顔
!特殊設定夢!
・夢主が人間ではありません(個性強め)
・夢主の性別は女ですが、彼のそばにいるために人間の少年に化けています
・原作の一年前(4年時)からスタート
・捏造設定注意
- 0
 
- 0
 
- 30
 
顔
「………………なんだ?」
「八左ヱ門を観察してる」
食草園に爽やかな風が吹き抜ける。
わたしが植木に水をやりながら八左ヱ門を眺めていると、落ち葉を掃いていた八左ヱ門が困惑顔でこちらを向いた。
「観察って……なんだよ急に」
「三郎から色々話を聞いたんだ。変装の上達には観察が欠かせない、って」
「それで身近な人間を観察してみようと思ったわけか」
「うん」
本来の性別とは異なる“少年”に化けるにあたり、わたしは違和感を持たれないよう、学園での振る舞いに日々気を遣っていた。 
三郎に変装についてあれこれ尋ねたのも、変装と変化はどこか通じるものがあると思ったからである。
ひとの子が集う学び舎において、わたしだけが異端だ。
八左ヱ門を追ってここまで来たことに後悔はないけれど、ふとした時、少し感傷的な気持ちになったりもする。
「フーン……#name#、変装に興味があったんだな」
「まぁね。わたしはこの顔以外化けられないから」
「ほとんどの人間はそうだよ」
──実のところ。
わたしは化け狐でありながら、変化が得手な方ではない。
姿形こそ完璧なひとの形を取れるが、代わりに化けられる顔の種類が極めて少ないのだ。ほとんど同じ顔にしか変化できないと言っていい。
首から下は何とか男子のかたちを取れてはいるものの、顔だけはなにをどうやっても本来の性別に依ってしまい……声変わりまで再現できないのもあって、三郎には女装向きだなんだと言われる始末である。
バイトではそれが功を奏しているのだが。
「で、俺をつぶさに見てわかったことはあったか?」
箒を掃く手を止めて八左ヱ門が尋ねた。
その声は呆れ半分というか、面白がっている風な響きが含まれている。
──虫捕りのおかげでよく焼けた肌に、くっきりとした太い眉。笑う口元からは白い歯が覗く。
わたしの贔屓目を抜きに見ても、八左ヱ門は男前なのではないだろうか。
目を合わせているのが急に気恥ずかしくなって、わたしはふいと顔を背けた。
「…………八左ヱ門の髪を再現するのは大変だなって思った」
「悪かったなボサボサで」
動揺を見せまいと咄嗟に髪のことだけ口にすると、八左ヱ門は分かりやすくムスッとした。
──あちこちから後れ毛が飛び出た八左ヱ門の髷は、裏山を歩いていると小さな羽虫や木の葉をよく絡め取る。
荒野の枯れ草を思い起こさせるその毛並みは、彼の大きな特徴といっても過言ではないほどだ。
髪さえ見えれば、わたしはたとえ暗闇の中や遠くからでだって八左ヱ門を判別できる自信があった。
今の発言とて観察の成果を問われて目についた特徴を上げただけなのだが、八左ヱ門はわたしの言葉を卑屈に受け取ったらしい。
「貶すつもりで言ってないのに。小さな命を育む良い髪だと思うよ」
「小さないの、ち……?」
ちょうどそこへ小鳥が飛んできて、きょとんとする八左ヱ門の頭に慣れた様子で舞い降りた。
わたしはほらと髷を指差す。
「えっ──スズメ!?」
「あれっ。八左ヱ門、気づいてなかったの」
スズメは咥えていた木の枝を八左ヱ門の髷に念入りに突き刺すと、また慌ただしくパタパタと飛び去っていく。
八左ヱ門は恐る恐る自分の頭に手を伸ばしながら、困惑顔でわたしの方を向いた。
「い、一体いつの間に……#name#!なんで早く言ってくれなかったんだ!?」
「八左ヱ門のことだから、てっきり分かった上で好きにさせているのかと思って」
「くっ……全く気づかなかった……」
鳥の巣が形作られていくのに何の疑問も持たなかったが、まさか八左ヱ門自身も与り知らぬことだったとは。
頭に巣を乗せたその姿は、まるで奇妙な帽子を被っているように見える。
「#name#、俺の頭に乗ってる巣って……」
「もう半分くらい出来ちゃってる」
「なんてこった」
八左ヱ門は文字通り頭を抱えた。
「……このままだと雛たちを実技の授業に巻き込んでしまう……とりあえず、枝ぶりの良い木にでも移さなくては」
「その状態で外せるかな。髪が絡まっちゃうんじゃない?」
「いいよ、俺の髪をちょっと切るくらい」
「髪の方を犠牲にするんだね」
生き物への慈悲もここまで来るか。
迷いなく髪より鳥の巣を優先するとはさすが生物委員会委員長代理、ブレない。
「と、いうことで#name#。上手いこと巣を取り外してくれないか?頼む!」
「仕方ないなぁ……」
「なるべく壊さないようにだぞ?そっとだぞ?」
「分かってるって、任せてよ」
頷くやいなや、八左ヱ門はそわそわしながらその場にしゃがみ込んだ。
わたしは後ろに回り込み、出来るだけ巣も髪も損なわないように枝を取り外しにかかる。
「俺の髪は切ってもいいのに」
「八左ヱ門が良くてもわたしが嫌なんだ」
「……まぁ、お前が良い髪だと言ってくれたことだしな」
八左ヱ門は満更でもなさそうに笑って、手持ち無沙汰に前髪を指で弄び始めた。
束ね損ねた後れ毛が風にそよいでいる。