「かんぽの宿」の「出来レース」の譲渡問題以上に、小泉元首相の宿願の「郵政民営化」を実現する為に「日本郵政」路線が拙速であったために、当方には、「日本郵政」が一部の人間・企業の「美味しい商売」の産物ではなるのでないかいう疑問があり、旧郵政利権の守旧グループが復活する危険性は充分にあるが、鳩山総務相のいう「正義」を支持しますね。
郵政民営化の問題点を追及してきたジャーナリストの町田徹氏は、2009年01月16日、「出来レースの温床となる懸念も。「かんぽの宿」売却で表面化した郵政民営化の問題点」で、「かんぽの宿」の「出来レース」の賛否両論以前に、
”「民営化の制度設計段階で、反対論を抑え込もうとして、民営化の大義、理念、基本哲学などをきちんと議論しなかったことにある。
民営化による効率性の追求と、公共事業としての長所の温存が両立できるかのような誤解を与えておきながら、何も具体的な指針を決めず、民営化の実現だけを急いだ結果、今回のようなトラブルが避けられない宿命にあった。」”
”「この(かんぽの宿)事業自体は、民営化の際に、「2012年9月までの譲渡・廃止」が法的に義務付けられていた案件である。
好立地に低料金で利用できる施設も多く、高齢者を中心に根強いファンもいる。国営事業時代から採算の改善が進まず、民営化後も40億円前後の赤字を出す体質から脱却できていないため、日本郵政自体も売却が急務という立場を採っている。」”
”「例えば、かんぽの宿は5年後までに売却することだけを法的に義務付け、どういう観点・方針から、どういう手法で売却するかを明確に決めていなかったのだ。
繰り返すが、この点からも、今回のような疑問を、鳩山大臣が持つのは当然のことなのだ。むしろ、民営化を決めたときから予想された問題なのである。」”
と、郵政民営化が拙速であったと言及しています。
そして、総務省と日本郵政の不協和音が問題とし、
”「民営化からまだ3年も経たないのに、監督する者とされる者に別れた総務省と日本郵政の間の不協和音だった。
三井住友銀行出身の西川善文社長ら外部出身者が幹部ポストを押さえ、旧郵政省出身のキャリア官僚らのほとんどを経営陣や枢要ポストから排除したことなどが響き、両者のコミュニケーションは、ちょっと前まで同じ組織に属していたとは思えないほど悪いことで知られる。」”
”「ところが、日本郵政によると、今回の案件を総務省に伝え、認可を申請したのは12月22日のこと。
年末のドタバタの中で、天皇誕生日の祝日も間に入り、発表までわずか2日しかなかった。
総務省が案件を十分に把握し、大臣に説明する時間があったのかどうか。
つまり、両者のコミュニケーションの悪さがトラブルの原因ではないかと取り沙汰された」”
と日本郵政(西川社長)が総務省を軽視し、独走気味と問題視しています。
このことは、先の本ブログ「郵政社長問題:鳩山総務相のいう「正義」を支持しますね。(1)」で、紹介した辻広雅文氏(ダイヤモンド社論説委員)が”『「かんぽの宿」騒動に見る“既得権死守”勢力の巧妙かつ公然たる反乱』で書かれている「竹中氏の改革手法は雑駁かつ近親者だけで遂行されるという印象も強く持っている」の相当する内容ですね。
また、大前 研一氏が、2007年10月24日、日経BPサイトにコラム「小泉改革の目玉「郵政民営化」のなれの果て」で、郵便局の持っていた資産の扱いの不透明さと西川社長の危険性を指摘していました。
大前 研一氏は、コラムで、資産には、
”「『「借金は国民に、資産は新会社に」の身勝手』
民営化にあたって、わたしが気にしているのは、郵便局が持っていた資産だ。
例えば東京駅の前に東京中央郵便局がある。
まさに駅前1丁目という格別な不動産だ。民間の丸ビル(丸の内ビルディング)より地の利は高いといってもいい。
こういう資産を郵便局は全国にたくさん持っている。
しかも、それらに関しては下記の例示にあるように巨大な開発計画が目白押しである。
郵便局や銀行窓口が必要としているのはこうしたビルの一階部分のごく一部であろう。
郵便物などの仕分けや配送作業は、当然、もっと安い土地に移してしまえばいい。家賃が坪当たり6万円も取れるようなところで集配作業をやるのは、それこそ民営化した郵便局に相応しくない。
この土地はいったい誰のものか、考えてみるといい。
言うまでもなく国民のものではないか。それを当然のように新会社は自分の所有物であるかのごとく持っていく。
本来であれば、こういう駅前一丁目は国民が取り返さなくてはいけない資産だ。民営化された会社のものではない。
民営化の第一段階で持っている資産は売却して、国民に返せとわたしは言いたい。
上場してキャピタルゲインで返すというのは正しいやり方ではない。
売却した場所にとどまりたいというなら、民営化した会社は当然新しいオーナーに応分の不動産使用料を払うべきなのである。
こうした不動産の所有権の問題をあいまいにしたまま走り出したところを見ても民営化委員会は実に表面的な議論しかしてなかったことになる。・・」”
と新会社(日本郵政)に優位な扱いになっていると指摘していました。
また、西川社長の経営には、
”「『西川氏をトップに頂く期待と不安』
わたしのもう一つの懸念は、人的資産の問題である。
何しろこれまで国債しか扱ったことのない郵便局が、今後は投資信託なども手がけることになるのだ。
国債しか知らない郵便局員、いわば素人同然の人間が手を出して大丈夫なのか。
そう心配するのは一人わたしだけではないはずだ。
その上、さらにデリバティブ取引なども申請している。
ますます不安は大きくなろうというものだ。
日本郵政の社長は三井住友銀行からやってきた西川善文氏である。
彼は2006年から二代目の日本郵政公社の総裁の座についている。
彼がその座についてから、郵便局もずいぶんと変わってきている。
ほかにもわたしの古巣マッキンゼーからも2人スカウトされている。
西川氏が積極的にトップ人材を集めてくるとすれば、このへんの不安はかなり軽減されるかもしれない。
とはいえ、西川氏が社長を勤めるからこそ起こる懸念もある。
まず、彼らトップ層の下の世代に優秀な人材が育ってくるかどうかという懸念。
それから西川氏のルサンチマンに由来する懸念だ。
後者については説明が必要だろう。
実は西川氏は詰め腹を切らされる形で三井住友銀行を辞めている。
同行が巨額の不良債権を抱えて2004年に赤字に転落したことの責任をとらされたのだ。
その恨みは小さいものではあるまいし、今後の日本郵政の舵取りにも少なからぬ影響を与えるはずだ。
つまりこれからの郵政事業は西川氏の恨みを抱えながら、持っている力をとことん使って、どんどん民業圧迫していくだろう。
むしろ銀行でできなかったいろいろな金融商品・サービスをゆうちょ銀行の軒を借りて実現しようとするのではないか。。
そういう予感をわたしは持っている。
郵政民営化は小泉改革の目玉の一つだったのだが、結局は小泉元首相の考えたとおりに、あるいは当時彼が国民に説明していた通りに民営化されたわけではなかったのである。
今からでも遅くない。
土地資産を精算し、四つの事業を約束通り明確に分割し、そしてすべてのルールは該当する同業他社と同じに適応する、という原則を確認すべきである。」”
と書いていますね。
高橋洋一氏著の「さらば!財務省」で、高橋氏は、民営化への手順に留意したとし、普通、民営化する場合、まずは特殊会社にして、最後に民間会社に移行する手順では、揺り戻しの危険性があり、「郵貯と簡保は郵政公社廃止後、ただちに商法会社にするという措置を講じるべきである」と主張し、その通りに推移い、反対派は「やられた」と地団駄を踏んだはずである」と自画自賛しています。
当方は、現在の日本郵政は、小泉元総理が描いた郵政民営化ではなく、郵政民営化を早期に確実に実現するための画策が、一部の人間・特定企業の利する世界に変容しているという印象をもっています。
旧郵政利権の守旧グループが復活する危険性は充分にあるが、ここは、一度、立ち止り、日本郵政の動きの正当性なり、妥当性を確認が必要であり、鳩山総務相の「西川社長続投の否認」という「正義」を支持しますね。
野党から、刑事告発されたということは、それなりに重みであり、日本郵政を所管する鳩山総務相とすれば、「西川社長続投否認」は当然の責務でしょうね。
やはり、世の中、パワーゲームという思いを強く感じていますね。