Q7:新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の変異について
日本癌治療学会,日本癌学会,日本臨床腫瘍学会(3学会合同作成)
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)とがん診療について Q&A
-患者さんと医療従事者向け ワクチン編 第1版-
Q7:新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の変異について
SARS-CoV-2はゲノムサイズ29.9kbのうち平均して一か月に2か所くらいの変異が蓄積しています。多くの変異は感染力や病原性に影響を与えることはありませんが、感染拡大が続くと確率的に免疫回避や伝播力の高い適応変異が現れる可能性が増加します。中でもスパイク遺伝子内の変異は感染性や中和抗体の効果に影響を与えるため注目されています。
SARS-CoV-2のスパイク蛋白は1,273アミノ酸からなり、3量体としてウイルス表面に多数存在します。スパイク蛋白の受容体結合ドメイン(RBD)を介して細胞表面にあるACE2と結合後、furinプロテアーゼによりR685/S686の間で切断されS1サブユニットとS2サブユニットに分かれます。S2サブユニットはさらにTMPRSS2によりR815/S816のS2’部位で切断を受けウイルスの膜融合が促進されます。ACE2受容体結合ドメイン(RBD)はS1サブユニット内にあり、中和抗体の多くはRBDを認識して結合します。そのため、この領域のアミノ酸の変異が特に注目されています。日本ではスパイク蛋白のD614G変異株が主に流行しています。約100種類のスパイク領域の変異株の感染力と中和抗体に対する反応性を比較した結果、D614G変異は元株に比べ感染力が上がっていることが2020年9月号のCELL誌に報告されています。
また、N234Q, L452R, A475V, V483Aなどの変異はいくつかのモノクローナル中和抗体に対する反応性が低くなると報告されています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32730807/
変異株のうち注目すべきものはVOI (varinant of interest)として命名され、感染性や病原性の増加が懸念されるものはVOC (variant of concern)となります。これまでに報告されている主なVOCはイギリス、ブラジル、南アフリカで見つかった変異株です。イギリスのケント州で流行が拡大したB.1.1.7と呼ばれる変異株には23か所と通常より多い変異が見られ、そのうち9か所はスパイク遺伝子内に見つかっておりVOC202012/01と命名されています。このイギリス変異株には日本で流行しているD614G変異に加えN501Y変異がありヒトやマウスのACE2への親和性が増していることが示されています。
南アフリカやブラジルではスパイク遺伝子内のE484K変異株が流行しており、人での伝播性が増していることが示唆されています。日本で見つかる変異のモニタリングは国立感染研究所が行っており結果を公表しています。
https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/10084-covid19-28.html
2020年8月と12月に日本で採取されたウイルスにもE484K変異が見つかることを慶応大学のグループが発表しており、海外から流入した変異株だけでなく、国内で同じ変異をもつウイルスが出現していることが示唆されています。また、イギリス変異株の中にもE484K変異を持つものが見つかっています。ACE2への親和性が増したウイルスはヒトからヒトへの伝播性が増すだけでなく、体内で全身への感染拡大が短時間に起こる可能性があり重症化につながる可能性があります。これらの変異株では当初重症化率や死亡率に差がないとの疫学調査が報告されましたが、解析の進んでいるその後のイギリス変異株の報告ではやや増加しているとの論文が複数発表されてきています。イギリス変異株は最大1.7倍に伝播性が増していると報告されていますが、実際の伝播性は実効行再生産数として計測されマスク着用などの感染対策により下げることが可能です。
https://science.sciencemag.org/content/early/2021/03/03/science.abg3055.full
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