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骸骨魔術師のプレイ日記 作者:毛熊

第二十章 古代兵器争奪戦

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古代兵器争奪戦 その十四

 ネナーシ達の身を削った策によって、『寛容』の速度は目に見えて遅くなった。それだけではなく、空中での機動力も大幅に低下している。これは『寛容』が回避に成功する確率にも影響を及ぼしていた。


「手応えアリだ!」

「こっちも、ね!」


 さらに『寛容』にとって不運だったのは、後翅を糸で拘束された後に本能のまま迫った相手がルーク君達だったことだろう。ルーク君の聖剣と相棒の軽戦士はようやく治った節足を数本まとめて切断し、重戦士の盾で殴打され、魔術師の【火炎魔術】を使ったらしいオリジナル魔術によって炙られていた。


 『寛容』は明らかに大きなダメージを負っているようだった。後翅の一部は満足に動かず、節足は斬り落とされ、外骨格は熱で歪んでいる。見るからに満身創痍であった。


「シンキ、まだアレは残っているのか?」


 だからこそ、私はあの強くなった『寛容』が再び卵を生むことを危惧していた。一匹で90レベル以上のプレイヤーを相手に互角以上の強さを発揮し、その速度で複数のプレイヤーを翻弄する。これほどに強化された『寛容』が、増殖したら勝ち目などない。仮に再び産卵するのなら、きっと彼女の持つ量産型『強欲』が必要になるからだ。


 私の問い掛けに対して、シンキは首を横に振って返答した。閻魔城には在庫があるのかもしれないが、少なくとも今の手持ちにはないということだろう。それは産卵された時点で我々が敗北することを意味していた。


『大丈夫だよ。絶滅しかけたことで変異個体が産まれたのだろうけど、あれだけの戦闘力と回復力を何の代償もなく得られるわけがない。自分だけで出産出来るっていう特徴こそなくならないけど、無数の卵を即座に産むことはないよ』


 私の懸念を察したのか、泳いで接近していたアグナスレリム様は私にそう語った。推測でしかないはずなのだが、アグナスレリム様は何故か自信を持って断言している。どうやら何らかの根拠があるのだろう。


 私はアグナスレリム様を信じることにした。そうしなければもう諦めるしかないからだ。ただ、速度が落ちたとしても『寛容』の節足の鋭利さと機敏さは変わらない。そして大きくなったと言えどもここにいる人数を活かすには小さすぎる。今までのように寄ってたかって倒すのは不可能だった。


「今のように少しずつ削っていく戦法を続けるしかないのか?だが、それでは逃げられる可能性もある。どうすれば…」

『ふむ…ここは一肌脱ごうか』


 そう言ってアグナスレリム様は私に作戦を伝える。彼の作戦は上手く行けば確実に倒せるだろうが、成功しようが失敗しようがアグナスレリム様の負担がかなり大きい。個人的には反対であった。


 だが、私には代替案が存在しない。そしてそれを考えるような時間もなさそうだ。故に私は渋々ながらもうなずき、早速準備に取り掛かるのだった。



◆◇◆◇◆◇



 後翅を固定された『寛容』は、プレイヤー達の猛攻にさらされながらも決して逃げることはなかった。何故なら彼または彼女には目の前の生命体を捕食し、自己増殖する本能しかなかったからである。イザームの逃げられるかもしれないという懸念は杞憂に終わっていた。


 だが、決着を急ごうとする判断は正しい。絶滅を避ける本能によって誕生した『寛容』の変異個体は、異常なほどの回復力を誇っている。節足を何本斬り落とされようが外骨格を炙られようが、死なない限りはすぐに回復して動き回ることが可能なのだ。


 プレイヤー同士で争い、『寛容』の群れとの戦った後、群れを滅ぼすべく己の使える最高の技を放ったのだ。プレイヤー達の消耗は激しく、中にはすでに魔力や消費アイテムが枯渇している者もいる。彼らはもう限界に近かった。


「いい加減に、しやがれっ!」

「本当にしぶとい!」


 猛然と突っ込んでくる『寛容』の節足を防ぎ、顎を回避して、プレイヤー達は武技や魔術を叩き込む。確かにダメージを与えた感触はあるものの、『寛容』は決して倒れず、そして止まらなかった。


 この回復力に支えられた耐久力は、プレイヤー達の集中力を徐々に削っていく。対処を誤って節足で斬り裂かれたり、顎によって身体を食われたりする者がちらほら現れていた。


 このままではジリ貧になって敗北してしまうかもしれない。そんなネガティブな空気が流れつつある中で、動揺するどころか最初と同じ熱量で戦い続ける者達も少数ながら存在していた。


「行くぞォ!オラァ!」


 その筆頭格がジゴロウである。彼は『寛容』が最も近い位置にいる生命体に近付くという習性を利用して先回りをしていたのだ。


 素手で節足を千切った相手だと認識するほどの知能はなく、ただ本能に従って突撃する。ジゴロウはニヤリと笑うと、ギリギリまで引き付けてから炎と電撃をまとった足で蹴り上げた。


 蹴った右足と節足がかすった胸板には深い裂傷を受けたものの、ジゴロウは目的を果たしている。胸部の外骨格に大きな亀裂が入り、炎と電撃によって黒く焼け焦げた『寛容』が蹴り上げられたその先には、複数の人物がいたのである。


「多数で一匹を襲うのは趣味ではありませんが、この虫は危険過ぎます。確実に殺しますよ」


 そう言って襲い掛かったのはウスバ率いる『仮面戦団(ペルソナ)』だった。彼らはそれぞれの得物で『寛容』の身体を抉っていく。みるみる内に『寛容』は傷付けられ、傷だらけになってしまった。


 だが、それでも『寛容』は討ち取れていない。一瞬でズタボロにされたものの、まだ生きている。それどころか回復速度が上がったのか、彼らによって付けられる以前の傷口はすでに塞がりつつあった。


「フザけた回復力だなァ、オイ!」

「これで手が足りないとは…!」


 ジゴロウはまだ戦えることを喜び、ウスバは自分達が全員で攻め立てたというのに弱った様子すら見せない『寛容』にショックを受けている。『仮面戦団(ペルソナ)』は全員が一人でパーティーを襲撃し、勝利するほどの腕前を誇っている。その全員でも討ち取れなかったことはプライドを酷く傷付けていた。


 ウスバの心情など知ったことではない『寛容』は、本能のままにに飛び続ける。そして近くにいた七甲とミケロ、そしてミケロに乗りっぱなしだった紫舟に襲い掛かった。


「くっ!」

「大丈夫かいな!?」

「このぉ!もう一回糸でっ!」


 空中での機動力が高い七甲は『寛容』の顎を回避したのだが、浮遊しているだけのミケロは咄嗟に回避出来なかった。最も大きな眼球は盾で守ったものの、先端に魔眼がある触手が三本ほど食い千切られてしまった。


 大きなダメージを受けて空中で大きく体勢を崩したミケロを慌てて七甲がフォローし、紫舟は怒りのままに後翅を固定した時のように糸によって拘束してやろうと試みた。だが、『寛容』は彼女が放った蜘蛛の巣が広がるよりも速くその下をくぐり抜けていった。


「行くわよ〜!」

「合わせるぜ!」


 ミケロを突破した『寛容』を待ち受けていたのは、邯那と羅雅亜、そしてセイだった。邯那が羅雅亜に乗っているのはいつも通りだが、セイは【奥義】を使って従魔達と融合している状態である。蝶の翼を羽ばたかせた彼は、全力で空を駆ける羅雅亜に匹敵する速度で飛んでいた。


 ただでさえ高速で飛行する『寛容』に向かってあえて自分から接近する三人からすれば、『寛容』が迫ってくる速度は相対的に後翅が固定される前よりも高い。しかしながら、高速での戦いに慣れている彼らにとってタイミングを見誤るほどの速度ではなかった。


「えいっ!」

「おらよ!」

「食らえ!」


 邯那の方天戟が顎を斬り落とし、セイの棒がジゴロウによって脆くなっていた外骨格を砕き、羅雅亜が角から発した電撃が傷口に突き刺さる。流石の『寛容』もこれは効いたのか、空中での姿勢は大きく崩れた。


 錐揉み回転しながら墜落する『寛容』だったが、死なない限りはその圧倒的なまでの回復力によってすぐに調子を取り戻す。体力を削りきらない限り、『寛容』にとっては軽傷も重傷もさほど違いはないのだ。


『だからこそ、誰かが動きを止めなければね』

「ギギギギギ!」


 落下する『寛容』だったが、その前に現れたのは水中を移動してわざと目の前に現れたアグナスレリムだった。『寛容』は本能のままに落下の勢いを乗せて突進し…アグナスレリムは回避する素振りすら見せずに身体で受け止めた。


 『寛容』の顎はアグナスレリムの鱗を容易く食い破り、その肉に到達する。アグナスレリムは苦悶の咆哮を上げるが、その口角は不敵に上がっていた。


『今だ!やれ!』

「お任せ下さい!」

「グオオオッ!」

「クルルルル!」


 自分の胸部に顎を突き刺した『寛容』を、アグナスレリムはヒレのような前足で固定した。彼は自分の身体を文字通り餌として、『寛容』の動きを止めたのである。


 そこへ殺到したのはアグナスレリムの策を聞いていたイザーム達とシンキだった。シンキが投擲した刺股が『寛容』を挟み込んでアグナスレリムから離れられないようにすると、ヒュリンギアが鋭利な尻尾を連続で突き刺す。そこへカルナグトゥールが回転して速度と体重を乗せた尻尾をアグナスレリムごと叩き付けた。


 アグナスレリムほどではないにしろ、カルナグトゥールは成熟した(ドラゴン)である。彼にとって最強の一撃は、アグナスレリムの鱗を砕くのには十分な威力を誇っていた。『寛容』はグシャリと潰れ、アグナスレリムは痛みを押し殺して耐えた。


「いい加減に、滅びろ」


 それでもまだ『寛容』は死んでいない。虫の息ではあれど、まだ生きている。そこへ最後の一撃を叩き込んだのは、カルナグトゥールの背中から飛び降りたイザームだった。彼の持っていた豪奢な杖は何故か真っ黒に染まっており、その杖を『寛容』に突き立てる。


 すると、『寛容』の身体はまるで砂の塊だったかのように崩れていく。死の間際に産卵しようとしたようだが、アグナスレリムの言ったように即座に卵が出てくることはない。自己増殖を行う前に、『寛容』は消滅してしまう。目覚めた古代兵器は、甚大な被害をもたらす前にプレイヤー達の手で討伐されたのだった。

 次回は10月26日に投稿予定です。

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