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読書の秋

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2022.10.31

『2022年10月30日の夜』 

豊田道倫

「おっちゃん、こんばんは。毛布、よかったら使いませんか」

「ん? くれるのか。ありがとう」

「どうぞ。段ボールの中は寒ないですか」

「中は結構あったかいよ。大丈夫」

「よかったです。ぼくら近くの中学校で夜の見回りやってるんですけど、よかったら、ちょっとお話を聞かせてもらえますか」

「うん。なんでも聞いてください」

「おっちゃんは、この街に来てどれくらい経ちますか」

「……どれくらいだったかなあ。3年くらいかな」

「前は色々な場所にいてはったんですか」

「東京にいた。会社やってた」

「え! 社長さんですか」

「そうだよ。信じなくてもいいけど。会社を潰してしまって、200万だけ持ってここに来て、また一から仕事をしようと思ったけど、歳だし腰も悪かったりして、満足に働けなくてね。そのうちボストンバッグの中の金、宿で盗られてしまった」

「えー……」

「まあ、そんなもんかなと思って、そんなにびっくりしなかっよ。それから路上暮らしになった」

「警察に行こうとか、施設で泊めてもらおうとかは思わなかったのですか」

「盗られた金のこと? 返ってくるなんてあるわけないし、もう、ひとと関わりたくなくてね。ひとりでこうしてるのがいいなと思ってる」

「そうやったんですね……」

「うん、今まで色々なこと、色々なひとといて、こうなったから。でもこの街は炊き出しもあるし、無料でうどん食べさせてくれるお店もあるから、何とか生きてる。ここに来る前までは、色々ひどいんだろうなあと想像してたけど、あたたかいひとたちがいて助かってる」

「そうやったんですね。何か他に困ったこととかありませんか」

「困ったこと……。山ほどありそうだけど、出てこないなあ。案外無いのかもな。今の生活に慣れてしまったし、何かあったら死んでしまえばいいと思ってるからかな」

「そんなこと言わんでくださいよ」

「いやいや。ここに来る前までは、自分みたいな人間はゴミクズ以下と思ってたし、今でも思ってるけど、ちょっと考え方が変わって、生きれるうちは生きてみようと思ってる」

「はい……すぐそこのシェルターならいつでも誰でも泊まれるし、体調悪かったら診察も受けれますので、なんかあったら頼ってみてもいいと思います」

「あっち行け!」

「え!」

「……」

「すんませんでした。帰りますね」

「……ごめん。何だっけ?」

「……いや、もういいですよ」

「何でだ? もうちょっと話そうよ」

「……..はい、ありがとうございます。おっちゃん、何でも言うてくださいね」

「うん」

「えーと……おっちゃんは今の世の中、どういうところがおかしいとか、間違ってるとか、思いますか」

「うん? なんで」

「いや……何でもいいんですけど、おっちゃんの抱えてる不満とかあれば教えてほしいなあと」

「そうか。やっぱり君らと話して、本当に損した。頭が悪いのは子供だから仕方ないけど、本当に何もわかってないんだなあ」

「……」

「今の世の中、おかしくもないし、間違ってもない。そこにあるありのままの現実が答えなんだよ。正しいし、美しい。だって、君らが生まれてきたわけだろ?」

「あ、はい……」

「世の中に間違ってるとか、おかしいっと言って変えようとしてる人間もいて、それはそれでかまわないけど、現実というものは生き物で、日々変わっていくものだから。どんなにひどいこと、不景気だろうが、格差社会だろうが、感染症だろうが、戦争だろうが、ぐちゃぐちゃになっても、それはそれで正しいし、美しいとわたしは思っている。わたしが生まれて来て、生きている限りは。そこにあるもの、見えるものがすべてだから」

「なるほど…….」

「もう、君らと話しても意味はない。君たちが欲しがってる答えは、君たちの中にあるだけだから。さようなら」

「おっちゃん、お話を聞かせてもらって本当にありがとうございました。まだまだ元気でいてください。また会いましょう。おやすみなさい」

「早く消えろ」

 
 

豊田道倫

とよたみちのり

1970年生まれ。1995年にTIME BOMBからパラダイス・ガラージ名義でCDデビュー。以後、ソロ名義含めて多くのアルバムを発表。単行本は2冊発表。

今年2月14日にシングル『戦火の中を-2022』をデジタルリリース。

配信リンク→ https://linkco.re/axq1vvAZ
MV→ https://youtu.be/dDZGWtGgp78

photo by 倉科直弘