夏風は海から吹く3

 バーベキューの後、ぼくはパンパンになったお腹を抱えて砂浜で休んでいた。


「風がきもちいいねー」

「うん」


 スフィも遊び疲れた……ってことはないだろうけど、ぼくに合わせて一緒に休んでいる。


 砂浜に吹く風は穏やかで涼しい。


「うおー!」

「おい、暴れるにゃ!」


 視界の先には使い終わった竈門を破壊するブラッドとウィグと、勢いで飛び散った砂を浴びて怒るノーチェたちの姿がある。


 ロドがもろに砂を被ってどん底みたいな顔をして耳と尾を垂らしている。


「なんかね、たのしいね」

「……うん」


 スフィはしっぽを揺らして機嫌が良い。


 学校生活も落ち着いてきたからか、スフィの精神も随分と安定しているように見える。


 今回のキャンプも楽しんでいるみたいで、本当に良かった。


「そいえば、他の子たちってどうしてるのかな?」

「さすがにわからない」


 海に来ているのはDクラスのブラッド班とAクラスのノーチェ班の合同グループ以外では2か3グループといったところだ。


 1クラスあたり大体3グループに別れているから、約15グループ。


 ここにいるのは約3分の1だけ、こんなビーチがあるのに海に来ないのは少し不思議だった。


「Bクラスは3グループとも川べりでキャンピングを楽しんでいますよ、他のクラスは島内の散策みたいですね」

「ハリード錬師」


 そんな話をしていると、背後から近づいてきていたハリード錬師が返答をくれた。


「わっ! ハリードさん、きてたの!?」

「はい」


 ハリード錬師はこの気候でも相変わらずのスマートなスーツに目隠し姿。


 見てるだけで暑苦しい。


「実はアリス錬師にご助力を願いたいことがあるんですよ」

「なに?」

「この島の遺跡調査です、海底に通じる遺跡があることはわかっているのですが、土砂の堆積や崩落で入り口が塞がってしまっていまして」

「入り口を作れって?」

「その通りです」


 ハリード錬師はこの島にある遺跡に興味津々らしい、今まで手つかずだったのが不思議だけど。


「お宝とか、あるの?」

「いいえ、全く無いと思われます、完全に学術的な興味ですね。伝説が真実なら神代の都市ですから」

「ハリードさんなら、入り口どかーんってこわせない?」

「それをやると中まで完全に破壊される上に、崩落によって侵入そのものが危険になりますから」

「じゃあ、錬金術は?」

「本来『錬金術』というものは現象の法則を読み解き、現象の安定再現を目的とした魔術体系です。錬成も自由自在に物質を変形させる便利な術ではありません」


 そう言って、ハリード錬師は適当な木片を拾って『錬成フォージング』をかける。


 手の中でぐぐっと曲がった木片が、バキリと音を立てて砕けて落ちた。


 ハリード錬師は『錬成』があまり得意じゃないみたいだ。


「アリス錬師ほどの錬成の使い手を正式に雇うとなると、莫大な費用が必要になります」

「でもぼくなら安くつかえると?」

「紹介料が必要ありませんからね」

「……納得した」


 最初は安く使い倒そうとしているのかと思ったけど、続く言葉で納得した。


「え、どういうこと?」

「錬成の専門家は大抵はどこかの一門に属していて、技術開発の要となっています。それを横から呼びつけるとなると様々な所に調整をお願いする費用や、その技術者に紹介してもらうための費用が必要になるんですよ」

「頭越しに交渉すると、へたしたら戦争」

「それに"今の"アリス錬師以上は一門の長クラスしかいませんからね、まぁ入り口の工事くらいならもっと下でもいいのですが」


 呼びつけるとなると大金を積むことになるけど、キャンプのついでに現地で頼むならその分も安くあがるということだろう。


 この男、涼しい顔して意外と強かだ。


「いいよ、たぶん班のみんなもついていくと思うけど」

「遺跡そのものはすぐそこですので、内部に侵入しなければ構いませんよ」

「スフィ、ノーチェに話してくるね」


 キャンプ中に勝手に班を離れて移動するわけにもいかない。


 スフィが話をしに駆けていくのを眺めて、横目でハリード錬師を見る。


「……で、何があったの?」

「ウィルバート先生がとある人物と共に合流しました、少々面倒なことになりそうなので、落ち着くまで護衛を固めます」

「精霊まわり? 人間まわり?」

「人間関係です」

「朗報だ」


 人間関係ならぼくは殆ど役に立たない、今回はハリード錬師を頼ることになりそうだ。


「因みに標的はアリス錬師たちではないので、そこはご安心ください」

「小康状態だった訳ありさんの事情が刺激されちゃったやつか」

「話が早くて助かります、私の役割があなたの護衛であることには変わりませんが」


 要するに訳ありの誰かがDクラスに居て、何もなければ小康状態を維持したまま過ごせるはずだった。


 しかしこの間の神隠し騒動で学院内の力バランスが変わり、訳ありさんをどうにかしたい誰かが干渉できるようになってしまった。


 その余波を受けないようにハリード錬師が守ってくれるってわけだ。


「入り口はつくらなくていいの?」

「そこは是非お願いしたく思います」


 これは下手したら、明日の朝まで遺跡探索で時間をつぶすことになりそうだ。

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