※この記事は2021年GWの巡礼記事をベースに、2022年8月に最終章を踏まえた内容に修正しました。
 完結までの内容が、ネタバレ注意等の記載なく書かれていますので、原作未読の方はご注意ください。

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先日、北海道は函館にゴールデンカムイ聖地巡りに行ってきました!

函館の聖地と言えば、樺太編の途中で描かれた鯉登少尉の16歳の頃の過去回ですね。
個人的な事情で恐縮ではございますが、鯉登少尉推しのわたくしと致しましては、かごんまと並んで、行きたかった聖地でございます。

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…ということで2021年GWに函館に3泊4日の聖地巡礼に行きまして、上記の書き出しで「函館はガチ聖地というのは少なく、ロシア領事館・五稜郭のみ。(中略)とはいえ、忘れちゃいけない函館と言えば新選組副長土方歳三さんの聖地でもございます!」なんてレポート記事を公開したのですが、次の週に発売された本誌だったかな…刺青の暗号が解かれて、おもいっきり五稜郭で、どう考えても決戦の地は函館で、「はああ!???」となりまして…タイミングが良いのか悪いのか…w

それから1年。壮絶な最終章を経て作品も完結し、コミックス最終巻も発売されたということで、最終章を踏まえた、最終章に寄せた内容に少し改定致しました。といっても改めて函館に行って追加取材することが出来ないため、2021年GW時点で観に行った場所、撮った写真等を利用してとなり、お伝えし切れない部分も多くあるかと思います。何卒ご容赦いただいて、足りないところはご自身で現地に行って補完していただければと思いますっ。

あと今回の改訂によって、【鯉登さんの実家の場所や鶴見中尉や鯉登パパが通った道を特定する検証企画】はまるっと削除しました!理由は、当時のテンションが恥ずかしいからです!

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函館は黒船が来ていち早く開港した街で、今も当時の歴史が色濃く残っています。合わせて、聖地ではないんですけど明治期の空気を感じられるスポット、アイヌなどの北方民族の資料館、啄木ちゃんの聖地、更に函館グルメのご紹介など、お伝えして参りたいと思います。

函館-1→聖地レポ
函館-2→金カム的観光情報&食レポ

こんな感じで、分けてご紹介しますね。



函館の地形は変わってるので、知らないとイメージがわかないと思うんですよね。とゆーことでまずは観光マップのご紹介!

↓今回もコチラの観光パンフレットのお世話になりました~。


今回は↑に掲載されているパンフレットの、今この地図を見て欲しい!って希望があるので、PDFに直リンク張らせていただきます。お手数ですが都度開いてみていただけると分かりやすいかと思います。(携帯ではリンクが別タブで開くアプリでの閲覧を推奨です)


あ、その前に。
念のためコチラの記事を見ておいていただいた方がいいかも…?


お恥ずかしながらわたしが正にコレでいい大人になるまで勘違いしていました…281話の冒頭にもコミックス(29巻)で↑と同じことが絵的に分かる1ページが追加されましたねw


さて本題。
まずご覧いただきたいのがコチラのマップの最後のページ。函館市の主に観光で訪れる中心エリアが1枚の地図になっています(意外とこの距離感を一枚絵にしたマップがないんですよ…!)

津軽海峡に面した函館山エリア、函館山と海に挟まれた元町エリア、函館港沿いのベイエリア、市電で少し走った内陸の五稜郭エリア、この位置関係を覚えておいていただきたいのです!函館山エリアと元町エリアの境目くらいにあるロシア領事館から、鯉登パパと鶴見さんが走って向かったのが五稜郭、その距離およそ6キロ(中山大尉情報)ということなんです。このエリア区分、紹介する媒体によってちょっとずつ違うのでこの記事ではこの図を基準とさせてください…

なんとなく雰囲気掴んでいただけましたでしょうか


①旧ロシア領事館

作中では…
20巻198話で音之進くんの三輪車が見つかったり、鯉登パパと鶴見中尉が様子を見に来た時に見計らったように中から電話の音が聞こえたり、その後中山大尉含め待機して199話で犯人からの電話を受けたりしたロシア領事館。
29巻で再登場。282話にて鯉登少年誘拐事件と時同じくしてウイルク達がロシア領事館に別の目的で入り込んでいたことが描かれ、ロシア領事館の重大な秘密が明かされる。一連の金塊争奪戦において、ロシア領事館が超重要ポイントだったことが判明。

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現在ではロシア領事館の務めを終え、無人の、特に利用されていない建物になっています。外観の撮影は出来ますが、門の柵から入れないので道路から見るだけです。特別観覧みたいな情報もわたしの調べた範囲では聞いたことないですね…残念です。

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とはいえ、樹木が繁っていたりはするものの、建物は正にロシア領事館!完全なる聖地でございます。
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↑音之進くんの三輪車が置いてあったのはこの柵の向こう

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↑窓の造りもそのまま

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↑鯉登パパが門から飛び出したアングル

198話の「戦争が始まっしもう」のコマの全面ガラス窓っぽい部屋は今現在ベニヤ板が貼られていて見えにくいのですが、こちらの写真で見ると分かりやすいです。
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内装は見られないのですが、↓の記事を見た感じ踏襲してるようですね。シャンデリアの向きが逆とかあるけどどっちのパターンもある系かもしれません。入ってみたいなぁ…。

再登場した281話では地下に通じる隠し階段もありますが、きっとこれは作中のアレンジですよね。

旧ロシア領事館の場所はコチラのマップをご参照ください。先ほど函館山と元町の位置関係をお伝えしましたが、ロシア領事館はかなり奥の方(市電で言うと終点函館どっく前と手前の大町の間)の、函館山側にあることがお分かりいただけるかと思います。函館山「側」というか、もう登ってますほとんどw

ということで作中でも描かれておりますが、ロシア領事館はかなり高い位置、坂の上の上にある、ということですね。
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ロシア領事館前の坂(幸坂)はこんな感じ。今は大きい建物が増えたり、海を埋め立てたりしてるので、コレよりもっと海が見渡せたんじゃないかなとは思います。

坂の段々になってる感じから言うと坂のこの辺↓で鶴見中尉を乗せたパパの運転する三輪車がジャンプしたのかな~って思います。さすがに作画から受ける印象ほど坂は急じゃないですが。
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函館は坂が多いとよく言われますが、マジでこの函館山エリアの散策は「登るか、降りるか」しかないので、マップで見る以上に体力持ってかれます。勾配も結構キツいです。この辺りを散策される際はなるべく横移動出来るルートを選定するか、バスだと坂を登ってくれたりするので(路面電車は一番低い平地を走ります)上手く活用してみてください~。



②五稜郭公園

作中では…
20巻200話で鯉登少年(16)を鯉登パパと鶴見中尉が走って迎えに来た五稜郭。
28巻280話で暗号の謎が解かれ鶴見陣営を迎え撃つ最終決戦の地となり、291話までの最終章前半部分ほとんどが五稜郭でのシーンとなる。

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元々は江戸時代に箱館奉行所が置かれた場所であり、明治初頭に箱館戦争の舞台となり、その後奉行所時代の建物などを取り壊し陸軍省の練兵場として使われていましたが、大正時代に公園として一般開放され、たくさんの桜の木が植樹されるなどして、現在の五稜郭公園となっています。

2010年に箱館奉行所が復元され、中に入って復元された内装や五稜郭ににまつわる展示を見ることが出来ます(有料)。園内の桜は約1600本もあるそうです。傍らには五稜郭タワーも立っているので、展望台から五稜郭の独特な形全体を見下ろすことが出来ます。
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まず20巻200話にて、鯉登パパと鶴見中尉がダッシュして向かっていた橋の構図がコチラです!
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どっちも分かりやすくなくてごめんなさい
出来れば拡大してみていただきたいのですが、正面の橋の左側に御堀があり、その御堀を渡るもう一本の橋が奥にあります。この正面の橋を一の橋、奥の橋を二の橋と申しまして、作中と見比べていただければ位置関係が一致するとご確認いただけるかと思います。

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五稜郭は星形だから他にも同じような地形のところがあるのでは?という疑問があるかもしれません。本来なら本当にその通りだったんですけど、上から見ていただくのが分かりやすいですね(五稜郭タワーから撮影)
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手前1か所だけ三角形の島みたいなのがありますよね。コレ「半月堡(はんげつほ)」と言って、本来ならコレが5か所に作られる予定だったのですが、実際には1か所だけになったのです。
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現在中央の星形の五稜郭内に渡るルートは2か所あるのですが(作中最終決戦時は3か所)、前述の一の橋、二の橋が一旦半月堡を経由して橋2本なのに対して、もう一方のルートにある裏門橋は直接郭内に渡るので、鯉登パパと鶴見中尉が向かっていたのは一の橋で間違いないと言えるのです。

↓こんな感じで駆けつけていたんだなぁ、というイメージ映像
ツイートは「の」がカタカナになっていますが「一の橋」「二の橋」が正しいようです

29巻281話ラスト~282話の物陰から鶴見陣営の兵士が出てきてシライシが「おや?」となる、あのシーンもこの半月堡を歩いている時。兵士達が出てくるのが半月堡の内側の▽(一辺切れてるので▽とVの間くらい)、↓この石垣です。
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この写真だと入り切ってないけど、左の芝生の傾斜を杉元が駆け上がって右の石垣の角をジャンプしながら降りて銃剣でサク!の感じ。良い写真撮れそう(行きたい)

またこの半月堡を経由する一の橋、二の橋は29巻289話鶴見陣営突撃時、3か所に分かれて突入した中でも主力である月島軍曹、鯉登少尉、騎乗した鶴見中尉が使用した南口でもあります。特に二の橋を渡る際に激しく攻撃され苦戦していました。その後も後から来た二階堂率いる部隊が半月堡に隠れて突入を試みたり、鯉登少尉と永倉さんが一戦交えたりしたのも二の橋。

もう、ほんとにね!こんなことになるならもっとたくさん写真撮っとけば良かったですこんな感じで一の橋、半月堡、二の橋の辺りが分かれば、現地に行ったことがなくても五稜郭での戦闘シーンの半分は「あそこだな」って分かると思います。


五稜郭の中はこんな感じ。
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作中でも説明されていましたが、いわゆる本州によくあるタイプのお城のお堀や石垣とは違って、出入口以外の外周をぐるっと土塁(稜堡)で囲い、出入口は正面に単独の土塁を置いて視界や動線を妨げるようになっています。↑は出入口の正面にある土塁を横から見た写真ですが、結構な高さまで盛ってありますね。

29巻283話で土方さん達が小高いところ(稜堡)に立って五稜郭での戦い方を説明しているのと同じ辺りに立って同じ辺りを見た写真↓
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丘の上に立って「ここが丘です」というようなものなので、分かりやすい写真じゃないかもしれませんが、作中での描写と合わせて雰囲気を感じていただければ。この高低差(凹凸感)ですね。
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この稜堡に設置した塹壕を、函館湾からの雷型駆逐艦4隻による艦砲射撃によって尽く破壊された…ということですね。

そして箱館奉行所。
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前述の通り作中現代での五稜郭決戦時には取り壊されていましたが、29巻288話で爽やかニシパこと土方さんの回想の中で登場しています。

箱館奉行所は復元ですが、建設当時から残されている建物もあります。それが↓の兵糧庫。
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ハイここ!進研ゼミ(ゴールデンカムイ)でやったところですね!
29巻282話で土方さんが「あそこの『兵糧庫』は箱館戦争前からあるものだ」と説明するコマ、建物が2つ並んでいますが、奥が↑の写真で、建物内で床を掘って木箱を見つけ出す(284話)のがコチラの兵糧庫でございます。

ええと…中に入れたのかな…入れなかったのかな…覚えてないんですけどわたしは入ってないんですよね……。

現代の復元建物も含めて3棟並んでいて、確かわたしはどれにも入ってないのですが、もし入れるところがあったら内部もモデルにされているのかどうか、見てみてくださいね~。
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五稜郭は作中設定で鯉登少年が監禁されていた小屋がありますが、建物は札幌にある新琴似屯田兵中隊本部の建物がモデルになっています。が、イメージとしてはこの辺りの兵糧庫などの並びにある感じなんでしょうね。
 
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これは函館タワーの展望階にある、初期の五稜郭の模型。真ん中の大きい建物が箱館奉行所(見比べると今の箱館奉行所より大きいですが復元が一部のみだからです)で、他にも色んな建物があったことが分かります。

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陸軍の練兵場として使われていたのは明治6年(1873)から明治30年(1897)、その後大正2年(1913)に函館区に無償貸与、翌3年に公園として一般開放されたそうです。鯉登少年が16歳だった明治35年(1902)の頃には練兵場としては使われてはいなかったけども、陸軍省の管轄であったということかと思います。練兵場→無償貸与までの期間にどう活用されていたのか、サラっと調べる範囲だと出てこないのですが、そんな人がいるんだかいないんだか使ってるんだかいないんだかみたいな状態が、誘拐犯の監禁場所にちょうど良かったのかもしれませんね。

↓鯉登少年(16)が監禁されていた建物についてはコチラでご紹介しています



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そして五稜郭は、作中でも回想シーンで少し出てきますが、箱館戦争で旧幕府軍(言葉にしたくないのですが正確には旧幕府脱走軍です…ぐぬぬ)として土方歳三さんが新政府軍と戦った場所です。函館奉行所、五稜郭タワーそれぞれ、主に箱館戦争辺りの歴史を学べる展示がありますので、合わせてどうぞ。

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銅像もどうぞ。歳三の銅像もどうぞ。

わたし自身史実の新選組もそれなりに好きで(あくまでそれなりなのでめちゃくちゃ詳しいわけでもないのですが)、一時期は京都・伏見の新選組聖地に行ったりもしてたのですけど、函館の新選組聖地は土方さんが亡くなる前提の場所なので、「ここが!金カムの土方さんの!」と言っていいものなのかどうか…wただ作中でも箱館戦争時の土方さんのエピソードも出ていましたので、五稜郭からの流れでいくつかご紹介していきたいと思います。

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③一本木関門

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五稜郭にて新政府軍と戦っていた土方さんが、弁天台場で劣勢に立たされている新選組隊士達の元に馬を走らせ駆け付け…る途中で銃弾に倒れ伏した、と言われている場所(土方さんのお亡くなりになった場所には諸説あります)

一本木関門は31巻304話での土方さんと鯉登少尉の会話の中に出てくる「歴史上の土方歳三が死んだとされる場所」で、鯉登少尉が距離的な意味で函館駅と同義的な説明をしています。この辺は函館に住んでいた鯉登さんならではの土地勘ある情報ですね!
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函館市総合福祉センター「あいよる21」さんの前庭に土方歳三最期の地碑が建てられ、当時の関門が再現されてています。函館駅からは徒歩10分程度だったかな…?札幌から繋がる鉄道の終着駅、という意味では「一本木関門が終着駅」と言っていいと思います!言い回しがかっこいいぜ!

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是非、地図を見ていただきたいんですよね。五稜郭と一本木関門弁天台場の位置関係。1枚絵になっていないので引きの地図を思い出しながら見ていただきたいのですが…。

内陸にある五稜郭から函館山に向かって走り、函館山の手前で右手に曲がり海岸線を一番奥まで。現在の市電でいうところの終点函館どっく前のすぐ近くが弁天台場です(現在の地図では埋め立てられて陸地の一部になっていますが当時は海岸線に飛び出る形で造られていました)。一本木関門はだいたいその半分くらいですかね。地図を見るだけでも、土方さんの無念が伝わる気がします。


④弁天台場跡

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ほとんど一本木関門の項目で説明してしまいましたが、土方さんが目指しても辿り着けなかった場所。
現在は周囲を埋め立てられ、陸地の一部として、公園になっています。

29巻288話の回想シーンで、銃弾を受けた土方さんが数日意識を失っている間に弁天台場は陥落してしまったと説明されています。

ちなみに銃弾を受けた場所について、前述の一本木関門でのことと思われますがこの時点では説明はなく、その後の304話の鯉登少尉との会話でも土方さん本人は一本木関門と明言(肯定)していないので、あくまで野田先生は「諸説」を残す描き方をされているみたいですね。鯉登さんの「歴史上の土方歳三が死んだとされる場所」という言い回しも、目の前に本人がいるからもあるけど、メタ的な配慮でもあるのかな。
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⑤称名寺

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旧ロシア領事館のすぐ近くにある称名寺境内には、土方さんの供養碑がございます。

地図をご覧いただいて分かるように、称名寺は弁天台場の近くでもあります。そうゆう因果があるのか分からないですが、目指していた弁天台場を見守れる位置に供養碑を置いていただけているのは、少しほっとしますね。
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余談になりますが、お隣の実行寺は箱館戦争の際に賊軍として打ち捨てられていた旧幕府軍の兵士のご遺体を集めて葬ってくださったというエピソードがあるのですが(称名寺も同じく仮埋葬されたお寺だそう)、入口右手に日露戦争の供養塔、左手に大東亜戦争(太平洋戦争)の供養塔が立っていました。IMG_0621
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⑥碧血碑

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碧血碑は函館山の反対側の谷地頭にあるのですが(市電の二股に分かれたもう一方の終点の側です)、山に登りかける感じでちょっと大変だけど、幕末や歴史がお好きな方には是非行っていただきたい場所。

実行寺の時にも書きましたが、旧幕府軍の兵士さんは、賊軍ということでご遺体を放置されていて(明治政府から弔ってはいけないみたいな令が出ていたそう)、哀れに思った方々が実行寺等に仮埋葬してくださったそうなのですけど、それを聞いた元旧幕府軍で明治政府の要職に就いていた榎本武揚や大鳥圭介などが資金を出したり資材を手配したりして、明治8年に建立され改めてこちらに埋葬されたということです。
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今は樹木が育ってそんなに見晴らしがいい感じではないのですが、函館の海を見下ろすこの景色の中に建ててあげたいと思った気持ちが伝わる場所です。

榎本武揚といえばゴールデンカムイでも結構なキーパーソン。最初は網走監獄で犬童典獄が土方さんと戦っていた時の会話に出てきただけでしたが…函館戦争時の回想シーン、そして最終話で遂にご本人登場…!金塊争奪戦後の作品世界に重大な影響のある歴史上の人物となりました。
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↑この円柱は五稜郭ですが。


⑦函館山

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作中では杉元達が五稜郭に籠城し鶴見陣営が攻撃してきた際、脱出した永倉さん達が函館山にあるとあるお寺の脇にある観音像の裏に隠してあった回天丸主砲で…という流れで出てきました。

上記項目でも出てきた称名寺や実行寺を始め、函館山にはいくつかお寺がありまして、おそらくイメージはその辺りなのかなと。そして観音像ですが、函館山には三十三体の観音像が点在しておりまして、これをモチーフにされたと思います。函館山三十三観音像については、わたしも散策(登山)中にいくつか見かけたのですが写真は撮っておらず、ふんわりした説明ですみません

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函館山には作中でもワードが出てきた「函館要塞」があった場所で、それを目当てにガッツリ登山してきましたので、その詳細は函館-2記事で紹介しております。


以上、聖地レポートでした!
特に箱館戦争絡みで観光客が来そうなところは、現場に詳しい案内板がありますので、歴史にあまり詳しくない方も「ふむふむ」と見て回れると思います。金カム聖地でなくとも楽しめると思いますよ~。


そういえば作中の函館描写で、ロシア領事館の坂の下の方の建物とか、結構現代的に見えるな~?って思ってたんですけど、こうゆう写真見て、あぁほんとにこうゆう割と現代っぽい街並みだったんだ!って思いました。明治21年(1888)でこの感じですよ!
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↓上の展示の写真部分のアップ 右側から
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こちらの写真は当時実在した金森洋物店さんが、昔の建物の外観をそのままに現在市立函館博物館郷土資料館として展示されている中よりお借りしました。当時使われていた古民具や輸入されていた西洋の道具、当時の錦絵から再現した街並みのジオラマなどを展示した博物館になっています。
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元町エリアは特に、歩いているだけであちこち見つかるほど、洋風レトロ建築の宝庫!散策のテンション上がりっぱなしです…!
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ではでは。
最後までお付き合いくださりありがとうございました!

よろしければ金カム的観光情報&函館名物の食レポ記事↓もよろしくお願いします~。


函館についてはこんな記事も書いてます。