東映が19日、東京・渋谷区の直営劇場・渋谷TOEIを12月4日の営業をもって閉館すると発表した。1953年(昭28)11月18日に宮益坂下に渋谷東映、渋谷東映地下として開業した、東映の直営劇場第1号だったが、69年の歴史にピリオドを打つことになった。
映画記者として日々、取材していても、映画の舞台あいさつは集客が多い新宿と六本木、そして東宝、東映、松竹のメジャー3社の本社に近く、閉館した日劇や有楽町スバル座など歴史ある映画館が多い“元祖映画の街”とも言われる有楽町、銀座周辺が多い。渋谷でも単館系の映画館では舞台あいさつが行われているが、渋谷TOEIでは少なく、あっても客足は目に見えて少なかった。
それでも思い出に残る取材機会はあり、寂しさを感じる。近年、取材した中で思い出に残る舞台あいさつを紹介したい。
◆2012年(平24)3月24日 11年12月に亡くなった、森田芳光監督の遺作「僕達急行 A列車で行こう」の初日舞台あいさつが行われた。渋谷TOEIは、97年に配給収入23億円を記録した同監督の「失楽園」が封切られた際、多くの観客が足を運んだ、ゆかりのある劇場だ。主演の松山ケンイチは撮影時、同監督から「人間が真面目に生きているところから生まれる面白さを捉えたい。笑わせる演技は寒いから」と言われたと明かした。その上で「演出に追いつくのが精いっぱいでした。人とのコミュニケーション、出会いの楽しさを教えてくれた」と感謝した。
松山は当時、主演のNHK大河ドラマ「平清盛」の撮影中で髪を後ろで結っており「僕達急行 A列車で行こう」で演じる不動産会社社員の小町圭とはキャラクターが大きくかけ離れていた。そのためか「どういうたたずまいで、ここにいていいか分からない」と壇上で苦笑い。「鉄道で旅をしたい場所は?」と聞かれると、共演の貫地谷しほりと村川絵梨を横に「僕は今、旅行してる場合じゃないんで。おふたりの話を聞いて想像しただけで十分です。今、一生懸命やらなきゃいけないところに迫ってますので、頑張ります」と言い、観客を笑わせた。
◆2015年(平27)1月10日 14年11月28日に亡くなった、菅原文太さんの追悼上映会がスタートし、73年「仁義なき戦い」から始まるシリーズ5作を午前11時から一挙に上映した。全270席は14年12月末段階で完売しており、20代の若い女性から60代以上のオールドファンまで幅広い層の観客が集まった。大阪から夜行バスで上京した28歳の男性は「名画座などで見たことはありましたが、一挙に見られる機会はない。太い男を演じる文太さんを見たら頑張れます」と熱く語った。
また都内在住の40代の男性は「各作品、30回ずつは見ているが、映画館で見たのは初めて。あれだけの大御所俳優たちが、1シーンごとに全身全霊をかける…今の映画じゃ見られない」と感激した。翌11日には、75年「トラック野郎 御意見無用」などシリーズ5作を上映したが、チケットは完売していた。
◆同2月13日 「深夜食堂」大ヒット公開記念・特別座談会が同日夜、行われた。09年からTBS系で放送されたドラマから出演している、常連客役の不破万作、小林麻子、宇野祥平、金子清文と松岡錠司監督が登壇。登壇した俳優、監督と観客、取材陣全員で缶ビールを片手に乾杯し、座談会中も全員ドリンクOKという、異例のイベントとなった。
松岡監督は、主人公のマスターを演じる小林薫の、現場での裏話を明かした。
「マスターは『おまち』『いらっしゃい』とか(セリフ数が多くなく)セリフを覚えなくていい。新しい(ゲストの)キャストが緊張感がある中、薫さんは『悪いね』と言いながら、たばこを吸ってる。でも、薫さんはマスターだから、実像として映っていなくても(姿が『めしや』の)ガラスなどに映っている。だから、撮影の最後までいないといけない。『俺、何すりゃいいんだよ』とブツブツ言われた」
場内にはイベント中、マスターが切り盛りする深夜食堂「めしや」のような空気が流れた。記者が座っていた席の真後ろにいた男性客が、缶ビールを床に、豪快にこぼしてしまうハプニングもあった。
この3件だけでも、渋谷TOEIで俳優、監督が心に残る発言を口にし、その言葉に胸を熱くし、勇気づけられた…何より、映画を楽しんだ観客は間違いなくいた。記者も、BS放送やDVDなどで何度も見ている「仁義なき戦い」を改めてスクリーンで見て、その迫力に改めて驚かされた。
渋谷TOEIで見た4カ月後、「仁義なき戦い」は世界3大映画祭の1つ、カンヌ映画祭の「カンヌクラシック」部門に出品された。同映画祭をフランスに出向いて取材した際、メイン会場パレ5階の劇場「ブニュエル」での上映も見たが、やはり東映の直営館である渋谷TOEIで見た味わいとは、違うものがあった。
渋谷TOEIが12月4日の営業をもって閉館した後は、東映の直営劇場は東京・丸の内TOEIのみとなる。同劇場も、シネコンでは味わえない雰囲気を、スクリーンをはじめ会場全体から感じ取ることが出来る。歴史ある映画館でしか味わえない、映画体験はあると記者は強く言いたい。閉館してしまう渋谷TOEIをはじめ、歴史ある映画館に足を運んで、その独特の雰囲気ごと、映画を味わって欲しい。【村上幸将】