既存の法律の数は膨大です。しかもどんどん改正されます。最高裁の判決が出て運用が変わることもあります。試験に受かる前より、受かった後のほうがたくさん学ぶことが出てくるといっても過言ではありません。

 

もちろん、事前にどんな内容を相談されるか分かっているのに、法律相談の時点でトンチンカンな答えをするのは論外ですが、法律相談の場で本を調べたり、わからないことは後で回答したり、そういう経験は私もしています。司法修習先の弁護士がそうしていた場面を見たこともあります。

 

むしろ、よく分からない分野について、知ったかぶりをするほうが問題でしょう。だから、弁護士が相談を受けてからその事件についていろいろ調べること自体は問題ありません。

 

●医療事件を受任するなら

 

それよりも、問題なのは①の1年9カ月という放置期間です。

 

医療事件は非常に専門的で特殊な分野です。

 

まず、医療事件では、訴訟の前に弁護士がカルテの検討や文献調査等を詳細に行い、そもそも医師や病院の責任を問えるかどうかを検討するのが普通です。弁護士は医者ではない、と言ってしまうのは簡単ですが、意見書などをもらうお医者さんと、医学用語を用いて意見交換ができないレベルではまともな書面は書けませんし、そもそも過失がないような事故で訴訟を起こしては、依頼者にとっても迷惑です。

 

また、訴えを起こした後の審理の進め方も独特です。たとえば、東京地裁ではエクセルファイルにした争点整理表を、原告と被告がそれぞれ埋めて裁判所に提出することになっています。医師側に過失があったことと、患者側の損害が具体的にどれだけかということは、手続き上分けて検討するのが普通です(過失がなければ損害云々を論じても意味がない)。

 

そういう作法みたいなものを理解せずに医療事件を引き受けるのは非常に危険です。

 

私も医療事件を扱っていますが、私の場合は医療問題弁護団という患者側弁護士が組織する任意団体に入っており、その弁護団経由で相談を受けるか、あるいは、自分で相談された事件をその弁護団に持ち込むかしています。

 

医療問題弁護団はいくつかの班に別れていて、その班ごとに定期的に会議を開いています。そこで現在受任している事件を弁護士同士で報告し合ったり、時にはお医者さんを交えて医学的知見を頂いたりしています。

 

冒頭の引用記事は、奈良県で起きた懲戒事件ですが、奈良の隣県である大阪には大阪医療問題研究会という、医療問題弁護団と似たような団体があります。私が司法修習をしていた富山県でも、医療問題に詳しい弁護士が医療問題研究会を作り、法律相談を受け付けています。

 

医療事件をやるのなら、そういう団体に入って、いろいろな弁護士やドクターの意見を聴きながら事件を手がけるべきでしょう。一人で調べながら手続きを進めると、取り返しのつかない事態を招くことがあります。

 

もしかしたらこの弁護士さんもそういう団体には籍を置いていたかもしれませんが、2年近くも事件をほったらかしにしておくようでは、その意味がないと言わざるを得ません。

 

せめて、細かい節目節目(たとえば、上にある団体に弁護士会照会をかける前や、その結果が出た後など)に連絡を入れ、これこれこういう状況ですよという説明をし、必要であれば打合せを行うくらいは必須だったと思います。

 

●今回が初めてではない!

 

さらに、今回の事件を調べていて驚いたことがあります。

 

冒頭の記事の弁護士は、前にも弁護士会から懲戒処分を受けていたのです。こちらが、そのリンクです。

 

ブログの記事ですが、日弁連の会報に会員情報と日付つきで言及があり、信用できると判断したため引用します。

 

懲戒の種別   戒告

 

懲戒の理由の要旨

 

被懲戒者は2006年12月、Aの妻BからAの亡父の遺産の分割協議に関して
依頼を受けた

 

被懲戒者はAがかつて病気で判断能力が低下した状態であることを
知っており、委任する意思確認があるかどうかについて疑問を抱いて
いながらAと会わず、その意思を確認せずにBの依頼のみで遺産分割協議
事件を受任し
同月19日付懲戒請求者に受任通知を送付した、

 

また被懲戒者は上記のとおりAの意思能力に疑問を抱いていながら2007年7月31日までAと面談せず速やかにその意思及び意思能力を確認しなかった

 

被懲戒者の上記行為は弁護士法第56条第1項の品位を失うべき非行に該当する

これはかなりまずいですよね。

 

平成10年代後半から東日本大震災の前くらいまで、消費者金融等に借金の返済をしすぎてしまったお金を取り戻す過払い金返還請求が流行っていました。その中で、弁護士が債務者と契約していないのに金融業者に受任通知し、過払金返還請求をしてしまう事例が相次ぎ、問題になったことがあります。

 

上の懲戒事実は、依頼者の奥さんからの依頼があった点で、過払金の事例とは異なりますが、依頼者本人の意思が存在しないという本質は同じです。

 

それから10年近く経ち、件の弁護士は冒頭の引用記事のようなことをやらかしてしまったわけです。

 

誰でも過ちはありますし、過去の細かいことをいちいちつつくのは好きではありませんが、懲戒処分がくだされるまでは、弁護士会から呼び出しがあったり、記録をいちいち提出させられたり、何より懲戒された事実を公表されたり、相当嫌な思いをしているはずなのです。

 

そういう苦い経験をしているのに、またやってしまう。

 

私の知り合いの弁護士が、弁護士会の綱紀委員会というところに所属していたことがあり、その時の経験を話してくれたのですが、一度懲戒を受けた人は、また似たような理由で懲戒事由やそれに近いことをやってしまうことが少なくないそうです。

 

●初心を大切に

 

それにしても、頼まれもしない仕事をやり始めるとか、仕事を1年9カ月ほったらかしにするとか、いかに弁護士の仕事が特殊で、忙しい人が多いといっても、一般の方々から見れば異常なことです。

 

判断能力の低下が依頼者の意思確認を怠るのも、依頼を受けた事件を2年近く放置するのも、根本にあるのは依頼者を軽んずる姿勢なのではないでしょうか。この弁護士は、私と4歳しか違いませんが、修習期(司法修習をスタートした時期)は53期だそうです。だいたい、私よりも15年早く弁護士になっている計算です。一つのことを10年もやれば、世間的にはベテランと呼んでも差し支えありません。悪い意味での慣れと、依頼者がいるのが当たり前だという傲慢さが、懲戒処分となって現れているような気がしてなりません。

 

そういう私も、今から15年、弁護士として無事生き残れたとして(それが一番問題なのですが…)、同じような傲岸不遜な法律家になっていないとも限りません。

 

前述のように、弁護士は一生が勉強ですが、依頼する方々の多くが人生の一大事を任せるのだとすれば、一生初心者だと思うくらいでちょうどいいのではないでしょうか。

 

当事務所は、ご依頼いただいた一つ一つの事件をしっかり確実に管理し、報連相を確実に行ってまいります。法的なトラブルや悩みがありましたら、是非ご相談ください。

 

 

東京けやき法律事務所

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