清義明(せい・よしあき) ルポライター
1967年生まれ。株式会社オン・ザ・コーナー代表取締役CEO。著書『サッカーと愛国』(イースト・プレス)でミズノスポーツライター賞優秀賞、サッカー本大賞優秀作品受賞。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
Qアノンと日本発の匿名掲示板カルチャー【7】
「テレビにあの人の姿が出てきて驚きましたよ。まだ裁判のことで賠償金も払われていない。ましてや謝罪などもない。私がどれだけ2ちゃんねるにあることないこと書かれて迷惑をかけられたか。結局裁判費用だけがかかった。今でもはらわたが煮えくり返る想いです。それがニヤニヤと笑ってテレビに出ている」
2ちゃんねるに、経営する法人の虚偽の事実が書き込まれ、これをサイトの管理人である西村が放置したことを巡って行われた裁判の被害者は、憤って筆者にぶちまけるように話す。2ちゃんねるが最初期に始まって最初期の裁判の原告の方である。その後に数えきれないくらいに西村博之氏相手の裁判は続いたのだが、その裁判での判決は判例となり、以降の裁判で参照されることが多い。その賠償金数百万円は、今も支払われてはいない。
被害者はまだまだいる。こちらは女性だ。
「西村がテレビに出てくると、すぐにチャンネルを変えています。あんなろくでもない男がワイドショーで偉そうなこといえるのか、呆れかえりますよ。テレビもテレビですよ。なんであんな男を出すんですかね」
女性は、やはり西村の2ちゃんねるで誹謗中傷や虚偽の事実の投稿によって名誉を傷つけられたとして訴訟をおこした。内容は容姿や交際関係、仕事に関する真偽不明な噂話等々。この件も同様に高額の賠償金が西村に命じられたが、いまだに支払われてはいない。もちろんすでに時効だ。裁判を行っているあいだも、西村博之支持の2ちゃんねるユーザーに執拗に一時期あることないことを書きこみ続けられ、ついには脅迫めいたこともあり、勤務先にはボディガードまでつけていたこともあるという。裁判は勝ったものの、賠償金数百万円は支払われなかったため、弁護士費用も全て彼女の負担になったままである。
2ちゃんねる被害者で西村博之氏を訴えた人物にはこと書かない。もうひとり、こちらもやはり女性である。
経営する飲食店について誹謗中傷や虚偽の投稿が続いていたため、2ちゃんねるの投稿の削除とリモートホスト情報の開示を求めて訴訟を起こした。この訴えでは、当時は珍しいケースだが西村氏側の意向でいったんは和解した。この時、西村氏は弁護士をつけて対応している。条件はその誹謗中傷書きこみした人間を特定できるようにするリモートホスト情報を開示することだった。この時に西村氏は、投稿は自ら削除している。しかし・・・
「別に西村氏に恨みがあったわけではないです。ただ、店の営業妨害となる行為をやめさせたかっただけです。だから和解が成立して、書き込みの犯人がわかるということで先に進めると思ったんですが……。それが西村氏が、突然リモートホスト情報は保存されていないので提出できないと、和解後に話していることが変わったんですよ」
女性は当時の裁判記録を筆者にしめして、この経緯を説明してくれた。
この訴えに先立ち、誹謗中傷者を特定するリモートホスト情報保全の仮処分申請を本裁判より先に彼女はおこなっていた。そのうえでリモートホスト情報を開示するという条件で和解が成立したにもかかわらず、それができないと言い出したのだ。
西村氏はリモートホスト情報はすでに削除されてしまったという簡単なサーバー内部のログ情報をプリントアウトしたものに、お世辞にも丁寧とはいえない走り書きのメモを書きこんだものに、明らかに「三文判」を捺印した書類を裁判所に証拠として送ってきた。裁判所の技術には素人の裁判官にはその程度でいいと思ったのかもしれない。だが、それが必ずしもログが存在しない理由にはならないと即時に判断した裁判所は、追加でサーバー担当者の証言やその他のサーバー情報を提出するよう命じた。ここで西村氏はその要請を無視。裁判所の呼び出しも2度にわたって欠席し、そこから音信不通のような状態になる。
そのため女性はあらためて、このリモートホスト情報を開示するために間接強制を申し立てた。発信情報を開示しなければ1日10万円の制裁金がつくことになった。もちろんこれも支払われていない。
これではラチがあかないと、女性は発信者情報開示のための保全執行を申し立てた。これにより、西村氏が当時住居としていた新宿のマンションに、裁判所命令で差し押さえ要員が早朝に踏み込んだ。西村氏は差し押さえ当時、この住居にいたのにもかかわらず居留守をつかって無視。そのため同行していた錠前技術者2名がドアをこじ開け、チェーンロックを切断し、そこでやっと本人が顔をだした。これで観念したのか、やっと素直にパソコンを差し出したとのことだ。この保全執行にかかる費用も彼女の負担だった。
さて、ここまで2ちゃんねるだけが、次々と法的にこじれる事態を招くことになったのか。もちろん西村氏の被害者に対する不誠実な対応が一番の原因であるのだが、それ以外にもうひとつ、二次被害の温床となった2ちゃんねるの削除要請の独自のルールがある。
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