第47話:残り121日

 弊社の多くのメンバーは、自分がいついなくなったり倒れたりしても大丈夫なように担当業務をなるべく噛み砕いてマニュアル化する、なんてことはしないらしい。急な異動が起きても「前任者に聞けばいい」というスタンスのようだ。なるほど、そういう考え方もあるのかと新鮮だった。

 夏らしいことをしないまま8月が終わろうとしている。去年の夏は閉園前のとしまえんに滑り込んだし、大山にも登った。さて今年はどうだ。職場と家の往復しかしていない。浴衣は何年着ていないだろう。夏祭りも遠い思い出だ。花火大会は一昨年観に行ったんだった。マスクなしで人混みに混ざれるのはいつになることやら。

 

 恨もうと思えば何もかもを恨める、そんな心境で生きている。今日はついに、職場でひとりばっくれた。気持ちは分からなくもない。それを羨ましい、と思う我々も、きっと何かが違ったらそうだったのだ。無責任だ、なんて責められないなと思う。

 

 誕生日に欲しいものが決まった。ミラノコレクションを買おう。小学生くらいの時から、冬にチラシを見つけては「綺麗だなあ」と眺めてきたおしろい。これがいい。これが欲しい。だってなんか変身出来そうだもん、今年の特に。魔法使いのアイテムだよこれ。明日ドラッグストアで予約してこよう。これは心の潤いを保つための外出なので必要火急です。ですよね?

 

第46話:残り124日

 今まで、多分物心ついてから今までずっと、何か不満があれば本人に言ってきたし、戦いをけしかける時も相手に直接ぶつかりに行くやり方しか出来なかった。でも、それでは不利になることもあると最近分かってきて、戦う時は戦い方を選ぶことが重要だ、とやっと理解してきている。

 だから、「東京に異動するにはどうしたらいいですか」と、人事に直接聞くのは辞めた。代わりに別の人を間に挟み、その人経由でやんわり聞いてもらうことにした。結婚や介護以外の理由でも、双方の組織で人員調整が付けば異動が出来ること、軽い試験というか、面接があることがわかった。少なくとも、目の前の仕事とそれに付随する自己研鑽を頑張ったら、帰る道が開けるかも知れない、と分かっただけでも大きな収穫だった。

 実は採用試験の面接時、県を跨いだ異動が可能かどうか質問している。こんなこと聞いたら落とされるかなと迷ったけれど、内定を貰った後、この街に飛び込むかどうかの決め手になるのはそこだったから、どうしても聞いておきたかった。回答は「希望しなければないから安心して欲しい。結婚や介護といったやむを得ない事情などでない限り、本人の意思に反する異動はない」というものだった。

 「この土地に縁もゆかりもない、年齢の割に転職回数の多い人間をよく採用したな、どこまで人手不足なんだ」と思ったけれど、もしかしたら採用側も、私がゆくゆくこの街を離れたいことを、薄々分かってて採用してるのかもしれない。入社後に聞いた話では、私の受けた採用試験の倍率は約30倍と、そこそこ高かったらしい。私に出来ること・希望する仕事内容と組織が欲しい人間、需要と供給がたまたま噛み合ったから、定着性はこの際無視してとにかくこいつを取ろう、みたいな感じだった可能性すらある。

 もしそうならば、お互い利用し利用される関係だ。使えるものは全部使って、ここにいるうちに戦闘力を鍛えさせてもらおうじゃないの。

 久しぶりにわくわくしています。待ってろ幸せな毎日。

第45話:残り125日

 先週木曜日から体調不良が続いていた。頭痛めまい吐き気が急に来て、慌てて酔い止めの薬を飲んでやり過ごしたり、どうにも頭の痛さが無くならなかったり。今日は耐えられない痛さだったので急遽仕事を休ませて貰った。今、はちゃめちゃ忙しいのは身をもって知っているので、休んでしまった罪悪感がすごい。

 きっと、そんなタイミングで友人の結婚報告を聞いたもんだから異常にメンタルが削られたんだと思う。昨日は夕方から日付が変わって2時くらいになるまで、延々と泣いてはやみ、泣いてはやみを繰り返していた。流石に誰かに助けてほしくて心療内科の初診予約に行ったんだけど、なんかめちゃくちゃ失礼な態度を取られて、頭に来て「じゃあいいです」と外に出てしまった。悲しくて「誰も私の味方をしてくれない」と泣きながら自転車を漕いだけれど、心のどこかで「こんなもんだよな」と考える冷静な自分もいた。ますますこの街が嫌いになった。あんな態度取る病院、こっちから願い下げだ。Googleのクチコミに悪態ついてやりたいくらいだ。書かないけど。

 それでも、こういう時に必要な漢方薬を買ってきて飲んで、帰宅したらお風呂に入ってご飯を炊いて、洗濯機回して洗濯物を干して、この間気持ちの良い接客をしてくれたタクシーの運転手さんへのお礼の電話と、気にかかっていた人に「最近どうですか?」の連絡をして。昨日手につかなかった細々したものを一個ずつ片付けられた。

 半年前の私に同じことが起きたら、こんな早くここまで回復しなかっただろう。そもそも、この忙しさの中で生活を放り出さずに続けていて、毎日お弁当と水筒を持って出勤しているし、シンクだって綺麗なまま、ゴミの日にゴミを出せているし、お風呂にも入っている。気付かないうちに、悲しいことや辛いことへの対処がうまくなっているのかもしれない。

 友達は結婚しても友達のままだし、私と彼女の関係性が壊れるわけでもない。今私が感じている気持ちの中には「同じ状況を分かち合える友人がいなくなった寂しさ」があるけれど、そもそも彼女と私が置かれている状況が同じだったことはないだろうし、冷静に考えると、存在し得ない寂しさを感じていることになる。「安心出来る場所があることへの羨ましさ」は、「結婚=幸せな生活」という思い込みから来ているし、彼女が結婚したことで私の生活から失われるものは何一つない。悲しくなる必要なんかどこにもないのに、昨日はなんであんなに泣いていたんだか。

 

 一人でいると自分のことしか考えなくなってしまって、心配も不安もずっとそこにあり続けてしまう。でも、恋人や家族、一緒に暮らす人がいれば、相手の心配が出来て、自分のことから目を逸らすことが出来る。これは一人暮らしにない利点だし、楽しいだろうな、と思う。

 明日出勤したら、どうしたら東京に異動出来るか、条件を人事に聞いてみるつもりだ。目標を達成するために、努力の方向性を間違えないように。人目を気にしている場合ではない。なりふり構っていたらこの幸せは手に入りにくくなる。私が不幸になるような真似、私は絶対にさせない。

第44話:残り126日

 私にとって「東京」は幸せの概念なので、「東京帰りたい」は「幸せになりたい」と80%くらい重なるところがある。ということで今私は、「東京帰りたい」です。

 友達が結婚したと聞いた。めでたい。非常にめでたい。めでたいからお祝いする。お祝いしたい。のに、100%心から喜べない出来ない自分がとても嫌だ。こういう時は思いっきり一緒に喜びたいのに、自分の心の中の仄暗い部分を無視することができない。

 周りの心身をやられた女の子たちは、面白いくらい綺麗に全員結婚していった。彼女たちと私と、何が違ったんだろう。これ以上、何をどう頑張れば、私も誰かにそこまで思ってもらえるんだろう。出来る範囲で頑張って生きてるのに、どうして私だけがひとりぼっちなんだろう。まあ私、どれだけ努力したところで不細工だもんな。頭も悪いし性格も悪いし。会話も下手くそだし卑屈だし。魅力なんてないもん。わかってるもん。

 でもさ神様、少しくらいさ、もう少し、優しくしてくれないかな。だめかな。一人で生きていくモチベーション捻り出して毎日生活するの、結構しんどいからさ。婚約破棄も辛かったけどなんとか今こうして頑張って生きてるじゃないですか私。だからさ、今度は死にたいなんて言わないから、どうにか一緒に生きていってくれる人と出会わせてもらえませんか。代わりに何を差し出したらいいですか。

 これは完全に私の中の問題で、結婚した友達には何にも関係ないんだ。だから余計に、その子の結婚を100%で祝えない自分がすごく嫌で、惨めで、辛い。ごめん。いいじゃん、友達が幸せになって何がいけないんだ。喜ばしいことじゃないか。何も辛くなる要素なんてない。ないんだよ。

 

 微熱がある。泣き過ぎたせいで頭が痛いのか、単純に体調不良から来る頭痛なのか分からないけれど、頭ががんがんする。移動の自粛なんか気にしないで東京帰りたい。ずっと東京にいたい。私ばっかりが不幸だって思ってしまう癖をやめたい。誰かと一緒に暮らしたい。醜い自分をぶっ殺したい気持ちでいっぱいだ。簡単に生まれ変われたらいいのにね。

第43話:残り127日

 今日は久しぶりに何もないお休みなので、前からグリル野菜を作ると決めていた。ズッキーニ、玉ねぎ、パプリカ、ジャガイモ、とうもろこしを切って焼いて、オリーブオイルと塩で食べた。玉ねぎとズッキーニは特に美味しくて、また時間が出来たら作ろうと思った。

 休みとはいえ、雨が酷いので職場から呼び出しがかかる可能性がある。なんてこった。いつ仕事になるか分からない状態なんて心がほとんど休まらないじゃないか。私はいつになったらしっかり休めるんだと愚痴りたくなる。それでも洗濯、床の水拭き、模様替えはやった。不安や不満で生活を止めていないのは、まだ回復可能な証拠である。

 栄養摂って、お風呂入ってよく寝て、学んで働いて鍛えて、いざ幸せな暮らしが手に入った時に心から喜べるように。淡々と粛々とやっていきましょう。

第42話:残り132日

 朝、美容院に髪を切りに行ったら、いつもと違う美容師さんだった。髪は思うように切ってもらえなくて、挙句最後には勝手に(本当に勝手に)外ハネにセットされて、ムカムカしたけど言えずに帰ってきてしまった。「元の形を活かしました」と言うけれど、私は外ハネが嫌いだ。なんで「セットはどうしますか」と、一言聞いてくれなかったんだろう。勝手にジャッジされたのがすごく嫌だ。私は怒りの瞬発力があんまりないから、今になってふつふつと嫌な気持ちになってきた。最悪だ。あの人にはもう二度と切ってもらわない。

 仕事が尋常じゃない忙しさだ。身体は辛いけれど、ある程度の忙しさは覚悟していたのでメンタルはまだましである。それに、以前幼馴染にも言われたけれど、私は忙しい方が全部うまく回り出すようで、日々、お弁当も作って水筒も持って行き、ゴミも出し、洗濯や掃除も滞りなく進んでいる。

 私はこの街が嫌いだから、必ずここを出て幸せに暮らすつもりでいるし、そうでない未来があるわけ無いと思ってもいる。だから、言ってしまえば、職場の人とは深い関係を築く必要がない。気楽だ。ほどほどに働いて、ほどほどに人望を集め、いざチャンスが来たら必ず物に出来るよう、やるべきことを淡々と粛々と進めるだけである。

 だから、美容師さんにわざわざ「どうして勝手にこんな風にしたんですか」と言う気持ちもない。お客さんの気分を害していることに気づいて、接客を改めてもらおうとも思わない。だって、別にどうでもいいもの。この街の人がどうあろうと、私には関係ないことなので。私と交錯しなければ構わない話なので。

 今は生活と仕事で手一杯だけれど、どうにかこうにか勉強の時間を捻出したいな。8月の課題はこの辺りです。