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救済されない旧「2ちゃんねる」の中傷被害者とひろゆき氏の賠償金不払い

Qアノンと日本発の匿名掲示板カルチャー【7】

清義明 ルポライター

言論には言論で抵抗すればいい?

 当時の2ちゃんねるでは、誹謗中傷もふくめた違法投稿に対する削除要請の仕組みはあった。ただし、そのルールは非常に複雑で、その解釈が2ちゃんねるのボランティアに委ねられていたため、必要な削除措置がなされないということが多数あった。そのうえ、その削除依頼は一般に公開されていた。

 この削除依頼は公開するというのは、90年代後半のアメリカで最初期の商品レビューサイトといわれている「リッジ・オフ・レポート」のルールとして当時有名だったものだ。おそらく西村氏はこれをまねたのだろう。ようするに公明正大にその書きこみが削除に値するものかどうかも言論で決めてもらおうということだ。

 しかし「リッジ・オフ・レポート」は商品レビューサイトであり、削除要請するのは企業である。企業の横暴を監視するネット市民というコンセプトで、ヒッピーあがりの反資本主義の闘士が立ち上げた「リッジ・オフ・レポート」と、2ちゃんねるはだいぶ種類が違うものだ。

 公開された削除要請は、それをウォッチしてあげつらう2ちゃんねるユーザーの恰好の餌食となった。被害を申し立てることが揶揄の対象となり、それが炎上する。先にとりあげた、とある法人の社長も、容姿や交際関係、仕事に関する真偽不明な噂話を書きたてられた女性も、むしろ被害は削除要請を出してから爆発的に増えたと証言している。これを当時の2ちゃんねるユーザーは獲物がやってきたとばかりに面白がって「炎上」させていたのである。

 言論には言論で反論すればいい、というのが西村博之氏の2ちゃんねるの思想だが、圧倒的多数の匿名の言論に対して、ひとりの個人が実名を出されて反論するのなど、不可能にして、あまりにも残酷すぎる。このように、削除要請の仕組みは、申し立てた実名を出された被害者を、匿名の無数の人たちが糾弾する娯楽の場でしかなかったわけである。

 西村氏と組んでニコニコ動画を立ち上げたこともある株式会社KADOKAWA取締役は、西村氏が裁判を多数かかえてしまった原因を、次のように説明している

 「ネットはそこまで一般的ではなかった。2ちゃんねるに悪口を書かれた人もネットの使い方を知らない人が多くて、2ちゃんねるにアクセスして、そこで削除要求をするなんてことはできない人が多かった。弁護士もそうだった。なので、2ちゃんねるが用意した削除要請のフォーマットは見てもらえず、いきなり訴訟をおこなうケースが全国で多発していた」

 これは事情がだいぶ違う。まず西村氏が管理責任を放棄しているとして訴えられたケースでは、複雑きわまりない「削除ガイドラン」と称した2ちゃんねる独自のルールと、削除の可否を判断するボランティアの恣意的な判断で受け付けられなかったケースが大半である。

 たしかに削除要請が公開される二次被害を避けて、直接裁判所にリモートホスト情報の開示を求めたり、削除を求めていたケースはあった。しかし、私が話をきいたケースのほとんどは、まずは先に2ちゃんねるに削除要請を行っている。そしてその結果、二次被害が拡大することになってしまった。

 念のために書いておけば、法的には2ちゃんねるの削除要請を使わなければならないという理由はない。直接裁判所にもっていくのも自由だ。

 この2ちゃんねる独自の削除要請ルールについては、後述する「ペット大好き掲示板」事件で「被告が定めた削除ガイドラインもあいまい,不明確であり,また,他に本件掲示板において違法な発言を防止するための適切な措置を講じているものとも認められない」と、あっさりとその不備を指摘されている。先の飲食店経営者の女性は、2ちゃんねるへの削除要請が二次被害を招くことをおそれて、2ちゃんねるの公開される削除要請をつかうことなく、直接司法の判断を仰いでいる。これは賢明な措置であろう。

 先の女性は納得がいかないという表情で続けて話す。

 「その裁判後も、ずっと私の経営する店舗のデタラメな風評は残り続けています。今でもネットに残っている昔の2ちゃんねるの書きこみを転載されているサイトをみて『あれは本当のことなんですか?』と聞いてくる人もいたぐらいです。ネットに一度拡がったウソは消すことは難しいんです。もう20年もたったのに……。裁判費用も強制執行費用も私が払ったものです。それなのに、今、西村氏はああしてテレビに出て笑っている。私はまったく納得いかないです。しかも最近では法律が不備だったとかウソを言っているんですよね。知ってましたか?」

 もちろん私も知っている。すでにこの連載の冒頭(「Qアノンと日本発の匿名掲示板カルチャー【1】西村博之とジム・ワトキンスの2ちゃんねる骨肉の争い/上」) に書いているが、これは西村氏がレギュラー出演しているネット番組『ABEMA』での、元大阪府知事の橋下徹氏が言及したところから、西村氏が損害賠償金を払わない論拠としているものだ。

 どういうことかといえば、ネットの違法書き込みの責任は誰にあるかを法的に整理した「プロバイダ責任制限法」が、西村氏が損害賠償金を支払ったという裁判が行われてきた頃には存在しなかったというのだ。そのために、西村氏は一方的に敗訴しつづけてきたというのだ。だが、これは西村氏が「論破」する弁論術で使うレトリックにならっていえば「ウソ」である。

 2ちゃんねる裁判が多数行われていたのは、プロバイダ責任制限法は施行(2002年5月27日施行)されて以降というのが事実である。むしろそれ以降のほうが多いはずだ。例えば、これまで話を聞いてきた最初の被害者のみが、この法律以前に訴訟をおこしているが、それ以外の被害者の方々はすべて施行後の話だ。これ以降の1年間だけで法人1社、個人6名から訴えられている。

 前述のとおり2007年までに、西村氏は43件の裁判に敗訴しているが、このうちプロバイダ責任制限法施行以前は、私が把握しているかぎりは2-3件、多くても10件に満たないだろう。むしろ法整備が整って、裁判例も積み重なったプロバイダ責任制限法施行以降に、この法律のもとに裁判が多発し、そして敗訴しつづけてきたのである。本人はこんな簡単な事実すら忘れてしまっているのである。

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筆者

清義明

清義明(せい・よしあき) ルポライター

1967年生まれ。株式会社オン・ザ・コーナー代表取締役CEO。著書『サッカーと愛国』(イースト・プレス)でミズノスポーツライター賞優秀賞、サッカー本大賞優秀作品受賞。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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