PCRの基礎知識

polymerase chain reaction、すなわちPCRは、分子生物学において最もよく知られた技術の1つです。合成プライマーとDNAポリメラーゼを用いたテンプレートからの1本鎖DNAの合成に関しては、1970年代初頭に報告されました[1、2]。それにも関わらず、標的DNAを増幅する方法として現在知られているPCR法は、1983年にKary Mullisが研究ツールとして開発するまで存在しませんでした[3、4]。報告以来、PCR法は分子生物学の不可欠となり、基礎研究から疾病診断学、農業試験、科学捜査まで様々な用途に使用されています。Kary Mullisは、この発明により、1993年にノーベル化学賞を受賞しました。

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PCRの原理

PCRにより、DNA1分子から数百万個のコピーを、短時間で増幅することが可能です。増幅は、次の連続した3つのステップによって実現されます。(1)変性(2本鎖DNAテンプレートを加熱してDNA鎖を分離させる)、(2)アニーリング(プライマーと呼ばれる短いDNA分子を、標的DNAの隣接領域に結合させる)、(3)伸長(DNAポリメラーゼが、各プライマーを起点に3′末方向にテンプレートの相補鎖を合成する)。このようなステップ(「サイクル」)を25~35回繰り返して、標的DNAの正確なコピーを指数関数的に合成します(図1)。

PCRの基本的な原理は変わらないものの、その方法については、DNAポリメラーゼ の改良や試薬の性能向上、および機器プラスチック容器の進歩にともない、年々進化してきています。

図1. PCRにおける変性、アニーリング、伸長の3つのステップ─1サイクル目とこのサイクルを繰り返すことによる、標的DNAの指数関数的増幅。
 

DNAポリメラーゼ

DNAポリメラーゼは、1本鎖DNAテンプレートから新しい相補鎖合成の役割を担うPCRの重要な構成要素です。すべてのDNAポリメラーゼは、5′→3′ポリメラーゼ活性を持っています。この活性によってヌクレオチドが取り込まれ、プライマーの3′末端から5′→3′方向へとDNA鎖が伸長されます(図2)。

初期のPCRでは、E. coliに由来するDNAポリメラーゼIのKlenow断片が用いられていました[3]。しかしながら、このE. coli の酵素は熱に弱く、アニーリングおよび伸長ステップの前の、変性ステップで容易に失活します。そのため、この酵素は、プロセス全体を通して、各サイクルのアニーリングステップで補充する必要がありました。

長時間安定した反応を可能とする耐熱性DNAポリメラーゼの発見は、PCR法改良の大きな契機をもたしました。最もよく知られた耐熱性DNAポリメラーゼの1つであるTaqDNAポリメラーゼは、好熱性細菌の一種であるThermus aquaticusから1976年に単離されました[5、6]。1988年の最初の報告では[7]、Taq DNAポリメラーゼの活性は75°C以上でも維持されており、新しい酵素を手作業で加えることなくサイクルを継続できること、よってワークフローの自動化が可能であることが示されました。しかも、TaqDNAポリメラーゼは、E. coliのDNAポリメラーゼと比較して、より長いPCRアンプリコンを、より高い感度、特異性、収量で生成することができました。こうした理由により、Taq DNA ポリメラーゼは、1989年にサイエンス誌の「Molecule of the Year」を受賞しました[8]。

Taq DNAポリメラーゼは、PCRプロトコルを著しく改善したものの、この酵素にはまだいくつかの欠点があります。Taq DNAポリメラーゼは、DNA鎖の変性条件(90°C以上)では比較的弱い傾向があります。この傾向は、高温処理を必要とするGCリッチ配列や強固な二次構造配列を含むテンプレートにおいて、特に問題となります。また、Taq DNAポリメラーゼは、プルーフリーディング活性を持たないため、増幅中に起こるヌクレオチドの取り込みミスが蓄積する可能性があります。エラーを含むPCRアンプリコンは、クローニング等配列の正確性が重要なアプリケーションにおいて好ましいものではありません。加えて、Taq DNA ポリメラーゼのエラーを生じやすい性質は、通常5 kbより長い断片を増幅できない問題の一因となっています。こういった欠点を克服し、様々な生物学的アプリケーションにPCRを利用するため、より高性能なDNAポリメラーゼの開発が継続されています(詳細は、「DNAポリメラーゼの特性」を参照)。

図2. DNAポリメラーゼはPCRプライマーの3′末端から5′→3′方向へとDNA鎖を伸長させる。

サーマルサイクラー

サーマルサイクラーは、温度サイクルおよびインキュベート時間を自動制御するPCR用の装置です。サーマルサイクラーが存在しなかった時代には、PCRは手間の掛かるプロセスでした。様々な温度に設定されたウォーターバスの間でサンプルを移動させ、各ステップで正確な時間計測を行う必要があったからです。Taq DNAポリメラーゼの発見と時を同じくして開発されたサーマルサイクラーは、PCRの自動化を実現しました。世界初のPCR用自動サーマルサイクラーは、1985年にPerkinElmer社とCetus社の合併会社によって市場に投入されました[9]。そしてそれ以来、サーマルサイクラーは、そのユーティリティ、設計、温度制御、サイクル速度について改良が加えられてきました(図3)。サーマルサイクラーを発展させ、PCR増幅と蓄積したPCR産物のリアルタイム検出とを組み合わせた(詳細は、定量PCRを参照)定量PCR装置が開発されました。

図3. サーマルサイクラーの長年にわたる発展を紹介したアニメーション

参考文献

関連ビデオ
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For Research Use Only. Not for use in diagnostic procedures.