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読書の秋
読書の秋
「おっちゃん、こんばんは。毛布、よかったら使いませんか」
「ん? くれるのか。ありがとう」
「どうぞ。段ボールの中は寒ないですか」
「中は結構あったかいよ。大丈夫」
「よかったです。ぼくら近くの中学校で夜の見回りやってるんですけど、よかったら、ちょっとお話を聞かせてもらえますか」
「うん。なんでも聞いてください」
「おっちゃんは、この街に来てどれくらい経ちますか」
「……どれくらいだったかなあ。3年くらいかな」
「前は色々な場所にいてはったんですか」
「東京にいた。会社やってた」
「え! 社長さんですか」
「そうだよ。信じなくてもいいけど。会社を潰してしまって、200万だけ持ってここに来て、また一から仕事をしようと思ったけど、歳だし腰も悪かったりして、満足に働けなくてね。そのうちボストンバッグの中の金、宿で盗られてしまった」
「えー……」
「まあ、そんなもんかなと思って、そんなにびっくりしなかっよ。それから路上暮らしになった」
「警察に行こうとか、施設で泊めてもらおうとかは思わなかったのですか」
「盗られた金のこと? 返ってくるなんてあるわけないし、もう、ひとと関わりたくなくてね。ひとりでこうしてるのがいいなと思ってる」
「そうやったんですね……」
「うん、今まで色々なこと、色々なひとといて、こうなったから。でもこの街は炊き出しもあるし、無料でうどん食べさせてくれるお店もあるから、何とか生きてる。ここに来る前までは、色々ひどいんだろうなあと想像してたけど、あたたかいひとたちがいて助かってる」
「そうやったんですね。何か他に困ったこととかありませんか」
「困ったこと……。山ほどありそうだけど、出てこないなあ。案外無いのかもな。今の生活に慣れてしまったし、何かあったら死んでしまえばいいと思ってるからかな」
「そんなこと言わんでくださいよ」
「いやいや。ここに来る前までは、自分みたいな人間はゴミクズ以下と思ってたし、今でも思ってるけど、ちょっと考え方が変わって、生きれるうちは生きてみようと思ってる」
「はい……すぐそこのシェルターならいつでも誰でも泊まれるし、体調悪かったら診察も受けれますので、なんかあったら頼ってみてもいいと思います」
「あっち行け!」
「え!」
「……」
「すんませんでした。帰りますね」
「……ごめん。何だっけ?」
「……いや、もういいですよ」
「何でだ? もうちょっと話そうよ」
「……..はい、ありがとうございます。おっちゃん、何でも言うてくださいね」
「うん」
「えーと……おっちゃんは今の世の中、どういうところがおかしいとか、間違ってるとか、思いますか」
「うん? なんで」
「いや……何でもいいんですけど、おっちゃんの抱えてる不満とかあれば教えてほしいなあと」
「そうか。やっぱり君らと話して、本当に損した。頭が悪いのは子供だから仕方ないけど、本当に何もわかってないんだなあ」
「……」
「今の世の中、おかしくもないし、間違ってもない。そこにあるありのままの現実が答えなんだよ。正しいし、美しい。だって、君らが生まれてきたわけだろ?」
「あ、はい……」
「世の中に間違ってるとか、おかしいっと言って変えようとしてる人間もいて、それはそれでかまわないけど、現実というものは生き物で、日々変わっていくものだから。どんなにひどいこと、不景気だろうが、格差社会だろうが、感染症だろうが、戦争だろうが、ぐちゃぐちゃになっても、それはそれで正しいし、美しいとわたしは思っている。わたしが生まれて来て、生きている限りは。そこにあるもの、見えるものがすべてだから」
「なるほど…….」
「もう、君らと話しても意味はない。君たちが欲しがってる答えは、君たちの中にあるだけだから。さようなら」
「おっちゃん、お話を聞かせてもらって本当にありがとうございました。まだまだ元気でいてください。また会いましょう。おやすみなさい」
「早く消えろ」
とよたみちのり
1970年生まれ。1995年にTIME BOMBからパラダイス・ガラージ名義でCDデビュー。以後、ソロ名義含めて多くのアルバムを発表。単行本は2冊発表。
今年2月14日にシングル『戦火の中を-2022』をデジタルリリース。
配信リンク→ https://linkco.re/axq1vvAZ
MV→ https://youtu.be/dDZGWtGgp78
photo by 倉科直弘
僕をつくったあの店は、もうない。都築響一編『NeverlandDiner二度と行けないあの店で…