下関条約
1895年、日清戦争の講和条約。朝鮮の独立が承認される。
1895年、下関で日本全権伊藤博文と清国全権
李鴻章の間で締結された、
日清戦争の講和条約。
- 朝鮮の独立の承認(干渉権の放棄)。
- 清は遼東半島、台湾、澎湖諸島を割譲する。
- 2億両(テール)の賠償金の支払い。
- 日本の通商上の特権を認める。
- 長沙、重慶、蘇州、杭州の開市。
※遼東半島は後の
三国干渉によって、清に還付される。
参考 再現された日清講和会議の会議場
1895年3月19日から行われた日清講和会議は、下関の春帆楼(しゅんぱんろう)で開催された。それは伊藤博文がよく利用していたふぐ料理の料理屋で、ちなみに江戸時代には禁制だったふぐ料理を、はじめて許可された店としても知られている。伊藤博文と李鴻章が顔を合わせて会議は春帆楼の2階の大広間で行われたが、その部屋は隣接する「日清講和記念館」に再現されている。 →
春帆楼ホームページ