【旧】ようこそ『Lを継ぐ者』のいる教室へ【未完】   作:どろどろ

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正当なる後継者

 ──人は平等であるか否か。

 

 古来から人類が戦い続けてきた永遠の命題だ。

 社会という組織は、その構成員である人民に対し、ある程度の平等性を担保しなければならない。社会を維持するために人々の献身と帰属意識が必要不可欠であるからだ。

 完全で完璧な平等なんてあり得ない。一様にそう唾棄してしまえば、社会……もしくは人類の間に共同意識は成立しないだろう。

 それは文明社会の否定を意味する。

 

 しかし、事実として平等という概念は存在しえるのか。

 人間は性別も身長も体重も容姿も性格も声質も、何もかもが異なる。

 みんな違ってみんな良い。そんな高尚な多様性の尊重心を、全ての人間が共有することなど不可能だ。

 全ての人間が全ての人間に同様の評価を持つ訳がない。

 限りなく公正な世界にも、紛れもない格差は存在する。存在しなければ競争は生まれないし、競争しなければ持続が出来ない。競争なき世には衰退しか待っていないのである。

 

 であれば、真の『平等』の落とし処とはどこにあるのか。

 

 ワイミーズハウス始まって以来の、『二人目』の天才はこう答えた。

 

「アホらしい。思考の無駄だよ」

 

 

 ◇◆◇

 

 

 ミズキ・リュウセイ。

 

 彼は中東の紛争地域で拾われた孤児だった。

 唯一覚えていたことは、日本人めいた自身の名前だけ。どうしてそんな場所にいたのか、両親とはどこで別れたのか、不自然に記憶が欠如していた。

 

 しかし……自分が何者かだなんてどうでもいい。

 様々な孤児を転々とし、最終的にはイギリスのワイミーズハウスに流れた彼は、いつの間にやらもう十五歳。未だに自分の正体を知らず、知りたいとも思わなかった。

 

 唯一興味があることと言えば、今日の夕方のおやつに何を出されるか、ということくらいなものだ。

 

 

『面白い』

 

 

 モニター越しに、変成器を通したような歪な声が聞こえてきた。

 どうやらミズキにとっての家族に当たるらしい孤児の子供たちは、そのモニターに群がり、彼の一言一句に耳を傾けている。

 映し出されるのは『L』の文字。

 彼はここの子供たちにとって羨望の存在だった。

 しかし、ミズキは得に興味を示さない。

 

 自分の方が、会ったことも見たこともない彼──『L』よりも、頭脳明晰かつ質実剛健で容姿端麗な完璧超人であり、偉大な人間であると確信することにしていたから。

 とどのつまり、ミズキは酷く傲慢だったのである。

 

 実際には勤勉でもないし、社会一般的な知識も極端に欠けており、容姿に至っては病的なまでに無頓着で、服装も不潔そのものだったのだが、ミズキは自分を過大評価するきらいがあった。

 

 

『……ミズキと言いましたか』

 

 

 しかし、Lはそんな彼に興味を示した。

 自分に興味を示さなかったことに、Lは心底興味を示したのである。

 自分に通ずる面影のようなものを幻視して、面白い、と。

 そう告げてから、彼はこう切り出した。

 

 

『あなた、私の名を継いでみる気はありませんか?』

「興味ない」

 

 そんな即答をLは予め知っていた。

 

『えぇ、でしょうね。だからこそ、です』

 

 

 掴みどころのない会話。

 それでも、一人目の天才と二人目の天才は互いの主義主張を、それだけで理解した。

 

「俺はアンタとは違う」

『しかし、似ています。まるで鏡を見ているようで……』

「あなたになる気はない。憧れる気も、ない。目指すつもりなんて毛頭ない。俺は適度に才能を発揮して、適度な労力を消費して、最大限の楽な生き方をするつもりだ」

 

 すると、モニターの向こう側で、彼が笑ったような気がした。

 

 

『あぁ、やっぱりですね。それでいいんですよ。私もそうだったので』

 

 

 それから一言、二言、言葉を交わしてから、二人は会話を打ち切った。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 そんな出来事からしばらく経ったある日、ミズキはハウスの責任者であるロジャーに執務室へと呼び出されていた。

 ただでさえ子供嫌いなロジャーは、怠惰にして傲慢なミズキとは特にそりが合わず──というかミズキの方が一方的に毛嫌いしており──不必要に話すということ自体珍しかった。

 

「匂うぞ、お前」

 

 開口一番これである。

 しかしミズキが臭いのは否定しようのない事実なので、何も言い返すことはできない。

 

「風呂は?」

「入ってないよ。身体が腐るわけでもないし」

「……はぁ」

 

 ロジャーは呆れ入るように溜息ごちる。

 ミズキが身体を洗う判断を下すのは、汗の匂いにつられて虫が集ってくるギリギリのラインである。相変わらず手間を省くことに命がけな少年に、ハウスの管理人はいっそ感心すら覚えた。

 

「他の子はそれぞれ目標を持って頑張っている。Lを目指し邁進する者も多い。にも拘わず、お前は何だ。十五にもなって独り立ちもせず、後継者の指名すら突っぱねて、干からびるまでハウスに齧りつくつもりか?」

「ロジャー、あなたももう高齢でしょう? 次の責任者に俺なんてどうよ」

「お前の怠慢で孤児院が破綻する未来しか見えん。それではワイミーに合わせる顔がない」

「あぁそう、そりゃ残念」

 

 ロジャーの懸念通り、ミズキは死ぬまでこの施設に寄生し続ける所存だった。

 要するにジャパニーズ・スネカジリ・スタイルである。DNAレベルで刻み込まれた呪われし本能だ。

 しかし、そんな考えはこのワイミーズハウスで通用しない。

 

「初めて“次のL”に値する天才が現れたかと思えば、それがこんなロクデナシとは嘆かわしいものだ」

「そんな記号に意味なんてないさ。それと、他の奴らが熱心すぎるんだよ」

「思い返せば、私はお前を甘やかしすぎたのかもしれないな……」

「ロジャーに甘えた覚えなんてないんだけど、俺」

 

 少年からしてみれば、ロジャーは父親代わりの存在だ。目に見えて甘える程好ましく思ってはいなくとも、家族として親しくは思っている。

 死んだら号泣するくらいにはちゃんと愛する家族だ。

 だが、やはりミズキは無意味な談話と洒落込む気になれず、急かすようにロジャーに問うた。

 

「で、本題は?」

 

 聞かれると、ロジャーは意味深な間を溜めて答える。

 

「──やはりお前が『L』を継げ、ミズキ」

 

 予想できなかった言葉ではないとはいえ、その申し出に少年は面食らってしまう。

 ロジャーの命令はこのハウスではある意味絶対と言える。別に虐待だとか、そういった暴力的な支配が施されている訳はないのだが、もしもここを追い出されたらと考えると、ミズキは彼に強く言い返すことが出来ない。

 

「……お慈悲を、パパン」

「パパと呼ぶな。虫図が走る」

 

 ゴミを見る目だった。

 

「だって面倒くさいんだもん。Lってずっと世界中の警察組織から難事件の解決依頼を受けてるんでしょ? なんで俺がそんな聖人みたいな生き方しないといけないのさ。俺の人生を世のため人のために使えだなんて、冗談じゃない」

「偏見だ。『L』は自らの自由意志のみでしか動かない。正直言って、彼にとっては後継者など、悪人でなければ誰でもいいのだろう。だから最も能力のあるお前が選ばれた」

「あれ、もう既に選ばれちゃってる感じ?」

 

 選ばれた、という表現は少々強引だ。そもそもミズキは立候補していないのだから。

 

「俺は絶対に継ぎませんよ。いざってときはニアとかが継ぐでしょ」

 

 ニアとはとあるハウス卒業生の先輩の名だ。昔は何度か推理ゲームで遊んでもらった。ミズキにとって兄のように慕う人物でもある。

 今はアメリカで特殊組織のリーダーをしているが、職業柄、Lの仕事を手伝うこともあるらしい。もしもLを継ぐとなれば、最も相応しいのは彼だと誰もが認めるだろう。

 しかし、それでもロジャーが強情なのには理由があった。

 

「ミズキ!!」

 

 退室しようとしたミズキを叱咤する声。

 突然のことで少年は立ち止まってしまう。

 

「……怒鳴らないでよ。恐いじゃん」

「エル・ローライトは死んだ」

 

 諦観を交えたような声音で、唐突に告げられる。

 

「…………は?」

 

 恐らくは、Lの本名だったのだろう。

 しかし、世界最高の名探偵と匹敵する頭脳を持つ天才児ですら、その言葉を脳内処理するのには大きな時間を要した。

 

「死にゆく彼が、後継者としてお前を指名したのだ。その意思を無碍にはしたくない」

「いや、意味分からないんだけど。なんで、どうしてLみたいな人が死ぬんだよ!? 世界の警察権力の『最後の切り札』なんだろ!? そんな人が死ぬ訳ないだろ!!」

 

 無意識に慕っていたのだろうか。

 ミズキは自分でも意外なくらい取り乱していた。

 人間はいつか死ぬ。当たり前のことだ。

 しかし、天才児ばかりが集まるワイミーズハウスで、英雄の如く祭り上げられていた存在の死は、ミズキにとって小さな衝撃なんてものじゃなかった。

 

(そうか。尊敬、してたのか俺)

 

 世界中の知識人を束ねる彼に、畏敬にも近い念を抱いていたのか。

 一番親しい兄弟が亡くなったかのような喪失感が、ミズキを襲った。

 

「死因は!?」

「糖尿病だ」

「マジかよ」

 

 まさかの病死であった。残念だが一番ありえる死因だ。

 

(四六時中お菓子ばっか食べてたらしいからな、あの人……)

 

 ちょっと間抜けというか、しかしLらしい最期でもあった。

 てっきり凶悪な犯罪に首を突っ込んで犯人に返り討ちにされたのかとか思っちゃって、ミズキは子供ながら復讐心を勝手に抱いていたのだが、まさかの病死とは。考えて見れば妥当すぎる。

 

 宇宙最強のサイヤ人も心臓病には勝てなかった。

 同じように、最高の名探偵も糖尿病には勝てなかったということか。

 

「……ハウスのみんなはこのことを?」

「まだ知らんし、今後も教える気はない。差しあたってはLの業務をニアが引き継ぐ手筈だ」

「じゃあそれで良いじゃないか」

「だとしてもだ。死者の遺言を完全に無視することは出来ん。どうだろう、検討くらいはしてくれないか」

「…………」

 

 ミズキは沈黙して考える。

 Lがどうしてこんな俺を後継に指定したのか。

 特別親しかったわけでもないし、大して言葉を交わしたこともない。ならばきっと、その動機は『何となく』だ。ロジャーはミズキの能力を評価して次代のLの座に据えられたと考えているようだが、あの探偵の心情はもっと単純で、短絡的で、子供のようにしょうもない。

 

(自分に似ていたから。──そんなことを言ってたっけ)

 

「そんな理由で、俺のことを……」

 

『L』の仕事の同程度の社会貢献を行え、と言われれば片手間にこなせる自信はある。

 人生が拘束されるかと言われれば、実際にはそんなこともないだろう。Lの資産を受け継いで、悠々自適に生活し、ただ存在しているだけでも社会にとっては有用だ。

 しかし、名前を貰う以上はそれなりに働かなくてはならない。

 そんな勤勉な日本人らしい責任感を、ミズキは中途半端に持ってしまっていた。

 

「……まぁ、仕方ないな」

「考えてくれるか?」

「俺のラストネームのイニシャルもLだし、丁度いいのかもね」

 

 嫌だ嫌だと言いながらも、その実そんなに嫌でもないのだ。

 ……継いでやろう。

 ミズキがそう口に出そうとすると、阻むようにロジャーが言った。

 

「しかし、お前がLを継ぐことに関して、一つ条件がある」

「条件?」

「L自身が、お前に出した『Lを継ぐための条件』だ。実質、試験と言い換えてもいい」

「へぇ、……聞こうか」

 

 他人に無関心なことで知られるLが、後継指名をするどころか、ご丁寧に試験まで用意しているとは。

 もしかすると、人生最後の一幕に、己の死期を悟って後継育成に精を出してみる気にでもなったのだろうか。気分屋で好奇心旺盛な天才が残した試験の内容を、ミズキは真剣な面持ちで聞いた。

 

「高度育成高等学校を卒業しろ、だそうだ」

「……何それ」 

「調べたところ、日本の学校らしい。そこで年齢相応の学生として生き、健全な人間性を育め、と」

「いやいや、意味が分からないんですけど」

 

 今更人間性など。

 不要だ。どう考えても足枷にしかならない。というか人間性、という表現が抽象的すぎる。

 協調性や社交性という意味なら、それは周囲に適合するために自分を殺すための才能だ。突出した天才にそれらの能力は不要だし、Lだって大して持ち合わせていたとは思えない。

 

 しかも、それをわざわざ日本の学校で育むだと? 面倒にもほどがある。

 その上──

 

「……日本の学校って、確か飛び級制度あんまなかったよね?」

 

 高等学校ならば三年間、平均的な人間の人生における二十五分の一に相当する時間が奪われることになる。どのような天才であっても例外はない。

 その制度は、緩やかに子供の精神を成熟させるゆとり教育の最たるものだ。

 はっきり言って、ミズキはそれを素晴らしいとすら思っている。

 ただし、自分に必要かと言われるとそうではない。

 

「どうして俺より頭の悪い連中に教えを請わなきゃならないんだよ。一人遊びの方が万倍有意義だ」

 

 傲慢に過ぎたミズキは、自分に比肩する頭脳を持つ人間は、この世に皆無だと信じることにしていた。

 Lやニアといった、ミズキリュウセイと同格かそれ以上である、と無意識に位置づける天才は確かに存在するが、ミズキはその事実から悉く目を逸らしている。

 

 そんな彼が、今更普通の教育なんて受け付けるだろうか。

 

「無理強いはしない。条件が不服なら、不本意ながらLの名は正式にニアを与えよう」

「……ふぅむ」

 

 沈黙して思惟に耽る。

 Lの仕事を継ぐ──別にそれはいい。要する労力と能力に予測がつくからだ。

 しかし日本の学校に通い、卒業する──考えただけで頭がバグりそう。絶対面倒なやつじゃんか。

 

「まぁ、別に良いけどさぁ……」

 

 悩んだ末、渋々といった様子でミズキは首肯した。

 死人の願いが、奇しくも彼に責任感というものを芽生えさせたのだろう。

 

 死者が最後に残した願いを叶える。

 元より信心深い彼ではなかったが、死者の弔いには重大な意味を直感している。

 しかし、最後の最後にとびきり面倒な難題を押し付けられたものだ。

 

「高度育成高等学校、か」

 

 日本の高等教育機関。

 高度。日本語は良く知らないが、確かAdvancedに通じる意味合いだっただろうか?

 

 それは他の教育機関との差別的ニュアンスを明確に提示している。

 

 私立にせよ公立にせよ、自校を発展済み(Advanced)と言うからには、他校を発展途上(Advancing)と称していることになる。間違いなく、革新的な教育制度が敷かれていると断言できる。

 それでも、だ。

 今の段階で楽しみとは思えなかった。 

 

(ハイスクール、ね。そんな()()()()に、俺を高める価値があるとは思えないけど……)

 

 不満に駆られながらも、ミズキは使命感めいた強迫観念に従ってやることにした。

 

「分かったよ。俺も少しは真面目に取り組むことにする。条件は『卒業』だったね?」

「では……」

「三年間だ。全く以て意味不明で、理解不能な試練ではあるが、そのために俺の三年間を捧げる。だから約束してくれ──『L』を俺に継がせてほしい」

 

 ミズキが自分から何かをしたいと申し出るのは、ハウスにきて初めての出来事だった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 舞台はロンドン。

 体力のないミズキは最低限の荷物だけをキャリーバッグで引きずり、ヒースロー空港を訪れていた。

 都会の喧騒は苦手だ。既に人混みのせいで気分が悪い。

 顔色を悪くしたミズキは、空港のロビーに着いた途端に待合席に腰を下ろした。 

 

「──お迎えに上がりましたよ、Mr.ミズキ」

 

 数分後、ミズキの元に訪れたのは黒髪の男性だった。肌年齢はそれなりだが、整った顔立ちで若々しく見える。優男、という言葉が服を着て歩いているような人物である。

 

「ええと、あなたは……?」

「ニアの元で働いている者です。ジェバンニと呼んでください」

「はぁ。どうも」

 

 わざわざアメリカからご足労いただいたらしい。ありがたいことだ。

 ミズキは空港を利用するのが初めてである。一瞥すれば何となく仕組みは理解できるので空港内で迷子になることもないのだが、次期『L』の最有力候補でもあってミズキを一人にはしておけなかったのだろう。過保護なロジャーは彼に付添人を派遣した。

 それがこの男だ。

 

「君が決断してからまだ一週間ですが、日本語は習得できたのですか?」

 

 柔和に繕っているが、ジェバンニはどこか余所余所しい。

 

「頴娃弁以外は完璧に」

「完璧に、ですか。……流石は『二代目候補』ですね」

 

 男は感嘆の息を漏らした。

 ミズキは基本的に勉強をしない。生活に直結する知識以外を、全て雑学としているためだ。雑学に人生を費やすくらいなら、甘いおやつの研究でもしていた方がマシだと考えているのである。

 

 しかし、元々の頭脳が優れているため、いざ学習するとなったときの要領は凄まじい。

 

 例えばミズキがハウスに引き取られて間もなかった──そう、アレは8歳の頃だ。

 算数の勉強と題して、子供向けの授業が開かれたことがあった。

 子供らしく基礎の基礎。足し算から始まり、引き算、掛け算、割り算の仕組みを学ぶと、ミズキはその69秒後に円周率の方式を理解したのである。

 

 その後、ミズキが数学を学んで半日が経過した頃、彼の知らない数学の定理はこの世から無くなった。

 

 一を聞いて万を理解する男児。

 一から万まで仕組みさえ繋がっていれば、学ぶまでもなく習得できる。

 

 ただ、言語は別だ。

 日本語理解は完全に暗記の科目。いくらミズキといえど、使いこなすには一週間を要した。

 

 それが凄いことだと、今のミズキは知っている。

 彼にとっての『普通』が『異質』だと否定されたのは、いつからだったろうか。

 

「……流石と言われる程のことではないかと」

 

 ミズキは、自分の頭脳を特権だと感じたことは無かった。

 凄い、賢い、偉い、立派だ、流石だと褒められる度に、彼は何かを捨てていった。

 その『何か』とは──果たして何だったっけ。

 

 今ではもう思い出すことすら出来ない。思い出した所で、自分が満たされることがないと諦めてしまっているからだ。

 

「フライトの時間まで少しあります。どうですか、ニアと話されてみては?」

「あの人、来てるんですか? 俺以上の引きこもりでしょうに」

「いいえ、音声のみの通話です」

 

 そう言うと、ジェバンニは物々しい無線機をミズキに差し出した。

 思い返せば、ニアと話すのは数年ぶりだ。楽しみという程の興奮はないが、断る程の冷淡さも持ち合わせていない。特に抵抗もなく、ミズキは無線機を受け取る。

 

『お久しぶりです、ミズキ。元気にされていましたか?』

 

 盗聴の類を気にしているのか、Lと同じく、ニアもボイスチェンジャーを挟んだ声だった。

 男か女か、大人か子供かも分からない機械音。ミズキとしては年の離れた兄のように思っている存在なのだが、向こうはそうでもないのだろうか。

 警戒されていることに傷心しながらも、ミズキは平静と返事をした。 

 

「ぼちぼちってとこ。そっちは?」

『普通です』

「……」

『……』

 

 会話が膨らまず、すぐに訪れた沈黙。

 人付き合いを捨てた天才同士の会話は気まずいものだった。

 

『……Lの件は聞きました。そこで一つ、私からあなたに言っておきたいことが』

「へぇ、何なの?」

『昔から、ミズキには致命的に足りていないものが……いいえ、自覚していないものがありました。私やメロはすぐに分かりましたが、あなたは自覚することを諦めている』

「……というと?」

『今回のLの宿題は、ソレに気付くためのものだと思います』

 

 きっと、如何に神のような頭脳を持った人間でも、自分一人の論理的な思考だけでは辿り着くことが出来ない答えなのだろう、ソレは。

 ミズキリュウセイは、何年ぶりか、難解な問題に眉を顰めた。

 

『──どうぞ、多くの“興味”に満ちた旅を』

「それはどういう……」

 

 プツン、ツー、ツー、と音がして通話が終了する。

 多忙なのは分かるが、本当に言いたいことを一方的に言われただけだった。ジェバンニがミズキの元に向かわされたのも、会話の機会を作るためだけだったりするのだろうか。

 

「……何が言いたかったんだ?」

「……」

 

 それを見て、ジェバンニは口を引き結んでいた。

 その様子から察するに、つまり──なるほど、彼は知っているのだろう。ニアの言った『ミズキリュウセイが自覚することを諦めたモノ』が何なのか、既に聞き及んでいるのだろう。

 

「ふぅん」

「っ」

 

 ビクン、とジェバンニの肩が揺れる。

 

 説き伏せて、聞き出してやってもいい。

 ただ、興味がない。どうでもいい。知ったところで意味がない。だからミズキは不必要に追及することもなく、無線機を男に返した。

 

「ミズキ、日本に帰化するという形で新たな戸籍を用意しておきました。目を通しておいてください」

 

 交換するように、ジェバンニからパスポートが渡される。

 

「これが第二のあなたの名前です」

 

 そこには、ミズキの名が日本名で記されていた。

 

「──深月(みづき)流世(りゅうせい)、ね」

 

 ニアもそうだが、ハウスの出身者は本名を使うことを嫌う。他人に自分の正体をひけらかしたくないという強迫観念にでも囚われているのか、何かにつけて偽名を用意するのだ。

 一人の人間に別の名前を用意するなど、容易いことなのだろう。

 まぁ、今回の場合で言うと、元々の読み方に漢字を振っただけなのだが。 

 

 これが彼の人生の転換点。

 

 ミズキリュウセイ……改め深月流世は、新しい季節を予感して溜息を吐く。

 

 日本での、新生活が始まろうとしていた。

 しかし。どれだけ頑張っても、それを楽しみとは欠片も思えなかった。

 

 

 




頭脳差設定
エル≒ミズキ>>>ニア≧メロ
くらいの感じで書いてるつもりです。

よう実キャラ含めたら、多分この四人の中に食い込むキャラは綾小路と高円寺くらいかなぁ、と勝手に思ってますけど。どうだろう、ちょっと分かんない。
良ければ感想で色んな意見聞きたいです。

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