「祝福!私たちは君たちの入学を歓迎する!」
多くのウマ娘の前で壇上の理事長が大声で言葉をかけている。今は、トレセン学園の入学式が執り行われている。
「理事長さんかわいいですね」
デアリングタクトが笑顔で言う傍らでコントレイルは困惑の顔を浮かべていた。
(ホームページで顔写真を見たことはありますが、やはり子供? しかし学園のトップだからやはり大人なのでしょうか?)
入学式を終えると、新入生は何台かのバスに乗せられトレセン学園を出発する。
「コントレイルさん、これからどこへ行くんですか?」
「今向かっているのは東京レース場です。以前からオリエンテーションとして、先輩たちのレースを見学できるんです」
「まあ、レースを見られるんですね。まじかで見るのは初めてです。楽しみ」
二人が話をしていると、バスは東京レース場に着き場内へ案内される。観客席に出ると、よく晴れた空と青く茂った芝が目の前に広がり、新入生が思わず感嘆の声をあげる。
「東京レース場へようこそ」
新入生の前に、一人のウマ娘が出てくる。鹿毛に一線の白毛が入った髪、緑色の勝負服に胸に光る七つの勲章、トレセン学園の生徒会長、シンボリルドルフである。
「まずは、入学おめでとう。これから行われるのは、君たちの先輩たちのレースだ。条件は芝2400メートル左回り、簡単に言えば日本ダービーと同条件だ。そして今回、特別に勝負服を着てレースをしてくれる」
新入生から「おお」と声が上がる。
「勝負服を着ることって珍しいことなんですか?」
デアリングタクトがコントレイルに疑問を伝えた。
「勝負服は、G1にランクされたレースでしか着ることが出来ません。国内で芝・ダート・ハードルをまとめて年間26レースしかありません。それに、G1レースに出ることが出来る方も多くありません。ですから勝負服をもらえないまま引退する方がほとんどなんです」
「……厳しい世界なんですね。そして、これから走る方はまさにエリート中のエリートというわけなんですね」
コントレイルは黙ってうなずく。
シンボリルドルフがモニターを指し示す。
「では、今回走るウマ娘たちを紹介しよう!」
シンボリルドルフの言葉に合わせ、ターフの入り口から色とりどりの勝負服を来たウマ娘たちが入ってくる。アナウンスで名前を呼ばれると、新入生の歓声に手を上げ応える。そして
『ディープインパクト!』
「きゃああああ!」
ディープインパクトの名が呼ばれると一気に会場が沸き上がった。
「コントレイルさん! ディープインパクトさんですよ! コントレイルさん?」
デアリングタクトが反応のないコントレイルの方を見ると、コントレイルはディープインパクトの方を見たまま固まっていた。
「コントレイルさん、しっかりしてください!」
デアリングタクトがコントレイルの肩を揺らすと、ハッとしたようにデアリングタクトに顔を向ける。
「あっすいません!まさかディープさんが出るとは思わず、頭が真っ白に」
「完全に心ここにあらずな感じでしたよ」
「うう、恥ずかしい」
「ではしっかり見ないといけませんね」
「……そうですね」
二人は再びターフに向き直った。
ターフ上のウマ娘たちは、ウォーミングアップや集中してスタートを持っている。ディープインパクトもウォーミングアップをしていたところに何人か近づいてきた。いずれも、ディープインパクトの同期だ。
「相変わらず人気者だな、ディープ」
「ふふ、ありがとう」
「言っとくけど、お前に花持たせる気ねえから」
「エキシビションだからって手を抜かないでね」
「今日こそあんたに勝ってやるんだから」
彼女たちはディープインパクトに意気込みの言葉をかけていく。もちろん彼女らは、ディープインパクトが手を抜くことはしないことは分かったうえで言っている。そしてディープインパクトも彼女たちの勝つという思いが本気であることを分かっている。
「もちろんよ、本気のレース見せましょう」
しばらくして、彼女たちはゲートに入り、集中を研ぎ澄ませる。そしてついにゲートは開かれた。
夕方、コントレイルとデアリングタクトは東京レース場から戻り、寮へ歩いて帰っていた。
「いやぁ、すごかったですね。レースもライブも」
「ええ、今もすごくドキドキしています」
二人とも興奮が抑えられなかった。
レースは、ディープインパクトが最後の直線で飛び出す勝ちパターンで勝利した。ウィニングライブでもセンターで圧巻のパフォーマンスを見せた。
「ディープさんの走り、久しぶりに見ましたがやはりすごい末脚でした」
「ええ、コントレイルさんが魅せられるもの分かります」
デアリングタクトが続ける。
「しかし、他の方もディープさんに負けたくない気持ちが伝わる走りでした」
「えっ」
コントレイルは虚を突かれた感じがした。もう一度、レースを振り返ってみて気づいた。
(私、ディープさんしか見ていない!)
実際には、その場にいたほとんどがディープインパクトの走りしか見ていなかったのだが、デアリングタクトは、レースの知識がほとんど無かったため、他のウマ娘にも目を向けていたのだった。
「コントレイルさん、大丈夫ですか?」
顔が青ざめていくコントレイルを心配してデアリングタクトが声をかける。
「私、ディープさんしか見ていませんでした。他の方も勝つつもりで走っていたのに、その方たちの頑張りを知らずに……」
コントレイルの目に涙が浮かぶ。
「コントレイルさん!?」
驚いたデアリングタクトは、近くのベンチにコントレイルを座らせ、自動販売機で二人分の飲み物を買うとコントレイルに渡し、隣に座った。しばらくすると、コントレイルは落ち着いた。
「すいません、取り乱しました」
「いいえ、大丈夫です」
「さっきは自分が情けなくなりまして……レースは有力候補がいても誰が勝つか最後まで分かりません。なのに、私はディープさんが勝つものとして見ていました。でも、他の方もイ勝ちたい気持ちと努力をしているのは同じなんです。私はそれを忘れていました」
「コントレイルさん……」
「タクトさんは、それを思い出させてくれました。ありがとうございます」
「いえ、私はただ何も分からず見ていただけですから」
「……私は、タクトさんに会えて良かったです」
「私も、コントレイルさんに会えて良かったと思いますよ」
二人は顔を合わせ、やがて笑いあった。気づくと日は沈み、あたりは暗くなり始めていた。
「いけない。門限に遅れてしまいます」
「すいません。私のせいで」
「まだ間に合いますから大丈夫です。では、帰りましょう。これからのことは、私たちの部屋で」
「はい、そうしましょう」
二人は、再び帰途に就いたのだった。