「いやあ、ご飯だけじゃなくてお風呂までいただいちゃって悪いね~」
「いいよいいよ、ヘリオスはお客さんなんだからくつろいで」
わしわしとバスタオルで髪を拭きながらヘリオスが客間のベッドに腰を下ろす。
今日はメジロの本家にヘリオスを招いてお泊り会をしている。
なぜかおばあ様は大喜びで夕食の間も笑顔でヘリオスに私のことを聴いていた。
まあ、家出をしたことのある孫が友だちを連れてきたとあればわからなくもないが。
「パーマー、なにぼーっとしてんの?」
「ああ、ごめんちょっと考え事……」
言葉に詰まってしまった。
メイクを落としてもなおきれいな肌。
まだ少し濡れている髪。
上気した頬。
雫が一筋流れ落ちる首元。
そしてきらきら輝く大きな瞳。
すべてが私を虜にした。
「うおーい?どしたんー?」
ヘリオスの顔が近づく。
実家のシャンプーの匂いとヘリオスの匂いが混ざり合って頭の中をぐちゃぐちゃにする。
「もしかしてウチに見惚れちゃった?なーんて……」
「うん。かわいい」
つい口に出してしまった。
ヘリオスの頬がさらに赤みを増していく。
「ちょっ、パーマーぶち上げすぎだって~」
照れ笑いを浮かべながらベッドに倒れこむヘリオス。
勢いがついたせいかシャツからへそがこぼれる。
そしてスウェットから顔をのぞかせている内ももが妖しく誘ってくる。
いけないものを見ているような気がして目をそらす。
「ご、ごめん、なんかテンション上がっちゃってさ」
私もベッドに倒れこむ。
ベッドのせいか自分の心臓の音が余計に大きく聞こえた。
少しの間いつも通りの世間話をした。
ファッションの話、レースの話、友だちの話。
あっちに行ってはこっちに戻る、いつもの会話。
でも今夜の会話はどこか上滑りだった。
ヘリオスが小さく欠伸をする。
そろそろ寝ようか、と声をかけ電気を消す。
しばらくすると隣のベッドから寝息が聞こえてくる。
ごろんとヘリオスの方へ寝返りを打つ。
カーテンの端から漏れる月の光だけが唯一の光源だったが、うっすらと彼女の姿をとらえた。
ベッドから抜け出し彼女の横まで歩み寄る。
近づいてより鮮明に彼女の顔が見えるようになった。
あどけない寝顔に思わず手を伸ばしてしまう。
柔らかな頬。
細い首筋。
少しずつ触れる指先が下がっていく。
そして彼女の控えめな胸に達した。
とくんとくんと愛おしい拍動を感じる。
もっと拍動を感じるよう手を広げる。
「んっ……」
身をよじるヘリオスから慌てて手を引っ込める。
いけないいけない、さすがにもう寝ないと。
その時、ヘリオスの口から言葉が零れ落ちた。
「……おじょうさま」
心臓にナイフを突き立てられた気分だった。
初めて彼女に出会ったきっかけを作ってくれた子。
そしてまだ彼女の心に居座り続けている子。
私はその『おじょうさま』を知らない。
正確には知ろうとしてこなかった。
私と出会う前のヘリオスを、私の知らない彼女を知っている存在が怖かったのだ。
ヘリオスの胸にそっと耳を当てる。
穏やかな鼓動。
ゆっくりと上下する胸。
温かな体温。
心臓に突き立ったナイフが少しずつ抜き取られていく。
「私だって、おじょうさま、なんだけどな……」
つぶやいた言葉は誰にも聞かれることなくかすかな月の光に溶けていった。