ノーベル賞中村修二氏についての嘘と誤解

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2014年10月7日、青色LED開発などで知られる中村修二氏がノーベル物理学賞を受賞しました。中村修二氏は以前から青色LED開発当時在籍していた日亜化学工業と開発に対する報酬で争っており、今回の受賞にあたり報道も「技術者は企業の奴隷じゃない。イチロー並みの給料を要求して何が悪い」との言葉を掲載しています。

200億円の権利訴訟を起こし、技術者の正当な報酬の権利を主張した中村氏を不遇の英雄扱いしてきたマスコミですが逆に日亜化学工業側の主張については中村氏の主張に比べ積極的に報道していないように思えます。
果たして中村氏の主張は100%正しいのでしょうか?

青色LED開発の報酬が2万円というのは真実か

青色LEDの開発により会社は80もの特許を取得し、莫大な利益をあげました。しかし、社員として中村教授が受け取った報奨金はわずか「2万円」でした。
青色LEDの開発、過去には訴訟にも発展(TBS系(JNN)) – Yahoo!ニュース

「報奨金」としての2万円という額は日亜化学工業側も否定していないようなので事実として、「報奨金」以外の形式での報酬が一切無かったかのように報じるのは事実ではないようです。

この貢献に対し,当社は中村氏にボーナスや昇給という形で報いてきたつもりです。1989年から11年間の合計で,同世代の一般社員よりも6195万円ほど上乗せして支給しました。45歳で中村氏が退職する際の給与所得は2000万円弱。
中村裁判 – Tech-On!

日亜化学工業は中村氏の給与を増やしており年間約563万円同世代の他社員より多く支払っています。この額が多いか少ないかの妥当性は置いておくとして開発に対する対価が全額で「2万円」であるかのように書くのは意図的な事実の隠蔽と言えるでしょう。もはやこれは「嘘」と言っても良いほどで、日亜化学工業側のイメージ悪化を強力に手助けしています。

この元従業員は退職する直前には、主幹研究員という、当社では部長待遇の研究員でした。40代半ばでしたが、給与は当社の役員の平均を上回る額を貰っていました。
また、退職した年には、国内外を含め、年の半分近くは学会等への出席のために出張しておりましたが、会社はよほどのことが無い限り当人の申請どおり許可しておりましたし、それらの費用は全て会社で負担しておりました。
知的財産権関連情報/日亜化学工業株式会社

給料の上乗せだけでなく役職も部長待遇。さらに会社に利が有ると判断の上とはいえ年の半分程度実際の研究以外の出張を許可し費用も全額会社負担しており直接的な金銭の受け渡し以外の形で中村氏を優遇しています。

この元従業員は退職したときには開発部主幹研究員(部長待遇の、研究者としての最高職)にありました。またその年の9月からはそれに加えて窒化物半導体研究所所長という役職を与えました。この研究所は最初は部下等はおりませんでしたが、窒化物半導体に関する研究テーマを彼に自由に選んでもらい、それに必要な予算と設備・人員を与えるというものでした。
ですから退職するまで彼は開発部の研究員の頂点にいましたし、窒化物半導体という枠の中ですが、好きなテーマの研究をしてもらう用意を会社はしておりました。
知的財産権関連情報/日亜化学工業株式会社

また、研究環境としても会社の命ずるテーマで研究するであろう「主幹研究員」と自分でテーマを選んで自由に研究できる「窒化物半導体研究所所長」という2つのポジションを与えており自由度も高かったと思われます。この待遇をして「奴隷」と呼称するのは如何なものでしょうか?

世界初の青色LED開発は中村氏ではない

日亜化学工業では,1989年から青色LEDの開発をスタートさせました。そのとき先行していた,当時名古屋大学教授だった赤崎勇氏などの論文を検証する実験から始めました。
~中略~
つまり当社は,先行する「公知の技術」を学習して,これを基点に開発をスタートさせることにしました。
中村裁判 – Tech-On!

よく誤解されている事ですが最初に青色LEDを開発したのは今回中村氏と同時に受賞した赤崎勇氏・天野浩氏の方が先です。当然ながら中村氏の特許技術が青色LEDを製造するための唯一無二の技術ではないようです。
また、中村氏の特許(通称:404特許)はGaN(窒化ガリウム)の結晶を作る技術ですがGaNを使って青色LEDを製造するというアイデア自体も中村氏が思い付いたものではありません。この点が日亜化学工業が中村氏の貢献度を低く見積もる原因のようですがこの点もまた中村氏の主張に比べあまり報道されていないように思われます。

404特許の青色LEDに対する貢献度はどれくらいなのか

先ほども言いましたが,ツーフローMOCVD装置はあくまでもサファイアの上にGaNの結晶膜を作るためのものであって,これだけでは青色LEDにはなりません。ほかに必要な技術がたくさんあるにもかかわらず,なぜ中村氏の貢献度(配分率)だけがあれほど高く評価されるのかが理解できません。
中村裁判 – Tech-On!

日亜化学工業側の言い分としては
1.404特許は青色LED開発に対する多くの構成要素の一つに過ぎない
2.404特許は量産化に向かず青色LED開発技術の前段階に過ぎない
3.他メーカーも404特許を実際に使用した事は無く、結果的に見ても重要な特許ではなかった
4.実際に量産化した際の特許に中村氏は関係していない
と主張しています。

高輝度青色LEDや青色LDが光を放つには,三つの要素技術が必要となる。①下地層となる良質なGaN単結晶②p型GaN単結晶③発光層である窒化インジウムガリウム(InGaN)単結晶―だ。日亜化学工業にとっては,これらのすべてが「公知の技術」だった。
~中略~
ところが,三つの要素技術の中で当時最も難しいと考えられていたのは,GaN単結晶のp型化だった。赤崎氏のグループが電子線照射によるp型化を発表していたが,他の研究者が追試しても簡単には再現できない状況にあったからだ。この難易度の高いp型化を日亜化学工業で実現したのは,中村氏ではなく,妹尾氏と岩佐氏である。
Tag’s nice tales. – 中村氏の「真の貢献」について,長浜氏と同じく日亜化学工業の研究者である岩佐成人氏と山田孝夫氏,成川幸男…

少なくとも中村氏の特許と同等程度には貢献したと言って差し支えない技術は中村氏の同僚によって開発されており、もし中村氏の主張200億円(裁判所は対価の見積もりを604億円としたが中村氏が200億円しか請求していなかったので満額の200億円になった)が正当なら他の社員数人にも200億円あるいは600億円払うべきでありその場合日亜化学工業の経営は破綻しかねないのは容易に想像できます。

次に,本特許権の貢献度については,青色LEDに関連する重要な技術としては,本特許権のほかにGaNバッファ層の発明や,不純物Mgドープに関する発明,p型化アニーリングの発明などがあるが,これらの技術や発明は競合会社である豊田合成株式会社やクリー社にそれなりの代替技術があり,圧倒的な競争力を有する高輝度のLEDやLDについては本件特許の貢献度が100%であり,その他の技術や特許の貢献度はゼロというべきであるとしている。
http://www.jpaa.or.jp/activity/publication/patent/patent-library/patent-lib/200408/jpaapatent200408_041-049.pdf

一方で中村氏は404特許以外の技術の青色LEDに対する貢献度はゼロであると主張しています。しかし中村氏がGaN単結晶膜の作製に成功したのは1991年2月頃だが実際に青色LEDを発売したのは1993年12月であり、日亜化学工業に残る研究記録によれば中村氏が自分で研究していたのは1992年5月までとなっています。404特許の技術が青色LEDに対しての貢献度100%であるならば1992年5月から発売までの間が1年以上開いているのは矛盾しているように思われます。貢献度0%の取るに足らない部分に実際は1年以上掛けている訳ですから中村氏の主張には無理があります。

途中で開発中止命令が出たがあえて開発を進めたというのは事実か

裁判の争点の一つとして社長交代により開発途中で中止命令が出たが中村氏がそれをあえて押し切り開発したので職務上の研究成果ではなくその権利は会社に帰属しないという中村氏の主張がありますがそれは事実でしょうか?


https://matome.naver.jp/odai/2141276973674168701/2141284127057738503
日亜化学工業側の資料によれば社長交代後も毎年設備投資・試験研究費合わせて5億円以上を割いており人員も投入にしています。これだけ継続的に研究費を投資しておきながら中止命令を出すというのも不自然です。

この元従業員によると、窒化ガリウム以外の材料(ガリウム砒素)の研究をしてはどうかと社長が言ったとのことで、それを研究開発中止命令であるとしているようです。
~中略~
研究開発中止命令があったとされる時期の前後を通じて、この元従業員が会社に提出した所定の報告書にも、彼自身が中断なく窒化ガリウムの研究を継続していたことが記載されております。つまり元従業員の研究開発は上司の承認を得ておりましたし、この時期以降も当社は継続的に窒化ガリウム系LEDの開発に投資しておりました。そのことから明らかなように、窒化ガリウムの研究を中止せよと命令した事実はございませんし、研究開発中止命令の存在を示す客観的な証拠も一切提出されておりません。
知的財産権関連情報/日亜化学工業株式会社

社長からの中止命令が出てそれを無視していたにも関わらず中村氏は人事異動や処分を受けておらず証拠となる物を提出していないようですから客観的に言って中村氏の主張を疑わずにいられません。
また仮に中村氏の主張が正しいとしても従業員としての給料を貰いながら会社命令に背き、なおかつ会社の設備や人員を使用しておきながら会社の貢献度が0%とするのは問題が有ると思います。

最初のきっかけは、日亜化学工業の社長だった小川信雄氏が、青色LED開発という私のギャンブルを支持してくれたことだ。
中村修二教授「開発が偉大でも市場で勝てない」 : 科学 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

中村氏は青色LED開発がギャンブルである事を認識していたにも関わらず研究開発費500万ドルを要求しています。これは例えるなら「ギャンブルの掛け金を肩代わりして欲しいが負けても金は返さないし勝った時の勝ち金の半分は貰う」と言っているようなものです。中止命令が事実なら中村氏はその時点で退職し自分で起業するなり資金を集めるなりして研究を続ければ良かったのではないでしょうか?

中村氏の功績は全て「中村氏だけのもの」か

中村氏は当初の404特許だけでなく後に複数の特許権利を要求しています。また青色LED開発により日亜化学工業は80もの特許を取得し利益を得たと言っているようですがこれらの特許取得に対しての中村氏の貢献度はどれくらいだったのでしょうか?

この実験を基に「加熱処理だけでp型化できる」と推測した岩佐氏は中村氏に報告する。ところが中村氏は全く信用しなかったため,岩佐氏は再実験して確認した後,報告し直したという。その時にも「そんなはずがない。間違っているだろう」と中村氏に否定されるが,岩佐氏が自信に満ちた態度で断言すると,中村氏は自ら確認実験を行った。
このアニールp型化現象を発見する上で岩佐氏は「中村氏から全く指示は受けていない。入社間もなくてほとんど口を利いてくれなかったほど」と証言する。後に中村氏は,妹尾氏や岩佐氏が実現もしくは発見したp型化現象を,理論を後付けした上で誰にも知らせずに,妹尾氏や岩佐氏と連名の論文として発表する。筆頭者(ファーストオーサー)は中村氏だった。
Tag’s nice tales. – 中村氏の「真の貢献」について,長浜氏と同じく日亜化学工業の研究者である岩佐成人氏と山田孝夫氏,成川幸男…

社長からの中止命令を無視して研究を進めたことを自らの功績の要素として組み込んだ中村氏が逆に自ら否定した方法をさも自分の功績であるかのように論文で筆頭者に設定するというのはもう皮肉としか言いようが有りません。

中村氏は1993年までは実験の指示を出していたが,それ以降は自分で実験せず,他の研究者たちの成果を論文にまとめて外部に発表するようになった。論文はすべてファーストオーサーで,特許の発明者にも必ず名前を入れた。マスコミの取材や講演の依頼も同氏が対応した。「受賞時の賞金も同氏が1人で受け取った」(日亜化学工業)。
Tag’s nice tales. – 中村氏の「真の貢献」について,長浜氏と同じく日亜化学工業の研究者である岩佐成人氏と山田孝夫氏,成川幸男…

ただし、仕事の成果となると話は別です。中村さんの「すべて自分でやった」という趣旨の主張には多くの人が反論します。実際に青色LEDを実現するには無数の致命的な課題があったのですが、その解決策を提案し実現したのは中村さんの周りにいる若いエンジニア達でした。彼らが「こんなアイディアを試してみたい」というと、中村さんはきまって「そんなもん無理に決まっとる、アホか!」とケチョンケチョンに言い返したそうです。それでも実際にやってみると著しい効果があった。そういう結果を中村さんがデータだけ取って逐一論文にし、特許にし、すべて自分の成果にしてしまったんだ、と。
ノーベル賞を受賞した中村修二さんと日亜化学、いったいどちらの言い分が正しいのか?元日亜社員のつぶやき。 | 濱口達史のブログ

このように元同僚からは研究成果の横取りを批判されています。404特許は中村氏の功績が大きいと日亜化学工業も認めていますがその他の特許・論文に関しては中村氏の貢献度はかなり疑わしい部分が有ると言わざるを得ない状態です。
中村氏の功績を一定量認めつつ反論している日亜化学工業側と会社は金を出しただけで貢献度0%と主張する中村氏、どちらが信頼できるかと言えば個人的にはどうしても前者の方が信憑性が高いように思われます。

米国では多額の報酬が当たり前というのは真実か

米国は研究者にとって、多くの自由がある。必死で努力すれば、誰でもアメリカンドリームを手にするチャンスがある。日本ではそのチャンスはない。年齢による差別、セクハラ、健康問題での差別があり、米国のような本物の自由がない。
日本では大企業のサラリーマンになるしかない。企業が大きな事業をやっていても、社員は平均的なサラリーマンだ。米国では、何でも好きにやれる。
中村修二教授「開発が偉大でも市場で勝てない」 : 科学 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

このように米国では研究者は成果に応じた巨額の報酬が当たり前かのように中村氏は語っていますがこれに対して異を唱える人もいます。

少なくとも、アメリカでは企業発明者にこのような多額の報酬を与えることは全く無い。理由は簡単で、そもそも企業発明者は従業員という形で就業と生活の保証がされた上で発明をすることが義務として雇われ、それを反映した雇用契約書(報酬のあり方、額等)にサインしてから働くので、報酬の額は契約書に拘束され、争いになることはほとんどあり得ないからである。
日米特許最前線

非成果主義としての給与が保証され、発明が成功しなかったとしても大幅な減給等のリスクを払う必要がない。一方で企業は成功するかどうか不明な研究に投資しており常に大きなリスクを抱えている。多額の費用を投じてやっと成功した事業の利益が何割も従業員個人に持っていかれるのであればそもそもリスクを抱えて開発する意味が無い。例外的な企業は存在するとは思いますが経営者視点で考えればこのような体制は至極真っ当な物だと思います。

何故最高裁まで争わなかったのか

中村氏は東京地裁に発明の対価として200億円払うよう日亜化学工業を訴えました。この裁判では404特許による日亜化学工業の収入を約1200億円と予想(未来の収益も計算されています)し中村氏の貢献度が少なくとも50%はあったと算定して対価は約604億円とする判決を下しました。
これに対して日亜化学工業が控訴し、結果日亜化学工業が8億4391万円支払う和解で終結しました。8億4391万円の内訳は対価が6億857万円、遅延損害金が2億3534万円となっています。

青色LEDの発明対価をめぐる訴訟で、日亜と中村教授の和解が成立した。日亜の支払額は1審の200億円から大幅減額し、8億4391万円で決着。
青色LED訴訟、日亜が8億4391万円支払いで和解 – ITmedia ニュース

一審で1200億円の利益のうち発明対価として50%の600億円超の算定がされたにも関わらず和解では実質約6億円で合意しています(遅延金を除く)。対価の算定が100分の1になったのに最高裁まで争うこと無く和解したのは非常に不可解です。これは控訴時に日亜化学工業側が提出した資料や証言により中村氏側の勝訴が危うくなったからと見られています。

1.当弁護団は、「①和解に応じなかった場合に予想される判決内容、②上告審で高裁判決が破棄される可能性、③破棄された場合に差戻審で認定される可能性のある金額、④上告審で一審判決の金額が支持される可能性、
~中略~
など、本件に関する全ての事情を考慮して、依頼者の最大利益は、和解勧告を受諾することと考える」と依頼者に助言し、中村教授はその助言に従い、和解勧告を受諾することとしました。
中村修二教授の不本意な和解 | Blog | nozomu.net – 吉田望事務所 –

元の文章が消えているので孫引きになりますが、担当弁護団はこのまま裁判で争っても敗訴になる可能性があり、その場合に支払われる金額を考えると和解しておいた方が懸命であるとして中村氏に助言したということです。
要するにこの時点で裁判所も弁護士も日亜化学工業側に分が有ると判断していたと思われ、そもそも一審判決の200億円の勝訴という物自体が幻だったというわけです。日亜化学工業は中村氏の貢献度を約5%と主張していたので遅延金を払った事以外、実質上中村氏は裁判で負けた事になりますが世間的には「減額されたものの約8億円の支払いを勝ち取った勝訴」というイメージで報道されています。裁判で負けた中村氏が今でも雄弁に語る姿は違和感を覚えずにいられません。自分の主張に自信があるなら最高裁まで争えば良かったのに和解を受け入れながら中村氏は司法判断の不当性を語っています。

https://matome.naver.jp/odai/2141276973674168701
2014年10月15日