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ゆうらん🐥
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神里家当主は柊家の侍女を娶りたい

神里家当主は柊家の侍女を娶りたい - ゆうらん🐥の小説 - pixiv
神里家当主は柊家の侍女を娶りたい - ゆうらん🐥の小説 - pixiv
36,227文字
神里家当主は柊家の侍女を娶りたい
神里家当主は柊家の侍女を娶りたい
NPCの性格や世界設定の捏造部分過多。

旅人→空固定(ほぼ出てきません)

タグ付けめちゃくちゃ嬉しかったです…!!
ありがとうございます!!

誤字脱字、文章おかしいところは随時修正します。
続きを読む
2863194814
2022年6月7日 09:12

プロローグ的なものにも関わらずブクマ等ありがとうございます!

続きましたので、よければ見てやってください!









ーーーーー

「よく聞いて。今日は三奉行の当主様方がお集まりになってのお食事会なの。慌てず、落ち着いて。決して騒ぎを起こさない。いいわね?」

「はい!千里お嬢様!お任せください!私がしっかりと盛り上げてみせます!!」

「だから!!盛り上げなくていいの!もう一回言うから、ちゃんと聞いてね?」



同じ説明を三度もさせてしまった… 私はいつになったら千里お嬢様の素晴らしい側近としてお仕えすることができるんだろう…。

お嬢様の御髪を整えて下がる。 今日の私の仕事はお食事会の給仕だ。

ただ決まった時間に、決まった方のところへ、決まったお食事を届ける。 そしてお食事会が終わったら片付ける。 以上だ。

自らの着物も整えて他の使用人と並んで歩き会場である柊家の大広間へ向かう。

毎年、年の暮れに三奉行のお偉い様方が集まったお食事会もとい親睦会を各奉行のお屋敷を廻りながらか行う。

今年は柊家のお屋敷が会場だというわけだ。

参加されるのは御当主様方とその御家族様。 家臣の中でもより地位の高い方々もいらっしゃる。

かなりの大人数での催しなのでその年会場になる家の使用人はバタバタと忙しなく働かなければならない。

前に柊家で行われた時は熱で参加できなかったけれど今日は体調管理もしっかりして準備万全だ。

私が一番、千里お嬢様のお役に立つんだから!

実は我らが千里お嬢様には想い人がいらっしゃる。 そのお相手は九条家の次期当主の方で、家柄同士の関係で堂々とお付き合いすることが難しいのだ。

そんな中、文の届け員として私を頼ってくださったお嬢様の期待には絶対に応えたい!

今日も極秘ミッションであるその任務を受け他の使用人たちにはバレないように九条様のお部屋に文を届けるのだ。

しっかりとお届けしなければ!

タイミングを見計らいいつでも動けるように文は袖に隠した。





一通り給仕が終わりお食事会に参加された方々は各々談笑や商談、挨拶回りをされる。

そんな時、私は一人来た道を引き返していた。

どうしよう。どうしよう!! お嬢様からお預かりした文を無くしてしまった。

さっきまで袖の中にあったはず。 どこかで落としてしまったのか。

お二人の関係は極秘中の極秘。 家の者であっても知られるわけにはいかないのだ。

幸いなことに今は会場に人が集まっていて使用人が通るこの廊下には誰もいなかった。

誰かに見つかる前に早く探さなきゃ…!







無い、無い…! お庭の木々の隙間、襖の間、運んだ食器の棚。 今日行ったところは全て探したのに見つからない。 本当に、誰かに拾われてしまうまったのだろうか。

お嬢様が私を信頼して任せてくださったのに…! お二人を繋げる唯一の大切な物なのに…

「ぅ…うう…ごめんなさい…ごめんなさい…」

日も落ちかけた中庭で一人涙を拭いながら立ち尽くす。

「すみません、柊家の方でしょうか?」 後ろから声をかけられてハッとする。

「は、はい!何か御用でしょうか…!」 慌てて涙を乱暴に拭って振り返る。

声の主は私を見るやいなや驚いたように目を見開いた。

その方は若くして神里家当主として確固たる地位を築き上げたお方。神里綾人様だった。 「貴方様は…社奉行様!」

「…どうされたのですか?泣いていらっしゃるように思えましたが」 「あっ…こ、これは…!な、なんでも御座いません!!お客様の前でこのような姿を…お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありまっ……」

慌てて謝罪しようと頭を下げた瞬間、フワリと良い匂いに包まれた。

………え? ど、どうして。 私は今、社奉行様に抱きしめられているんだろう?

「ゆっくり息を吸って、吐いて。……落ち着きましたか?」 「あ……は、はい…」

混乱しつつも言われた通り呼吸をするとゆっくり体を離した社奉行様がその美しい顔で微笑んだ。

「…手が、傷だらけです。こんなになるまで何をされていたんですか?」 そう言われて初めて手に痛みがあることに気づく。 草木をかき分けていたから枝や小石で血が滲んでいた。

「これは常備薬の塗り薬です。後でしっかりと医師に診せてください」

そう言って、丁寧に薬まで塗ってもらってしまった。

「あ、ありがとうございます…私のような使用人にまでご親切にしていただいて…」 「…いいえ。それで、ここで何をされていたんですか?」

あ…… そ、そうだ。それを聞かれてたんだった。 傷のせいで忘れていた。

「そ、その…探し物を…」 「探し物?どんなものですか?」 「えっと、文なのですが…とても、とても大切なものなんです……」

お嬢様から鎌治様へのお手紙とは言えず、できる限り濁しながら伝える。

「文、ですか…。あ、そういえば先程拾ったのですがもしかしてこれのことでしょうか?」

そう言って懐から出したものは、まさに私が探しているものだった。

「こ、これです!!」 「良かった。落とし主が分からずどうしようかと困っていたところでした」 文を両手で受け取ると思わずそっと抱きしめた。

「ありがとうございます…ありがとうございます…!」 「……そんなに大切なものなんですね」 「はい!命に変えても失うわけにはいかないものでした…!この御恩、一生忘れません!」

安堵からまた涙が溢れそうになるのを堪えて何度も練習したお辞儀をする。

「どうしても今日中に届けなければならないもので…本当に助かりました!それでは失礼致します!」

「……はい。気をつけてください」

ニッコリと微笑んだ社奉行様は他所行き用の顔だった。 会ったのは初めてだけれど、そんな気がした。

それでも美しいことに変わりはなくて一瞬目が奪われたけど、あまりじっと見つめすぎるのは失礼なので素早くその場を離れる。

あれ、そういえば何故あのような場所に社奉行様が? もしかして道に迷われたのかと戻ってみれば、もうすでにそのお姿はどこにも無かった。



ーーー 綾人視点

もしや彼女に会えるかもしれない。 そんな期待を込めて迷ったと嘘をつき使用人が通る廊下まで来ていた。

「?おや、これは…」

廊下の真ん中にぽつんとある封筒は、何かの文のようだ。

何故こんなところに? 手に取るとその上質な紙質から決して一般的に出回っているようなものではなくそれなりに身分の高い者の文だというのがわかる。

それだと尚不思議だ。 ここは家臣の中でも家の世話をする侍女や信頼に当たる商人などが使う廊下。 宛名が無いのを見ると、もしかしたら重要な情報の取引が行われているのか。

普段なら人様の文など決して開けることはないが、それに手をかけた。



「これは、……ふむ。見なかったことにしましょう」

中身を見たことに罪悪感を覚えるほどの純粋な恋文だった。 書き手と送り主の名前が出てこないことを踏まえると身分違いの恋、もしくは世間的に許されないような関係なのだろう。

あまり見られたくは無いものに間違いはないのでこのままここに置いておくのもよろしくないと判断してとりあえず懐にしまった。







…………それなのに。

「社奉行様…なんとお礼を申したらいいか…ありがとうございます、本当に、ありがとうございます…!」

宝物のように文を抱きしめて涙を浮かべる人が、まさか貴方だとは…

「……それは、どなた宛の?」 少しの可能性を込めて尋ねる。

「え、えっと……申し訳ありませんが、それは言えません!」

つまりは、私以外の者という意味で…

「どうしても今日中に届けなければならないもので…本当に助かりました!それでは失礼致します!」

丁寧にお辞儀をした後去っていく彼女の後ろ姿をただ見つめることしかできなかった…。









ーーー

「家政授業…?」

町の掲示板にあったチラシに興味をそそられた。 内容は社奉行に仕えてる方が個人的に家政について授業をしてくれるというものだ。

幼い頃から柊家に仕えている私は一通りの家事はできるけれど、改めて家政について学ぶのもいいかもしれない。 なにせ、お嬢様のお役に立てそうだ。

「いいわね。頑張って学んでおいで」 「はい!千里お嬢様のお役に立つ為、成長してまいります!」

必要な道具はほとんど貸し出してくれるというが、メモ用紙や作業着など、必要そうなものを持っていく。

会場は神里屋敷。 他の奉行所の家にお邪魔するんだからと手土産のお菓子も用意した。

時間通りにその場所に訪れると、そこには長椅子に腰掛ける二人の男性と中に浮いている少女がいた。 「!もしかして家政の授業を受けに来たの?」 「は、はいっ!本日は家政についての授業が受講できるとお伺いして…!」 「おお!やったなトーマ!」 「えっ、トーマさん!?」 「久しぶりだね。まさかこんなところで会うとは」

「なんだお前たち知り合いだったのか?」 「彼女は勘定奉行である柊家で奉仕をしている侍女なんだ。俺の離島での立場覚えてるかい?」 「!顔役!」

ーーー





物腰優しく自己紹介してくれたトーマさんと、旅人である空さん、パイモンさんは私を快く迎え入れてくれた。 「あ、あの…他の生徒さんは…?」 「あー、ハハ。恥ずかしながら実は今日来てくれた人は君と旅人だけなんだ」

そうなんだ… まあ、初めての試みらしいしそんなものだろうと納得した。

「家政には興味が?」 「はい!私、柊家で侍女をしておりまして…!普段からお屋敷のお手入れなどはしているのですが改めて学びたいと思い今日を楽しみにしておりました!」

「へぇ、すごいぞ!オマエはとても仕事熱心なんだな!」 「もちろんです!私は主人である柊千里様の為ならばどんなことでもお役に立ちたいのです!」

「お嬢様…?当主様ではなく?」 「私の主人は千里お嬢様ただ一人!私の全てをかけてあの方が幸せになるお手伝いがしたいのです」

私の言葉を聞いた三人は力になってくれると言う。 とても良い人たちだ。

「さっきから思ってたんだけど…敬語はいらないよ。俺のことは気軽に空って呼んで」 「そうだな!その方が距離も縮まるしいいと思うぞ!」 「え、でも…」 「それは良い。良かったら俺のことも気軽にトーマって呼んでくれ」 「は、はい…!それでは私にもお気遣いなく接してください!」



敬語が外れたことによりパイモンちゃんの言う通り距離が縮まった気がしてとても嬉しかった。

「ここを通したらそのままこっちに回して…」 「こ、こう…?難しい…セーターを編むことは今までやったことがなかったから…」 「オイラもだ!想像以上に難しぞ…!」 「こんな感じ?」 「!空くんって器用なんだね!羨ましいな。私は何をするにも人より練習しないとできるようにならないのに」



今日は編み物だったけれど、次は掃除のコツやお料理なんかもやろうかと話をした。 とっても楽しみだ。

上機嫌に柊家のお屋敷に帰っているとふと手元の風呂敷に目がいった。 「……あ!」

私としたことが! 手土産に用意したお菓子をお渡しするのを忘れてた! ほんとバカ!! どうしよう、授業が終わったのに今から行ったら迷惑かな…? でも、せっかく用意したし、お世話にもなったのに……

「…よし!」 お菓子を渡すべく来た道を戻った。



ーーー トーマ視点

「家政についての授業はどうだった?」 片付けを終えて若のお部屋に行くと面白い話を期待しているのか、楽しそうに尋ねられた。

「参加人数は少なかったですが、とても良い経験になりました。次は社奉行内に範囲を絞って開催しようと思います」 「それはいい。こういうのは実績の積み重ねだからね」

「あ、でもあの子には声をかけないと…」 「あの子?」 「はい。今日の授業に来てくれた子なんです。器用ではありませんが努力家でとても教えがいがありました」

「トーマがそこまで気にいるとは。少々その人物について興味が湧いたよ」

そんな話をしていると屏風の向こうで家臣の声が聞こえた。

「お話中のところ申し訳ありません。トーマさん」 「どうしたんだ?」 「たった今本日家政の授業でお世話になったという者がトーマさんを訪ねて来られまして…」

わざわざ門番に言うということは旅人ではなく彼女だろう。 「わかった。すぐに行く」 「今話題に上がっていたしていた人物かい?」 「若の言う通り。興味があるのでしたらお連れしますか?」 「いいや、それは客人にも気を遣わせるだろう。また会う機会はある、その時に挨拶するとしよう」 「わかりました。それでは行ってまいります」

一礼して門のところまで行こうと足を踏み出した時、丁度旅人がやって来た。

「トーマ!そういえば次の家政の授業の打ち合わせをしてなかったと思ってな!いつ頃開催予定なんだ?」 「やぁ、旅人にパイモン。さっきぶりだね」

「こっち。大丈夫だよ、トーマと綾人とは友達だから」

何やら旅人が手招きをする様に後方を気にしている。 「そこでトーマを待ってたから連れてきたんだけど…大丈夫だった?」

そう言って旅人に手を引かれて恐る恐る顔を出したのは、今まさに出迎えようとしていた彼女だった。

「あ、あの!お屋敷の中に勝手にお邪魔してしまって申し訳ありません…!空くんが親切に声をかけてくれまして…!」 「大丈夫さ。君が来ていることは先程聞いたからね、ところでどうしたんだい?忘れ物?」

カタン… 何かを落とした音がして振り返ると部屋の奥で公務の為筆をとっていた若が珍しく驚いたように目を開いていた。 先ほどの音は筆を落とした音らしい。

「貴方は…」 「しゃ、社奉行様!?も、申し訳ございません!ご挨拶が遅れました、私は柊家で侍女をしております、」 「知っていますよ。以前柊家にお邪魔したときにお会いしましたよね?」 「え……あ、は、はい!まさか覚えてくださっていたとは…!」

「なんだお前たち知り合いだったのか?」 「柊家の侍女だと聞いてたけど、まさか若と面識があるとは」 「はい!実はこの前柊家のお屋敷にいらした時に!」

俺は人の顔と名前を覚えるのが得意だけれど、若は特別そう言った印象はなかった。 しかし彼女はなんというか、少し個性的だからきっと若の印象にも残っていたんだろう。

「そうだ、何か用事があったんじゃ?」 「そうでした!授業の講師をしていただくからとお菓子を持ってきてたんですが…恥ずかしながら先程お渡しするのを忘れていて」

授業の時から持っていた風呂敷を手渡される。 これは手土産だったのか。

「わざわざ戻ってきてくれたのかい?ありがとう」 「い、いえ!むしろご迷惑ではありませんでしたか…?」

そんなはずないと微笑めば安心したように彼女も笑った。

「うわぁ!お菓子!?いいなぁ…」 「コラ。これはトーマのだよ」 「こんなもので良ければいつでもお作りしますよ!」 「もしかして、貴方の手作りなんですか?」

いつの間にか横まで来ていた若が俺が受け取った包みと彼女を交互に見る。 「は、はい!…あっ、もしかして迷惑だったでしょうか…!?その、変なものは入れてはいません!柊千里様に使える者として、誓います!」

「大丈夫だよ。疑ってないさ」 「なんならオイラが毒味してやるぞ!」 「パイモン!」

「時間があるなら一緒に食べないか?こんなに沢山持ってきてくれたんだ」 「え、でも…」 「それはいい。良ければ私も仲間に入れてください」 「え!?社奉行様、お忙しいのではないですか?時間を割いていただくのは…」 「丁度休憩しようとしていたところなんです」











ーーー

貴方視点

ということで光栄にも皆さんと一緒にお茶を頂くことになった。

私が作ってきたラズベリー水饅頭。木南料理で振る舞われていることで有名だけど、私のは少しオリジナル。

丸々一つラズベリーを包むのではなく刻んでこしあんと砂糖に漬け込んだスミレウリを混ぜ込んだタネを使っている。

そうすることで程よい酸味と甘さで温かい緑茶やほうじ茶にとても合うのだ。

「うまいっ!オイラ何十個でも食べられちゃうぞ!」 「本当に美味しいよ!良ければ俺にも作り方を教えてくれないか?」 「もちろんです!」 「俺も!」 「それでは私も」 「え?」 「え!?」

何故か私よりもトーマさんが驚いていた。





食べる担当というパイモンちゃん以外のメンバーで水饅頭を作る。 材料は神里家の厨房に揃っていたのですぐに始められた。

「なかなか上手くいきませんね」 「そんなことないですよ!先ほどよりとても綺麗な形になってます!」 「若の分は俺がお作りしま…」 「いいえ、結構です」 「…トーマ、綾人になにかしたのか?」 「えぇ!?」

「よし、できた!」 そう言って空くんが一箱分作り終えたラズベリー水饅頭をこちらに持ってきた。 「どうかな?」 「流石空くん!早いし綺麗だし…とっても美味しそう!」

食い意地が張ったと思われたのか、空くんがその中から一番綺麗にできたと言う水饅頭を摘んで私の口まで持ってくる。 「味見してみて」 「は、はい!それでは僭越ながら!いただきま…」

あー、とはしたなくならない程度に口を開けようとしたら横から空くんの腕を一回り大きな手が掴んだ。

「あむ」 「え」 「へ?」

ぱくり、と水饅頭を口に加えた社奉行様がモグモグと咀嚼して飲み込んだかと思えば満足そうに微笑んだ。

「美味しいです。流石旅人ですね」 「あ、綾人…?」 「はい?どうしましたか?」 「え、……いや、なんでもない」 「そうですか」

今のは私ではなくて社奉行様に食べさせたものだった…? え?でも明らかに私じゃなかったっけ???あれ?

「はい、私のも食べてみてください」 頭がハテナで埋まっているとちょん、と唇に何かが触れた。 ハッとして目の前を見ると社奉行様が自身の作った水饅頭を私の口に押しつけていた。

「い、いただきます!はむ!んん!とってもおいひいれふ!!」

分量を間違えたのかスミレウリが多くてゴロゴロしているがそれはそれで食感があるし、水饅頭のほうも水分が多めでトロッとしている。ちょっとスライムっぽい。私は好きだ。

完璧に見える社奉行様も料理は苦手なのかな? そう思うとなんだか失礼ながらも可愛らしいと思って少し笑ってしまった。

「ん?何か失礼なことを考えてましたか?」 「そ、そんな滅相も…!!」

ない、とも言い切れず曖昧に濁す。 「まあまあ。…おっと、もうこんな時間か。そろそろお開きにしないと。外はまだ明るいけど送っていくよ」 「え!大丈夫です!私一人でも…」

「帰り着く頃には暗くなってますよ。女性が一人で暗い道を歩くのは危ない」

……あれ? なんか、昔も誰かにこんなことを言われたことがあるような…

「俺たちが送っていくよ」 「そうだな!任せてくれ!」 「では任せましたよ」



ーーー 帰り道、空くんとパイモンちゃんに送ってもらうことになって三人で話しながら帰った。

空くんたちが話してくれた冒険の話はスケールが大きすぎて物語の中のように感じられるほどだ。

「りゅ、龍と戦ったの!?」 「結局風魔龍はアビスに操られていただけで、最後崩壊した風龍廃墟から助けてくれたんだ」 「オイラは自分で飛べるけどな!」

「龍の背中に乗るなんて素敵!私もいつか色んな国を見てみたいなぁ」 「その時はオイラたちが案内してやるぞ!」 「本当?それは贅沢すぎない?」

と言いつつも、ここを離れるなんてことはきっとない。 だって私は柊家の侍女。 いかなる時も主人のお側を離れる気はないし、千里お嬢様は多忙でいらっしゃるから一緒に外国に行くなんてそうそうないだろう。

そんな話をしていたら思ったよりもあっという間に柊家のお屋敷についた。 「今日はありがとう。すごく楽しかった!」 「俺も、勉強になった」 「また水饅頭作ってくれよな!」 「任せて!」

空くんたちと別れてからお屋敷に入るともう日も落ちているというのにお嬢の部屋からは明かりが漏れていた。

「お嬢様?」 「あぁ、貴方ね。こっちへおいで」

仰せのままに側によるといつものように頭を撫でられる。

「思っていたよりも帰りが遅いので心配しました」 「も、申し訳ありません…!家政の授業の後、ラズベリー水饅頭を作ることになって…!」

「怒ってはいません。何もなくて安心したわ」 相当お疲れなのか、少しだけ私に寄りかかりながら小さく息をついた。

きっと休憩もなしにお仕事をされていたんだわ。 私がしっかりお側で見てないと。

「千里様」 手に持っていた包みを広げながら出来るだけ穏やかな声でお名前を呼ぶ。

「これ、沢山作ったので持って帰ってきたんです!今から一緒にいただきませんか?」 「それは嬉しいわ。貴方が作ったお菓子大好きだもの」 「千里様…!!私は感動いたしました!これからも誠心誠意、お作りします…!」

お茶とお皿を準備して羽織ものと一緒にお苑にこしかける。今日はとても月が綺麗だからね。

「あら?これは他のと違って柔らかいのね。少し溶けかかってる」 重力に負けてペショ、と少しつぶれた水饅頭に覚えがあった。 「あ、それは社奉行様が作られた分ですね!」 「え!?神里様も作ったの!?」 「え?はい、僭越ながら私が作り方をご指導させていただきました!」 「貴方……将来大物になりそうね」 「私はずっと千里様にお仕えしますので大物にはなりません!なるとしてもお子様の乳母になれればと…精進します!」

そうと決まれば次は赤ちゃんのお世話の仕方を学ばなくては! お嬢様にお仕えする上で役立つのための勉強はいくらやってもやりたりないわ!

少し水っぽい水饅頭を頬張りながらそんなことを考えていた。









ーーーー 先刻、目狩り令が廃止されてから稲妻では大きな変化があった。 天領奉行の九条家の当主様はファデュイとの裏取引が将軍様への裏切り行為と見做され世代交代をしたし、勘定奉行では当主様が外国人に対して行っていた違法な行為が見つかり捕まったのだ。

それに続き九条鎌治様とお嬢様の婚姻の話が持ち上がったが、それも家臣の思惑だったらしく祝福の雰囲気も流れてしまった。

それに伴い三奉行の奉行所は何処も忙しく、上の方々が何やらよく話しているところを見かける。 千里お嬢様も例外ではなく近頃どうも疲れが溜まっているようだ。

女性としての幸せを目の前にしたにも関わらず家のために尽くすと決めたお嬢様は強く尊敬すると同時に、見ていられないほど辛そうだった。 お嬢様の為に何かできないかと悩んだ結果花を生けてお部屋に飾ることにした。 お嬢様がお好きな花を仕入れる事ができたし、きっと喜んでくださる!

お嬢様のお部屋の前できちんと正座をし声をかける。 「お嬢様、お花をお持ちしました」 「あら、どうぞ。いらっしゃい」

両手で丁寧に襖を開けると大量の書類に囲まれたお嬢様が疲れた顔にもかかわらず笑って出迎えてくださる。

「お嬢様…顔色が良くありません…」 「最近あまり眠れていないからかしら。でも大丈夫よ。今が頑張り時ですから、もう少しすれば落ち着きます」

自分が怪我をしたり病気になったりするよりも、主人が辛い時が一番痛いのだ。

溢れそうになる涙を必死に堪える。

「お花を生けてくれたのね。私の好きな花ばかり」 「お嬢様っ…私、私になにかできませんか?」

花のことなんかすっかり忘れてお嬢様を見つめる。

「そうね、貴方は貴方のやるべきことをしっかりとやってくれているから……そんな悲しそうな顔しないで?」

ああ、こうやって頭を撫でる時間も惜しいというのに私はいつもお嬢様のお手を煩わせるばかりだ。

「千里様、お時間です」 廊下の方から声がしてハッと振り返る。 「会議の時間だわ。行ってくるから、お花を綺麗に飾っておいてくれるかしら?」 「っはい!お任せください!」

お嬢様をお見送りしてから早速作業に取り掛かる。 この位置だと邪魔にもならないし目にも入りやすいはず。 よし!お嬢様が公務の間にも摘めるように金平糖を買いに行こう。

そう思って部屋を出ると、襖の前にぽつんと紙切れが落ちていた。

?さっきまで無かったよね? お嬢様を呼びに来た方が落としたのかな?

そう思って拾い上げる。

封をされているわけでもない、古びた紙切れ。 しかしそれに書かれている内容はとんでもないものだった。

ーーー明日、早朝に指定の場所に一人で来い。

来なければ父親の命はない



こ、これは…!? 間違いない、脅迫状だ。 お嬢様の部屋の前にあるということは明らかにお嬢様宛であって……

乱雑に描かれた地図はたたら砂の海辺らへんを指している。 柊慎介様は天領奉行の奉行所にいらっしゃるはず… それなのに危害を加えることなんてできるのだろうか?

ただのハッタリにしか思えない。 でも、もしもこれが嘘でなかったら?

犯人の狙いは?お嬢様がこのことを知ったらただでさえ心身共に疲れているのにまた負担をかけることになる。

ハッタリなら、それでいいのだ。 私がお嬢様のためにできること。

意を決してお嬢様の着物箪笥からお着物と帯を拝借して部屋を出た。















夜、同室の同僚が寝静まったのを確認してせめてもの準備をする。

護身用の懐刀を両手に抱えると、ドッと緊張が増した。

「私が…お嬢様をお守りするんだ…!」

着なれない上物の着物に袖を通してから、音を立てないように屋敷を後にした。









ーーーーー

相手はお嬢様のお顔を知ってるかもしれないので笠を被って顔を隠す。

日の出前の静かな波が幾分か心を癒してくれた。 あのホラガイもこんな音をしていたな…

目的の場所まで出向くとそこには小さな洞窟があって、何人もの野状と宝盗弾、ファデュイまでもが待ち構えていた。

想像より多い人数に冷や汗が伝う。

「柊千里と申します。貴方方がこのメモの送り主で間違いありませんか?」

「本当に一人で来たのか?兵士を連れてきたんじゃないだろうな?」 「お父様の命がかかっているのに、そんなことするはずがありません」 「ハッ!どうだか。おいお前ら、周辺を散策して来い」

何人かの男達が洞窟から出て行く。 「……して、私になんの用でしょう?」 「お前は人質だよ!!九条家との婚姻をした柊家のお嬢様を人質に取れば効率がいいだろう?」

な…! 婚姻…!? その話しは流れたばかりだ。 またそんな噂が出回っているということだろうか? もしくはこちらの動揺を誘おうと…?

「何か誤解をされているようですね。確かに九条家の現当主、九条鎌治様とは将軍様にお迎えする三奉行の者として良い関係を結んではいますが現状婚姻など全く覚えがありません」 「あー、そういうのはいいわ。全部割れてんだよ、ファデュイの上層員舐めんな」

稲妻を裏から牛耳るつもりらしい。 なんとも軽薄な考えか。

凡人の私でもそれがわかる。

「お嬢様にはちとキツイかもしれねぇが、付き合ってもらうぜ?」 自分よりも大きな男の人に乱暴に木でできた小さな牢獄に収容され、柊家や勘定奉行のことを聞かれる。

なんだ、情報は全て漏れているような言い方をしているくせに何も分からないんじゃないか。

なかなか口を割らない私に容赦なく振るわれる暴力。 的外れなことを言えば檻のまま海に沈められた。 与えられる食べ物も一日一回、濾過しきれていない水と硬くなった餅一つ。





どれくらいの時間が経っただろう。

少なくとも五日はそれが続いている。

「楽になりてぇだろ?早く吐けよ!!」 「ゴホ、ッ……ケホ、」

喉がカラカラで言葉も発せない。 意識が飛ぶ直前に顔に海水をかけられて気絶するのすら許されない。

よかった、お嬢様ではなく私が来て。 ただただそう思っていた。

これだけ日が経っても兵士が来ないということは、この場所が見つけられないのか、それとも人質というのは嘘で私に何かを吐かせるためだけに連れてきたのか。

お嬢様、心配されてるかな。 公務に集中されすぎて休憩するのを忘れるから時々声をかけなければならないのに。

お嬢様のことばかり考えて、幼い頃の思い出まで蘇ってきた。 やばい、走馬灯じゃないよね? 私、ここで死ぬわけには…お嬢様の、お側に……

もう意識を保つのが限界だと思った瞬間、脳裏に浮かんだのはあの日ホラガイをあげた子供だった。

あの子、元気にしてるかな……



「!!天領奉行の兵士だ!!」

誰かの叫び声で意識が覚醒する。 大勢の足音、これは…

「直ちに武器を捨ててその場を動くな!!」 あの方は、確か九条家の……

その後は驚くほど早かった。 天領奉行の兵士がその場の全員を取り押さえてお縄につける。

た、助かった… 力の入らない体を天領奉行の大将である九条沙羅さんが支えてくれる。 「大丈夫か?」 そう言って水を飲ませてくれたけれど声を出すのも辛くて笑顔を向けて頷いてみせた。 「まったく無茶を…このまま君も詰所で手当てを…」

「九条様!!!」

背後から血相を変えた兵士が走ってくる。 「た、大変です!!」 「どうした」

「それが、奴らが…柊千里様を人質に柊家の屋敷を占領しています!!!!」

「!?!?」 な、なんですって……?

「クソ…ここに居るのが全員ではなかったのか!」 「うそ…うそですよね…?」

九条さんの着物を掴んで震えた声で問う。

「……まずは君だ。外傷と衰弱が激しい。奴らのことは私たちに任せ…」 「私も、私も連れて行ってください!!!」

大声を出したからか、むせてしまった。 「それはできない。この状態の君をさらに危険な場所に連れて行くなど…」

そうだろう。 それが正しい判断なんだろう。

けど、けど私にとって全ては主人のために。

使うことのなかった懐刀を帯から取り出して自信の首に突きつける。 「!?なっ…!」

「……お願いします」

汚いやり方だ。 酷い人だ私は。 それでも、あの方に何かあったときお側にいないばかりに何もできないのは死ぬよりも嫌だ。

「……わかった。だからその刀をしまってくれ」









ーーーーーー

柊家の屋敷に着くと門の前に兵士が整列していた。 「これより柊家に潜入して全ての罪人を取り押さえる!!」

九条さんが現場に到着したことにより兵士の士気も上がっているようだ。 「今から私たちは一斉に屋敷に入る。中は激しい乱闘になるだろう。君を連れて行けるのはここまでだ」 「…はい。わがままを聞いてくださりありがとうございました」

私の言葉に安心したように九条さんは兵たちの先頭に立つ。

「それでは、全員準備!!いくぞ!!!」

その合図で正面の門から兵士が次々と入っていく。 私は屋敷の裏口、柊家の中でも何人かしか知らない緊急用の出入り口に向かった。

幼い頃、千里様と街へお忍びに出かけた時に何度か使ったことがあったのだ。

「千里様。今お側に参ります」









ーーーー

屋敷内に入ると戦闘の音がそこら中に響いていた。 お嬢様を探さないと! 人質の千里様以外はもう屋敷から避難しているらしくここで一番この屋敷を知り尽くしているのは私だ。

私がお助けするんだ!!絶対に!!

周りを見張りで囲むなら中央の大部屋、きっとそこにいるはず。 その部屋に通じる出来るだけ人に見つからないルートは…

「動くな!!!」

大きな声に驚いて足を止める。 しかしそれは私に言われた言葉ではなくもう目の前にある大部屋から響いた声だった。

「その刀を下ろしなさい。私を殺せば人質としての価値を失うことになりますよ」

お嬢様の声だ。 お嬢様がいることを確信して襖の隙間から中を確認する。 数人の見張りに囲まれたお嬢様が手を縛られて部屋の真ん中に座っていた。

「黙れ!!大人しくしていろ!」 今にも手をあげそうな勢いで大声をあげる男性はもうそこまで迫っている天領奉行の兵士に余裕がないようだ。

このまま単騎で乗り込んでも状況を悪化させる。 何もできない歯痒さに唇を噛んだ瞬間、九条沙羅さんがその扉を開け放った。

「動くな!!!全員武器を捨てて地面に手をつけ!!」

凛とした声が大広間に響く。 よかった、これで助かっ…

視界の端に一瞬だけ映った碧色の着物。

錆びた刃物で切り取られたそれは見覚えのあるもので。 血が滲んだその切れ端が私の足ものに落ちる。 気がつけば駆け出していた。

「お嬢様!!!」 「!?あ、貴方何故ここに…!?」 私のボロボロの姿を見て目を見開いたお嬢様が声を上げた瞬間、血が滴るその腕を掴んだ男が刃物をこちらに向けた。

「動くな!!こいつがどうなってもいいのか!!」 「っ…!に、逃げなさい!!」

いくらお嬢様のご命令でもそれは聞けません。 だって私は何度言っても躾のならない問題児ですから。

何故だかわからないけど頭はとても冷静だった。 そして、不思議に自分のやるべきことが明確にわかる。

「お嬢様に触るな!!!!!」

何が起こったのか、理解できなかった。 気がついたら男は地面に倒れていて。

「……え?」 お嬢様を囲む半透明の障壁。 地面から生えた無数の岩。

カラン、と音がしたかと思えば目の前に黄金に輝く、これは………

「神の目です」

聞き覚えのある声に顔を上げると何故かそこには社奉行様がいた。 「貴方が行方不明になったと聞いて以前から追っていた野状達を探していましたが…まさか柊家の臣下に紛れ込んでいたとは」 「神里様、ご協力感謝致します」

神の目を拾い上げると私の手にそれを握らせる。 「貴方のものです、おめでとうございます」

「わ、たしの……?」

恐る恐る手の中のそれを見ると反応したように優しく光を放った。

「人質も救出したので後は時間の問題です。千里様と貴方は傷の手当てを」

ハッとしてお嬢様を見ると先程切り付けられた腕からはまだ血が流れ出ていた。 「早く止血しないと!」 「私のことより貴方です、早く治療を」

お嬢様の応急処置が終わると避難所になっているという遠国監察へ向かう。 何故か社奉行様がずっと付き添ってくださった。

「身体中のアザや傷は痕が残るかもしれません」 「大丈夫です。ありがとうございます」 「酷い衰弱状態だからまずは流動食から、そして体力が戻るまで仕事はお休みしてください」 「え!?そ、そんな…!!」

お仕事を休むなんて…!! それならどうやってお嬢様のお役にたてばいいかわからない。 「おや、千里様の治療と事情聴取が終わったようですよ」

社奉行様の言葉通り、役人との話を切り終えてこちらに歩いて来られるお嬢様が見えた。

お怪我は大丈夫かな。 後遺症など残らなければ良いんだけれど… そう思ってお嬢様に声をかける。

「お嬢さ…」 「バカもの!!!!」

普段お淑やかで物静かなお嬢様が声を張り上げたので驚いた。 周りにいる兵士や役人、医師ですら話しを止めてこちらを見る。

「私の代わりに貴方が傷つくことが仕えることではないわ!!」

お嬢様の瞳からはポロポロと涙が溢れていた。

お嬢様が泣いているのを見たのは子供の時以来で驚いて固まってしまう。

「無茶ばかりして…!どうして私に相談しなかったの!!」 「お嬢様…」 「貴方は私を守っているつもりかもしれないけど、私はそんなこと望んでない…!!」

「っ…!」

ズシリと心が重くなる。 私は、お嬢様が全てだから… だから、この命に変えてもお嬢様をお守りしたくて…

私の目にも涙が滲む。 「私はっ…お嬢様の為ならこの命惜しくはありません!お嬢様が危険なら、何度でも私はっ…!」

「貴方が私を大切に思うように、私が貴方のことを大切に思っているということがどうして分からないの!!」

泣き叫ぶような声にハッとした。 こんなにも必死に、千里様が私に伝えてくれているのだ。

お嬢様の為といいながら、私はお嬢様の気持ちを考えていただろうか……?

あぁ、不甲斐ない。 主人にここまで言われなければ分からない自分が不甲斐ない。 「ごめ、なさいっ…!私が、間違っておりました…!私はとんでもないことを…」

自分の非を認め謝るといつものように優しく抱きしめてくださった。

「本当に、心配しました…」 包帯が巻かれた腕で強く抱きしめられて、心が締め付けられるように涙が溢れた。

「ごめんなさいっ…ごめんなさいお嬢様…!」



私が泣き止むまで抱きしめたまま頭を撫でてくださった。 落ち着いた頃には社奉行様はいなくて、お礼を言い損ねたと言えば後日改めて一緒に伺いましょうと笑ってくれた。

失敗ばかりだけれど私はまた一つ、成長できただろうか? 枕元に置いてある神の目が淡く光った気がした。







ーーーー

十分な休養とリハビリを終えた時には思ったよりも時間が経ってしまっていた。 その間にお嬢様と鎌治様の手紙はあまり送りあえなかったようで、また時期を見て二人が結ばれることを祈るばかりだ。

今日は久しぶりのお仕事、気合も入る。 しかも本日お見えするのは社奉行様。 本来お礼を言いにこちらから伺わなければならないのに、私の教養に時間がかかったせいで公務の予定で社奉行様が柊屋敷へいらっしゃる方が先になってしまった。 空き時間をみてお礼を言うつもりだ。

「千里お嬢様はいらっしゃるか?」 客間の準備をしていると門番の兵士が訪ねてきた。

「お嬢様は今朝の会議に出席されていますが…」 「困ったな…」

話を聞くと、なんと予定より1時間早く社奉行様ご一行が到着されたらしい。

まだ十分な用意もできていない上にお嬢様もいないとなれば失礼に値するし、どうすれば…! 「そうだ!私この前の事件で個人的に社奉行様にお礼を言おうと思ってたんです!お嬢様には後でお伝えしておきますので良ければ私が対応いたします!」 「本当か!?それは助かる!」

早速身なりを確認して表に向かう。

「お待たせしてしまい申し訳ありません!ようこそお越しくださいました!」

表に出たら社奉行様と、その隣にはトーマさんもいらっしゃった。 「お久しぶりですね。少々早く到着してしまって、ご迷惑ではありませんか?」 「そんなことはありません!……ですが、まだお部屋の準備が整っておりませんので楓がよく見える裏廊下を準備致しました。そちらにご案内しますね」

七天神像の見えるお苑まで通すと改めてご挨拶をする。

「本日はわざわざ足を運んでいただきありがとうございます。お嬢様はただいま朝の会議中でして…それまでは私がおもてなしさせていただきますのでよろしくお願いします!」

「……そのつもりで早く来たので」

「?。なにか不便でもございましたか?」 「いいえ。申し訳ありません、お手を煩わせてしまって」 「いいえ。むしろ光栄です」 「そういえば身体はもう大丈夫なのかい?」

トーマさんが気遣うように尋ねてくれたのでお礼を言うチャンスだと話に乗っかった。

「はい!本日から復帰しました!あの時は社奉行様にも助けていただき感謝してもしきれません…!」 「いいえ、貴方が無事ならなによりです。それよりあれから神の目はどうですか?」

「あ、えっと…正直私にはもったいないというか…戦闘技術があるわけでもないので」 「それでもきっと何かの役に立つはずです。あの時もお嬢様をお守りしていたではありませんか」

「っ!はい!」 「君の神の目は岩か。護りに適した、君らしいと俺は思うよ」

トーマさんの言葉が嬉しくてついつい顔が緩んでしまう。 お嬢様がいらっしゃるまでまだ少し時間もあったので座ってお話しすることにした。





ーーー 綾人視点

護りに適した、か。 確かにトーマの言う通りだ。

故に、彼女に特別に思われている柊千里にバカらしいと思いながらも嫉妬してしまった。

「どうしてお嬢様のことがそれほど大切なのですか?」

唐突だっただろうか、私の発言に彼女はもちろんトーマも驚いた顔でこちらを見た。

「えっと、長くなってしまうんですが…」 「構いません」

私の言葉に頬をかきながら記憶の中の自分を思い出しているのか、節目がちに話し出した。

「私、もともとは柊家の者ではないんです」









ーーーーー

父は田舎の村で有名な飲んだくれ、母は外国から来た商人の娘だった。

母が母国に帰った後父と二人で暮らしていたが、父は女遊びが激しくいつも自分を家に立てかけてある茅の裏に隠して女の人をあげていた。

食べ物なんてくれないから野生のスミレウリを取ったり、時には外国から運ばれた貨物の中のものを盗んだりしてなんとか食い繋いぐ日々を過ごしていた。

そんなある日、外国からの輸入品を保管する倉庫に忍び込んだのが国境を監督していた勘定奉行の兵士に見つかり、連れて行かれそうになった。

そんな時にたまたま旦那様のお仕事に付いて来ていたお嬢様が私を見つけてくださったのだ。

『盗みは悪いことだけれど、子供が飢えそうになっているのをまずは助けたらどうなの!』

お嬢様は私を背中に庇って大人相手に怯まず訴えてくださった。

年もほぼ変わらぬ女の子だった。 それなのに凛として、強くて、優しくて何よりも美しかった。

その姿に私の人生は変わったのだ。

この人について行きたい。 この人をお守りする為に私は生まれてきたのだと。 心からそう思った。

『私と一緒にいらっしゃい。柊家は貴方を歓迎するわ』 そう言って差し出さられた手をどうやって断ることができただろう。

人生で初めて、子供らしく泣いた私の頭を優しく撫でてくださった。

そんなお嬢様を世界で一番幸せにするのだとこの時に誓ったのだ。









ーーーーー 綾人視点

彼女の幼少期はきっと本人が語るよりも壮絶なものだったんだろう。

「その後お嬢様が旦那様と奥様を説得して柊家の侍女として引き取ってくださったんです」 「父親は?」 「育児放棄で牢獄に。それ以来会っていません」

「そうでしたか…」 「それが君の願いなんだね」

「はい。千里お嬢様が言っていました。人は生きる理由がなくても生きていけるけれど、理由なく生きることは死ぬことよりも辛いことだと。私の生きる理由なんて、そんなのお嬢様の為としか思いつきませんでした。お嬢様が幸せに生きる手助けをしたい。それが私の願いです」

どうして彼女がこんなにも柊千里を敬愛しているか、わかった気がした。

人の為に一生を捧げたそれは、神がその眼差しを向けるほどに強い願いだったのだろう。

彼女の話を聞いていると何やら母屋が騒がしくなっていることに気がついた。

「会議が終わったのですね。千里お嬢様もすぐにお見えになります」

彼女のいう通り、すぐに待ち人は訪れた。 「神里様、大変お待たせいたしました」

九条家との婚姻の時や先日の事件の時よりも凛と当主としての顔をしていた。

「お嬢様、会議の資料お預かりします!」 「ありがとう。打ち合わせの資料は?」 「はい!こちらに!」

彼女も久しぶりの復帰にも関わらず主人の補佐を真っ当しているようだ。

「お嬢様!社奉行様!お外は少し風が強いので客間を準備して参ります!」

「あらありがとう。それでは頼みましたよ」 「そんな、わざわざ結構ですよ。そう長く居座るつもりはありませんから」

「それでは傘をお持ちしますね!楓が沢山舞っておりますので」 「それでは俺も行こう。準備するにも重いだろうからね」 「本当?ありがとう。助かるよ」

トーマ相手には敬語も無く肩の力を抜いているように見える。 立場上仕方がないかもしれないが、面白くない。 とはいえ公務として来た身でそんなことを顔に出すわけにもいかないので、早速資料を確認しようと手元に視線を戻す。

「あ、社奉行様、少し失礼します」

伸ばされた彼女の手が私の頬をかすった。

「楓の葉が肩に付いておりました!この赤色が社奉行様の美しい淡藤色の御髪をより一層引き立てて見惚れてしまいましたが、これはお取りしておきますね」

「こ、こら…!失礼ですよ」 「えっ!?も、申し訳ありません!!急いで傘をお持ちいたします!」

慌てて頭を下げるとトーマと共に屋敷の方へ向かっていった。

「申し訳ありません神里様。良い子なのですが少々お転婆なところがございましー……」

柊千里が目を見開く。 その理由は嫌でも私が一番分かっている。

「か、神里様…お顔が真っ赤に…え?」 「申し訳ありません、人前でこのように動揺するなどまだまだですね」

そう言いつつ冷めない顔の熱を手で隠しながら先ほどの光景を思い出してしまう。

あぁ、世辞も言われ慣れていたつもりで、表情も崩さない自信もあったけれど…それは自身を買い被りすぎていたようだ。

「あ、あの…失礼を承知でお尋ね致しますが…その、神里様はあの子のことがお好きなんですか…?」

こんなところを見られて、もはや誤魔化すことなどできないだろう。

「…はい。神里家の当主でもあろう者が自分の感情も制御できないとは。呆れましたか?」 「いいえ!そんなことはある筈もございません!私だって己の身分からは考えられない恋をしました。ですが……そう、ですか。あの子のことを…」

考え込むようにした柊千里がパッと顔を上げて微笑んだ。 「どうか、あの子のことをよろしくお願いします」

「え、反対なさらないのですか?」

その反応は予想外だった。 彼女も簡単ではない恋をした身。 一筋縄でいかない恋路の苦労を痛いほどわかっているはずだった。

「何というか、幼い頃から側に居たので本当の妹のように思っている子なんです。ですから、どんな人よりも幸せになって欲しいのです」

言葉通り彼女の眼差しは慈愛に溢れていた。

「神里様でしたらあの子を幸せにしてくれる気がして…私、全力で応援いたします」

こんなところで心強い味方を得ることができるとは。 今後はもう少し大胆に攻めてみようとこれからの未来を想像して気付かぬうちに表情が緩んでいた。









ーーー 今日はお休みをいただいた。 というのも仕事に復帰はしたものの体力が著しく落ちてしまった為半休でお昼には仕事を終えたのだ。

私はお給料のほとんどを父親が作った借金の支払いに当ててる為、そこまで自由に使えるお金はない。

でもいいのだ。 だって私の趣味にはお金がかからない。

「敬さん!奇妙なホラガイ集めて来ましたよ!」 「おお!いつもありがとうな、三つで宝箱一つ開けていいぞ」

神無塚にいる敬さんはホラガイ仲間でよく一緒に集めては交換したりしている。

「んー、じゃあこれにします!」 「開けてみな」

宝箱を開けると鉄の塊が三つ入っていた。 「敬さん、これ返すのでホラガイ返してください」 「ダメダメ!運試しなんだからしっかり受け入れないと!それに鉄の塊はよく木漏茶屋にいるお嬢さんが依頼を出して集めているらしいぞ」

あっても仕方ないしこの後持って行ってみようかな。

「知ってるか?奇妙なホラガイは人の話す声を覚えることがあるんだ。耳を近づけるとその声が聞こえるんだよ」

「へぇ…それは面白そうですね…家にあるホラガイに毎日話しかけてみます!」 敬「あんまり突飛なことをしすぎて医者に連れていかれるんじゃないぞ?」 「大丈夫ですよ!失礼な!」

随分動いたし疲れたな。 今日はもう切り上げることにした。

お屋敷までは遠いしせっかくならワープポイントを使ってみよう。

この世界の所々にあるワープポイントは神の目所持者が使える便利装置だ。 使うのは初めてなので緊張する。

「えっと、せっかくだから木漏茶屋の近くに…ここに連れていって!」 元素力を込めるとフワリと浮遊感がやってきて気づいた時には稲妻城の城下町にいた。

す、すごい…!これで道に迷うことはないぞ!

ルンルン気分で木漏茶屋を目指す。 確か女性の方、だよね?

入り口近くにいる女性を見つけてその人に声をかける。 「あ、あの…」 「はい、どうされました?」 「その、鉄の塊を集めていると聞いて!」 「あぁ!依頼を見て来てくださったんですか?」 「依頼!?い、いえ、たまたま鉄の塊が手に入って使い道もないので…良ければもらってください。少しですが」

タダで受け取るのはと渋られたが本当に使い道がないのだ。ここがダメなら鍛造屋にでも持っていったらいいのかな?

「あれ、もしかして先客がいた?」 聞き覚えのある声に振り返ると随分久しぶりに見る顔だった。

「空くん!パイモンちゃん!」 「久しぶり」 「よう!元気にしてたか?」

元気、…とは言い難いけれど心は元気だったので頷いておく。 「そうだ、依頼を見て来たんだけど俺たちより先に依頼は終わったみたいだね」 「え!?い、いえ!私そんなつもりはなくて…!」 「良ければ旅人さんのもいただけるかしら?彼女が三つくれたから七つでいいわ。料金は通常通り払うから」

何とか鉄の塊も渡せたし、お暇しようとしたら空くんに木漏れ茶屋で休んで行かないか提案された。 「で、ですがここは会員制で…!」 「大丈夫だよ。なんなら綾人に聞いてみたらいい、今日は綾人と約束してるんだ。中にいるはずだよ」

「しゃ、社奉行様が!?それは申し訳ないので私はここで失礼して…」 「綾人も君が来てくれたら喜ぶよ」 「そうだな!別に秘密の話をしに来たわけじゃないし、いいんじゃないか?」 「それでも先に確認を…」

「オイラたちに任せろ!綾人〜」 「さ、おいで?」

空くんに手を引かれてお店の入り口に連れていかれる。 女性にペコリと頭を下げてから扉をくぐった。

お店の奥まで行くと、パッと繋がれた手が離される。 「え?」 「いろいろあるんだ。気にしないで?」 「綾人〜!ゲストを連れてきたぞー!」

ゲストだなんて、そんな変なハードル上げはやめてほしい。 気まずくなりながら部屋の奥を覗くと社奉行様とトーマさん、それに神里綾華様までいらっしゃった。

「やぁ、君も来たのか!」 「と、突然すみません…!」 「もしかしてお兄様とトーマが前に話していた水饅頭の…?」 「そうです。よく来てくれましたね」 「は、はい…あ、いえ…!」 変な返事にクスクスと笑われてしまった。 恥ずかしい……

「初めまして。神里綾華と申します、以後お見知りおきを」 「はっ初めまして綾華様!私はっ…」 「フフ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。貴方のとは以前からお話しを伺っておりましたので」

天使がいたらこんな見た目をしているんだろうな、と思うほどに愛らしく美しかった。

「ところでもうお昼は食べましたか?」 「え、あの…まだ、です…」 「それは丁度良かった!今から神里家の料理長の新作料理を食べようとしてたところなんだ!君も一緒にどうだい?」 「え!?い、いいんですか…?」 「もちろんですよ」

普段こんな立派な場所でご飯を食べたりしないので緊張してしまう。 促されるままに空くんの横に座る。 正面は社奉行様でその隣は綾華様、その隣にトーマさんだ。 パイモンちゃんは空くんと私の間で運ばれてくる料理を興味津々に見ていた。

流石神里家の料理長。どれも一品だ。

美しい色、飾り。それに香り。 箸をつける前から目を楽しませてくれる。

みんなで手を合わせて早速実食だ。 湯豆腐は出汁で丁寧に温められていて食感も残しつつ滑らかな舌触りがたまらなく癖になる。朝採れたばかりだと言う鮎の塩焼きもシンプルなのに身がふわふわで鼻から香ばしい匂いが抜ける。 お米も粒が立っていてどうやって炊けばこのようなキラキラとした艶が出るのか教えを乞いたいほどだ。

「うまいっ!!流石だな!」 「斬新であり彼らしい味だ」 「はい、たまにはこうして家の外で彼の料理をいただくのもいいですね」

うんうん。 皆んなの感想を聞いて同意の意を込めて大きく頷く。

「気に入ったようでなによりです。貴方はどれが一番気に入りましたか?」 突然話しを振られて口の中のものを飲み込む。 新作料理というからいろんな人の意見が必要なのだろうと少し緊張しながら口を開く。

「大根のお漬物が好きです!やはりあるのと無いのでは全然違いますよね!あ、でもこのおひたしも美味しいしきんぴらも……やっぱり白米が一番かもしれません!」

なんともあやふやな回答。 意見がブレブレでこれじゃあ参考にならないじゃないか。

「す、すみません…全部美味しくて…」 「ふふ、大丈夫ですよ。好き嫌いはあまり無いんですか?」 「え?そうですね、基本なんでも好きですが猫舌なので熱すぎるものは苦手かもしれません」 「なるほど、異国の料理は食べたことありますか?」 「ほぼ無いですね…ですがモンドのググプラムのジュースは飲んだことあります。凄く美味しかったのでまた飲みたいです!」

ってあれ? これ新作料理と関係あるかな??

それでも美しく微笑む社奉行様がなんだか楽しそうなので余計なことは言わないことにした。

「そろそろお暇しましょうか。柊屋敷までお送りします」 「えっ!?いや、…」 まだ外は明るい。 それにワープポイントを使えばすぐだ。

「遠慮なさらずに。さぁ」 そう言って手を差し出される。

え?手を?? 「あ、あの…?」 「どうされました?」 キョトンと首を傾げた社奉行様にこっちが戸惑う。 もしかして鳴神島の人にとっては常識なのだろうか。空くんもよくそうする気がした。確かに離島とは少し生活習慣が異なることがあるから…

きっとここで手を取るのが正解だ。 意を決してそっと手を乗せる。

「お、お手数おかけします…」 「いいえ。綾華、トーマ。先に屋敷に戻っていなさい。旅人さん、パイモンさんもまた会いましょう」

「……トーマ、付いて来るなってことだよね?」 「シッ!聞こえたらどうするんだ!……はい!お気をつけて!」

私も挨拶をして木漏れ茶屋から出る。 「せっかくなので歩いて行きませんか?」 「は、はい」

ワープポイントは使わないということだろう。 お忙しいのに大丈夫なんだろうか。

繋いだ手も、離すタイミングが分からずずっとそのままだ。







ーーーーーー 綾人視点

旅人がまさか彼女を連れてきてくれるとは思いもせず予定になかった彼女との時間に自身の機嫌がいいのがわかる。

何も言ってはいないけれどおそらくトーマと旅人は私の気持ちに気がついているようだ。

まぁ、隠しているつもりもありませんがね。 友人とは良好な関係を築いていきたいと思っていますので、彼女との間に入られてはたまらない。

繋いだままの手に気づいているのかいないのかは分からないが離れないように握る力を強めてもなんの反応も示さない。 少し複雑でもある。

「そういえば、参考までにお聞きしたいのですが」 「?はい。なんでしょうか」

彼女は階段の多い道は苦手らしく足元を見てはチラチラと目を合わせようとしてくれる。 転げないようにと歩くペースを落として握った手に力を込める。

「女性から見て私はどのように写っているのか、あくまで参考までに教えていただけませんか?」

「それはもちろん、素敵な殿方ですよ!稲妻中の女性は綾人様が旦那様になってくださったら喜ばない人はいないと思います!」

女性の意見、といいつつ彼女の好みを聞こうとしていたのだけど… まあ、仕方がない。私の質問が悪かった。

「たしかに、容姿では褒められることも多々あります。権力を望むのは自然の摂理でしょう。しかし神里の家に入るならそれなりの覚悟が要りますよ」

「あ、そういう話でしたか…!すみません、勘違いしておりました」

「?どう言う話だと?」

「綾人様はとてもお優しいのできっと奥様を大事にしてくださると思ったんです。それに私、綾人様のお声がとても好きなんです。心地よくて、こうやってお話を聞くだけでも癒されますから」

「……そうですか。貴方は私の声が好きなんですか…」 「はい!海の波の音のように安らかで、ホラガイに耳を当てている時のようにとても心地がいいんです」

彼女にとってホラガイの音は特別だと知っている。 幼い頃、出会った時も大切だと言うそれを私にくれたのだから。

そうか、私はいい声をしているのか。 これは良いことを聞いたと彼女に気づかれないように笑みをこぼす。

「私はね、犬が好きなんです。飼い主に従順なのは犬だけですから」 「わんちゃん可愛いですよね…!元気だし、私も大好きです!」 「しかしいくら従順といっても……ふむ。それがよその犬だったら多少気に食わないものですね」 「え?」







ーーーーー



「これは…ホラガイですか?」 恐れ多くも私の荷物を持ってくださっている社奉行様が風呂敷を見つめながらおっしゃった。 「はい!お休みをいただいた日に集めに行ってるんです!」

へぇ、と興味深そうにそれを見ている。 社交辞令かもしれないが、少しでも興味を持ってくれたことが嬉しくてつい話しを広げてしまう。 「この貝の穴に耳を近づけると…」 「海の音がするんですよね」

「!そ、そうです!ご存じだったんですね…!」

流石社奉行様。 公務とは関係なさそうなこんなことまで知ってらっしゃるとは、きっといろんな分野に精通されているのだろう。

屋敷の自室にも沢山あるのだと言ったら是非見てみたいと言われて了承すると、なんと今からどうかと言われたのだ。 正直驚いたが時間があるのならと招き入れた。 同室の子もよく人を招いているしきっと許してくれるだろう。 門番がびっくりした顔で私たちを見ている。 そうだよね、私もよくわかんない。

「狭いですが、こちらにどうぞ」 「…いけませんね。こんなに警戒心がないのは」 「え?」 「いいですか?自分よりも力の強い男性をノコノコと部屋に上げてはいけません」

社奉行様が来たいとおっしゃったのに!? え??私はなんで注意されてるんだろう??

「で、では外に行かれますか…?それか別の部屋に…?」 「いいえ、結構です」 「?????」

社奉行様が何を考えてらっしゃるか、私みたいな凡人には到底わからない。 とりあえず当初の目的であるホラガイを綾人様の前に広げた。

「全部少しずつ違う音がするんですよ!聞いてみますか?」 「それは是非。良ければ貴方の一番お気に入りのものを」

その言葉にハッとする。 部屋に招いて置いてこれを言うのもどうかと思うが正直に伝えることにした。

「す、すみません。一番お気に入りのホラガイはここにはないんです」 「?それはどうして?」

「人にあげたんです。幼い頃、迷子になっていたところを同じ歳くらいの子に助けてもらったことがあって」











ーーーーー 綾人視点

彼女の部屋に足を踏み入れる。 緊張しているのが悟られないようにこちらは努めて表情を作っているというのにそんなことには気付かずホラガイを広げた布の上に並べている。

彼女は毎日ここで眠っているのかとか、部屋に生けているということはこの花が好きなのだろうかとか。 そんなことを考えいたからだろう。

不意に彼女から発せられた言葉を理解することができなかった。



「………え?」 「かなり幼い時です。まだ柊家に来たばかりだったので話し方や所作も乱雑だったのに、その子は嫌な顔せず私を助けてくれました」

美しい思い出を振り返るような優しい目に心奪われる。 きっとあのホラガイだ。

そうか、あの日のことは私だけでなく貴方の心にも残っていたのか。

彼女は大切な宝物の包みを一つ一つ丁寧に開けるように語ってくれた。

「私の話を聞いてる時は目をキラキラと輝かせて年相応に笑うのに、言葉遣いが大人っぽくて違和感がある子でした。身につけていた着物や上品な振る舞いからきっと地位の高い家の子供なんだろうと思います」

彼女から見えていた自分を初めて知って少しだけ照れくさくなりつつも相槌だけを打って続きを待つ。

「その環境を窮屈に思っているのではないかと思い、少しでも安らぎを与えてたくて道案内のお礼にそのホラガイをあげました」

「それなりの家紋の人で、だいたいの歳がわかるのならその子供が誰なのかわかるのでは?」

「私も探したのですがなかなか見つからなくて……淡い髪の色で、上品な立ち振る舞いの…可愛らしい女の子だったんですよね!」

「え?」

うーん、と顎に手を添えて考え込む彼女にらしくもなく素の声が出た。

「最初社奉行様のご兄妹で有らせられる神里綾華様かと思ったんですが、瞳の色がもう少し深く濃い色だったと思うんですよ……あ、そういえば社奉行様と同じような美しい瞳の色でした!」

ずい、と顔を寄せられて思わず固まってしまう。

私の瞳の色をじっと見つめるということは、私からも彼女の瞳の色がよく見えるということで…

初めてこんなに間近で見た彼女の瞳は光を沢山閉じ込めたようにキラキラと輝いていた。

それにしても、近すぎる。 気づいていないのか、これが彼女のいつも通りなのか。

このままでは私の方が危ないので笑顔をとり作りながら一歩下がる。 「よく探してみたらきっと見つかりますよ」 「はい!頑張ります!」

ほんの少しの間だったけれど、幸せな時間に珍しく仕事のやる気も出てその日だけで3日分の公務を終わらせた。





ーーーー あの日から、もうしばらく彼女に会っていない。 最近は光華容彩祭(こうかすがたのいろどりさい)の準備のために忙しくしていたこともあって公務が続いていた。 今日もその為の招待する方の宿泊施設や備品の確認をの為外に出ていた。

これで後は現物を確認して…… 「社奉行様?」

鈴の鳴るような聞き覚えのある声が聞こえて思わず振り返る。 「やはり社奉行様でした!お久しぶりです。お仕事ですか?」

いつもは簪でまとめている髪をゴム飾りで横に流している彼女が駆け寄ってきた。 「はい。お久しぶりです…いつもと雰囲気が違いますね」 「あっ、もしかして髪の毛でしょうか……そ、その、実はいつも使っている簪を折ってしまって…」

簪が折れるとは一体何をしたんだと思ったけれど落ち込んだ彼女にとてもじゃないが理由は聞けなかった。

「そうだ!私シールドを安定して張れるようになったんです!まだ柔らかいですがこれからどんどん精度を上げていくつもりです!」 「それは良いことですね」

先程まで真剣に公務に取り組み時間に余裕があることを過去の自分に感謝しながら彼女との時間を楽しんでいた。

「あれ」

何かを見つけたのか、私の背後を見て動きを止めた彼女が一等明るい声でその名前を呼ぶ。

「千里様っ!」

主人を見つけただけで満開の花が咲いたように笑うのを見て愛らしい気持ちと羨ましい気持ちがせめぎ合った。

「神里様に貴方まで。こんな所で会うなんて偶然ですね」 「本日は花道の先生がお見えになるのではなかったのですか?どうしてこんな街中に…」

「先生が急遽来れなくなってしまって。突然時間が空いたからこうやって気分転換にお出掛けしに来たの」

一緒にお供したかったとショックを受ける彼女の頭を慣れた手つきで撫でる。

「神里様は公務ですか?」 「はい。外に出ていたところに彼女と偶然会いまして」

柊千里は私が彼女へ向ける気持ちを知っている。

「お会いしたばかりで申し訳ありませんが、私はそろそろ屋敷へ戻りますね」 「それならご一緒に…」 「貴方にはお使いを頼みたいのだけど、いいかしら?」

仕事を頼まれて嬉しいのか、見えない尻尾をブンブン振って主人の言葉を待つ。 「何か飲み物を買ってきてくれるかしら?お屋敷に戻ってから一緒にいただきましょう」 「はいっ!お任せください!!」





柊千里を見送り再び二人だけになると何やら考え込むように手を顎に当てて首を傾げている。 「どうされました?」 「あ、えっと、お嬢様に頼まれた飲み物ですが…私はそう言ったお店に詳しくなくて。お菓子ならいくつか知っていますが…」

「街にはあまり来られないのですか?」 「いえ、お使いに出向くことはよくありますよ!ですが買い食いとかはしなくて…」

「それならオススメのものがありますよ」





「ご、五目ミルクティー??中に入ってる黒いものはなんですか?」 「食べてみてからのお楽しみです」 「!?そ、そんな!」

私のオススメのものとあっては断れない様子で一緒に屋台に並ぶ。それでもその飲み物を食い入るように見ては眉間に皺を寄せていた。

「不安なら私のを一口飲んでみますか?」 「え……え!?いや、そんな無礼なことできません!」 「私が良いと言っているんです。無礼ではありませんよ」

彼女の口元に寄せると悩んだ末「い、いただきます」と頭を下げた。

太めのストローに恐る恐る口をつける。 しゅぽ!と吸い上げると驚いたように目を見開くも、口に入ったものをゆっくりと咀嚼する。

「…!んん!!これは…!!美味しいです!社奉行様!」 「それは何よりです。これで自信を持って千里お嬢様にお渡しできますね」 「はい!!!」

上機嫌に五目ミルクティーを二つ購入してから丁寧にお礼を言われる。 温度が変わる前にお嬢様に届けたいと家路に着く彼女を見送った。



「………」 彼女が口をつけた自身の手の中にあるものを見つめる。

「……警戒心がないんだろうか。心配ですね」



















「これは五目ミルクティーね」 「ご存じなんですか!?」

お屋敷に戻ってお嬢様の部屋に行くとお菓子を用意して待ってくださっていた。

「飲むのは初めてですが、以前将軍様が気に入られたという団子牛乳を創作した店主が出している新商品だそうよ」 「流石千里様…!!なんでもご存じなんて尊敬します!」

「貴方はもっと私以外に興味を持った方がいいわ」

五目ミルクティーを手渡すと両手で受け取ったまま食い入るように見ていらっしゃる。 「美味しいとは聞くけど口にするのは少し怖いわね」 「大丈夫ですよ!これを教えてくださったのは社奉行様なんです!」

「あら、………よかった、上手くいったのね」 「はい?何かおっしゃいました?」 「それなら安心と言ったのよ」

流石社奉行様だ。 お嬢様からの信頼も厚いらしい。

「実際私も社奉行様の分を一口いただきましたがとっても美味しかったです!保証しますよ!」

「………え!?」 「え?」

面白い食感を楽しみながらお菓子にも手をつける。 お嬢様も気に入ってくださったみたいで良かった。

それにしても、社奉行様が屋台の飲み物が好きだなんて意外だ。 少しだけあの方のことを知れて嬉しくなった。













ーーーー

「防犯用の呼び鈴は持った?」 「はい!帯紐に結んであります!」 「お財布は?」 「帯の中に!」 「お渡しするお菓子は?」 「この風呂敷の中に!」 「神の目は?」 「?…自室の机の上に置いて参りました!」 「取りに行ってらっしゃい」

お嬢様と何度も忘れ物確認をしてからお屋敷を出る。 「それでは行ってまいります!」 「行ってらっしゃい、気をつけて」

今日は第二回、トーマさんの家政授業の日だ。 本当は今回、社奉行内だけの規格でやるらしいのだが特別にトーマさんから直接連絡を貰ったのだ。

素敵な縁の巡り合わせに自然と鼻歌を歌ってしまうほどには上機嫌になる。







「やぁ、よく来たね」 「今回は結構集まったんだぞ!」 「本当…!失礼のないようにしなきゃ…!」 「席とってあるよ。こっち」

空くんが案内してくれたのは一番前の席だ。 他の参加者の方に軽くご挨拶をして空くんの横に腰を下ろす。

「じゃあ少し早いけど全員揃ったことだし始めようか」

家政の重要性から丁寧に説明してくれるトーマさんの話しはとても分かりやすく有意義だった。

休憩を挟みつつ1時間ほど時間が経っただろうか。 「じゃあ今日はこのくらいにしようか」 「ありがとうございますトーマ先生!主人も家政の大切さが理解できたと思います!」 ご夫婦で参加されていたのかな、素敵だ。

「あら、貴方たちも若いのに偉いわね」 一人のご婦人が自分と空くんに向けて笑顔を向けた。

「俺は旅をしてるから…自分でやらないといけないし」 「私も仕事上家政をする機会が多いもので。とても勉強になりました!」

ハッと気がつく。 また手土産を渡しそびれるところだった。 「トーマさん!お菓子をお持ちしました!」 「ありがとう。今回も君の手作りかい?」 「はい!今回はモンドのスイーツに挑戦しました!外国の商人さんに作り方を教わったんです!」 「勘定奉行の屋敷がある離島は外国からの流行りに一番影響を受けているって聞いたぞ!」

それもそのはず。 だってほとんどの外国人は離島にいる。 街中で良く見かけるし稲妻について尋ねられることもよくあるのだ。

「今回はミントゼリーだよ」 見た目も綺麗だから贈り物にピッタリだと聞いて挑戦してみた。

「あら、お嬢様さんは離島の方?」 「はい!柊家で侍女をしております」 「なるほど、それで受講しに来たのね!」 「そうだ、良かったら彼女のお土産を皆んなでいただきませんか?」

トーマさんの案に皆んな賛成してゼリーを配る。

良かった、数は足りるみたいだ。

「いただきます」 「いただきます!っんん!鹿狩りのミントゼリーとは少し違うぞ!」 「本番と比べたら流石に見劣りしちゃうよ。でも私なりにアレンジしたんだよ!モンドから輸入されたリンゴも入れたの。リンゴとミントは相性がいいって聞いたから」 「これは凄いな。若とお嬢にも食べていただかないと!」

それはかなり緊張するな… なにせお二人共とても舌が肥えてらっしゃるから…

ゼリーは皆さんに好評でご婦人方やトーマさんからお菓子をたくさん頂いてしまった。

お礼にと用意したのにこれだけお返しされては元も子もない。 けれどご厚意はありがたく受け取るものだ。 次の授業の時にまたお返しをしようと決めて素直にお礼を言った。

お嬢様と同僚の子…あとホラガイのお礼に敬さんにも持っていこう。

授業は楽しかったし、受講している皆さんもとても良い人ばかりで有意義な時間だった。 けれど一つだけ残念なことといえば。

「……社奉行様、ミントゼリーお口に合ったかな」

あの方の楽しそうなお顔を見れなかったことだろうか。



















ーーーー

今日は私が請け負う仕事の中で最も重要だと言っていいほどの任務を果たす為いつもより緊張感を持ってお屋敷の門を出る。

お嬢様から鎌治様への恋文のお届けだ。 婚姻の話しが流れたとはいえお二人は恋人同士。 以前のように文での繋がりは続けておられるのだ。

一度公になったことで隠れる必要はなくなったけれどお二人ともお忙しい身。 お手紙でのやりとりが精一杯なのだ。

むしろ以前より文のやりとりが少なくなった気さえする。

今日もお嬢様からお預かりした文を持って八重堂近くでいつも通りある人を待っていると予定より少し早い時間にその人はやって来た。

「すまない、待たせてしまったかな?」 「一平さん!いいえ、今来たところです」

一平さんは九条鎌治様の側近で信頼のおける人だ。 お嬢様たちの恋文もこうして受け渡しをしている。

「これ、よろしくお願いします」 「確かに預かったよ。あ、この後予定はあるかい?」 「へ?屋敷に戻って業務の続きをするだけですが…」 「少しだけ付き合ってくれない?そ、その…お客様用のお茶菓子の買い付けを頼まれたんだけどあまり詳しくなくて」 「そういうことならお任せください!」 「ほ、本当!?助かるよ」

私が頷くと安心したように息をついて早速お店に向かって歩き出す。

「今日は人が多いですね」 「開国して外国との輸入が盛んになってきて物価が物価が大きく変動するからね。今のうちに生活必需品を買い付けてるのさ」

なるほど。 私もお嬢様に相談してみよう。

「あ、あのさ」 何故か声を裏返させた一平さんを見ると顔を真っ赤にさせて私を見ていた。

「人も多いし、その…はぐれないように…て、手を繋がない?い、嫌ならいいんだけど!!」 「?迷子になるほど多くないと思いますが…」 「そ、そっか…そうだよね…」

いくつかお店を周っただけで高低差の激しい下町に慣れていない私はすぐに疲れてしまった。

「大丈夫?少し休憩しようか」 「へ、平気です!お菓子も買えましたし、一平さんは先にお戻りください。私は大丈夫なので…」 「急いでるわけでもないんだから大丈夫だよ。あそこの屋台で甘味を買ってくるから少し待ってて」

申し訳ないけれど一平さんの優しさを無下にする訳にもいかずお言葉に甘えることにした。

通りの裏側の草むらで荷物番をしつつ待っていると一平さんが三色団子を二つ持って戻ってきた。

「お待たせ。君の分だよ」 「えっ、す、すみません!お金…」 「いいって!買い物に付き合ってくれたお礼」

お言葉に甘えてお団子を受け取ると嬉しそうに笑ったのでこちらも笑顔になった。

「いただきます!」 「どうぞ」

かぶりついたお団子は表面がツヤツヤして程よいモチモチ感。甘さも相まって歩き疲れた体に染み渡る美味しさだ。

「ん〜!おいひい!」 「あそこの屋台のご飯はなんでも美味しいからね。……今度、お昼を食べに一緒に行ってみない?」 「是非!お外でご飯を食べることはほとんどないので楽しみです!」

少し談笑しているとそろそろ業務にもどらなければと一平さんが腰を上げた。

「とても楽しかったよ。君のおかげだ」 「こちらこそ!次は1週間後の同じ時間で良いですか?」

手紙の受け渡しの日取りは大体1週間に一回。 今回は千里様のお手紙を届けたので次は鎌治様のお手紙を受け取るのだ。

「うん。そ、その、君に会えるの楽しみにしてるよ」 「?はい!私も楽しみにしていますよ!」

なんてったってお二人を繋げる大事なお手紙なのだ。 早く鎌治様からのお返事をお嬢様にお届けしたい。

その日はその場で解散となった。 私はお嬢様のお手紙を無事渡せたことが嬉しくて緩む顔を隠しながら屋敷へ戻った。

それを誰かに見られているとも知らずにー……



ーーーー

1週間後、今日はお昼を一緒に食べるのでいつもより早い時間に一平さんとの待ち合わせの場所に行く。

彼はすでに到着していたようでソワソワと落ち着きがない様子で待っていた。

「こんにちは、一平さん!すみません、お待たせしてしまいましたか?」 「い、いやっ!?全然待ってない、今来たところ!」

声をかけると驚いたように声を裏返させるから首を傾げてしまう。 「こ、これ!忘れないうちに…」

手渡されたのは鎌治様からの文だ。 「はい!ありがとうございます!お嬢様もお喜びになります!」

そうか。これを早く渡したくてソワソワしていたのか。 それならば私も一緒だ。 同じ気持ちを分かち合える人がいるのはとても喜ばしいな。

「じゃ、じゃあお昼食べに行こうか!」 「はい!私、今日を楽しみにしておりました!」 「ほ、本当?」 「え!嘘なんてつきませんよ!」

だって美味しいと評判の屋台だ。 この前食べたお団子も美味しかったしかなり期待している。

屋台に行って料理を注文するとすぐに美味しそうな匂いが漂ってきた。 「良い匂い…!もう美味しいってわかります!」 「なんだかさらにお腹空いてきたね」 「はい!」

出来上がった料理はもちろん絶品でいつもお屋敷で食べている薄い味付けの健康的な食事ではなく、濃くパンチのある味付けが満足感を加速させる。

「やっぱりたまにはこういったご飯を食べないとですね…!」 「気に入ってくれて嬉しいよ。他にもおススメのメニューがあるんだ」

私は体はあまり大きくないが結構な大食いだ。 普段は決まった食事の量しか食べないのでよく咀嚼して満腹感を誤魔化しているが今日はチートデーということにしよう。

大口で食べるのははしたないと思いながらもついつい頬張ってしまう。 「アハハ!すごく豪快だね」 「す、すみません!」 「いいや、美味しそうでいいじゃないか。俺も」

一平さんは私よりも豪快に口いっぱいにご飯をかきこむ。 「フフ、喉に詰まらせないでくださいよ?」

いつもはお嬢様に仕える者として相応の振る舞いを心がけているが、今日は何だかそんなことを気にせず過ごせた。

「ふー、もうお腹いっぱいです!」 「俺もだよ、こんなに食べたのは久しぶりだ!」

途中から屋台の店主も楽しくなったのか沢山サービスしてくれたのでお会計はかなりまけて貰ってしまった。

「店主もまけてくれたしここは俺が出すよ」 「えっ!い、いえ!それは悪いので…」

慌てて帯に押し込んであるお財布を出そうとしたらその手を掴まれた。 「へっ」 「そのかわり、俺の話を聞いてほしいんだ…!」

何故か顔を赤くした一平さんが私をまっすぐ見つめている。 話し…?なんだろう 「は、はい…それはもちろん聞きますが…」

握られた手をさらに力を入れた一平さんがゴクリと喉を鳴らす。

「そ、その…俺、初めて君に会った時から…!」 「おう!まいどあり!」

え? 一平さんと一緒に店主の方を振り返る。 そこには見慣れた後ろ姿が。

「おや、偶然ですね。せっかく会えたんですから今日は私が持ちましょう」 「え?」

何故か、私たちのご飯代を社奉行様が支払ってしまったらしい。

「いや、え!?そんな、それは流石に申し訳ないので私が…!」 「これで、"話しを聞く"という約束は私が受けることになりましたね」

フワリと手を取られたことで一平さんといつのまにか手を離していたことに気がつく。

「お勤めご苦労様です。九条鎌治殿にもよろしくお伝えください」 「え…」 「さて、行きましょう。この間トーマの授業の時に持って来てくださったミントゼリーのお礼がしたいと思ってたんです」

え?いや、お礼ならご飯代でむしろこっちがマイナスに…

そう思っていても何故か社奉行様のペースにはいつも乗せられてしまう。 手を引かれるまま彼の跡をついて行ってしまった。





気がつけばワープポイントを使って神里屋敷まで来ていた。 いや、どんな状況? というか一平さん置いてきてしまった。 次の待ち合わせも決めてないというのに、困ったな。

「今更ですが、お時間の都合は大丈夫でしたか?」 「へ?あ、はい。問題ありません!」

お嬢様へ文をいち早くお届けしたい気持ちはあるけれど。

通されたのは広いお部屋。 綺麗に整えられたここは稲妻らしい上品で美しい空間だった。 「えっと、ここは…」 「私の私室です」 「……え!?」

社奉行様の!? え?!?なんで私ここにいるんだ?? 言われてみれば机の側には大量の書類と墨があり、それはよくお嬢様のお部屋で見る光景と似ていた。

「少しここで待っていてくださいますか?お茶を用意させますので」 「は、はい…その、お気遣いなく」

おもてなしされる理由もないので本当に気を使わなくていいという意味で言ったのだけれど社奉行様は優しく微笑んでから部屋を出て行ってしまった。

急に一人になったからか、静かになる。 家の人の足音や風の音、木々の揺れる音。小鳥の囀る音がよく響く。

「……私、何しに来たんだろう…」 ずっと思っていたことを口に出してみるも答えは分からなかった。

やることも無いので失礼を承知に部屋を見渡すと先ほどの書類が積まれた机の上に堂々と置いてある立派な箱が目に入る。

蓋はガラス張りになっているようで中身が見えるような作りだ。 ショーケースというやつだろうか。

なんとなく興味本位でそれを覗くとその中にある物を見てピシリと体が固まった。



「どうして…コレがこんなところに…」

見覚えのある、小ぶりなホラガイ。 幼い頃、一等大事にしていたものとよく似ていたのだ。

思わず手を伸ばす。 勝手に触ってはいけないとわかりつつも禁断のその箱に手をかけた。

見れば見るほどあのホラガイにしか見えず、取り出してそれに耳をすませた。

間違いない。 この音は、私が一番好きな……

「何をされているのですか?」





その声に驚いて、思わず手が滑ってしまった。

「あっ…」 「!」

水の花が咲く。 咄嗟に伸ばした手よりも先にその花がホラガイを受け止めて落下の速度が落ちた。

シュ、と一瞬に距離を縮めた社奉行様の手にそれが受け止められる。

「あ、っぶなかった…」 「も、申し訳ありません!わ、私…!」

あまりの無礼にその場に額を擦り付ける。 勝手に社奉行様の物を手に取った上に落としそうになって、それを拾わせてしまった。

あぁ、きっと怒っている。 呆れられて、もしかしたら…嫌われたかもしれない。

瞳に涙が溜まっていく。 泣くな。泣くな私! 泣いていい資格なんてない!

一体どうお詫びすれば… 「顔をあげてください」

怒りを含んだ声ではなく、いつもの優しい声が頭上で響いた。 その言葉に思わず顔をあげそうになるも、咄嗟に力を入れる。

「い、いいえ…!私は許されないことを致しました!社奉行様の物に許可なく触れた上にこのような…」 「もう一度言います。顔をあげなさい」

ピリリと空気が震える。 これ以上不快な思いをさせるわけにはいかないと、言われた通り頭を上げる。

「怪我は、ありませんか?」 フワリと頬に触れた手があまりに優しくて思わず息が止まった。

「あ、ありません……」 「そうですか、良かった。咄嗟に元素の力を使ってしまいましたので心配しました」

それが心からの言葉なんだと、幼い頃から上の方々を見ていた私にはわかってしまう。

どうして? 私は無礼を働いたのに。 処罰を受けても仕方がない立場なのに。

「驚かせてしまいましたね」 先ほどの溢れた涙を指で拭われてハッとする。

「あ、あの、社奉行様…私…」 「このホラガイのことですか?」

ドキリとした。 本当は再び謝罪をしようとしたのだけど確かにそれが気になっていたから言葉をつまらせる。

それを肯定と受け取ったのか観念したようにそのホラガイについて話してくれた。

「これは、私の好きな人にいただいたのです」 「え?」

好きな人? このホラガイは私が以前持っていた物のはず。 でも私がコレをあげたのはあの日助けてくれた女の子だ。

え、それってもしかして……

「わかりましたか?」

美しい顔で微笑みながら見られるものだからこちらも一生懸命自分の考えを伝える。

「も、もしかしてあの時私がホラガイをあげた女の子は……





社奉行様の想い人なのですか?」

「え?」

「そしてその子が社奉行様にこのホラガイを……」 「待ってください。…え?想い人?」

「あ、はい。以前お話ししたと思うのですが私は前にホラガイをある女の子にあげたことがあるのです。偶然にもその時あげたホラガイがこれと同じ物な気がして…」

そうだ。 それならばもしかしたら私が探していた女の子を社奉行様はご存じかもしれない。

「………はぁ、貴方は直接言わなければ何も伝わらないようですね」

美人がつくため息はこうも迫力があるのか。 思わずピッ!と背筋を伸ばすと社奉行様は何故か拗ねたように私を見た。

「いいですか?まず、あの日貴方がホラガイをあげたのは私です」 「………え?」

まず、からもう付いていけなくて頭にハテナが浮かぶ。

「勘違いに気付いていながら誤解を解かなかった私も悪いですが……貴方は鈍感すぎるんです。そして自分の考えを信じすぎです」 「あ、はい……え?」

「あの日確か貴方は小倉屋に用事があると言っていました。鎮守の森を彷徨った挙句神里家の近くまで来ていた貴方を私が稲妻城まで案内したのです」

え? し、信じられない…… でも状況は全くその通りだ。

「そ、それでは私が女の子だと思っていた子は…」 「私です」

どうりで見つからないわけだ。 だって大前提が覆ったのだ。

「そ、そう、だったのですか……。それでは私が探していた人はもうとっくに目の前にいたのですね」 綾人「そういうことになりますね。それで、私の気持ちにはどうお考えで?」 「え?」

ん?気持ち? 気持ちってなんの…… 「もう忘れてしまったんです?このホラガイは私の好きな人からもらったんです」

そういえば言っていた。 だから女の子だと思っていた子を社奉行様の想い人だと……

………あれ?

私が言っていた女の子というのは社奉行様のことだったわけで。 そしてその子にホラガイをあげたのは私。 そして社奉行様は好きな人から貰ったと言っている。

……んん?? つまり……?

「……え?つまり、社奉行様の想い人というのは……私?」 「やっとですか。鈍感にもほどがあります」

事実を理解して飲み込むまでラグがあって、自覚した瞬間に顔がカッと熱くなる。

「フフ。その顔が見たかったんです」 先ほどの涙を拭ってくれたときよりも遥かに熱のこもった指先を再び私の頬にあてる。

「それで、貴方の返事を聞いても?」 「へ、返事っ!?え、あ、えっと…」

盛大に裏構えった声に社奉行様がまた笑う。 「わ、笑わないでください……」 「すみません。貴方がこうも取り乱すとは思わず…フフ」

テンパる思考をなんとか整理しながら言葉にする。 「そ、その、返事というのはお付き合いするとかそういうことでしょうか…」 「その答えをいただきたいところですが私の立場上厳しいのも理解しています。まずは貴方の気持ちを聞きたいのです」

「私の、気持ち……」

私は社奉行様を尊敬している。 お若いのに一家の主人としても社奉行の当主としても本当に素晴らしい方だ。

けれど一人の男性として見れば…

「えっと、正直社奉行様のことを異性として見たことがありません…一人の人間としてとても尊敬しております」

社奉行様は何も言わない。

ならば、続けてもいいだろうか。 「ですが…その、社奉行様に好きだと言われて嫌な気持ちは少しもないのです。むしろ嬉しいとも思ってます。ですから、その……!」

バッと顔をあげて社奉行様に真正面から向き合う。

「今後、下心をもって貴方様のことを見てもいいでしょうか……!!」 「……え?」

流石に引いたか。 そう思って合わせていた目を逸らして顔を隠す。

「も、申し訳ありません!身の程知らずな発言でした…!撤回を…」 「しないでください」

きっぱりと言い切られてしまい、覆った手の隙間からその顔を見た。

「下心をもって、私のことを異性として意識してください。そして、私のことを好きになってください」

隠していた顔を暴かれるように手を取られるとちゅ、と手首にキスを落とされる。

「ぅ、へっ?」 「私も貴方を落とせるように精進します。貴方も本気にしてくださいね」





も、もしかしたら私、とんでもないことを言ってしまったのかもしれない………!!!





神里家当主は柊家の侍女を娶りたい
NPCの性格や世界設定の捏造部分過多。

旅人→空固定(ほぼ出てきません)

タグ付けめちゃくちゃ嬉しかったです…!!
ありがとうございます!!

誤字脱字、文章おかしいところは随時修正します。
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2863194814
2022年6月7日 09:12
ゆうらん🐥

ゆうらん🐥

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