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見て、知って、楽しむ 福井のミュージアムツーリズム(上)恐竜博物館、年縞博物館

【18】本物に出合う!“地味にすごい、福井”の博物館

沓掛博光 旅行ジャーナリスト

7万年前から現代まで、地球の歩みを可視化する年縞博物館

拡大7万年分の年縞を長さ45メートルに渡って展示する水月湖年縞7万年ギャラリー(筆者撮影)

 南北に長い福井県は県庁のある福井市を含めた北部の地域を嶺北(れいほく)と呼び、北陸新幹線が延伸する敦賀市から南の地域を嶺南(れいなん)と呼ぶ。恐竜博物館は嶺北にあり、これから紹介する福井県年縞博物館は嶺南にある。北陸本線の敦賀駅から車で約40分、嶺南地域を代表する景勝地として知られる三方五湖(みかたごこ)の五つの湖のひとつ三方湖(みかたこ)の畔に立つ。

 年縞と言っても一般にはなじみがなく、ピンと来る方はごく少数ではないかと思われる。かくいう筆者も今回初めてその詳細を博物館で知ることができたのだが、同館の説明では年縞とは「長い年月の間に湖などに積もった層が描く縞模様の堆積物」とある。この博物館にある年縞は具体的には三方五湖のひとつ水月湖(すいげつこ)の湖底に堆積した泥の層を指し、ボーリング調査の結果、7万年前から現在までの年縞であることが判明した。

わずか0.7ミリに地上1年分の自然の変遷が記録

 年縞を少し詳しく説明しよう。地上や湖中からの様々な物質が静かに湖底に堆積し、壊されることなく1年、また1年と積もって層をなし、秋から冬は鉄分や黄砂などが明るい茶色の層を作り、春から秋にかけてはプランクトンの死骸などが堆積して暗い茶色の層を作る。年縞は主にこの2種類の層1対で1年分を形成している。そこで1年ごとの年縞を分析することでその時代の地上の自然環境などを知ることも可能だ。

 また、館内を案内するナビゲーター今川政之さんによれば年縞の1年分の厚さは平均0.7ミリなので、年縞の縞模様を数えることでその年代を特定することができるという。例えば上から100枚目の縞は100年前、1000枚目は1000年前の年縞といった具合である。これにより年代が特定できた年縞より採取した例えば葉などの炭素の量を、年代を測定する放射性炭素年代測定で測り、その測定値と年縞とを対比させることによって、正確な年代を割りだすことができるようになった。

 博物館の資料によれば、実際に水月湖年縞の13927枚目にある葉の化石を放射性炭素年代測定で測定したところ12300年前とでて、水月湖年縞のデータの13927年と対比することで正しい年代に補正することが可能になったとある。このように水月湖の湖底に7万年という長い年月の間に壊されることなく堆積している年縞は古代から現代までの世界の年代を測る「標準的なものさし」となっているのである。

 年縞の説明が少し長引いたが、この古代から現代までの時間の“標準的なものさし”である年縞が博物館の2階に上がるとまず目に入ってくる。水月湖年縞7万年ギャラリーと名付けられたコーナーに年縞の実物が45メートルの長さに渡って展示されている。

 これは2014年の第4次調査で採取した年縞で、縞模様が綺麗に出ており、これを特殊な技術で薄く削り、ガラス2枚の間にはさんで裏から光を当てて見やすいように工夫している。手前が2017年の現代の年縞で奥に進むにつれて過去へさかのぼり、一番先が水深45メートルにある約7万年前の年縞である。現実の年縞は湖底に向けて縦に形成されているから、展示も縦に置くのが本来の姿なのだが、それでは見学するのに大変なので大人の目線の高さに横に設置し、見やすくしている。

 それにしても地球上の7万年の歴史が45メートルの長さの中で見られるというのは驚きである。展示された明と暗の層が交互に重なる年縞を見ていると、水月湖の湖底に1年ごとに乱されることなく人知れず堆積されていった自然の不思議を実感する。今川さんの「7万年分にも及ぶ年縞は世界でもここだけです」という説明を聞いてさらに感動すら覚える。

 年縞展示のところどころには、例えば3万78年前の姶良カルデラ(鹿児島)の火山灰の案内が記され、縞が他のものより幅広く堆積しているのが一目でわかる。また、縄文期の7253年前の年縞には鬼界カルデラ(同)の火山灰を示す案内がある。数歩進むだけで年代は大きく変わり、年縞の持つ凝縮された時間軸を実感する。

 水月湖でこの年縞の存在が見つかったのは1991年の安田喜憲教授(当時・国際日本文化センター)をリーダーとする研究チームの試掘によるもので、湖の年縞堆積物の存在がアジアで初めて確認された画期的な発見であった。以後、2006年、2012年、2014年と4次にわたる調査が行われ、現在も立命館大学が研究を継続して行っている。

 三方五湖には水月湖のほか三方湖、菅(すが)湖、久々子(くぐし)湖、日向(ひるが)湖とあるが水月湖だけに7万年分の連続した年縞が見つかっている。その謎は水月湖の地形にあるようだ。

 年縞博物館の説明によればこの湖には直接流れ込む河川がなく、山々に囲まれているから風がさえぎられて湖水がかき混ぜられることもなく、これにより湖底に酸素のない層ができて生物が生息できず、生物によって湖底がかき乱されることもなく堆積物がそのままの状態で積もることができたなどの要因から、世界では“奇跡の湖”と言われるほど純粋な年縞が形成される好条件がそろっていたのである。

 2階にはこの他、湖底で作られる年縞を水中ドローンの映像で見せるコーナーや世界に残る年縞の特色などを展示している。博物館の開館は2018年だが、世界の年代の標準的なものさしとなった年縞の特性は2021年発行の東京書籍の中学の理科の教科書などにも掲載され、徐々にその価値が知られつつある。

 隣接する若狭三方縄文博物館にはこの周辺の鳥浜貝塚から発掘された縄文時代の土器や復元した丸木舟なども展示されているので、一緒に巡れば古代の世界が一層身近なものに感じられるだろう。

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筆者

沓掛博光

沓掛博光(くつかけ・ひろみつ) 旅行ジャーナリスト

1946年 東京生まれ。早稲田大学卒。旅行読売出版社で月刊誌「旅行読売」の企画・取材・執筆にたずさわり、国内外を巡る。1981年 には、「魅力のコートダジュール」で、フランス政府観光局よりフランス・ルポルタージュ賞受賞。情報版編集長、取締役編集部長兼月刊「旅行読売」編集長などを歴任し、2006年に退任。07年3月まで旅行読売出版社編集顧問。1996年より2016年2月までTBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」旅キャスター。16年4月よりTBSラジオ「コンシェルジュ沓掛博光の旅しま専科」パーソナリィティ―に就任。19年2月より東京FM「ブルーオーシャン」で「しなの旅」旅キャスター。著書に「観光福祉論」(ミネルヴァ書房)など

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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