お似合いのふたり
無言を貫いた俺の前で、
「さすが、坊っちゃん。修羅の世界を生き延びただけはある。
どうやら、既にご存知のようで」
「…………」
フーリィは、俺に容疑者を教えようとはしなかった。
至高の魔法士たる彼女は、名誉や利権に惑わされるような小物ではなく、前回、魔法士狩りが行われた時には積極的に俺を巻き込んでいる。
では、なぜ、今回は俺に容疑者リストを渡して協力を仰がなかったのか――容疑者は、俺の身内だからだと推測出来る。
「坊っちゃん、ぼかぁね、
ぶらぶらと、
「他者を救って地獄を下るか、自己を救って天国を上るか」
「坊っちゃん、あんた、典型的な地獄絵図だ……天の国へと導かれるお綺麗な来迎図には登場出来ず、救済の御手を振りほどいて、ひとりでも多くの人間を救おうとする……そういったタイプの人間は、大概、早死にするもんですがねぇ……いやはや、驚いたことに、あんたは誰も彼もを救って未だに息をしている……不可思議の御本尊みたいな御方だぁ……くくっ……不思議不思議……」
「テメェは、安物のカーナビに搭載されてるクソAIか。迂回し過ぎて、話の着地点に到達する前に日が暮れちまうだろ。
つまるところ、なにが言いてぇんだ? あ?」
「くくっ、迂回してんのはあんたでしょ」
ポケットに両手を突っ込み、煙草を口先で揺らしながら
「坊っちゃん、あんた程の実力があれば、とっくの昔に幸福な結末へと辿り着いてたのではぁ? んぅん?」
「…………」
「全員、救おうとするから」
ふーっと。
「際限なく難易度が上がる……本来、簡単である筈の物語の筋が乱れる……あんた、最適解ってもんを知ってんでしょぉ……小娘のひとりやふたりやさんにん、死んだところで、あんたの幸福な人生にはひとつも関係ないんですよ……」
ニコリと。
「クロエ・レーン・リーデヴェルト、緋墨瑠璃、黒砂哀」
「あの三人、全員、殺しましょ――」
首筋。
俺は、その白い首筋に二本の指を当てて……
「断る」
「坊っちゃん、ぼかぁ、あんたのためを思っ――」
「あの三人は、全員、俺が嫁にもらう」
勢いよく。
この日、初めて、三条
「おいおい、どうしたその面ぁ。鳩がM61バルカン喰らったみたいな驚き顔だぜ? 素敵なしわくちゃスーツ着て
おら、目ぇかっぽじってよぉく拝見しろよ。正式に書面にも
俺は、懐から三枚の婚姻届をチラ見せする。
「ココから抜け出し次第、役所にも提出するつもりだ。
要するによぉ」
ぽんぽんと肩を叩いて、俺は
「俺の女に手ぇ出したらどうなるか……わかってんだろうな……?」
「…………」
「
「……坊っちゃん、民法はご存知で?」
「コイツは、受売りだが」
ニヤリと、俺は笑う。
「この国の法は、どこまで男を護ってくれるかな?」
「…………」
「キ・リ・ウ、ちゃんさぁ~? 三条家ってのは、すんごいお
「……くくっ、生き残るだけはある」
パッと。
両手を小さく挙げた
「もちろん、重婚くらいはお手の物ですよ、坊っちゃん。この三条
「わーい、うれしー」
「しかしね、坊っちゃん」
ぼんやりとした眼差しで。
俺を見つめながら、
「フーリィ・フロマ・フリギエンスが、人形使いの特定に用いた42個の参加者リスト……No.13の偽リストに下手人は引っ掛かり、容疑者は三人にまで絞られている……しかも、全員が坊っちゃんの身内……この状況下では、三人全員、殺すのが最適解ってのはわかってるでしょぉ……?」
フーリィが、
「うるせぇよ、合理主義者。生まれてこの方、俺は愛に生きるロマンチストなんだよ。テンプレ恋愛ドラマで、はらはらと涙を流す純情派に酷いこと言うな」
「では、坊っちゃんはその三人と愛し合っていると?」
「あぁ、もちろん」
嘘だ、ブァーカッ!!
「少々、この闇の時代に心が荒んじまったのか……ご生憎ながら、ぼかぁ、信じられませんねぇ……特に、あの黒砂のガキと坊っちゃんが愛し合ってるとは思えない……」
「証拠にキスしてみせろとか言ったら殴るぞ」
「証拠にキスしてみてくださいよ」
俺の右ストレートを受け止めて、ニタニタとしながら、
こ、コイツ……丸わかりな俺の嘘を看破した上で、この場では反証することが出来ないことを理解して弄ぼうとしてやがる……!!
俺が歯噛みしているうちに、顎で指示を受けた先生が黒砂を連れてくる。
「……なに」
「お初に目にかかります、ぼかぁ、そこの坊っちゃんの身内で三条
白目を
「……うん」
柔らかな感触に包まれた俺の左腕は、その感覚をダイレクトに脳に伝える。
可愛らしいドレス姿に身を包んだ黒砂は、上目遣いで俺を
「おやぁ、なるほどぉ、こいつはお似合いですねぇ」
ニタァと笑いながら、
「坊っちゃんのことが好きですか?」
「……好き」
「大好きですか?」
「……大好き」
「愛してますか?」
「……愛してる」
殺す。
あまりの怒りで顔を真っ赤にした俺は、ぶるぶると震えながら愉しそうに笑う
事態を把握出来ていないものの、
その度に。
漂ってくるシャンプーの香りと女性特有の膨らみを感じ、左腕の感覚を遮断しようと努力している俺は、大量の汗を流しながら下唇を噛み締める。
「坊っちゃんとは、一日に何回くらいキスをするんですかねぇ?」
「…………」
困ったように。
黒砂は、こちらを見上げてから、俺の肩に体重をかけてささやいてくる。
「……何回くらい?」
「……い、一回くらいじゃない?」
黒砂は、真顔で瞬きをする。
「……少ない」
「少ない!?」
「……リアリティがない」
「リアリティがない!?」
「……もっとしたら?」
「アドバイス!?」
もぞもぞと、黒砂は
「……腰に手」
「え?」
「……腰に手を回す。不審がってる」
「………………」
「……そこはお尻」
「………………殺してください」
改めて俺が腰に手を回すと、無表情で黒砂はささやいた。
「……えっち」
「…………」
俺は、百合ゲー世界で……一体、なにを……なにをしてるんだ……。
涙目で。
頬を引くつかせながら、俺は
「は、はは、
「……唇が腫れる」
「唇が腫れとるわ、ゴラァ!! 大変なんだぞ、オラァ!!」
「くくっ、ぼかぁ、そのキスを是非ご拝見したいですねぇ。将来、式にお呼ばれした際にも、祝辞を読まされるかもしれませんのでぇ」
すっと。
俺の首に両手を回した黒砂は、目を閉じて俺の唇に唇をつける――フリをして、絶妙な角度でその事実を隠蔽する。
「……キスした」
「なるほど、しかと見物させて頂きました。
くくっ、お熱くて敵いませんねぇ……確かに、坊っちゃんの言葉には嘘偽りはないようでぇ」
感激で震える俺から黒砂は離れ、無言で本を読み始める。
心中で感謝の言葉を唱えた俺は、そっと、マージライン三姉妹の氏名が書かれ押印済みの三枚の婚姻届を確認した。
誰かの手で不正利用されないように、肌身離さず持っていた
俺の複雑な心中を知らず、
「では、お
と、その前に」
「おふたりをお返ししましょう」