第二百十四話:決闘の申し出
同行を申し出たエルにサリアと寮に帰っているように言い含め、応接室に向かう。
学園の応接室は職員室のすぐそばにある。普段なかなか近寄らない場所なのでちょっとドキドキするけど、今回は臆してもいられない。
ルナさんとの出会いは正直印象がいいものではない。エルを擁護する私に対し、ルナさんは徹底的にエルを排除したいと声を荒げていた。
そんな最悪の出会い方をしておきながら、わざわざ私に会いに来るということは、考えを改めて私に謝罪しに来たか、あるいは私を説得にかかりに来たかのどちらかだと思う。
正直、あの剣幕で前者はありえないだろう。となると、どうにかして私を説得し、エルを殺すなり追い払うなりするつもりなんだと思う。
まあ、そんな要求絶対飲まないけどね?
もし強行してくるようなら力ずくでも止めてみせよう。殺すのはダメだけど、脅すくらいなら許される、よね?
そんなことをつらつら考えながら歩いていくと応接室に着く。一度深呼吸をしてからノックすると、男性の声で入りなさいという声が聞こえてきた。
「失礼します」
中に入ると、ソファに座ってお茶を飲んでいるルナさんと、笑みを浮かべている男性教師の姿があった。
「遅かったじゃないか。お客さんをお待たせするもんじゃないよ」
「すいません。さっき聞いてすぐに来たのですが」
「口答えはしなくていい。さあ、早く挨拶しなさい」
私の姿を見るなり即座に近づいてくると、小声でそんなことを言ってきた。
そんなに遅かったかなぁ。確かに考え事をしていたからいつもより歩くのは遅かったかもしれないけど、それでも二分程度の差だと思うんだけどな。
「私は気にしていませんので大丈夫ですよ」
「いえいえ、かの有名な『流星』のルナさんを待たせるなど……さあ、早くしなさい」
「はぁ、ハクです。よろしくお願いします?」
挨拶も何も私はすでにルナさんとは自己紹介を済ませている。それを知らないにしても、アポもなしにいきなり押し掛けたのは向こうであって、私が遅れただのなんだの言われる筋合いはないと思うんだけど。
無駄に張り付けた笑みに揉み手、どう考えても相手が有名人だから媚を売っているようにしか見えない。
学園に有名冒険者が来るってどうなんだろう?
この学園の学生は卒業後は基本的に魔術師騎士や錬金術師と言った国のために働く職業に就く。冒険者になる人もいるかもしれないけど、そこまではいないはずだ。
冒険者も多くの人の命がかかっているとか特殊な場合は国のために動くこともあるけど、基本的にはどこの国にも属さない中立の組織だ。だから、国が運営する学園から国に属さない冒険者になるということは、技術だけ奪って他国に移籍するみたいなものであまり歓迎されない。
もちろん、冒険者の冒険譚とかは娯楽が少ない学園では貴重な話だし、いくつかは実戦で役に立つこともあるだろう。でも、冒険者と騎士ではやることが全然違うし、そのケースは稀だと思う。
絶対媚を売る相手を間違えてると思うんだけどなぁ。
「では、二人きりで話したいので……」
「わかりました。職員室で待機しておりますのでいつでもお声かけください」
ルナさんは若干鬱陶しそうな顔をしつつ教師を部屋の外へ追いやる。
扉が閉まり、二人きりになるとようやく息を吐いた。
「はぁ……。こほん、久しぶりだな、ハク。王城で会って以来だな」
「はい、お久しぶりです。本日は私に御用とのことですが、どういった用件で?」
あの男性教師が私の分のお茶を用意しているなんてこともなく、仕方ないので自分で入れる。ちょうどルナさんの分もなくなりかけていたので一緒に入れてあげたら手を上げて軽く礼を言われた。
「ああ、あの竜についてなのだが……」
「お断りします」
「……まだ何も言ってないんだが」
最初の一声でこの人の思惑がわかってしまった。
エルのことをあの竜と言っている時点で覚える気がない。討伐すべき対象として見ている。そして、その申し訳なさそうな表情。私にとって益のないことを持ちかけようとしていることは明白だ。
「言われなくてもなんとなくわかります。それと、あの竜ではなくエルです。名前も覚えられないんですか?」
「……すまない。エルはハクにとっては家族のような存在だということは知っている。だが、やはり納得できなくてな」
思わずエルと同じ煽り文句を言ってしまった私は悪くないと思う。
この人の竜に対する感情は苛烈極まりない。竜に親でも殺されたのではないかと思ってしまう。
私や王様の考えを聞いても改めないということは、もはや誰が言っても無駄だろう。頑張って説得をと思っていたけど、これでは暖簾に腕押しだ。意味がない。
「また竜は危険だ、討伐すべきだというつもりですか?」
「そうだ。何も間違っていないだろう? いや、君は竜に育てられたのだからその常識が通じないのはわかるが、周りをよく見て見て欲しい。学園でも、竜の恐ろしさについては学んでいるはずだ」
「……周りを見るべきはあなたじゃないですか?」
竜は悪だと完全に信じ切っている。むしろ、私達がなぜ邪魔するのか理解できない様子だ。
恐らく、彼らは今までにも竜を狩ったことがあるのだろう。そうでなければ、こんな堂々と竜に対して宣戦布告できるはずがない。倒せる自信があるからこんなことを言っているんだ。
そして、その狩りではみんながみんなぜひ倒してくれと協力を惜しまず、討伐すれば諸手を上げて喜び彼らを祝福したに違いない。
元々聖教勇者連盟という巨大な組織の後ろ盾を持っているのだ、それを考えれば協力するのは当たり前だし、歓迎するのも当たり前。むしろこうして反発してくることの方が稀だったんだろう。
だから私の言うことも王様の言うことも理解できない。初めから自分の中で完結してしまっている。
「何を言う。私ほど周りを見ている人間はいない」
「では、私や王様の意見、エルの主張、恐らくいっているであろうシンシアさん達からの報告、それらを聞いても何も感じなかったと?」
私も王様もエルは危険ではないから手を出すなと言った。エルは私のお世話をするために来ただけで騒ぎを起こす気なんてないと言った。竜は悪ではなく、単なる人のイメージだとも主張した。
それらを聞いても何も思わず、ただ竜を殺すべきだというのなら思考停止もいいところだ。
もちろん、世間一般ではその考えは正しいのかもしれないけど、私は納得できない。
「もし仮に、自分の親が濡れ衣を着せられ処刑されるとなったら、あなたは正気でいられますか?」
「そんなことはない。濡れ衣を着せた犯人を必ずや突き止めて報復する」
「それと同じことを私に言ってることに気付きませんか?」
「それは、そうだが……」
気づいているならまだましかな? それでも対応を変えないなら意味ないけど。
「その大義は私の家族を殺してまで達成するものなんですか? 平穏に暮らしているだけの平民から幸せを奪うことがあなた達の仕事なんですか?」
「違う! 違うが……竜は話が別だ」
「……そうですか。わかりました」
この人は何が何でも竜を殺さないと気が済まないらしい。この戦闘狂が。
そこまで言うならもはや分かり合えることはない。どっちも自分のことが正しいと思っていて分かり合えないのなら、結論は一つしかない。
「ルナさん、あなたに決闘を申し込みます」
感想、誤字報告ありがとうございます。