[東京 15日 ロイター] - 日本の8月貿易赤字は単月として過去最大を記録した。このままのペースが続けば、2022年は暦年で過去最大を更新しそうだ。問題はこの赤字が一過性にとどまるのか、恒常的なトレンドになってしまったのかという点だ。残念ながら巨額貿易赤字の計上が恒常化する可能性が高まっている。
その大きな証拠の1つが、円安が進展する中で輸出数量が6カ月連続で前年比マイナスを記録していることだ。円安を利用して輸出で稼ぐ国際競争力が失われてしまったようだ。岸田文雄政権の提唱する新しい資本主義の中心に「稼ぐ力」の再構築が入らないと、日本経済の再生は難しいだろう。
<円安でも輸出数量はマイナス>
8月貿易収支の結果は、衝撃的と言ってもいいだろう。輸入額は10兆8792億円と単月として過去最大となり、輸出額の8兆0619億円を大幅に上回った。
8月の為替レートは135円08銭と前年比22.9%の円安で、エネルギー輸入額の押し上げ要因になったが、本来なら円安を背景に輸出数量が増えて輸出額を押し上げることがあってもよかったはずだ。
ところが、輸出数量は前年比マイナス1.2%と、6カ月連続の減少。これまで半導体不足などで不振だった自動車の輸出(金額ベース)は、前年比プラス39.3%と回復した。それにもかかわらず、輸出全体の数量ベースが円安効果をてこに伸びてこない理由は何か。日本の輸出産業の国際競争力が、急速に失われているという事実があるのではないか。
<22年は過去最大の貿易赤字に>
これまでの暦年ベースでの貿易赤字で最も大きかったのは、2014年の12兆7813億円だった。今年は、1─8月で8兆8997億円の赤字となっている。
8月の季節調整済みの貿易赤字は2兆3713億円で、このペースで赤字が計上されると年間28兆4556億円の赤字となる。さらに8月は前月比プラス10.0%と加速度がついている。今年の貿易赤字が過去最大となるのは確実と言えるだろう。
また、7月の国際収支は季節調整済みで6290億円の赤字に転落していた。単月とはいえ、貿易赤字分を所得収支の黒字で補えくなった実態は、日本経済の1つの転換点と後から振り返って指摘されるのではないか。
<長期化するエネルギー・食料高、貿易黒字化は望めず>
今のような貿易赤字の垂れ流しは、富の国外流出と言い換えてもいいだろう。今年4─6月期の実質国内総生産(GDP)は年間に換算して544兆0218億円だったが、実質国内総所得(GDI)は528兆5351億円にとどまり、その差の15兆4867億円が海外に流出した計算になる。
貿易赤字の拡大が短期的なトレンドで、いずれ将来に貿易黒字基調に戻る確証があれば、マーケットも放置してくれるだろう。
しかし、ロシアのウクライナ侵攻を契機に世界経済は「分断」され、エネルギーや食料価格は分断前の水準に戻る可能性がほとんどない状況になっている。そこに台湾海峡での緊張が加わって、米国が対中制裁の強化に乗り出し、分断がさらに深刻化する兆しを見せ始めている。
米上院外交委員会は14日、米国による台湾への軍事支援を大幅に強化する内容や、中国が台湾に対し敵対行動に出た場合の対中制裁に関する文言が盛り込まれた「台湾政策法案」を賛成多数で可決した。
世界経済は、分断によるコストを上乗せする方向で動き出しており、この傾向は不可逆的となってきた。特にエネルギー自給率が極めて低く、食料も輸入に頼る比重が高い日本にとって、輸入額の増大は避けられない。
ところが、製造業の海外移転を国家の政策として促進した日本は、輸入額の増大を輸出でカバーできない構造を生み出してしまった。「あの日に帰りたい」と思ってみても、帰れない現実が、今、目の前にある。
<円安加速のリスク>
政府・日銀は為替市場でレートチェックを実施したもようだが、これで円安を抑え込む期間は、極めて限定的だろう。巨額貿易赤字の定着がマーケットに知れ渡れば、そのことが円安を一段と加速させる要因となり、富の流出を増大させることになる。
この状況を転換するには、日本の製造業の国内回帰促進策が最も有効な対応策だ。ところが、すでに海外で稼働している企業からは「今さら国内回帰と言われても無理」という声が多く出ているらしい。
しかし、そのことで現状を黙視していては、日本経済の停滞はさらに進行してしまう。今のところ、岸田政権からは具体的な提案はないが、新しい資本主義の中心に「稼ぐ力」の再構築が入らないと、日本経済の再生は難しいだろう。
足元の貿易赤字の実態を直視し、政治のリーダーシップで日本企業の製造現場を日本国内に呼び戻してほしい。
●背景となるニュース
・ 貿易赤字8月は過去最大、円安などで輸入増 赤字は継続見通し 貿易赤字8月は過去最大、円安などで輸入増 赤字は継続見通し
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