コントレイルとデアリングタクトがチームスピカを訪ねた数日後、彼女らは練習場にいた。
「今回は、二人の現時点のタイムを計測する。芝2400m左回り、準備はいいな」
「「はい!」」
トレーナーの声に二人が応える。
「そこまで気を張らなくていいぜ。まだ時間あるからよ」
緊張している二人に、ウオッカが声をかける。
「ウオッカのいう通り、デビューまでまだ時間はある。いまのタイムを知ってトゥインクルシリーズに合わせて仕上げていく予定だ。今がだめでも気にする必要はないから、思い通りに走ってくれ。まずは、コントレイルから」
「はい」
「コントレイルちゃん!頑張って!」
キタサンブラックが声援を送る。
コントレイルはスタート位置に着き、手をあげる。
「よーい、スタート!」
合図と同時にコントレイルは勢いよく飛び出す。スピードに乗るとどんどん加速していく。そんな中でコントレイルは、かつての記憶を思い出していた。
ディープインパクトとトレーニングしていた時、二人で並走したことがあった。
「……前の方がいいかな」
「何がですか?」
ディープインパクトがつぶやいた言葉に、コントレイルは問いかけた。
「あ、聞こえちゃった? あなたは、前の方で走ったほうがいいかもって思ったの」
「前の方って言うと、逃げや先行があってるってことですか?」
「逃げほど極端ではないけど、先団から中団あたりかしら」
「そうですか。ディープさんの走りも好きなんですが……」
ディープインパクトの走りは、集団の末端に控えて終盤に加速し一気に抜き去るいわゆる追い込みといわれる。
「ありがとう。でも、あれはすっごく力が必要なのよね。あなたは、スピードに乗ったうえで加速していけば、すごいスピードを出せると思う。これからは、そこを意識してやってみましょうか」
「はい!分かりました」
(まずはスピードに乗って)
コントレイルは第四コーナーを回り最終直線に入る。
(……ここで力を込める!)
コントレイルは、足に力を込め地面を強くけり出す。今までのスピードに加速のパワーが合わさり、速度が上がっていく。そして、スピードが落ちることなくゴール板を通り過ぎた。
「はあはあ、どうでした?」
コントレイルは息を整えると、見ていたメンバーのもとへ向かった。
「すごかったです!最初であんな走りができるなんて」
「何というか、すでに自分の走りを知ってる感じ? あれってディープに教えてもらったの?」
スペシャルウィークとトウカイテイオーが興奮したように話しかける。
「そうですね、ディープさんからスピードを生かした走りがいいと言われて……」
「なら、やっぱりディープインパクトは優秀なウマ娘だな」
トレーナーがコントレイルに話しかける。
「お前はすでに自分の走りをものにしている。入学前のトレーニングの成果も感じた。これを磨いていけば、G1どころか三冠も夢じゃないぞ!」
「三冠!?」
トレーナーの言葉にコントレイルは目をまるくした。
「トレーナー、さすがに三冠は気が早すぎるんじゃない?」
ダイワスカーレットがトレーナーをたしなめる。
「ああ、そうだな。悪いコントレイル、びっくりさせちまって。でも、それぐらい期待してるんだ。一緒に頑張ろう」
「ありがとうございます」
コントレイルとトレーナーは握手を交わした。
「次、デアリングタクト、位置についてくれ」
「はい……あれの後に走るのは気が引けますね」
「大丈夫です。タクトちゃんもきっといい走りが出来ますよ」
苦笑いなデアリングタクトに、サトノダイヤモンドが優しく声をかけた。
「ダイヤさん……ありがとうございます。頑張ってきます」
デアリングタクトは気合を入れ、スタート位置に向かう。
「よーい、スタート!」
デアリングタクトも合図に合わせスタートした。
メンバーは、デアリングタクトの走りを見ていたが
「ああ、こりゃ厳しいな」
ゴールドシップは眉をひそめた。コントレイルにもその理由が分かっていた。
「はあはあ……」
デアリングタクトはゴールしたものの、かなり疲れていた。
「大丈夫ですか。ほら、お水です」
メジロマックイーンがデアリングタクトに水を渡し、デアリングタクトは水を飲んで一息ついた。
「すいません、ご心配をおかけしました。トレーナーさん、その……どうでしたか」
デアリングタクトが落ち込んだ様子でトレーナーに聞いた。トレーナーも渋い顔をしている。
「……まず、フォームに無駄な動きが多い。そのせいでスピードを出せてないし、消耗も激しくなる。また、仕掛けどころも早すぎる。あれじゃゴールする前にバテてしまう。このままじゃ、一勝なんて夢のまた夢だ」
トレーナーは厳しい言葉を並べるが、周りは誰も何も言わなかった。なぜなら、彼女らも分かっているからだ、トゥインクルシリーズがどれほど厳しい世界なのか、ウマ娘たちがオープン戦を一勝するためにどれほど厳しいトレーニングをしてきたのかを。彼女たちはそれらを乗り越えてきた歴戦の猛者だ。それゆえに、トレーナーの言葉が的を得ていることを分かって、何も言えなかった。
「……ありがとうございます」
デアリングタクトはトレーナーの言葉を受け、笑顔を見せお礼を言った。しかし、耳も尻尾も垂れ下がっており、落ち込んでいるのはだれの目にも明らかだった。
「率直に伝えて頂いて助かりました。やはり、無茶だったのでしょうね。何も知らない分野に飛び込んで、他の方に追いつくつもりで努力すればどうにかできる、そう思ってましたが私の考えが甘かったです。ようやく目が覚めました。ありがとうございます。トレーナーさん」
「いや、あの、タクト……」
デアリングタクトは、コントレイルに向き直り手を取る。その眼には涙が浮かんでいた。
「コントレイルさん、短い間でしたが楽しい日々でした。あなたは名ウマ娘になれるそうなので、とにかくケガに気を付けて頑張ってください。私も応援しています」
「タクトさん……」
コントレイルは何も言えなかった。
「タクトちゃん……」
スペシャルウィークやキタサンブラック・サトノダイヤモンドが目を潤ませながら二人を見ていた。
「みなさん、短い間でしたがありがとうございました」
デアリングタクトが一礼してターフを去ろうとした、その時、
「待って!タクトちゃん!」
大きな声でデアリングタクトを引き留めたのは、サイレンススズカだった。
「スズカさん?」
「トレーナーさん、まだいう事がありますよね」
「えっ」
彼女たちの視線が、トレーナーに集中する。
「……助かったスズカ。さっきいったように、タクトは基本がまだ身についてないのが課題だ。でも」
そう言って、トレーナーは手に持っていたストップウォッチを見せる。
「タイムは悪くない」
ストップウォッチに示されたタイムは、最後にバテたにしては比較的悪くないものだった。
「基本が出来ていないってことは、基本を身に着け自分の走り方を知れば、いくらでも伸びしろがあるということだ。お前は、きっと化ける!俺たちがサポートするから、心配はいらない」
「では、ここにいてよろしいんですか?」
「ああ、一緒に頑張ろう」
「ああ、よかった……」
デアリングタクトは安堵した。
「タクトさん(ちゃん)!」
コントレイル・スペシャルウィーク・キタサンブラック・サトノダイヤモンドがデアリングタクトに駆け寄る。
「皆さん、良かった。まだ一緒にいられる」
「私たちもうれしいです~」
タクトたちが抱き合うところをトレーナーとサイレンススズカが見ている。
「はあ~ 危ないところだった。ありがとうなスズカ、タクトを止めてくれて」
「いえ、気づいたら声が出てました。トレーナーさんが焦っているもの分かりました」
「まあこれで一件落着……」
「なーにが一件落着だゴラァ!」
「ぐあぁ!」
ゴールドシップがトレーナーの背中を蹴り飛ばした。そこにウオッカとダイワスカーレットが加勢する
「トレーナーが言う事言えばこんなことにならなかったんだろうが!」
「いや、空気感っていうか、口を挟める状況じゃなかったというか」
「ほんと心配して損したわ!ウオッカなんか顔そらして泣いてたわよ!」
「はあ!オレ泣いてねーし!スカーレットこそ滅茶苦茶目が潤んでただろうが!」
「はあ!何言ってんのよあんた!」
ウオッカとダイワスカーレットがトレーナーそっちのけで喧嘩を始め、トレーナーはゴールドシップにジャイアントスイングを受けている、デアリングタクトはまだ泣いて抱き合っている。
「これ、どうしたらいいの?」
「そのままでいいんじゃない。じきに元に戻るでしょ」
「私もテイオーに同感ですわ。ほおっておきましょう」
「ええ……」
冷ややかに見るトウカイテイオー・メジロマックイーンとただ困惑するだけのサイレンススズカなのだった。
しばらくして
「ええ、改めて、二人ともチームスピカにようこそ。コントレイルは今の走りを磨き上げて、まずジュニア級G1を目指す。デアリングタクトは、まずは基本をたたきこんで自分に合った走りを探そう。そしてクラシック級で本格的に上を目指していく。二人ともいいな」
「はい」
「分かりました。精一杯努力します」
「よし!新生チームスピカ……」
「オーーーーーーーーーーー!」