直立不動、独特の歌唱力で、スタイルを変えずに歩んできた歌手、前川清の初主演映画「旅の贈りもの 明日へ」が公開されている。
藤山直美との二人舞台のときも思ったことだが、「この人、ホントに歌手?」と思うほど、動きやセリフが面白い。素なのだろうか。スルメのように後をひく。
映画は、離婚経験のある中年男が、独り暮らしの寂しさから初恋の女性を捜す旅に出る物語。
長崎県出身の前川は、主演の話に「まさか」と思いながら、「なまりがあってもいい、そのままでいいからって言うんですよ」と撮影にのぞんだが、前田哲監督からはいきなり「なまってますね」と言われた。
「あまりのひどさに何度か撮り直しました」と振り返る様子も笑いを誘う。味のある役者・前川清の誕生である。
拍手で迎えられた舞台あいさつでも見せてくれた。最初は笑顔だったが、マイクを渡されると憮然とした表情で「別に…」。10秒間の沈黙の後、笑いに包まれた。してやったりの表情だ。
この人には、え~っと驚く、面白いエピソードがたくさんある。その一端を。
内山田洋とクール・ファイブのボーカルとしてうたっていた頃の話。「長崎は今日も雨だった」「そして、神戸」などヒット曲をバンバン出していたが、前川自身はメンバーの中でも「若い」というだけで、ずいぶん安いギャラだったそうだ。
リーダーの内山田から、ある日、ギャラアップの話があり、「メンバーにはナイショだぞ」と口止めされた。前川は頑なに約束を守り、最近になって元メンバーに、その話をしたところ、「他のメンバーが、私の倍のギャラをもらっていた」。しらっと話す姿に、何とも言えないおかしみがある。
しかし、歌を聞くと、もう、その巧さに脱帽。ジャズなど、たまらない。
だからなのか、「あの宇多田ヒカルは、あなたの娘か」と、聞かれることもあるそうだが、もちろん、元妻の藤圭子との結婚生活は短く、そんなはずはないのだが、もう時効だから、当時の離婚話も聞きたいところ。いま前川清は面白いよ。紅白、出ないかなぁ…。
■武藤まき子 中国放送(広島)アナウンサーを経て、フジテレビ「おはよう!ナイスディ」のリポーターに。現在、フジの『情報プレゼンター とくダネ!』、関西テレビ『ハピくるっ!』に出演中。芸能、歌舞伎、皇室を主に担当する。著書にリポーター人生を綴ったエッセイ『つたえびと』(扶桑社刊)