〈しなの歴史再見〉南北朝の乱世「大祝」の権威失墜 諏訪信仰 新た神話誕生
有料会員記事
■静岡文化芸術大教授 二本松 康宏
鎌倉時代の嘉禎4(1238)年と奥書(おくがき)に記されている「諏訪上社物忌令(ぶっきりょう)」によれば、諏訪大明神はかつて天竺(てんじく)(インド)の王だったという。後に波斯(はし)国(ペルシャ)へ渡り、悪龍を降伏させて人民を救済し、陬波皇帝と称して波斯国を統治したという。陬波は「すわ」と読む。
同じ頃、宝治3(1249)年と奥書にある「諏訪信重解状」には、諏訪大明神が守屋山(諏訪市と伊那市の境)に降臨し、もともと諏訪の地を支配していたとされる「守屋大臣」と領地を争った神話が記されている。鎌倉時代後期の製作と推定される「陬波御記文」や「陬波私注」では…
(残り971文字/全文1271文字)