キミは幻のトラウマ映画、『ふたりのイーダ』を知っているか? 「被爆者の声をうけつぐ映画祭2014」①

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もちろん、“映像による被爆体験の継承”を通じて反戦反核を訴えるという趣旨に賛同しているからこそ、
ボクはこの「被爆者の声をうけつぐ映画祭」に毎年参加しているんだけど、
しかしそれ以上にボクにとって本映画祭への参加理由はなんといっても、
今や名画座でもお目にかかれないような超レアものの旧作日本映画を、
しかもフィルムで観られるというその1点に尽きる。
本当にこの映画祭はいろんな“隠し玉”を持っていて驚くばかり。
で、今回のその隠し玉に当たる作品が、
そう、『ふたりのイーダ』。

恥ずかしながらボクは映画の存在も原作者の童話作家・松谷みよ子についても全然知らなかったんだけど、
しかし長年におよぶ映画めぐりの勘から「この映画はきっと名画座ファンにもウケる」と直感。
急遽、映画祭ではなかなか珍しい試みながら↑のような 『ふたりのイーダ』 単体のチラシを制作し、
人気のある都内の名画座やミニシアターを中心に配布。
あとは仲間と一緒にツイッターで煽ったり子供映画系のサイトに紹介してもらったりしながら宣伝に努めてきた。
かくしてその目論見はほぼ的中。
“ほぼ”というのは正直もうちょっと入ると思っていたからなんだけど、
でも、ラピュタ阿佐ヶ谷なら3回分シネマヴェーラなら立見というぐらい多くの方々に観に来ていただき感謝感激。

そしてボク自身初めて観る 『ふたりのイーダ』 は…紛うことなき“幻のカルト映画”と呼ぶに相応しい1本だった!
幼い兄妹が母親の仕事の都合で出かけた祖父祖母の暮らす広島のとある町で(劇中の“花浦”は架空の町)、
凝ったデザインが施された緑色の“しゃべる椅子”と出逢い、
そこから原爆の悲劇が浮かび上がるという物語の骨子自体は原作と同じなんだけど(映画直前に原作を読了)、
しかしストーリー展開にはかなり大胆な省略と脚色がなされていて、
なるほど、ネット上に散見する映画化への不満もある意味仕方がないといった感じ。
でも、そんな脚色も原作のエッセンスをよく咀嚼した上でのものであることは映画を観れば明らかだし、
ファンタジー色と原爆というテーマは原作以上に濃厚なものとなっていてボクはこれはこれでアリだと思う。

そして本作の魅力の一つはやはり驚くべき特撮で魂が吹き込まれた椅子の実に人間臭い表情と動きなんだが、
後半はなんと兄妹の妹が自分の捜し求めている少女イーダではないことを悟った椅子が、
しかし諦め切れずイーダを捜すためキコキコ足を軋ませながら1人で(1脚で?)広島へ向かうという、
前代未聞かつおそらく映画史上唯一の“椅子が旅するロード・ムービー”へと展開する。
その一見突飛な展開にはボクも一瞬腰を抜かしそうになったんだけど、
しかしその徹底的な擬人化は観客の感情移入をより一層強くさせ椅子の心の悲しみに胸が詰まることは必定。
8月6日の灯籠流しが行われている川の底で椅子が体験する地獄はなるほど幼少期に観たなら完全にトラウマ。
でも、そこを容赦なく描いていればこそ本作はその名とともに幻の反戦映画として語り継がれているんだと思う。

ほかにも、少年・直樹の見る悪夢のシーンが70年代らしくサイケでブッ飛んでいて映像がホント面白いし、
祖父祖母をなんと森繁久彌と高峰秀子が演じているなど独立プロの映画とは思えないぐらいキャストも豪華。
なにより直樹とゆう子(イーダ)の兄妹を演じる2人の子役が素晴らしく、
とくにゆう子役の原口祐子の無垢な可愛さは単なる可愛いを超えてそれこそが映画的衝撃と思えるほど。
ニュープリントでキレイだったし上映後には「凄いもん観た」という感じで自然と場内から拍手が湧くなど、
被爆体験の継承というテーマを超えどこの名画座にも負けない濃い映画空間を演出できたんじゃないかと思う。
100%全力を尽したとは言い難いが特別チラシを作り一生懸命配った甲斐があった。
そしてなによりこんなレアで可愛く怖くて泣ける映画が観られて本当によかった! 名画万歳!

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「被爆者の声をうけつぐ映画祭2014」[7月3日(木)‐6日(日)]@明治大学リバティタワー(御茶ノ水)
『ふたりのイーダ』(1976年・日本/劇映画/カラー/99分)
【監督】松山善三( 『典子は、今』 )
【出演】倍賞千恵子、上屋健一、原口祐子、山口崇、高峰秀子、森繁久彌、宇野重吉
【製作】『ふたりのイーダ』プロダクション

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