第3話 梟狼

 人相の悪い男たちは下卑た笑みを浮かべてじりじりと間合いを図っていた。

 奏真は少し下がりつつ周りを見る。通行人はもちろん、助けてくれそうな者もいない。こちらは二人で、奏真の式神を呼んでも一体増えるだけだ。

 数では分が悪い。

 さてもそんなことはわかり切ったことだが、あえて穂波が余裕のある微笑みを浮かべつつ訊いた。


「今引き下がれば殺さないでおきますが」


 男たちは品のない、欲望をむき出しにした顔で舐め回すようにこちらを睨め付けて、くつくつと低く笑った。


「威勢はいいが、この数の差をどうするんだよ」「大人しくしておけば命は見逃してやるよ」「ペットにはなってもらうがな」


 低劣極まりない連中だ。性自認が男のままである奏真でさえ本気でそう思う。

 牢獄暮らしのせいで世間知らずなだけかもしれないし、もしかしたらこういった考えが普通であるというのを知らないだけかもしれないが、もしそうなら世も末だと思う。


退け、と言っているんです。聞こえませんでしたか」

「なんでそんな命令に従わなきゃなんねえんだ。メス二匹で何ができるってんだ!」


 笑っていたかと思うと次の瞬間には逆上した弩持ちがそう怒鳴り、握っていた弩を捨てて腰の剣を抜き穂波に切り掛かる。

 彼女は半身を引いて振り下ろされた剣を避けてすぐに右掌を相手の顎に叩きつける。即座に引き、二度目の打撃。鋭く伸ばした貫手で喉を打ち据え、地面にひっくり返して紅色の狐火で焼き払う。

 火力に優れた炎が舞って、死体が瞬時に炭と化した。飛散した脂肪で、奏真の唇が少しベタつく。


「な……」「術師だ、あの狐!」「畜生、女だからって下手に出てりゃ図にのりやがって」「手足の一本でもいじまえ!」

「かかってきなさい。捻り潰して差し上げます」


 足を肩幅に、やや前後に広げてから両手を緩く広げ、狐火の玉を二つ浮遊させる。

 男たちは一人、呪符を手にしたものを含め三人がかりで穂波を取り囲んだ。


「奏真様、そちらはお任せします」

「わ、わかった!」


 奏真は腰の袋から一枚の形代を抜いた。それに妖力を込めて、己の中に飼い慣らしている相棒の魂を刺激して呼び起こす。

 妖力を伝わせ、形代に注ぎ込んでその名を口にした。


「おいでませ、萌藍ほうらん!」


 形代からぼふっと煙が発生。「てめえ、式神使いか!」という相手の声を上乗せするように、犬らしき生き物の遠吠えが轟いた。

 煙を吹き飛ばしたのは一対の、フクロウを思わせるグレーと黒が混じる翼。しかしそれを持つのは鳥類ではなく、獣の肉体。

 骨太な四肢と、筋肉が躍動する動体。通った鼻梁と口元に覗く牙。銀色の目に、額には藍色の三日月型の模様が入っていた。


「てめえ、梟狼きょうろうを式神にしていやがったのか!」


 梟狼——それは梟狐きょうこと並ぶ裡辺原産の生物であり、幻獣に分類されるものだ。

 主に異なる既存生物の特徴を二つ以上持った生き物を幻獣と呼ぶのだが、梟狼は文字通りフクロウと狼を合わせたような外見であった。

 全体的にはダブルコートの毛皮だが、翼の付け根あたりから羽毛になっている。鋭い爪は猛禽類らしく鉤爪のようで、しかし佇まいは狼らしい、孤高の毛高を思わせた。けれど——、


「奏真、僕のこと呼ばなすぎだよ。退屈だったじゃないか」


 その梟狼は式神故に喋るのはわかるが、口調と言い声音といい、子供っぽいのだ。

 力強く誇り高いくせに甘えん坊で、寂しがり屋。それが萌藍という式神である。


「はっ、はは! 情けねえ式神だ! 主人ってのは遊び相手じゃねえんだよ!」


 男が剣を抜いた。片刃のぶっとい肉厚な段平である。

 奏真は相棒を馬鹿にされたことにカチンときたが、かえってそれが冷静さを取り戻させた。

 深呼吸。散漫な集中・・・・・状態に移行し、腰の刀に手を伸ばした。


 親指で鍔を押し上げて、握り込んだ柄を引いて剣を抜く。鯉口を切られた打刀が歓喜に震えるかのように、キィィン——とかすかな響きを上げた。

 白銀の刀身が朝日を照り返す。ずっしりとした重み。思わぬ実戦だが、逃げ場はない。周りは岩と、あとは眼下に流れる川へ落ちるだけの崖しかない。


「僕がやっちゃうと死なせちゃうから、奏真、よろしくね」

「任せろ。行くぞ萌藍!」


 梟狼——萌藍が岩肌の地面を掴むようにして踏みつけて蹴った。羽ばたきによって風を味方につけた突進で男に挑みかかる。

 相手は虚をつかれたように眉を跳ねたが、すぐに剣の腹でいなした。だが勢いに煽られるように体が押し流され姿勢を崩す。


 またとない好機。

 奏真は距離を詰めて上段霞に構えた刀を袈裟懸けに振り下ろした。が、相手の方が反応速度が高い。

 すぐさま受太刀を作って攻撃を防ぐと、足を押し出すようにして前蹴りを放ち奏真の腹部を蹴り付けた。


「ぐぅ……っ」


 衣類の類は穂波のことなので幻獣由来の毛を編んだものだろうが、無敵の守りになるわけではない。相手の種族はぱっと見人間だが、妖力強化は戦士の基礎基本。種族だけで力の大小はなかなか判断しづらいものがあった。

 追撃が来る。相手の刺突を、しかし萌藍が横合いから敵を突き飛ばすことで防げた。


「油断しないでよ奏真!」

「悪い、ありがとう」


 女になって初めて顔を合わせたが、初めから奏真の中にいた霊魂のようなモノだったので、女体化している最中も、それからも——彼が式神になってからはほぼずっと一緒にいた。

 今更外見や声音が少し変わったくらいで萌藍は驚かない。


「この、犬畜生が!」


 段平を手に萌藍へ切り掛かる男。

 式神使いは術師を潰せてしまえばおしまいなのに、式神の方を狙うとは相当腹を立てたに違いない。術師を倒して解術させたほうが手っ取り早いのに。


 萌藍は横へ小刻みに跳んで斬撃を回避し、その隙に奏真が横から切り掛かる。左の二の腕を革鎧越しに切り裂いた。

 浅い傷跡に赤い筋が走り、血がこぼれる。

 痛みに慣れているのだろう。腐っても野盗、いや、山賊だ。多少の切り傷では騒がないらしい。


「はっ! 我流か? 素人ではないみたいだが。どこで覚えた?」

「言う必要なんてないだろ」

「胸がでけえんじゃ振りにくいだろ。もっと全身を使った戦い方の方がいいぜ。経験が足りねえ」

「……賊ってのは敵に塩を送るんだな。初めて知ったよ」


 男が笑う。


「俺は女を犯すのはもちろん好きだ。でもな、強いやつと喧嘩するのはもっと好きだ!」


 怒声と共に踏み出す男。奏真は後ろへ下がるが、二撃目が髪をかすめ、三回目の右肩から撫で切りにする逆袈裟が来る時に直撃を覚悟した——が、


「奏真に手を出すな!」


 萌藍が怒鳴り、相手の剣に噛み付いて振り回し、力任せにもぎ取る。


「この糞犬が!」


 奏真はここぞとばかりに踏み込み、相手の脇腹に横薙ぎの一閃を叩き込んだ。


「萌藍を侮ったお前の負けだ」


 硬い練革ねりかわの鎧が裂けて、斬撃の鋭さというよりは力に押されて男がたたらを踏んだ。

 背後には川がごうごうと流れる崖。男はにたりと笑い、言う。


「はっ……、とどめを刺さなかったことを後悔するぜ」


 そのまま、まるで自分の意志でそうしたかのように後ろへ倒れて崖底へ吸い込まれるように落ちていった。

 慌てて崖の下を覗き込んだが、小さく水柱が立ったのが見えただけである。


「…………」


 奏真は実験と称した非人道的・非妖道的な行いの中で他者の命を奪ったり、ひっそりと飼っていた大切な愛玩動物のネズミを殺されたりと、酷い目には遭っているし、行ってきた側でもある。

 ただ、それでもいざこうして死というものが己の手によって現実的になると、言いようもない虚しさを禁じ得ない。


「奏真?」

「なんでもない」


 式神であり、実験中に接していた——その後の扱いは非道極まるもので、回り回って萌藍は式神となったが過去八雲忠久が行ってきた仕打ちを許す気はない——大切な相棒が心配そうな声をかけてきたので、奏真はなんでもない風に返す。

 ふと、焼け焦げる異臭を、我に返って感じ取った。


「お疲れ様です、奏真様」


 穂波は相変わらず冷淡に思える顔でそう言った。足元には炭と化した山賊。

 彼女は人の死に、殺しにどう折り合いをつけているのだろうか。


 訊けば教えてくれるかもしれないが……やめておいた。自分で考えた方がいい。

 忠誠を誓ってくれている相手とはいえ他人の思想で己の行動を正当化するのは、奏真はあまり好きではなかった。なにが、とは言えないが——なんとなく嫌なのだ。


「こいつら、なんだったんだろうな」

「この辺りに出没する賊でしょう。聞いたことがあります。確か鉄の牡山羊団てつのおすやぎだんとかなんとか」

「内乱の煽りかな……。萌藍、術を解くぞ」

「えぇー、もうちょっと一緒にいたいよ」


 見てくれは精悍で美しく気高い梟狼なのに、萌藍は甘えん坊の子供のように駄々をこねる。


「今使ってる形代じゃ持続が難しいんだ。近いうちに長い間顕現させられる形代を用意するから我慢しろ」

「うー、約束だからな」


 そう言って萌藍は解術を認めた。奏真が「解」と妖力を込めつつ唱えると、萌藍は煙になって消えた。

 不測の事態だったが、予定は変わらない。

 奏真たちは周囲に気を配りつつ、峠を下っていった。

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ゴヲスト・パレヱド — 闇夜に吼えれば月魄は踊るか — 雅彩ラヰカ @N4ZX506472

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